4-7. ただ願いを叶えたくて(その7)
初稿:19/08/17
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:女顔の闇神魔法使い+アホみたいなパワーを持つ剣士。パーティではアタッカー役。
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。早くシオンにhshsしたい。
アリエス:言わずとしれた筋肉ラヴァー。だが祖父の筋肉にはあまり惹かれない。
カレン:凄腕の弓使い。矢と同様に料理でも凄まじい力で食った人間の胃袋を破壊する。
ギース:パーティ斥候役。とりあえず舌打ちしないと落ち着かない。
シオン:めでたく新パーティリーダーとなった。パーティのみならずギルドを含めた愛されマスコット。
イーシュ:パーティの盾役。性格は良いが、恐ろしく女運がない。
シェニア:暇さえあれば仕事をサボろうとするギルド支部長。若い時の恋心は永遠に秘密。
全ての明かりが消えていた。
部屋はおろか、広大な国王別邸に張り巡らされた廊下の照明も落とされ、数少ない芸術品として飾られた絵画の中から名もなき人々が瞬きせず見下ろしている。
夜に相応しい静寂が立ち込める。そして、それを乱すまいとばかりに足音を消して進む者がいた。
敷かれた絨毯の上を、なおも音を減じようとばかりにゆっくりと踏みしめる。ほんの僅か、衣擦れの音だけがノイズのように静寂に入り混じった。
「……」
にもかかわらずその人の眼は虚ろであった。瞬きさえも乏しく、何処かぼんやりした様子。それでも一歩、また一歩と目的地へと向かっていった。
やがてとある部屋の前で立ち止まった。両開きの扉が主の休息を妨げまいと立ちふさがっている。
静かに取っ手を下げる。鍵が掛かっている可能性もあったが、扉は抵抗もなく開いた。どうやら酒のせいで鍵を掛けるのを忘れてしまったらしい。
ゆっくりと扉を開いて中に侵入する。広い部屋にはソファやテーブルなどの高級な調度品が置かれ、ワインらしいボトルが一本あった。
そして部屋の奥には大きなベッドがあった。白い清潔なシーツには膨らみがある。夜も遅い時間。部屋の主人は当然ながら寝息を立てている。
一歩、近づく。反応はない。規則的な寝息だけが続く。それを受けて侵入者はベッドへと近づいていった。
窓から微かに入る月明かり。暗闇に慣れた瞳でもまだ覚束ないが、それでもベッドの中にいる人の特徴的な髪は目についた。
炎神の加護を象徴するような真紅の髪。枕にそれが広がり、赤子のように体を丸めて眠っている。
部屋の侵入者はその姿を見下ろして口元だけを歪めた。虚ろな眼と対象的に、口元に浮かぶのは恍惚。不気味な笑みを浮かべたまま、手に握っていた一振りの剣を引き抜いていく。
ゆっくり、ゆっくりと引き出される剣。するすると鞘を滑り、空になった鞘をベッドの上に静かに置く。通常とは逆向きに柄を握りしめ、ベッドの主の横に立つ。
「……全ては、光神のご意思のままに」
かすれるような声でつぶやく。そして――彼は握りしめた剣をベッドに突き刺した。
ずぶり、とした肉を断つ感触が伝わってくる。シーツの下からはビクン、といった反応と喉の詰まったような声が響いた。
真っ白だったシーツに赤黒いシミが広がっていく。シーツの膨らみと剣の位置から考えて、まず間違いなく致命傷。次第に痙攣していた体が動かなくなり、目的を果たしたと確信した。
「……無事に達成できたようですね」
扉の隙間から女性の声が響いた。部屋の中へ進むと月明かりの下で桃色の髪が顕になる。
マリファータは穏やかな笑みを――イーシュに向けた。
「お疲れ様でした。これで光神様もお喜びになるでしょう」
ぼんやりした様子のイーシュに労いの言葉を掛けて抱きしめ、神から授かった使命を果たした高揚感に満ちた満足げな表情を浮かべてベッドへと近づいていく。
この使命はなんとしても果たさねばならず、万が一にも生き残ってもらっては困る。だから彼女は、女王・スフィリアースが絶命していることを確かめようとシーツに手を掛けた。
そんな彼女の腕を――ベッドから伸びた腕が掴んだ。
「……っ!」
予想外のことにマリファータの心臓が跳ね上がり、飛び退こうとした。だががっしりとつかまれたその腕が離れることはない。引き剥がそうとしても剥がれず、とても死にかけの人間の力とは思えなかった。
