4-5. ただ願いを叶えたくて(その5)
初稿:19/08/10
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:女顔の闇神魔法使い+アホみたいなパワーを持つ剣士。パーティではアタッカー役。
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。早くシオンにhshsしたい。
アリエス:言わずとしれた筋肉ラヴァー。だが祖父の筋肉にはあまり惹かれない。
カレン:凄腕の弓使い。矢と同様に料理でも凄まじい力で食った人間の胃袋を破壊する。
ギース:パーティ斥候役。とりあえず舌打ちしないと落ち着かない。
シオン:めでたく新パーティリーダーとなった。パーティのみならずギルドを含めた愛されマスコット。
イーシュ:パーティの盾役。性格は良いが、恐ろしく女運がない。
「フィアさんっ!?」
思わずカレンが声を上げる。それはフロア中に伝わって、冒険者、職員問わず一斉に視線がフィアの方へと向いた。
ざわめき立つ。しかしそれも無理なからぬことである。今や一国の王が現れたのだ。しかも冒険者として、このスフォンの街で育った彼女が、だ。羨望と誇りに満ちた視線を向けられ、フィアは面映い思いを懐きながらも仲間たちに近寄っていく。
「久しぶりだな、みんな。元気にしてたか?」
「え? なんでフィアさんが? え?」
「おいおい、マジかよ! 久しぶりじゃん! 元気にしてたか!?」
「テメェ、王様の仕事はどうしたんだよ。まさかシェニアだけじゃなくテメェまでサボってんじゃねぇだろうな?」
「まさか」ギースのからかう声にフィアは苦笑した。「今、王国の各地を視察して回っているんだ。城にいるだけだと、どうしても現地の状況は伝わってこないからな」
「ハッ、いい気なもんだ。ンで、ンなカッコしてるってことは、お忍びってやつか」
「ああ。大々的になると、みんな取り繕って実態を見せてくれないからな。
せっかくスフォンに来たから、ひょっとしたらみんなと会えるかと思って寄ってみたんだが……どうやら私の運はまだ尽きてなかったらしい」
そう言ってフィアはギース、カレン、イーシュ、シェニアと順々に顔を見ていく。
そして――
「……」
スッと流れるような動作で辿り着いたのはシオンの背後である。スッポリと懐に彼を納め、サラサラとした髪の中に顔を埋める。その途端に恍惚として、一瞬でだらしなく表情が崩れた。
「うん……やっぱりここが一番落ち着くな」
たっぷりとモフモフとシオンの感触を堪能すると、さも真面目くさった顔に戻して一人頷く。しかしながらその顔の下半分は真っ赤な鼻血で染まっていては「何言ってんだコイツは」である。
抱き寄せられているシオンも、一国の王に抱きしめられているという相当に名誉な状態のはずではあるのだが、彼女から放出される熱い血潮によって視界がみるみるうちに赤く染まっていき、為されるがままに無表情で遠くを見つめていた。中々にシュールな光景である。
「王様になっても相変わらずかよ、アイツは」
「ま、フィアだしな。ずっと城だ、外交だ、社交だって慣れないことばっかやってたからストレス溜まってんだよ」
「……ここはむしろ、王様になってもフィアが変わってない事を喜ぶべきなのでしょうね」
アリエスの言う通り、自分たちの知る彼女と変わってないことを喜ぶべきなのか、はたまたそろそろいい加減に卒業しろよ、とツッコむべきなのか。
「クク、クックック……なるほど、どうやら女王陛下が仰っていたのは本当のようだ。良い仲間たちに恵まれたようだな」
各々が呆れたり生暖かい眼でフィアとシオンの絡みを眺める中で、フィアの傍にいて黙っていたフード姿の男性が徐に笑い声を上げた。
お忍びでやってきたフィアの護衛かと思っていたが、どうにも声質が年配の人物である。喋り方も部下にしては不遜で、だがその喋り方は堂に入って、気を抜けばシオンは跪きそうになる。
