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6-4. 眠りしは北の地(その4)

初稿:19/09/18


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。

フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。

アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。

シオン:パーティのマスコット。ムキムキの肉体にちょっと憧れあり。

レイス:フィアを愛してやまないメイド頭。主人に近づく者は……

ギース:ガラの悪いヤンキー。さっさとスラム街でのんびり生活したい。

カレン:食毒を意図せず作るスペシャリスト。弟分に早く幸せになってほしい。

イーシュ:鳥頭。彼に幸せはやってくるのか。






 黒い葉を持った木々の隙間から覗く空はひどく曇っていた。

 昼間だと言うのに太陽は雲のベール越しに微かに届くばかりで、さらにそれを生い茂った背の高い木々が遮っている。おかげで樹の下の道――といっても道らしい様相はない――はまるでたそがれ時の様に暗かった。

 雨が降ったわけでもないのにジットリと地面は湿っていて、そしてそんな場所をシオンたちは進んでいた。

 地面同様、湿り気を持った空気がまとわりつく。いや、湿り気だけではない。これは魔素だ。魔素濃度が濃密なこの場所では、ただの空気でさえ粘りつき、気力と体力を地味に奪っていく。


(ここが――魔の森……)


 シオンは噴き出した汗を袖で拭う。それでもまたすぐ額に、汗が珠のようになって浮かび上がってきた。

 いつまでこの時間が続くのだろうか。居並ぶ木々が少しでも拓けたら多少は気も紛れるだろうに。さすがのシオンも気が滅入って思わずため息が漏れる。

 その時、先頭を歩いていたキーリの脚が止まった。


「キーリさん?」

「相変わらず嫌になるよな……また(・・)おでましだぜ――」


 言うやいなや、急に耳障りな葉擦れの音が響いた。ハッとして見上げれば、木々の隙間に除く灰色の空に、黒い巨大な影が出現していた。


「イービルタイガーっ!?」


 体長で数メートルはあろうかという、白い体毛を持った虎型の獣が襲いかかってくる。人間よりも遥かに大きく、重量を持ったモンスター。何物をも貫くほどに強固な牙と、あらゆる物を斬り裂く鋭い爪を剥き出しにしたそれが頭上から落下してくる。


「ちっ……回避だっ!!」


 接近に気づけなかったギースが苛立たしげに叫び、シオンたちは一斉に散会した。転がるようにして回避すると、彼らがいた場所に轟音が響く。

 敵はBランク上位。迷宮内よりなお濃密な魔素濃度のこの場所で生まれたモンスターの膂力が地面を穿ち、一撃で巨大なクレーターを作り出した。その攻撃力に、シオンを始めとした全員がおののく。

 しかし。


「――邪魔してんじゃねぇ」


 イービルタイガーの背後から現れたキーリが、真っ黒な大剣を振り抜いた。瞬間、モンスターの体が真っ二つに別れて血が吹き出したかと思うと、瞬く間に魔素の粒子となって世界に溶け込んでいった。


「すごい……!」

「まだまだ来ますわよっ!」


 アリエスが叫び、シオンが見渡せばいつの間にか何匹ものモンスターが彼らを取り囲んでいた。仲間の一匹がやられたというのにモンスターたちは臆する様子も見せず、ただ獰猛な瞳で獲物であるシオンたちを見つめていた。

 その群れの中に、キーリは無言で突っ込んでいった。

 闇神の力をまとわせた黒剣を振るい、斬り裂く。鋭利な爪の攻撃を表情一つ変えずギリギリで避け、すれ違いざまに両断。一体、一体とその数を減らしていく。

 そこに新たな影が乱入する。真っ赤な髪をなびかせ、キーリの剣とは対照的な煌々とした炎をまとわせた剣を振り、少しでも掠れば頑丈なはずの体毛が燃え上がっていく。


「――炎神が振りまく災厄(イフリル・カラミティ)


