4-8. ただ願いを叶えたくて(その8)
初稿:19/08/22
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:女顔の闇神魔法使い+アホみたいなパワーを持つ剣士。パーティではアタッカー役。
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。早くシオンにhshsしたい。
アリエス:言わずとしれた筋肉ラヴァー。だが祖父の筋肉にはあまり惹かれない。
カレン:凄腕の弓使い。矢と同様に料理でも凄まじい力で食った人間の胃袋を破壊する。
ギース:パーティ斥候役。とりあえず舌打ちしないと落ち着かない。
シオン:めでたく新パーティリーダーとなった。パーティのみならずギルドを含めた愛されマスコット。
イーシュ:パーティの盾役。性格は良いが、恐ろしく女運がない。
シェニア:暇さえあれば仕事をサボろうとするギルド支部長。若い時の恋心は永遠に秘密。
仲間たちが本気の攻防を繰り広げ始めた横で、キーリたちの戦いもまた始まった。
マリファータが何処からともなく長剣と短剣を取り出して構える。そして巨体とは思えぬ疾さで室内を駆け抜ける。
調度品を弾き飛ばし、瞬く間に彼我の距離がゼロに。だがキーリは落ち着いた様子で影でできた剣を作り出し、受け止めた。
「その剣……! やはり貴方は生かしておけません!」
光神魔法とは対極にある漆黒の剣を睨み、マリファータは剣をぶつけ続ける。
強化された肉体から繰り出される一撃一撃は重く、そして剣においても短剣においても師範代というその腕前からの斬撃は鋭い。狭い室内においても武器の長さと壁との距離を正確に把握して淀みのない攻撃を続けていく。
それでもキーリは動じない。彼女の攻撃を受け止め、時に流しながら動かない。否、守勢ながらもキーリの方が前へ前へと圧力をかけていく。
「っ……! やりますね!」
「そっちこそ。イーシュの評価は誇張じゃなかったらしいな」
どれだけマリファータが打ち込んでいっても、キーリはまだ余裕を持って受け続けていた。彼女の赤く、鋭くなった双眸に焦りが徐々に生まれ始める。
こんなはずでは。せっかく光神様に力を授かったのにこんなことでは、光神様に申し訳が立たない。
「く、ぅっ……! ならば!」
マリファータは剣戟の勢いを利用して一度間合いを取った。そして直後に彼女の周りに幾つもの光の塊が生まれた。
「影を扱う貴方ならば、これは効くのではありませんか?」
無数の光の弾がキーリに向かって高速で飛来する。弾は途中で形を変え、光の矢となって降り注ぐ。キーリは幾分表情を険しくしながらも身を捩ってかわした。
矢が床に突き刺さる。直後、光が弾けて周囲一体が眩い閃光に染められた。
「くっ、キーリ!!」
眼を開けるのも難しいほどの清浄なる光の奔流。それが収まる前にマリファータが叫ぶ。
「清浄なる光精霊の輝き!!」
淀んでいたあらゆる物が浄化されるような感覚をフィアを始め、全員が感じ取る。闇が光に塗りつぶされる。暴力的なまでに純粋な光が世界を書き換える。
そうした後に作り上げられたのは、光神魔法で編まれた結界だ。
「……」
「どうです、光神様の御力は? 貴方が得意とするのは闇神魔法と見受けますが、であれば相当に苦しいのではありませんか?」
キーリは何も応えない。だが袖から出た白い皮膚から煙が上がり、火傷のような痕ができていく。
一歩踏み出す。が、その足取りは重そうであり、マリファータはほくそ笑んだ。
「神に、世界の理に仇なす存在……私程度が名乗るのはおこがましいですが、光神様の代理人として闇をばらまく貴方を討滅して差し上げましょう」
そう言ってマリファータは剣を握りしめ、何かをつぶやく。すると刀身が輝きを放ち始める。
白銀に染まるその剣を構え、マリファータはその赤い瞳をカッと見開き、叫んだ。
「死になさいっ!!」
溜めていた力を一気に解き放ち、光に溶け込むようにその姿が加速する。
迫る相手の姿。瞬きさえできない刹那の時間で互いの視線が交差した。
そして、マリファータの剣が振り下ろされた。
「……――!?」
しかしその刀身がキーリを斬り裂くことはなかった。
マリファータの剣がキーリの頭蓋に届く直前、彼の周囲から湧き出た漆黒の影が刀身を絡め取る。強い光の奔流の中でも砕けない黒い意志が剣にグルグルと巻き付き、放たれる光を全て奪い取っていく。
「……残念だが、アンタごときに殺されるわけにゃいかねーんだよ」
黒い影が刀身のみならず、マリファータの腕にまで巻き付いていく。剣を離してそれから逃れようとするが、キーリはそれを許さない。
「この……! 離しなさい! 離せと……!?」