「あの……こちらの方は……?」
「シオンはなんて柔らかくて抱き心地がいいんだろうな、hshs……む? ああ、すまない、紹介を忘れていた。こちらは――」
「結構。陛下はそのまま彼との久しぶりの邂逅を堪能したまえ」
シオンの髪から顔を上げたフィアを制し、男性は自らフードを脱いでその顔を晒した。
見た目の齢は五十程。フィアよりも背が高く、体格も良い武人としての雰囲気を放つ男性だ。現役を退いて久しいのだろうが瞳には強い覇気が宿っていて、カレンは少し身震いし、ギースは怪訝な表情をしつつ腰のナイフに手を伸ばした。
だがそんな彼らの間を抜けていく。振り返った彼らの視線にいるのはシェニア。珍しく窓口の奥で彼女が呆然としていた。
「自己紹介の前に、再会の挨拶をさせてもらおう。
久しぶりだな、シェニア。息災か?」
旧知の間柄、といった様子で彼はシェニアを見つめた。相変わらずシェニアはポカンと間の抜けた顔を晒していて、そんな彼女を常にはない柔らかい瞳で男性は見下ろした。
「あの、シェニアさん?」
カレンがシェニアの肩を叩きながら声を掛けたことでシェニアはようやく再起動を果たした。そしてすぐに窓口に脚を掛け、長いスカートをはためかせながら飛び出した。
「はしたないぞ?」
「うっさいっ! ちょっと黙ってなさい!」
たしなめた男性にピシャリと言うと、他の窓口嬢たちに「ごめん! 後よろしく!」と叫んで二階の方へと男性を引きずっていった。
シオンの感触を堪能し終えたフィアは軽く肩を竦めると彼女たちを追って二階へと向かった。それにキーリとアリエスが続き、残されたカレンたちも互いに顔を見合わせると遅れて二階へ上がっていく。
本来ならば用無しに入ることを禁止されている二階を抜けて更に上の三階に昇ると、ちょうどシェニアと男性が支部長室に入っていくところで、当たり前のようにフィアたちも入室する。入って良いものか逡巡しているカレンたちをアリエスが手招きし、あの場にいた全員が入ったところで、ドアが閉まりようやくシェニアは男性を解放した。
「相変わらず強引な奴だ。歳を食っても変わらぬものよ」
「そんなことはどうだっていいの。
……なんでアンタまでこんなとこにいるのよ?」
苦笑を浮かべる男性を睨みつけ、シェニアはソファにどさりと体を預けると「うあ゛ぁぁ……」と濁った声で疲れた悲鳴を上げた。
「なに、陛下のお供だよ。俺もしばらく王国には来れていなかったしな。女王陛下がスフォンに立ち寄るというから、どうせならばお前もいることだし俺も一緒に視察でもさせてもらおうと思って来たまでよ」
「……全くの予想外だわ。もう二度と会うことはないと思ってたのに」
「会いたくなかったか?」
「そうは……言わないけれど……」
顔を覆ってシェニアは項垂れた。本気で頭を抱えるという珍しい姿に、カレンたちは首を捻り、キーリたちは苦笑いを隠せない。
どうやらシェニアと男性が浅からぬ仲だということは分かったが、正体はさっぱりである。二人の関係が気になって仕方ないカレンは、口を挟もうか迷いつつも好奇心が勝った。
「ええっと、それでこの人はどなたなんですか?」
「ああ、結局自己紹介がまだだったな。失礼した。他の関係ない者もいないことだし、名乗らせてもらおう。
俺はエドヴィカネル。エドヴィカネル・ツァル・ヴィルヘルム一世だ」
「……信じられないでしょうけれども」アリエスがため息まじりに正体を告げる。「この方はオースフィリア帝国の現皇帝陛下その人ですわ」
「こっ、皇帝……!?」
眼の前の人物がまさかの人であることに、カレンやシオンは目を剥いた。心の準備など全くできておらずオロオロとしながらも慌てて跪き、だが隣で「ふーん」と言わんばかりのイーシュの膝をカレンが叩いて同じ様に跪かせた。
「し、失礼しましたっ!!」
「良い。ギルドでそのような態度は不要だ。ギルドは権力には媚びぬのだろう?」
「ですけど……」
