5-1. 崩壊の時(その1)
初稿:19/08/28
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:闇神の力を操る剣士。もうちょっと派手な魔法を使いたいと思ったり思わなかったり。
フィア:レディストリニア王国女王にしてキーリたちの仲間。シオン分を摂取して元気元気。
アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。
エドヴィカネル:帝国の皇帝。細マッチョ。
オースフィリア帝国
帝都・レニヴィエトフ
帝都にある皇帝・エドヴィカネル一世の住まう宮殿は広大ながら全体として質素な内装で彩られている。無論皇帝が日々を過ごす場所であるため市民からすれば遥かに豪華であり、建物の外装そこかしこに芸術的な細工が施され、庭園の隅々にも手入れが行き届いていて国のトップが住まうには十分に豪奢である。
しかしながら他国と比べれば絵画や芸術品の数はずっと少なく、廊下のカーペットなども普段は敷かれておらず建物内部は平坦な壁が延々と続く。今でこそレディストリニア王国も同様であるが、それはフィアの父、ユスティニアヌスの時代から。対して帝国では代々がこうしたシンプルな普請であり、それこそが質実剛健な国風を端的に表すものでもあった。
そうした状態が常な宮殿であるが、今日に至っては廊下に真紅のカーペットが敷かれ、普段は無い芸術品などが飾られている。いつもなら閉鎖されている部屋の数々も開放され、そこに多くの兵士たちが入って身を休めていた。
鎧の意匠は様々で兵種も様々。廊下は官僚のみならず、使用人たちが忙しなく動き回っている。誰もが普段以上の緊張感を持ち、己の職務を忠実に遂行しようと汗を流していた。
そうした中で行われているのは、周辺各国が集まっての首脳会談である。宮殿の中心にある会議場には錚々たる面々が集っていた。
開催国の帝国にレディストリニア王国、ブリュナロク共和国。王国と共和国の間にある小国連邦、そしてワグナード教皇国。これらいわゆる大国にくわえて、周辺の独立した小国の諸国がエドヴィカネルの呼びかけに応じて参加している。
エドヴィカネルやフィアといった国政のトップが部屋の中央に設置された円卓に座り、さらにその外周上には宰相や外務大臣といった要職の人間、そのさらに外周に実務を担当する貴族や官僚が控えていた。
「――では採決を取りたい。昨今、跋扈しているモンスターの被害および迷宮の異常成長について、国同士の垣根を越えて緊密に連携をとって対処に当たると共に、非常時には各国連携して対応を行うこととする。
異議・異存がなければ挙手を願う」
エドヴィカネルが決議の発声を行いながら全員を見回していく。順々に手が挙げられていき、過半数を越えて数はさらに増していき、そして最後の一人を残して全員が賛成の意を示した。
「教皇猊下、如何かな?」
「――もちろん、賛成させて頂くよ」
エドヴィカネルの正面に座っていた教皇は、頬杖をついたままアルカイック・スマイルを浮かべてゆったりと手を上げた。
(反論の一つでも言ってくるかと思っていたが……)
キーリから聞かされた推察どおりであれば、間違いなく教皇が現状に関わっているはず。にもかかわらず会談中は主だった意見も述べず、求められて当たり障りのない見解を口にするにとどまっていた。
感情が読めぬ教皇に怪訝に顔をしかめる。それでもまず一手目は完了した。
「――満場一致で本議題は可決された。出席された各国の方々は、帰国後速やかに国民に本決議を周知すると共に、ギルドと連携を取って問題の対処に当たられたい」
エドヴィカネルから決議が宣言され、一斉に拍手が沸き起こる。
歴史上初の主要国が集合しての首脳会談。それが無事に終了し、各国首脳たちが互いに握手を交わしながら席を立とうとした。
「御歴々、ご帰還は今しばらくお待ち頂きたい」
だがそれをエドヴィカネルが制止した。
「何でしょうか、皇帝陛下。議題は全て終了したはずですが?」
「事前には伝えていなかったが、ここで一つ、緊急の動議を発議したい」
エドヴィカネルが応えると、尋ねた共和国大統領が何処か呆れた雰囲気を醸しながら肩を竦めた。