 フィアが手をかざした。するとそこからおびただしい熱量を持った白い炎がイービルタイガーを飲み込んでいく。

 光神の光とは違った赤みがかった白で世界が染まり、炎が敵を喰らいつくしていく。やがて炎が消え去った時、そこに敵の姿は跡形もなく消え去っていた。


「無事か?」

「ああ、大事ない」


 どちらからともなく歩み寄ってニッと笑い、キーリとフィアはハイタッチを交わすと振り返った。


「カレンさんのガードを!」

「おうっ!」

「させるかよっ!」

「いっけぇぇぇぇぇっっ!!」


 そこではシオンの指示にイーシュ、ギース、カレンそしてレイスの四人が連携して明らかな格上に立ち向かっていた。矢が貫き、ナイフが表皮を斬り裂き、双剣で爪を受け止める。時間をかけ、少しずつだがダメージを蓄積させていく。


「アリエスさんっ!」

「てやあああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 そしてアリエスの鋭い刺突が、止めとばかりにイービルタイガーの眉間を貫いた。

 衝撃によって巨体が弾き飛ばされ、木々を数本なぎ倒していき、やがてその個体もまた光となって消え去っていった。

 それでもすぐには緊張を解かずに警戒して周囲を観察。そして、自分たち以外ではキーリ、フィアの二名だけが生者であることを確認し終えると、六人はその場にへたり込んだ。


「お疲れさん。すげぇな、みんな。今のだってBランクの上位だってのに」

「ぜぇ、ぜぇ……あっさり倒したお二人に……はぁ、はぁ、言われても喜べませんわよ……」

「私たちはすでに加護を得ているからな。そうじゃなかったらもっと苦戦しているさ」


 フィアは加護というよりは、精霊王と一体になっているに近い状態である。上位とは言え、その状態でモンスターに苦戦してしまったらそれこそ炎神に合わせる顔がない。苦笑しながらそう言うフィアだが、そうはいってもやはり差を感じてアリエスは歯がゆくもあった。


「っ、……ンで、いつになったら目的地にたどり着くんだ?」

「そーだよ。もう俺も疲れたぜ……」


 一同が魔の森に脚を踏み入れて二日。世界で最も危険な場所と言われ、有史上未だ未開拓なこの場所をキーリの先導のおかげで驚異的な速度で踏破しているが、疲労は否めない。

 なにせ濃厚な魔素に支配されたこの地では、常にBランク以上のモンスターが跋扈しているのだ。数時間に一度は敵に襲われ、その度に迎撃に当たっていればいかに迷宮探索に慣れた彼らであってもその疲労は計り知れなかった。


「そうだな……たぶんもうすぐだと思う。日が暮れる前にはたどり着けるだろうさ」

「本当……?」

「なら……もうひと頑張り、ですね」


 ふらつきながらシオンが立ち上がると、他のメンバーも呼吸を整え立ち上がった。まずい魔力回復薬を口の中に放り込み、水と一緒に流し込む。その味の悪さに全員が険しい表情を浮かべるのを見て、キーリは苦笑いと共にまた歩き始めた。


「おい、キーリ」その背にギースが声を掛けた。「マジで、テメェの故郷に――神たちが眠ってんだろうな?」


 彼らしい剣呑さを含んだ問いだが、キーリは即座に首を縦に振った。


「ああ――間違いなく連中はそこにいるさ」






 魔の森に神たちが眠っている。それを教えてくれたのは他ならぬ神の一人であるユキだった。

 神を倒すには神の力をこちらも得るしかない。また、教皇国で蠢く高濃度の魔素に耐えるためにも神々の力はなんとしても必要だ。そう主張したキーリの言葉にエドヴィカネルを始めとした各代表たちから反論はなく、故に一刻も早く神たちの元へ馳せ参じなければと結論づけた。