「今は単にフィア女王陛下とシェニアの友人くらいに思っていれば良い。それとも自国の王である女王陛下には跪かぬのに俺には跪くのか?」
面白がるように述べるエドヴィカネルだが、かと言って言葉通りに受け取って良いものか。泣きそうな顔でカレンとシオンはフィアに助け舟を求めると、フィアも「あまりいじめないであげてください」と笑いながらカレンたちを立たせた。
「大丈夫だ。この人がこう仰る時は本気でそう思ってるんだ。私に話すように楽にしてくれていい」
「なら……」
おずおずとカレンとシオンは立ち上がるが、やはり態度に困っている様子だ。対してイーシュは「いってぇなぁ」とぼやきながら叩かれた膝をさすり、ギースに至っては舌打ちして不満そうにエドヴィカネルを睨む。
「どいつもこいつも……王様や貴族ってのはンなに暇なのかよ?」
「だとしたらお主に変わってやろうか?」
「ぬかしやがれ。俺みたいな連中増やす真似だけはしてたまるかよ」
「えーっとぉ、それで、その皇帝陛下がフィアさんと一緒にここに来て……何かあったんですか?」
「先程も言っただろう? 視察がてらシェニアの間抜け面を眺めに来ただけだ」
「……本気ですか?」
「こいつは昔っからこういうところがあるのよ……」
頭痛を堪えるように頭を押さえると、顔をブサイクに歪めて心底嫌そうに「しっしっ」と手を払った。
「私のキレ~な顔見れて満足したでしょ? ならさっさと帝国に帰りなさいよ」
「つれない事を言うな。この後には女王陛下の別邸で共に食事だ」
「あっそ。なら、悪いけどフィアさん。この男をとっとと別邸にご招待してあげて」
「……さっきから聞いてっと、ずいぶんとテメェら仲良いんだな」
「だ、誰がっ――!」
ギースの冷静なツッコミに反射的にシェニアは顔を真赤にする。口をパクパクさせて反論しかけるが、それよりも先にエドヴィカネルの愉快げな笑い声が響いた。
「はっはっはっ! 確かにそうかもしれんな」
「確か、お二人の付き合いは長いんでしたわよね?」
「まあな。俺が冒険者として活動した頃だから、もう三十年程前か?」
「へぇー、皇帝サマも冒険者なんてするのかよ?」
「帝国は武を重んじる国だから、代々皇子には冒険者として迷宮に放り込んでくのよ」
エドヴィカネルに向けられた質問だったが、なぜかシェニアが不機嫌そうにしながら答えを引き取った。
「で、私は当時のお守り役ってワケ。とんだクソガキの相手だったわ」
「クックック、お前も似たようなものだっただろう。よくお前が突っ走っていくのを止めたものだ」
「何言ってんのよ、モンスターが出たら何も考えず突っ込んでいくのはアンタの方じゃない。そのせいでどんだけ私が死にそうになったか、数えるのもヤになるくらいだわ」
「む? 真実を捻じ曲げるのは感心しないな。そもそも死にそうになるのはいつも、調子に乗ったお前が先走った事が原因だったではないか」
「年取って耄碌した? 私はいつだって先走るアンタを抑える役だったでしょうが。だいたいねぇ――」
「どうやらお前の老化は頭の方に集中してしまったらしいな。言っておくが――」
少年・少女時代の二人の歴史認識の齟齬。それを巡って徐々に二人はヒートアップしていく。互いに一歩も譲らず、冷静さの皮も剥がれてどちら側も今にも掴みかかっていきそうであった。
額を突き合わせてにらみ合う両者。年齢にそぐわない子供っぽい姿。つまり、本当に二人の関係は――
「超絶に仲良しだったみたいだね」
「……ですね」
というカレンとシオンの感想に尽きた。
「……コホン。シェニア、とりあえずそのくらいで」
「陛下も。お二人が喧嘩する程に仲が良いことは十分に伝わりましたわ」
フィアとアリエスにそれぞれたしなめられ、二人は突き合わせた額を離す。アリエスの言い方にシェニアはまだ何か言いたげであったが、それを堪えて代わりにため息を漏らした。
「……そうね。ったく、いい歳して私も何してるんだか。
