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9-2 迷宮探索試験にて(その2)

 第28話です。

 キリが悪くてまた短いですが宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。スフォン冒険者養成学校一回生。成績も良く、運動系の能力は非常に高い。欠点は魔法の才能が絶望的にないこととイケメンを台無しにする目つきの悪さ。転生前は大学生で、独自の魔法理論を構築している。

 フィア:赤い髪が特徴で、キーリのクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。キーリに剣の指導を施す程達者だが魔法もそれなりに使いこなす。勉強はできるが机に座っているのが苦手。

 シオン:冒険者養成学校一回生で、魔法科所属。実家はスフォンの平民街で食堂を経営しており、日々母親のお手伝いをする頑張りやさん。

 レイス:メイド服+眼鏡の無表情少女。フィアに全てを捧げるフィアの為のメイドさん。キーリ達の同級生でもある。




 迷宮内は複雑な経路となっている。四人が入ってからもすぐに分かれ道が幾つも続き、すぐ先に入った生徒たちと同じ道をたどる可能性は小さい。

 採光口は入り口しか無いためにすぐに光は届かなくなる。だが内部の壁は自然発光しており、全くの暗闇では無い。

 この壁を削りとって外に持ち出せば明かりとして活用できるのではないか、と迷宮探索が始まった初期にはそういった試みがなされたが迷宮の外に出るとすぐにその効力は失われてしまう。迷宮内部に溜まっている独特の魔力と反応して発光しているのだ、迷宮の中には「核」と呼ばれるものがありそれによって光が放たれているのだ、など幾つか仮説は提唱されているが未だその原理は不明である。

 発光壁の明かりだけでは探索には不十分であるため、キーリ達は各自に学校から支給された体に装着するタイプの明かりを着けていた。したがって四人の周囲は十数メートルに渡って視認できる程度には明るい。入口付近の為か、しばらく進んでも何も無く四人の足音と幾分緊張した呼吸だけが迷宮に響いた。

 そうして進むことおよそ二十分。最初の異変が現れた。


「……止まってください」


 先行して進んでいたレイスが後ろの三人を制止した。


「……何かあったか?」

「はい。この先に罠が仕掛けられているようです。少々お待ち下さい」


 壁にレイスが近づき、壁に沿って少しずつ進む。初めてのトラップに三人はやや緊張を強めてレイスの様子を伺っている。

 レイスは壁に手を付き小さく詠唱を行う。仄かな光が指先から壁へと伝わっていき、やがて壁に手のひら大の小さな魔法陣が姿を現した。


「そんな所に……」

「シオン様、こちらに来て頂けますか?」


 呼ばれてシオンがレイスの傍に行く。背負った荷物を下ろし、手で招かれるままに、描かれた線の上を魔力で発光させている魔法陣にシオンは顔を寄せていった。


「この魔法陣の効果を調べて頂きたいのですが」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」

「お願いします。それと、調べる時はご注意を。魔法陣の正面を体が遮ると発動してしまいますので」

「うん。ありがとうございます」


 明かり用の魔道具を魔法陣にかざし、シオンは真剣な眼で魔法陣に刻まれた構成式を読み解いていく。

 一般には簡素な魔法陣であれば解明するのに三分程要するが、シオンはそれを一分も掛からない内におおよその意味を読み解いた。


「えっと、これは水神魔法の応用魔法陣みたいですね。効果は、通過した人の体力を奪って疲労を増すというものです。といっても、五十メートルくらい全力で走ったくらいの疲労を加える程度ですけど」

「そんなもんなんか?」

「暗いので見落としがあるかもしれないですけど、ほぼ間違いないです。設置に必要な場所が小さくて目立たないので、昔は気に入らない相手の家に刻んで嫌がらせに使ってたみたいです」