「困りますな、陛下。私たちにも都合というものがある。予定を変更するのも調整が必要なのですよ」
「それは失礼した。しかし事は急を要するものなのでご理解いただきたい」
表情を変えずに淡々とした口調でエドヴィカネルが理解を求めるが、大統領は薄ら笑いを浮かべて見下した。
「だとしても、です。いくら帝国開催とはいえ、陛下の部下の様に『はい、そうですか』とは――」
「貴様がくっちゃべっている間に終わる話だ。つべこべ言わず席に着いていただこう」
口元で手を組んだ姿勢でジロリ、と大統領を睨みつける。静かながらも辛辣な口調に大統領はたじろぎ、皇帝の隣を見れば王国も誰一人として席を立っておらず、小国連邦の面々も再び着席していた。
「大統領。どうぞお席へ」
「……分かっている」
鼻白み、不機嫌そうにしながらもフィアに促されてバツの悪そうに席に着く。その際にフィアを軽く睨むことも忘れず、わざとらしく音を立てて椅子に座った。
「ご協力、感謝する。お時間もないとのことなので手短に済ませよう」
「して、陛下。追加の動議とは如何なるものなのでしょうか?」
連邦の代表が尋ねると皇帝は静かに立ち上がった。グルリとたっぷり時間を掛けて見回していく。
そして、その視線が最後に刺さるのは教皇。
「先日、スフィリアース女王陛下と会談を行った。その後、就寝中に女王陛下があわや殺害されそうになる事件が発生した」
会議場内が一斉にざわついた。視線が皇帝とフィアに交互に降り注ぎ、それと同時に、これまで犬猿の仲と思われていた帝国と王国、両国の関係が改善に向かっていることに気づいて、また違ったざわつきが混ざり始める。
「静かに」
それが皇帝の一言で静まり返る。再び場の意識が自らに集中したことを確認して息を軽く吸い込んだ。
「ご覧のとおり、スフィリアース女王陛下はご無事である。しかし犯人は陛下が信用する者を誑かし、あまつ禁忌である魔法による洗脳を使用して犯行に及んだ。幸いにも前もって気づけたから無事ではあったが、もし、巧妙な手段を見破ることが適わなければ、女王、そして私もまたこうした会を主催することは適わなかっただろう。そして――」
皇帝は厳しい顔つきをさらに厳しいものへと変え、正面を睨みつけた。
「その犯人を確保し、尋問した結果、教皇猊下の指示による凶行であると判明した」
「なっ……!?」
「猊下が……! 何かの間違いでは……?」
「間違いではない。証拠をお見せしよう」
皇帝が手を挙げる。それを合図として後方の扉が開いた。
入ってきたのはキーリとアリエスだ。そして二人に挟まれる形で縛られたマリファータが連れてこられた。
幾分やつれ、目も虚ろ。焦点が合わない状態でよたよたと歩き、膝を突いた。
「質問だ――アンタに、女王を殺すよう命令したのは誰だ?」
「……わ、たしは……」
「応えろ」
キーリがマリファータを引き寄せ、静かに、だが強く命令する。彼の黒い瞳が彼女の翡翠の瞳に映り込み、黒く染まっていく。
「わた、しは……全てを光神様に……捧げ、た……女王陛、下を消、すことこそ……光神様の御心に適うと……」
「敬虔なアンタに、そう命令したのは誰だ?」
「……」
「誰だ?」
「……――教皇、様からの……命令と聞きま、した……」
シン、と静かだった会議場が一層静まり返る。うるさいくらいの沈黙を感じながら、キーリはマリファータから顔を離した。
「――ご苦労さん。そしておやすみ」
マリファータの頭がグッタリとうなだれた。そしてその桃色の髪をアリエスがかき上げ、彼女の耳から下がる十字架のピアスと後頭部の生え際に刻まれた教会の紋章を顕わにする。
「――てことらしいぜ?」
「感謝する。
以上を踏まえ、教皇猊下の行いは世界の均衡を乱し、世界を混沌に導かんとする、決して許容できぬものであると考える。
故にこの場において、オースフィリア帝国皇帝・エドヴィカネル一世の名において、教皇国に対し非難を行うと同時に諸国の皆々におかれても本決議に賛成いただきたいと考える」
これまでにない緊張が場に走り、動揺と共に騒々しくなる。
そうした最中、皇帝はジッと教皇を見つめて続けた。
お読み頂きありがとうございました。
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