さらに、シーツの下から怨嗟の声が届いた。しかしその声は、彼女が想像していたような声ではなかった。
「やぁーっと来てくれたな。あんまり遅ぇから、こんまま眠っちまうかと思ったぜ」
ずり落ちたシーツの奥から現れたのは部屋の主であるフィア――ではなく、キーリだった。空いた方の手で髪を掴み引っ張ると、ズルリとかつらが取れて真っ黒な髪が顕になった。
「ずいぶんと光神様にご執心のようだが、そんなにカミサマに認められたいか?」
「ぐっ……! この、離せ! イーシュっ!!」
マリファータが呼ぶと同時に、イーシュが飛び込んでくる。無言のままキーリに掴みかかり、やむなくマリファータの手を離してベッドから転がり落ちるようにしてかわす。クルリと回転して着地し、その拍子に体を隠していたシーツがずり落ちた。
そこには確かにイーシュの剣が突き刺さっていた。左の脇腹から深々と体を貫き、傷口からは真っ赤な血がボタボタと流れ落ちている。動いた弾みでキーリは痛みに多少顔をしかめるものの、直立した姿勢に重症さを感じさせることはない。
「ったく、これでも結構痛ぇんだから大人しくしといてくれよな」
そうぼやきながら剣を引き抜く。剣先からヌラリとした血が垂れ落ちていく。剣を一振りしてそれを払い飛ばすと、適当に放り捨てる。その時には、すでにキーリの出血は止まっていた。
「この化物め……!」
「化物ねぇ……夜中に人を殺そうとするアンタの方がよっぽど化物のような気がすっけどな」
「うるさいっ!! あの女は邪魔なのよ……! 女王を殺せばこの世界は善き方向へ導かれていく……これは崇高な使命。全てはあの御方の御心のままに――」
「そこからの話は我々も一緒に聞かせてもらおう」
低い男性の声が届く。すると、突如として明かりが点いて部屋を照らし出した。
ハッとしてマリファータが振り向けば、そこにはエドヴィカネルやフィア、ギースにシオン、シェニアといったメンバーがいつの間にか揃って入り口を塞いでいた。
「っ……!」
「そこまでだ。大人しくしていてもらおう。
全てを正直に話しさえすれば身の安全だけは保証してもいい」
「……そう、今日のパーティも全部罠だった、というわけなのね」
「そういうことだ」
「普段は近づけぬ場所に堂々と入れ、しかも宴席とくれば間違いなく動くだろうと思ったからな」
険しい表情で降伏を迫るフィアを、マリファータは睨みつけた。普段の物柔らかな姿勢は消え失せ、視線には憎しみ。胸元に掛けられているであろう教会の象徴である十字架を服の上から握りしめた。
「さあ。逃げ場所はもうない。諦めるんだ」
「……いえ、まだよ」
静かなつぶやき。それと共にイーシュが腰に携えたもう一振りの剣を取り出してマリファータをかばうようにして立ちふさがる。そしてその切っ先をフィアへと向けた。
「イーシュ……!」
「全ては光神様のため……光神様の心に従いさえすれば……俺は、俺は……」
虚ろな瞳を彼女に向け、ブツブツとつぶやく。それでも剣の構えには隙がない。
「イーシュ! いい加減眼を覚ませっ!!」
「無駄よ」
イーシュの背後からマリファータが怪しげな声を発した。両掌が光り輝き、彼の頬や顎先を撫でながらドレスの裾から伸びた肢体がイーシュに絡みつく。
「イーシュさん? 貴方の使命は唯一つ。あの方に仇なす者全てを討ち滅ぼすこと。そうすればきっと、あの方も貴方にお応えしてくれるわ。力を授けてくれる。
そう――誰よりも貴方は強くなれる」
「つよ、く……?」
「ええ。だから、その御心に従いましょう」
マリファータの囁きと共にイーシュの瞳が赤く染まっていく。剣を握る腕に力が込められ、虚ろな瞳ながらも顔つきがいつもの戦闘用のものへと変わっていった。
「俺、は……お前らよりもつよ、く、なりた……い」
「イーシュさん! 待ってくださいっ!!」
「ちぃっ……あの、バカがっ……!」
「フィアさんとエヴィは下がって!」
シェニアがいち早くフィアとエドヴィカネルの二人の前に立つ。その顔には苦渋。まさか教え子と戦う羽目になるとは。
そしてそれは他のメンバーも同じだった。シオンもギースもそれぞれに武器を構えるが、衝撃と困惑が拭えない。
にらみ合う両者。隙を伺いながらジリジリと間合いを測っていく。