「効果を考えると、確かに嫌がらせくらいにしか使え無さそうだな」

「だが迷宮内では地味に効果を発揮する魔法だな。知らず知らずのうちに疲労を溜めてしまうといざという時の判断や行動に影響しかねない」

「しっかしよく気づいたな、レイスも。今は光ってっから分かるけど、さっきまで普通の壁にしか見えなかったぜ」

「ああ。流石だな。シオンもすぐに解析してしまったし、やはり二人の実力に間違いは無かったと安心したよ」

「い、いえ。僕の数少ない得意分野ですから。キーリさんやフィアさんだって毎日いろんな魔法陣を眼にしてればすぐ慣れますよ」

「お褒めの言葉ありがとうございます」


 褒められ慣れていないシオンは恥ずかしそうに頭を掻き、レイスは恭しく頭を下げた。


「それで効果範囲はどんくらいなんだ? 避けて進めそうな感じか?」

「えーっと……幅は向かいの壁まで、高さは腰くらいまでですね。フィアさんたち三人なら飛び越えられると思いますけど、帰りの事を考えると無効化しておきたいです」

「すぐにできそうか? 慎重には行きたいが余り時間を掛け過ぎるのも避けたい」


 フィアの質問に、レイスは頷くと腰のナイフを引き抜いた。


「シオン様、何処を削れば宜しいでしょうか?」

「え? えっとですね……ああ、ここです、左上の円が幾つも重なっているところ。そこをナイフで削り取れば魔力回路が壊れて魔法陣としての効果は消えます」


 シオンの指示通りにレイスがナイフを突き立てる。壁を削り、少しずつ模様が消えていく。

 そうしてレイスが作業を始めて間もなくの頃、周囲を警戒しながらも作業を見守っていたキーリが、これまでやってきた方向を見遣った。


「どうやら迷宮の洗礼がもう一つお出ましみたいだぜ」

「反対側からもお出ましのようだ」


 キーリの言葉通り入り口方向から人型の影が、そして迷宮奥方向からも動く影が現れた。人型はゴブリン、そしてフィアの方向からはダークスネークだ。ゴブリンは体高一.五メートル、ダークスネークは全身が黒一色の体長二メートルはあろうかという大型の蛇だ。どちらも単体でのランクはEだが群れを成すことが多く、時には数十匹が集団となって行動する事もあり、そうなった場合は危険度はDまで上がる。しかし今回はどちらも二、三匹と多くはない。


「それじゃいっちょ肩慣らしするか。フィアは蛇の方な?」

「あまり蛇は好きではないのだがな。まあいいだろう」フィアは魔法陣の射線上を飛び越えた。「本物のモンスターを相手にして実力を出せるか、これも試験だな。シオン、撃ち漏らした個体がそっちに行くかもしれない。レイスを頼む」

「万が一にもそんな事はないと思いますけど、了解です。フィアさんもキーリさんも気をつけて」


 作業中のレイスの安全をシオンに任せ、一言二言の詠唱の後、シオンとレイスの周りが数瞬輝き、不可視の壁が現れる。それを見届けるとフィアは頷き、キーリはシオンにサムズアップを送り、それぞれ反対方向へと駆け出した。


「ダークスネークの特徴は滑りやすい皮膚と俊敏な動き。主な攻撃方法は体で巻き付いて相手を拘束した後に鋭い歯での噛みつきで……」


 授業で習った敵の特徴を口ずさみながらフィアは素早い出足で接敵する。ポニーテールに結わった紅い髪を靡かせ、閃光の様な鋭さで片手剣を横に薙いだ。

 魔力で強化された膂力により、手前に居た一匹が弾き飛ばされて壁に叩きつけられる。通常の敵であれば数打ちの剣であっても斬り裂くはずだが、吹き飛ばされたダークスネークの表皮には微かに傷がついた程度。体の柔らかさと表面の油で刃が滑り、斬撃が打撃に変化したため一撃での致命傷では無い。


「まず一匹」


 だがそれもフィアは織り込み済み。頭部に向かって剣を突き出し、壁に縫い付けられたダークスネークはそのまま息絶えた。

 フィアの動きに反応できなかった他の二匹だが、死んだ一匹に向いている彼女の背中目掛けて口を大きく開けて襲いかかる。しかしフィアは背に眼が付いているかのように自然な動きでダークスネークの牙を避ける。


「コイツの欠点は――」


 避けると同時に指先に灯る魔力。行使するは単なる第五級炎神魔法。しかし独自のアレンジをして籠められる魔力量を増やしたそれを、フィアは二発同時にダークスネークへと放った。

 指先から伸びる火炎。それがダークスネークの表皮をかすめ――その全身が激しく燃え上がった。


「表面に脂肪が多いこと。炎神魔法との相性が非常に良い、いや、こいつらにとっては悪い事か」


 燃え上がる火炎にのたうち回る二匹のダークスネーク。無闇に苦しめるのは可哀想だ、とフィアは燃え盛る体に剣を突き刺して絶命させる。

 火が消え、ダークスネーク達が動かなくなった事を確認するとフィアは「ふぅ……」と大きく息を吐き出した。戦闘は圧勝ではあるが、それでも迷宮内で戦うのは初めてとあって少々動きが固かった、と戦闘を振り返って反省する。もう少し経験を積まねばな、と呟きながら前髪の乱れを整え、緊張で強張った体を解していく。


