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5-2. 崩壊の時(その2)

初稿:19/08/31


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:闇神の力を操る剣士。もうちょっと派手な魔法を使いたいと思ったり思わなかったり。

フィア:レディストリニア王国女王にしてキーリたちの仲間。シオン分を摂取して元気元気。

アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。

エドヴィカネル:帝国の皇帝。細マッチョ。




「如何かな? 何か申し開きがあればぜひ聞きたいところだが」

「そうだね。画期的な首脳会談だと聞いていたけれど、まさかここが裁判所だとは思いもしなかったよ」


 教皇は余裕のある態度を崩さない。頬杖をついたまま薄い笑みを浮かべ、眠りについているマリファータを一瞥した。


「そこの彼女が洗脳されて虚偽の記憶を植え付けられていないという証拠はどうかな?」

「気の済むまで調べてみればいい。痕跡を見つけられるのであればな」

「結構。そこまで言うのであれば自信があるんだろうからね」

「ということは――」

「まあ、彼女の言うとおりだよ」


 あっさりと教皇は認めた。ざわめきが一層激しくなり、「まさか!?」「何を考えているのですか!?」と驚きと混沌が極まっていく。

 そうした中、皇帝とフィアは態度の変わらない教皇の様子に眉をひそめた。周囲の首脳たちも、落ち着いたままのその奇妙な態度に違和感を覚え始める。


「ずいぶんと落ち着いているようだが、観念したか?」

「観念も何も、別に私にとっては大した話ではないからね」

「大した話ではない、だと?」


 ピクリ、とエドヴィカネルの眉が跳ね上がった。


「……貴様は理解しているのか? 人一人を殺そうとしたのだぞ。まして一国の首長を」

「もちろん。だが残念ながら失敗してしまったようだ。もう少し簡単にいくかと思っていたのだけれど、なかなかどうして。本当に、この世は上手くいかないものだね」


 まるで他人事のような口ぶりを崩さない教皇にしびれを切らしたエドヴィカネルが立ち上がった。だが、それをフィアが制する。


「……スフィリアース」

「落ち着いてください、皇帝陛下」


 フィアは皇帝をなだめ座らせ、そして今度は自身が教皇に向かい合い、息を吸い込んだ。


「私からもお尋ねしたい。

 本日の議題でもあったモンスターの異常出現や迷宮の成長、つまり、教皇国を中心とした魔素濃度の上昇。これについても私は教皇猊下、貴方の仕業と考えています」

「なるほど、女王陛下は魔素についても造詣が深いご様子だ。

 ええ、いかにも。私が意図したもので間違いありませんよ。そして御存知の通り、こちらの方は順調だ」


 隠す様子もない。呆気なく教皇は認め、その場にいた全員が例外なく息を呑んだ。

 そして誰もが思っているだろう問いをぶつける。


「……なぜ、そのようなことを」

「なぜ、か。決まりきっていることだね。必要なことだからだよ」

「必要、だと?」

「そう、必要なこと。目的を達成するためには、ね」

「それを尋ねているのですが」

「んー、それはまだ教えられないかな? でももうすぐ分かるだろうね。スフィリアース陛下もエドヴィカネル陛下も、そしてご列席の皆様にも」


 ゆったりとした動作で教皇は立ち上がった。中性的な魅力を放つその顔に艷を乗せ、柔らかく、慈しむような笑みを浮かべて全員を眺めた。


「せっかくだ。他にも聞きたいことがあるのではないのかい、女王陛下? きっと、君が抱いている疑問にも概ね答えられるだろうと思っているよ」

「……では幾つか質問させてもらいます。

 昔、私たちがまだ養成学校の生徒だった頃、王国の迷宮都市スフォンの領主の息子であるゲリーがおかしくなったのも貴方の指示か?」

「ゲリー、ゲリー……」


 フィアが口にした名前を何度か反芻し、首を傾げて記憶を辿る仕草を見せる。やがて、ポンと手を叩いて「思い出したよ」と楽しそうに頬を緩めた。


「ゲリーという名前に覚えはないけれど、そうだね、確か少し前にエレンにお願いしてスフォンの領主の子どもを連れてきてもらったね。うん、そうだ。彼にはちょっと用事(・・)があってね。私に協力してもらったんだ。そうそう、ついでに領主家族も邪魔だったから退場してもらったかな?」