「……で、アンタは一人高みの見物ってか」
「まさか」キーリと向き合い、マリファータは不敵に笑った。「貴方に邪魔をさせないためです。キーリ、と言いましたね? 他の人たちはともかく、貴方は仲間に手をかけないほど優しくはなさそうでしたので」
「よくご存知で」
キーリは自身の脇腹を擦った。
「洗脳された状態とはいえ、ぶっ刺されりゃ一発ぶん殴りたくもなるだろ?」
「痛みますか?」
「多少な。けどたいしたこたぁねぇ。アンタをぶん殴ってひっ捕まえたら忘れちまうくらいのもんだよ」
「怖いことを仰る御人ですね。では私も――全力で抗いましょう」
言うやいなや、マリファータは胸元からカプセルを取り出した。
白と赤の二色で構成されたそれは、何処か禍々しい雰囲気を放っていた。キーリの眼には渦巻く濃厚な魔素の存在が映り、無意識に眉間にシワが寄る。不気味なそれを、マリファータはためらいなく飲み込んだ。
その途端、マリファータが一瞬苦しげな声を上げて身を捩った。体から白煙が上がり、その周りを濃密な魔素が覆い隠していく。
魔素のベールが神経を逆なでする。ゾワリ、とした感覚が同じ場にいるギースやシェニアたちを襲い、鳥肌が立って勝手に体が震えた。
「なにが……!?」
シェニアたちは初めて見る光景。だがキーリ、そしてフィアには見覚えがある。
「キーリ……!」
「ああ、こいつは――」
オーフェルスの時と同じ。二人がそれに至ったと同時に魔素が一気に晴れていった。
そこにいたのは、先程までのマリファータではなかった。
しなやかな女性らしさを保っていた肢体は、今は発達した筋肉で膨れ上がっている。体長もキーリを上回るほどに巨大化し、好戦的な笑みを浮かべたその口元からは鋭い牙が伸びていた。オーフェルスの時に比べて遥かに人間としての面影を残しているが、それでもすでに人間としての姿ではなかった。
「文字通り身も心も化物って感じだな」
「とんでもないわ。これこそあの御方から頂いた力。これさえあれば、私ごときでもかの英雄たちと匹敵できるもの。忠誠を誓った方からの頂き物……拒否する理由なんてどこにもないわ」
獣じみた口元を醜悪に横に広げて赤い瞳で笑う。暴力的な衝動と全能感が彼女を支配し、しかし見開かれた瞳の端から一粒の涙が零れ落ちた。それが何なのか、そもそも涙が零れたことすら彼女は気づかず、キーリもまた指摘しても栓のないことだと見ないフリをした。
「……同情するぜ。さっきから言ってやがる『あの御方』とやらのために人間まで捨てるとはな」
「あら、心配してくれてるの? 大丈夫よ、時間が経てば元に戻るから」
「へぇ……そりゃいいこと聞いたぜ」
「もっとも、そんな心配は最初から必要ないわ。だって――貴方たちはみんなここで死ぬんだものっ!!」
マリファータだった者は、太く長くなった両腕を大きく広げて叫んだ。
「さあ、イーシュさん! 今の貴方の力なら勝てます! お仲間たちに、貴方の真の実力を見せつけて上げなさい!!」
果たして、イーシュはマリファータに煽られるままに駆け出した。眼には憎悪。両手には剣と、光神魔法で作られた鈍色に輝く剣が握られていた。
迷宮で共に戦った時よりも速く、力強く襲いかかる。ギースだけでは受けきれないと直感で理解したフィアはとっさにシオンを押しのけて剣を繰り出した。
「フィアさん!? ちっ、仕方ないわね!!」
二人の剣がぶつかりあった直後、シェニアが無詠唱で風水神魔法を放った。凍てつく氷のミストをイーシュの周囲にまとわせるが、イーシュはすばやく剣を振り払って魔法を散らす。
そこに氷の散弾が飛来する。イーシュは後退しながらそれらを全て薙ぎ払っていってダメージを受けない。そこにギースが飛びかかり、魔素をまとわせた両手のナイフを振るい始める。が、ナイフが光に接するとそこから刃にヒビが入り始めた。ならば、とギースはナイフを捨てて体術での攻撃に切り替えるが、イーシュは両手両足を巧みに使ってそれを受け止めていった。
「クソがっ!」
ギースは吐き捨て、繰り出された剣戟を仰け反ってかわす。ギリ、と歯が苛立ちにきしみ、そしてその額には冷たい汗が流れ始めていた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