叫びながら、しかしマリファータは全身の力が抜けていくのを感じた。膨れ上がっていた体が徐々にしぼみ、目の前のキーリを見下ろしていたはずの視線が逆に見上げる形へとなっていく。
「力が……光神様に頂いた力が……! 止めて! 離せ、離してっ……!」
「そうはいかねぇ。なにせアンタが自分で教えてくれたんだからな。
どう見たってアンタのドーピングは濃縮された魔素が原因。んで、時間が経てば元に戻る。それはつまり、アンタから魔素さえ剥ぎ取っちまえば良いってわけだ」
力が吸われていく。体を巡る魔素が異常な速度で放出されるばかりで、みなぎっていた全能感と共に失われていく。
絶望。やがて再び元の体躯へと戻ってしまい、今度は逆に途方もない倦怠感がマリファータを包み込んで膝を突いた。
「く……う、あ……!」
苦しげな声を上げるマリファータ。その背後で「ドンッ!」という何かが叩きつけられる音がした。
振り向けば、イーシュが壁に背を当て、力なく崩れ落ちていた。その正面には、フィアと、脚を振り上げた残心の構えをしたままのギースの姿があった。
「無事か?」
「ああ、なんとかな。しかし……やはり本気のイーシュは手強いな」
意識を失ったイーシュを見下ろしながらそうつぶやくフィアの額には大粒の汗。ギースの両腕にも幾つもの切り傷や痣ができていて、苦戦を伺わせた。
「ちっ……バカが。どうしてこいつはこんなにも女運がねぇんだ」
「やっと良い人と巡り会えたのねって、話を聞いた時は喜んだんだけど……どうして」
「仕方ないですよ……何年も家族同然に暮らしてた人が、まさかこういう人だなんて思いもしないですから」
残念さを押し殺すような声で口々に零す。キーリもまたグッタリとしたイーシュを見つめ、溢れる感情をため息に込め、黙って天井を仰いだ。
そこで、力を失ったマリファータが動いた。
「クソッ……まだここで終われないのよっ……!」
胸元に隠していた魔法陣を一気に投げ捨てる。その途端に一気に光が発せられ、暗闇に戻っていた室内がまた昼間以上の明るさとなった。
目が眩み、視界が奪われる。その直後にガラスが割れる甲高い耳障りな音が響いた。
程なく光が収まると、そこにあったのは砕けたガラスの破片と戦闘の痕だけ。マリファータの姿は何処にもなかった。
「追わなくて良いのか?」
「焦るこたぁねぇ。力はしっかり回収しといた。後は外の奴らがきっちりカタを付けてくれるさ」
エドヴィカネルの問いに落ち着いた様子で応じると、キーリは眠り続けているイーシュの傍で腰を下ろす。そして、彼の頭に手を当てるとそこから黒い雲のようなもやもやとした物がにじみ出ていく。
「どうする? やはり――」
「ああ――記憶を曇らせる」キーリはフィアに向かってうなずいた。「こんな記憶、思い出せないに越したこたぁねぇ」
「キーリさん……」
「シオン」
「僕もこんな、こんな事……忘れてしまった方が良いかもって思います。でも、それでも僕はそれは……」
「反対、か?」
シオンが表情を曇らせてうつむいた。だが無言でそれ以上は言わない。彼も理解しているのだ。
「いいわ、やりなさい」
「シェニア?」
「このことでもしイーシュくんに何かあっても私が責任を取るわ……
何もしてあげられないんだもの。せめて責任くらいは私に譲りなさい」
何処か泣きそうな瞳でシェニアは作り笑顔を見せる。その肩にエドヴィカネルが手をおき、そっと抱き支えた。
彼女の言葉を受け、キーリは静かにうなずくと不定形の雲をイーシュの頭にまとわりつかせた。気を失ったイーシュの口から微かにうめくような声がするが、程なく彼から穏やかな寝息が漏れ始めた。
キーリはそんなイーシュの頭を軽く撫で、「おやすみ」と声を掛ける。そして彼の体を抱え上げたところでカレンが呼んだ。
「イーシュくんは私が寝かせとくよ」
「結構重いぞ?」
「大丈夫だよ。キーリくんには及ばなくても、こう見えて結構力はあるから。
だから……キーリくんはあの人の方に行って」
感情を押し殺したままカレンがイーシュの体を抱きかかえる。彼女にとってイーシュは仲間でもあり、手がかかる弟のようなものでもある。掛ける言葉もなく、彼女は唇を震わせながらイーシュに自身の額を突き合わせた。そしてその顔を他の人に見せまいと背を向けると部屋を出ていく。
「キーリ……」
「ああ、分かってる」
キーリはうつむきながら小さく首を振り、フィアに短く応えるとガラスを割って出ていったマリファータの跡を追った。その姿をフィアは見送ると、腰に手を当て目を閉じて天を仰いだ。
「覚悟していたとはいえ……やはり辛いな」
「フィアさん……」
「心配するな、シオン。私は大丈夫だ」
そう言いながら、フィアはそっと自身の脇腹を軽く擦り、「痛いな……」と小さくつぶやいたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