 朗らかに、懐かしい思い出を話すかのような気楽さで話す教皇。その姿に、フィアの拳が握り込まれた。


「なら……オーフェルスの街で迷宮核を暴走させたことは?」

「うん、それも私の命令だね。フランは上手くやってくれた」

「領主であるユーレリア卿を魔人化させたのも?」

「それもフランが上手く取り入ってくれたやつだね? でもフランの痛々しい姿を見た時はさすがに驚いたよ。まさか英雄と謳われた彼女が腕を持っていかれるなんて。人間の執念にはまったく、驚かされたよ」

「私の兄、ユーフィリニアを逃したのも貴方の仕業か?」

「ああ、彼ね。少しばかり手は貸してあげたかな? 安心してくれて構わないよ? 憎き君の兄君は、ロウバルディウムで心穏やかに生活しているからね」


 その拳に、さらに力が込められていく。


「そう、か。それは朗報だな。ぜひとも兄上には罪を償って頂かなければならないからな」

「フィア」

「では最後の質問だ」


 キーリの声掛けを聞こえないフリをして、フィアは感情を押し殺した瞳で教皇の弧を描いた目元を見つめた。


「――父を殺すよう兄をそそのかしたのは、貴方か?」


 二人の視線が真っ直ぐに交わる。

 沈黙が一瞬。教皇は口角を大きく横に広げ、彼女を見下ろすように嘲笑った。


そのとおりだよクォ・デュスト・メステ


 その瞬間、フィアの体が翔んだ。


「フィアっ!!」


 テーブルを足場にして乗り越え、ドレスの裾を大きく翻して教皇に迫る。怒りに食いしばった歯をむき出しにし、強かに握りしめられた拳を振り上げる。

 彼女の開いた胸元が光を発した。拳に炎がまとわりついていき、彼女は教皇めがけて全力で叩きつけた。

 だが――


「これはこれは。素晴らしい一撃だね」


 拳は教皇の眼前で受け止められた。

 頑丈な壁を叩いたような音と共に、教皇の掲げた手のひらを中心として波紋のようなものが空中に広がる。

 二人の瞳が再び交差する。フィアの瞳に教皇の姿が映り、直後、彼女は大きく後ろへ飛び退いた。

 それとほぼ同時に、彼女がいた足元から光の槍が幾つも突き出した。それはフィアのドレスを斬り裂き、しかしながらかろうじて彼女には届かない。それを見て教皇はわざとらしい驚いたような表情を作り上げ、数度軽く手を叩く。


「いや、見事。さすが一流の冒険者として名を馳せていることはある」


 だがその軽薄さに反比例して、フィアも皇帝も、そしてその他の国々の首脳たちの間に立ち込める雰囲気は重くなる。画期的だったはずの首脳会談が、どうしてこのような状況に陥っているのか。言葉を無くし、現状に理解が追いつかない。


「げ、猊下……」

「――さて、楽しい会議の余興はここまでにしよう」


 微笑んだまま、教皇が告げた。それに伴って部屋の空気が突然重みを増し始めた。

 教皇の全身が光を発する。だがそれは純粋な白ではなく、黒い線が幾つも入り混じっている。光のヴェールの上を線がうねり、渦を巻き、それらは粘り気を持った物質となってドロリと床に落ちる。落ちた泥は泡立ち、何もかもを飲み込みそうな真っ黒な沼と化して床を広がっていった。


