6-1. 眠りしは北の地(その1)
初稿:19/09/07
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。
フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。
アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。
エドヴィカネル:帝国の皇帝。この人に睨まれたら絶対泣く。
レディストリニア王国
王都・レディシア
「さて――まずはここに居る全員が無事に再会できたことを祝おうか」
王城にある会議室の一室で、エドヴィカネルは皮肉げに笑いかけた。
自らを嘲るように鼻を鳴らし、しかし反応は薄い。部屋にいる誰もが精根尽き果てたように椅子にグッタリと座り込み、肩を落としていた。それは肉体的な疲労もあろうが、より精神的な面での負担による影響が大きかった。
疲労の色が見られないのはキーリとフィア、そしてアリエスといった面々。加えて、キーリが呼びよせたシオンたちパーティメンバーくらいか。もっとも、その彼らも一様に表情は芳しくない。
「まあ無理なからぬことか……あのような事があれば、な」
先日の会議を襲った事件から約十日が経過していた。
あの場を脱出した各々を連れてキーリたちは帝都の居城へと戻っていた。その後、すぐに皇帝は兵を編成。キーリたちや帝都の冒険者たちに緊急招集をかけてモンスター討伐に舞い戻り、なんとか会議場のあった宮殿は解放した。
集まった魔素はキーリによって地脈へと循環され、帝都に出来上がった膨大な魔素溜まりは姿を消した。循環した魔素は教皇国の教皇へと流れ込んでいくことになるため甚だ業腹ではあるが、他にどうしようもなかった。
一方でそうしている間に、意識を取り戻した各国の要人たちは状況を確認するためにそれぞれの国へと戻っていた。集められるだけの情報を集めて再び集合することだけを取り決め、そうして本日、再び王国にて一同に会したのであった。
見通しは明るくないだろう。誰しもがそう想像していた。そしてその一端はすでにエドヴィカネルもフィアも聞き及んでいる。しかしながら小国連邦やそれ以外の小国たち、そして大統領を失って現在最大の混乱にある共和国の臨時大統領の顔色は一目で分かるほどに悪く、状況の深刻さを一層物語っていた。
「陛下も顔色が悪いですわ。多少はお休みになられた方が宜しいかと……」
「気遣い感謝する、アリエスよ。だがこのような状況だ。落ち着いて休んでなど居られぬ」
労るアリエスに頭を振り、エドヴィカネルは険しい表情の面々に向かって呼びかけた。
「状況についてはある程度聞き及んでいるが、我々が塞いでいても仕方があるまい。
まずは――共和国の方から状況をお聞かせ願おう」
「いきなり我々からお尋ねになるか……」
エドヴィカネルが水を向けると、共和国の現代表である臨時大統領が疲れた顔を上げた。現職の大統領が死亡――正確にはモンスターと化した――するという非常事態に選ばれたのは、すでに相応に高齢である白髪の男性であった。この数日でさらに十は歳を取ったような心持ちを懐きつつ、吐き捨てるようにして端的に状況を告げた。
「控えめに言って――最悪だ。少しでも山の方に行けば街の近くでもモンスターが沸いて出るし、至るところで迷宮が発見されて対処が追いつかん。特に教皇国に近い西側では畑で作物の代わりにモンスターが取れる有様だ」
「そこまでですか……」
「首都や幾つかの大都市は何とか兵や冒険者共を動員して凌いでいるが、地方までは手が回らん。商人も職人も着の身着のままで次々と他国へ避難しているが、どうしようもあるまい。かの大商人が建国して数百年……未曾有の危機だよ。
即位したばかりだというのに、お祝いどころかご迷惑ばかりを女王陛下にも掛けるが、貴国へ避難した我が国の民たちに対し、ぜひとも寛大な御心で保護を頂きたい」
臨時大統領は立ち上がると深々とフィアに向かって頭を下げた。
「お止めください、閣下。このような事態です。他人事ではありません。私たちも最大限協力させて頂きます」
「……お言葉、感謝する」
「物資に関してはどうだ?」
「何とか今のところは持ちこたえている。大量の冒険者を雇って護衛しているからな。だがそれにしたって流通量は一気に半減だ。それでも生活が成り立っているが、それも大量に難民が出て消費する量が減ったからだ。皮肉が効きすぎて笑うに笑えんよ」
「私どもも似たような状況です」
王国と共和国の間に挟まれる小国連邦の代表もため息まじりに状況を伝えた。