 ただし、もめたのはやはり人選であった。

 国を代表する猛者を、とその場で派遣する人間を決め、かつ軍を護衛としてどの程度割くか、などと話が一気に飛躍しそうになったところでそれをキーリが押し止めた。


「魔の森にはコイツらと俺、それからレイスとフィアで行く」

「貴様らだけだと!?」

「待て、まさか女王陛下まで連れていくつもりか!?」


 戦後を睨み、自国の人間をできるだけ戦力として派遣したい各国が噛みつき、さらに現国王であるフィアを連れて行くということで余計に紛糾した。


「理由はあるのかね?」

「もちろん。じゃなきゃ一国の王様をあんな場所に連れて行こうなんてただの馬鹿か気狂いくらいだろ」


 キーリが告げた理由とは、闇神との親和性と彼女の内にいる精霊王の存在であった。

 これもユキが牢屋の中から伝えてきていたのだが、どうやら神々の協力を得るためには闇神(ユキ)の存在を感じさせることが重要になるらしい。なぜそうなのかまでキーリは突っ込んで聞いてみたのだが、ユキとしてはあまり口にしたくない事実のようで、珍しくモゴモゴさせながらはぐらかせたのだった。それでもなお問い正して何とか理由を聞き出したのだが、さすがにそれはこの場では口に出せないものだった。


(ともかくも――)


 親和性という意味ではキーリはもちろんとして、他のパーティメンバーも長らくユキと迷宮探索で行動を共にしていた。その結果、アリエスたち全員に人間には感じられない「匂い」の様なものが染み付いているらしかった。それも、男女問わず彼女の「お気に入り」だと示すもので――


「……ゾッとする話だな、おい」

「あはは……ユキさんって両刀使いだったんだ」


 ――普段の彼女の蛮行を知っている面々は冷や汗を流したのだった。

 加えて、フィアは精霊王をその身に宿している。その存在も炎神の協力を得る端初になり得るだろうとのことだった。

 何故自分たちが代表たちが集合したこの場に呼ばれたのか、ここで初めて知ったシオンたちは非常に驚くものの、力を得られる事に異存はなく魔の森に赴くことには異論はなかった。

 一方で――


「女王陛下。私が尋ねるのもどうかと思うが、貴国はそれで構わないのか?」


 フィアを同行させる。それは取りも直さず、最終的に教皇国へ攻め込む時にも彼女を純粋な戦力として扱うことを意味していた。エドヴィカネルを始め、レディストリニア王国に好意的な諸国もフィアに心配そうな視線を向ける。

 だがフィアは「はい」と頷いてみせた。


「平時であれば許されない愚行でしょう。ですが、状況がそれを許さないのであれば仕方のないことです」

「……コーヴェルなどはどうだったか?」

「非常に心配し、当然ですが反対でした。他も皆、私の事を案じてくれていました」ちらりと彼女はレイスを見た。「しかし最終的には私を尊重してくれました」

「無事に全てが終われば問題ない。が、そうも楽観できまい。万が一のことも起こった時、再び混乱が国を乱すがそれも覚悟の上か?」

「皇帝陛下の仰るとおり、危険は最上でしょう。なので万一に備えて国王不在でも国が回る体制づくりについても指示を出しました。それに――私の跡を引き継いでくれる者もおりますので」


 レディストリニアで続く王家の血を引く者。公には彼女一人であるが、もう一人、兄の息子、イルムがいる。

 王家の迷宮で彼には穏やかに暮らしてほしいと願い、その考えは今も変わりない。それでも王家の血筋として保険は必要であるし、すでに彼と彼の保護者であるフェルミニアスには事情を伝えている。

 当然ながらフェルは渋ったが、イルムはしばし考え込んだ後にあっさりと了承を伝えてくれた。

 同時に。


「こんなに早く前言を翻すなんて信じられませんね。信用できない大人にならないように絶対に生きて帰ってください」


 と皮肉交じりのありがたい言葉をプレゼントしてくれたのだった。

 フィアとしては苦笑いを禁じ得なかったが、聡い彼なりエールである。しっかりと受け取り、生き残るという強い思いを彼女は再確認したのだった。






お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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