「……ん?」


 シオン達の元に戻ろうとしたフィアだったが、闇の中から現れた新たな影を認めた。今しがた倒したダークスネーク達の別の個体が、奥から体を左右に揺らしながらやってくる。どうやらフィアの使った炎神魔法の明かりに惹かれてやってきたらしい。


「ちょうどいい。私の経験となってもらおうか」


 そう呟くとフィアは一度ダラリと腕を下げて力を抜き、そして右手の剣を強く握り直してモンスターに向かって走っていった。



 反対側に現れたゴブリン達に向かっていったキーリは、見敵必殺とばかりに大剣を振るった。手前側にいたゴブリンが迫り来る大剣を受け止めようと、何処で手に入れたか分からない錆びついた片手剣を掲げる。だが大剣を相手にしてのそれは悪手でしかない。

 キーリの並外れた膂力と大剣自体の重さ。その両方の乗った攻撃力を単なる片手剣で受け止められるはずもない。

 暴風を付近に撒き散らしながら振るわれた攻撃。それはキーリの腕に微かな抵抗を与えただけでゴブリンの上半身を吹き飛ばしていった。耳障りな声を刹那だけ発し、上半身が一瞬でミンチと化す。制御側を失った下半身は、断面から臓物と血を吹き上げながら倒れていった。

 あまりに圧倒的に仲間がやられたのを見たもう一匹が怯えたように声を上げる。人間であるキーリに彼らの言語は到底理解できないが、モンスターにも仲間を想う気持ちはあるのだろうか。それとも単に原始的な感情――恐怖に駆られて叫んでいるだけか。

 ゴブリンが手にしていた棍棒を振りかぶり襲いかかる。それが振り下ろされるより前にキーリは一歩踏み込み、ゴブリンの懐に入ると大剣を横に振りながらすれ違った。

 潰すことに特化した初撃とは対照的な、斬るための斬撃。心臓の高さで鮮やかな切り口で上下に分かたれたゴブリンの体がキーリの背後で落ち、絶命した。キーリは倒れたゴブリンの方へ歩み寄り、既に死んでいる事を確認すると軽く息を吐いた。


「ゴブリンじゃ素材にもならねぇよなぁ……」


 通常モンスターを倒した後は素材を剥ぎ取って、迷宮を出た後にギルドに持っていくのだがゴブリンからとれる素材など皆無だ。一応この試験中に倒したモンスターの素材も学校に提出すればギルドと同じ価格で引き取ってくれるのだが、恐らくこの迷宮内で出てくるモンスターの素材で、買い取り価値があるものなど殆ど無いだろう。


「……試験としての意味以外旨味がねぇけど、しかたねぇか」


 錆びた剣くらいなら二束三文でも金にはなるかもしれない。最初に叩き潰した方のゴブリンへと足を向けかけたキーリだが、遠くからゴブリン達の声が聞こえ始めた。もしかすると、二匹目のゴブリンが上げた声は仲間を呼び寄せる声だったのかもしれない。


「面倒くせぇ……」


 ちゃっちゃと片付けてしまうか。若干のうんざり感を覚えながらも、キーリは気を取り直して迫ってきているゴブリン達の方へと走っていった。




 結局、キーリとフィアはものの数分でモンスター達を一掃した。どちらも都合六匹程度倒し、一度もダメージを負うこと無く敵を圧倒した。キーリが剣を鞘にしまいながらレイス達の元に戻ると、ちょうどフィアも反対側から歩いて戻ってきていた。

 返ってきたキーリ達をシオンが「はー」と感嘆の声を上げて出迎えてくれた。


「二人とも大丈夫だったか?」

「はい。ここから戦闘を見学してましたけどお二人はスゴイですねっ! あれだけ居たモンスターをこんな短時間で倒してしまうなんて」

「まぁゴブリンとダークスネークだしなぁ」

「大量の群れでこられると厄介だが、あの程度ならば遅れはとらないさ。それよりも作業は終わったようだな」

「はい。問題はありません」

「うっし。なら先に進むか」


 キーリが促し、再びレイスが先頭で進み始めるが、フィアは歩きながらも口元に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。