「教皇……いや、人の皮を被った何者か……

 お前は()だ……?」

「皇帝陛下、君ももう薄々気づいてるんじゃないかい?」


 尋ねたエドヴィカネルに向かって軽く肩を竦め、広げた両腕を自身の胸の前で交差させる。そして、慈愛に満ち満ちた優しい笑みで全員に微笑みかけた。


「私は『光』。この世界で生きる、全ての存在を照らす者。そして――」優しげだったその眼がギョロリと一変した。「この世で生まれる、全ての存在(悪意)を滅ぼす者だ」


 教皇が自らをそう名乗った瞬間、空気の粘性が一気に増した。

 泥の中で溺れているかのような濃密な魔素が教皇から一気にあふれ出し、全身に伸し掛かる圧力と息苦しさに、部屋にいた首脳や官僚たちが次々に膝を突いた。


「これは……!?」

「……みんな離れろっ!!」


 キーリが部屋の隅から飛びかかり、背負っていた大剣を引き抜く。

 教皇から溢れ出た泥を吸い込むようにして巨大な剣が黒い影に覆われていき、駆けた勢いそのままに教皇を斬りつけた。

 まるで抵抗なく剣は教皇の体を袈裟に斬り裂いた。だが真っ二つに別れたその断面から白と黒が入り混じった糸が這い出し、上下の体を再び一つへとつなぎ合わせていく。


「……っ、ちぃっ!」

「ふむ、そうか。君が彼女の……

 どうだい? 私と一緒に来ないかい?」

「テメェのそのスカした面にクソ塗りたくるためだったら喜んで行ってやるよ!」

「それは御免被りたいものだね」


 苦笑いと侮蔑が入り混じった瞳をキーリに向ける。そうして、自然な動作で手のひらをキーリの体に当てた。

 瞬間、キーリの体が大きく跳ね飛ばされた。テーブルの上を滑り、椅子を巻き込みながらけたたましい音を立てて壁に激突する。


「キーリっ!?」

「大丈夫。このくらい屁でもねぇ」

「元気な子だ。もう少し遊んであげても良いのだろうが、続きはまた今度にしよう」


 言うやいなや、教皇の体が一際強い光を発し始めた。目も眩むほどの眩さに直視できず、誰もが顔を背けまぶたを閉じる。


「では私はここらで失礼させてもらうよ」

「テメェ……! 逃げる気かっ!」

「神殿で待っているよ。そこで彼女も待ってるから、会いたいならぜひ来ると良い」

「彼女……ユキのことかっ!!」

「ふふ……ではいずれ」


 魔力を伴った強い光に焼かれながら、キーリは地面を蹴った。教皇に向かって手を伸ばし、しかしその腕が彼に届く直前で教皇の体が粒子となって散っていく。膨大だった魔素も霧散し、キーリが掴んだのはわずかばかりのその残骸と、あと一歩のところで届かなかった悔しさだけであった。


「くそっ……! 逃しちまった……!」


 やり場のない怒りに震える拳を床に叩きつける。ギリ、とキーリは奥歯をきしませるがエドヴィカネルがその肩を叩いた。


「焦る必要はない。あやつが向かったのは、おそらくはロンバルディウムの神殿であろう。そこに向かえばまた相まみえるはずだ」

「……」

「あやつは、全てを滅ぼすと言った。であれば我ら帝国とて手をこまねいているわけにはいくまい。

 さて、諸君」魔素濃度が低下し、動けるようになった参加者たちに向かって呼びかけた。「ご覧のとおり事態は急変した。もはや教皇、ひいては教皇国が諸悪の根源であることは疑いようもないであろう。一刻も早く協力して――」


 エドヴィカネルが語りかけ始めたのだが、フィアの耳に会議室の外からの音が微かに耳に入った。その音はまたたく間に大きくなっていく。


「何事だ?」


 不快げにエドヴィカネルが顔をしかめる中、キーリとフィア、アリエスの三人はその音の正体に気がついた。ぶつかり合う金属音、そして悲鳴と怒号。流れ込む感情に、キーリとフィアは歯を食いしばる。やがて会議室の扉が勢いよく開け放たれた。




お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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