ところで……アンタたち、エドヴィカネルが今日来ること、知ってたわね」
「まーな」
口をとがらせてキーリとアリエスを睨むが、二人揃ってどこ吹く風、という様に笑うだけである。
「そりゃやっぱ皇帝陛下と女王陛下から頼まれたんなら黙っとくしかねーだろ」
「嘘おっしゃい。アンタならそんな事気にしないクセに……
あーあ、ということはミーシアもグルってわけね。一杯食わされたわ」
「でも悪くなかったろ?」
キーリが尋ねるが、シェニアはもう一度ため息を漏らしてそれには返事をせず、執務机の椅子に向かってクルリと全員に背を向けたのだった。
「さて、陛下。シェニアにも会えて満足できましたでしょう? 私たちはそろそろ戻りましょう」
「うむ、そうしようか」
「っと、そうだ。さっきも言ったとおりこの後私と皇帝陛下は王族用の別邸で食事をするんだが、ぜひともみんなも来てほしいんだ。どうだろう?」
「えっ!?」
「はぁっ?」
「マジでっ!? 良いのかよ!?」
唐突なフィアの申し出にシオンとカレンは驚き、ギースは心底嫌そうに、イーシュは顔をパァッと輝かせた。
「もちろんだ。別に畏まった席では無いし、陛下の人となりは……今しがた見てもらったとおり気さくな方だから多少の無礼であっても笑い飛ばして頂ける。部屋も余ってるからな。酔いつぶれても問題ないぞ?
それに、イーシュ」
「なんだ?」
「話に聞いたんだが、結婚するんだろう? 今の私は気軽に顔を出せる立場ではないからな。マリファータさん、と言ったか。彼女も呼んで、この機会にぜひとも二人の新しい旅立ちを祝福させてくれないか?」
「おっしゃ! わかったぜ!
んじゃ今からひとっ走りして呼んでくるから、メッチャクチャ美味い飯用意しといてくれよ!」
勢いよくイーシュが部屋を飛び出していき、あっという間に見えなくなったその後姿を、皆それぞれに苦笑を浮かべつつ見送った。
「みんなも一度戻って準備ができたら好きな時に来てくれ。
それからシェニアも、ぜひ。ミーシアさんには話を通してあるからな」
「はいはい。私もぜひ参加させてもらうわよ」
背中を向けたまま、半ば投げやりに手をひらひら振ってシェニアが応じる。その様にフィアは小さく笑いながらエドヴィカネルを促した。
「では、陛下。私たちも参りましょうか」
「うむ。スフィリアース陛下と一足先に晩餐を始めておくとしようか」
「エドヴィカネル」
フィアと出ていこうしたエドヴィカネルを、シェニアが昔の呼び方で呼んだ。
その懐かしさに一瞬だけ戸惑い、遠い昔の微かな胸の高鳴りを思い出しながら、そんな自分に苦笑いを浮かべつつエドヴィカネルは振り向いた。
そこには――当時と同じ様に照れくさそうに笑うシェニアが、いた。
「ずいぶん遅れちゃって今更だけど……皇帝就任、おめでとう」
「……本当に今更だな。だが……ありがとう。君からそう言ってもらえて、嬉しく思う」
あちこちに刻まれたシワを一層深くして、けれどもエドヴィカネルは少年の様に笑顔を返した。
では、後ほど。笑みを向けたのは一瞬だけで、エドヴィカネルはマントから出した手を振ると、振り返ることなくそのまま部屋から出ていく。
バタン、と音がしてシェニアは一人部屋に残る。閉じてもなお彼が出ていった扉を見つめていたが、やがて軽く息を吐き出すとドサっと椅子に腰を下ろした。
「ありがとう、か……何十年ぶりかしらね?」
思わず笑みがこみ上げてくる。だがこうしてはいられない。
シェニアは「よしっ!」と気合を入れると、急ぎの書類を片付けるために転がっていたペンを強く握りしめたのだった。
が、その直後に扉がノックされ、彼女は「もう」と小さくぼやくと「どうぞ」と声を張り上げた。
果たして――先程出ていったはずのキーリが開いた扉の向こうで、眉間に深いシワを寄せて立っていたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