「どうした、フィア?」

「いや……迷宮に入るのは私も初めてだからよく知らないのだが」俯き気味だった顔を上げて、尋ねてきたキーリを見遣る。「この迷宮はほぼ枯れている、という話だったな?」

「ああ、確かクルエがンなこと言ってたな。だから難易度を上げるために先生たちで罠を追加したりしているとかなんとか」

「そんな迷宮なのに、いきなりモンスターとこんなに遭遇するものだろうか、と少々疑問に思ってな。迷宮というのがそういうものだとか、或いは偶然モンスターの群れが湧いたとかだったらいいのだが」


 フィアの疑問を聞いて、キーリもまた確かにそうだな、と同じく不思議に感じた。

 キーリとて当然だがフィアと同様に迷宮を探索するのは初めてだ。迷宮の中は魔力が満ちていてモンスターが地上よりも遥かに発生しやすいというのは常識だが、枯れているという事は迷宮の持つ魔力がほぼ枯渇しているという事を意味する。したがって罠も殆ど発生せずモンスターも湧きづらいはず。それを考えるといきなり入口付近で二桁のモンスターと遭遇するのは異常な気がする。


「枯れている、という認識が間違っていたってことでしょうか?」

「どうだろうな。そこら辺は経験豊富なギルド職員が判断するものだろうし、間違えるとは思えないが……」

「情報が古かったとかか? こんな低ランクの迷宮をそう頻繁に情報更新するとは思えねーし」

「もしくは迷宮が活動を休止していた可能性もあるのではないでしょうか?」

「活動を休止? そんなことがあるのか?」


 フィアの質問に、前を向いて周囲の警戒にあたりながらレイスは眼を伏せて首を横に振った。


「そこは存じ上げません。単なる私の思いつきです。ですが迷宮が『生き物』であるとすれば、私達人間が夜間に眠りにつくようにそういった事も有るのではないかと」

「確かに火山とかも活動が収まってる時期とかあったりするもんなぁ……」


 意見が種々出てはくるが、所詮キーリ達は迷宮に関しては素人同然だ。議論したところで単なる世間話程度の範囲を出るものではない。フィアは小さく息を吐いた。


「ともかく、念のため体力を温存しながら進んだ方がいいだろうな。それに、大量のモンスターと遭遇する可能性も一応考慮にいれて心の準備をしておいた方が良さそうだ」

「ま、どうせやることは変わんねーしな。さっさと奥まで行ってさっさと戻ってくるか」

「そうですね。あんまり長居しても良いことないですし」

「……私も同意見です。しかし――何かが近づいてきております」


 レイスの言葉に即座にキーリ達は足を止め、警戒を強めた。耳をすませばキーリの耳には微かに足音らしき物音が聞こえてくる。またゴブリンの様な人型のモンスターだろうか、と考えていると前方の暗がりに光源が現れた。ゆらゆらと人魂の様に揺れながらそれは近づいてくる。


「……ウィスプ系のモンスターか?」

「で、でもウィスプ系でEランクで居ましたっけ?」

「いえ……どうやら人のようですね」


 近づいてくる何かを待ち受けていると徐々にその姿が顕わになってくる。そして現れたのはモンスターでは無くレイスの言う通りの人間。相変わらずのヨレヨレ白衣をまとったクルエだった。


「ああ、フィアさん達でしたか。何事も……無くは無かったようですが、見た感じ特に怪我は無さそうですね」


 クルエはフィア達の姿を見つけるとあからさまにホッと胸を撫で下ろし、そして漂ってくる血の匂いとキーリの鎧に僅かに飛んだ返り血を見つけると困った様に眉をひそめた。


「どうしてここに? 先生方は迷宮の外で待機しているのでは?」

「こう見えても私も冒険者ランクは持っていますからね。仮にもここは迷宮ですから、生徒たちに万一が無いようにと、学校が雇った冒険者たちを各所に配置しているんです。ですけど、依頼を受けてくださる方が少なかったために私の様な既に半分以上引退した教師も駆り出されてるんですよ」


 久しぶりの迷宮は中々に疲れますね、と呟きながらジジ臭くクルエは自分の肩を叩いた。


「へぇ、クルエも大変だな。お疲れ様です」

「ははは、ありがとうございます。ですがこれも仕事ですからね。特別手当として研究費を増額してくれると校長も約束してくれましたし、個人的にも久しぶりの迷宮の空気を楽しんでますから。