「もはや国としての体裁を維持するのもギリギリの状態です。王国から兵を融通して頂いているおかげで戦えぬ者の移動は何とかなりましたが……すでに多くの者が命を落としてしまっております。食料も……かなりギリギリの状態です」
そう話す彼の頬はやつれ、あまり眠れていないのだろう、目元には深いくまが浮かんでいた。
それ以外の小国の君主たちも口々に窮状を訴える。特に共和国周辺の国々は共和国との貿易で成り立っている部分も多く、その関係が崩れてしまった今、モンスターのみならず経済の麻痺、そしてそれをきっかけとした政情不安の気配とも戦わなければならなくなっていた。
「……ありがとうございます。状況は理解できました」
「では……!」
「先程、共和国にもお伝え致しましたが、この未曾有の危機に対してレディストリニア王国は最大限の支援をさせて頂きます。ですが――」
フィアは隣に座るエドヴィカネルに視線を送る。彼女が言いたい事を理解し、彼は無言でうなずいて先を促す。
「我が国も、そして帝国も無尽蔵に支援ができるわけではありません。正直に実情を申し上げると……王国もなけなしの備蓄を吐き出している状態です。モンスターに対しては、なんとか王国内のギルドに協力頂いて対応できていますが……」
「状況は苦しいか……」
「教皇が本性を表し、いわゆる魔素濃度が上がり続けているこの状況が続けばいずれ世界中がモンスターに溢れ、人の住めぬ世界へと成り果てましょう」
「そう、ですな……」
「――故に、この元凶を叩かねばなりません」
テーブル上で組まれた手のひら。その指に力が入る。後ろで簡単に結わえられた赤い髪が揺れ、決意の込められた鋭い眼差しがこの場にいる全員に向けられた。
「今こそ、我々は団結する時です。帝国と王国、共和国と王国、さらに皆様の中にも様々な想いが入り混じり、歴史を紡いできた事は理解しております。しかし事態は個々のしがらみを言い訳にする事を許さないでしょう。過去の恩讐を越え、今、この時を乗り越えるためにも我々は全ての手を取り合わなければなりません」
「先日の議会では、迷宮ならびにモンスターに対して共同で対応に当たることを決議した。それをさらに押し進めて、この場にいる全国家が集結した対教皇国の連合協定をここに結びたいと考える」
フィア、そしてエドヴィカネルが考えを述べると会議場が一度静まる。誰もが険しい顔をして頭を悩ませ、しかし参加国の一つの代表がおもねるような顔つきでエドヴィカネルに尋ねた。
「帝国と王国のお考えはご理解致しました。ですが……ここにいる全国家が協定を結ぶ、のですか?」
「無論」
「しかし……」
気まずそうな表情を浮かべてある小国の代表は向かいに座る別の小国の顔を見た。その国もまた同じ様に相手側代表の顔を見て難しい顔をした。そしてそれはその両国だけではなく、幾つもの国が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
誰もが状況は理解している。フィアの言う通り恩讐を越えた協力体制を築いて対応に当たるべきだと知っている。だが感情がそれを中々許さない。
大国には大国の、そして小国には小国の事情がある。幾度となく隣国とは刃を交え、時には領土拡大を狙って魔法をぶつけ合った。殺し合いの歴史である。それは小国故に大国よりも身近であり、手を取り合うことを困難にしていた。
(やはり……)
難しいか。フィアは無意識に下唇を噛み締めた。つい最近まで殺し合っていた相手と手を結べ、などと言えるのは所詮当事者でないからだ。だがそれでも言わねばならないと思って彼女は提案したのだが、少々の落胆は否めない。
どうしたものか、とフィアは隣に座るエドヴィカネルの方を見遣った。経験豊富な彼であれば何とか説得する言葉を持っているのではないかと期待したからだ。しかしエドヴィカネルは頬杖を突いていかにも不機嫌な様子を見せ、小国たちの様子を眺めていた。
そしてその口から重々しい声で棘のある言葉が吐き出される。
「ふん。ならば結構。協力できぬと言うのであればそれまで」
「はい、私共は遠慮させて――」
「では貴国らを教皇国に協力する、世界の敵と我が帝国は認定するがそれで良いな?」
ぞっとする程の冷たい声色だった。それにより、部屋全体が静まり返る。青ざめた視線がエドヴィカネルに向けられると、それをジロリと睨み返した。
「勘違いしてはおらぬか?」
「な、何をでしょうか?」
「帝国には、貴国のために戦う義務など無いのだぞ?」
お読み頂きありがとうございました。
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