 ところで確認ですが……」


 柔らかく微笑みながらキーリ達と話していたクルエだったが、その空気が少し真面目なものに変わった。


「迷宮に入って、そうですね、この辺りならば半刻というところでしょうか。ここまで来る間にモンスターと遭遇しましたね?」

「はい。つい先程戦い終わったところですが」

「数はどの程度でしたか?」

「フィアがダークスネーク六匹、俺がゴブリン六匹の合計十二匹だな」

「やはりそうですか……ちなみに何度遭遇しました?」

「いや、まだ一回だけだけど?」

「え? 四人だけで一度で十二匹も倒したんですか?」

「いいえ、お嬢様とキーリ様の二人で、です」

「はい?」


 レイスが訂正する。と、クルエの口から間の抜けた声がこぼれた。


「レイスさんは壁の魔法陣を取り除いてて、僕はレイスさんの傍に居たので本当にお二人だけで倒してしまったんです」

「ああ、すみません。別に疑ってるわけじゃないんですよ。予想だにしてない数字だったんで驚いてしまっただけです。

 しかし最初の試験で、しかも一度の戦闘でそれだけのモンスターを一度に相手にして傷一つないとは……今年の生徒は優秀というか、規格外の生徒が多いですね」

「お嬢様に掛かればこれくらい当然です」


 主が褒められて嬉しいのか、レイスが珍しく誇らしげに胸を張り、他の三人が苦笑を浮かべた。


「んで、そんな事聞いて、何かあったのか?」

「何かあった、と問われると何も無いんですけどね」一度クルエは言葉を区切り、悩むように眉根にシワを寄せた。「どうも思っていたよりも遥かにモンスターの出現数が多い気がしたんです。なので出会った生徒たち皆に尋ねているのですがフィアさん達の話で確信しました。やはり明らかに数が多い。少なくとも事前の下見よりは遥かに」

「やっぱりそうだったんですか」

「ちなみに下見の時はどのくらいだったんですか?」

「最深部まで行って戻ってくるまでで、確認できたモンスターの数は二十匹に満たないくらいですね。それでも一度に二匹程度でした。何か、この迷宮で起きているのかもしれません。殆どの生徒が奥まで進んでしまった以上、今更試験を中止にはできませんが、とにかく気をつけて進んでください。何があっても自分達の命を最優先に。危険を感じたら即座に引き返してきて貰っても構いません。状況が状況なので成績も悪いようにはしないよう僕からも上には掛けあってみますから」


 それから、とクルエは白衣のポケットからカードを取り出してフィアに手渡した。


「これは?」

「今日の試験に参加した冒険者の方たちに配られた臨時身分証の予備です。もしこの先進んで、待機している冒険者に会ったらモンスターの数が多いことと警戒を強めること、もし生徒たちが襲われてたら積極的に援護に回るよう伝えて下さい。私の名前を出してお渡ししたカードを見せれば信じてくれるはずです」

「分かりました」

「それでは僕はこちらの道を回ってきますので。繰り返しますが、くれぐれも無茶はしないでくださいね」


 話しながら歩いているとちょうど分かれ道が現れ、クルエはそう言い残してキーリ達とは別の道を走っていった。その姿を見送りながら、シオンが不安そうに声を漏らす。


「大丈夫なんでしょうか……? これ以上変な事が起きないといいんですけど……」

「うむ……そうだな」

「ま、今更俺らが出来ることは限られてるし、とりあえず試験を進めようぜ? モンスターが多くったってそんだけ戦闘の経験を積めるって考えりゃ悪い話じゃねぇだろ」

「まったく……ポジティブだな、キーリは」フィアが腰に手を当てて呆れたように漏らした。「だがそうだな、物は考えようという事か」

「そう、ですね……どうせ試験は続けないといけないんですし、悪い方にばかり考えるよりかはプラスに考えた方がいいですよね」

「そーそー。それに、最悪の場合は俺が全員担いで脱出してやんよ」

「ははは、なら僕が真っ先にお世話になりそうですね」

「私はお嬢様にお姫様抱っこを所望します」

「むぅ、どうせなら私がシオンを背負いたいのだが……」

「途中で出血多量で倒れるから却下だ」


 にやりと笑ったキーリにシオンも敢えて笑って応じてみせ、レイスとフィアが軽口を叩く。胸に燻ぶる不安を押し殺し、四人は探索を再開した。


(本当に何事もなければ良いのだが……)


 心底そう願う。しかしそれが叶いそうもないだろうことを、何となく全員は感じ取っていた。




 2017/5/7 改稿


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