4-4. ただ願いを叶えたくて(その4)
初稿:19/08/07
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:女顔の闇神魔法使い+アホみたいなパワーを持つ剣士。パーティではアタッカー役。
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。早くシオンにhshsしたい。
アリエス:言わずとしれた筋肉ラヴァー。だが祖父の筋肉にはあまり惹かれない。
カレン:凄腕の弓使い。矢と同様に料理でも凄まじい力で食った人間の胃袋を破壊する。
ギース:パーティ斥候役。とりあえず舌打ちしないと落ち着かない。
シオン:めでたく新パーティリーダーとなった。パーティのみならずギルドを含めた愛されマスコット。
イーシュ:パーティの盾役。性格は良いが、恐ろしく女運がない。
「はああぁぁぁぁっっっっ!!」
気合を裂帛に込めてアリエスが駆けた。使い慣れた特注のエストックを右手に握り、土の地面を蹴る力が一歩、また一歩と力強いものへと変化していく。
向かう先にいるのは巨大な蟻、アイアン・アント。鋼鉄を思わせる固い表皮をまとうことからそう名付けられたモンスターで、その防御力と強力な顎での噛みつき攻撃、加えて集団で現れる特性からBランク下位に位置づけられている厄介な敵だ。
その一体を前にして、しかしアリエスは臆しない。勝ち気なその瞳には勝利しか見えておらず、それを疑う余地はない。
「水精霊の遊戯!!」
予め詠唱していた水神魔法を叫ぶ。それと同時にアイアン・アントの足元から氷の杭が幾つも生えてくる。だがアイアン・アントは四つん這いとは思えない驚異的な脚力で飛び跳ね、かろうじてダメージを避ける。そしてそのまま、迫りくるアリエスめがけ上空から襲いかかった。
「させないからっ!!」
しかしその体が彼女に覆いかぶさる前に、後方から高速の矢が強かにアイアン・アントの表皮を叩いた。風神魔法の込められたその矢は並以上の敵であれば容易く貫くが、類まれな防御力を誇るモンスターを貫くには至らない。
それでも矢は固い表皮をへこませながらアリエスよりも大きな体を弾き飛ばしていく。アイアン・アントは空中でひっくり返るも、巧みにバランスをとり通常位で地面に着地した。
「地精霊と水精霊の遊戯!」
その足が深く沈んだ。シオンが唱えた魔法に足を取られ、アイアン・アントの動きが鈍る。そこにすかさずアリエスが右腕を大きく後ろに引いたまま走り込んできた。
繰り出されようとする一撃。避けるのは困難と本能で判断したか、アイアン・アントの口が開いてそこから液体が吐き出される。体内で生成された強力な蟻酸。まともに浴びればそれだけで戦闘不能、武器や防具に掠めればもう使い物にならない攻撃が彼女に向かっていく。
だがアリエスはそれを予想していた。クルリと踊るように体を反転させながら地面を滑っていくと、深く腰を落とした状態から溜めていた力を解放した。
「こぉれでも食らいなさいなっっ!!」
高速で繰り出される無数の刺撃。残像が見えるほどの攻撃がアイアン・アントの体を突き飛ばした。モンスターの体は宙に浮かび上がり、そこに彼女は渾身の一撃を浴びせた。
右腕が振り抜かれると同時にアイアン・アントが弾き飛んでいき、大きな音を立てて迷宮の壁へと激突した。仰向けになって倒れ、腹がむき出しになる。
そこに追撃のエストックが深く突き刺さり、六本の足を不規則に動かしていたその体がやがて動きを止めた。
「ふぅ……終わりましたわね」
アリエスは動かなくなったモンスターを見届けると、大きく息を吐いて緊張を解き、額の汗を拭った。
振り返って周囲を見回すと、残りのアイアン・アントも皆事切れておりこの場での戦闘が完全に集結したことが伺えた。
「お疲れ様です、アリエス様!」
「怪我はありませんか?」
共に戦っていたカレンとシオンが駆け寄ってきて、アリエスは彼らと順にハイタッチすると満足そうに微笑んだ。
「ええ、特にダメージはありませんわ。お二人こそお疲れ様」
「であれば良かったです。後はキーリさんたちの方ですけど――」
「こっちも終わったぜ」
迷宮の奥側から声が届き、暗がりの中からキーリ、イーシュ、ギースの三人が元気な姿を見せた。
「そちらも大事なさそうですわね」
「へっへっへ! アリエスだけに良いカッコはさせらんねーからな!」
「けっ、弱点が分かってんだから楽な狩りだよ」
ギースが舌打ち混じりに応えるが、決して楽な相手ではない。群れならばともかく、単騎ではCランク程度とはいえ、アイアン・アントに勝てる冒険者は数少ないのだ。キーリという反則級の人間がいるとは言っても、そこを無傷で切り抜けるのは伊達ではない。自分が抜けた後もさらに成長を続けている仲間たちの姿にアリエスはつい頬を緩めるが、それを見たギースが「あぁ?」と毒づいた。
「なにニヤニヤしてんだよ?」
「別に。ただワタクシがわざわざ鍛え直さなくても大丈夫だって分かって微笑ましくなっただけですわ」
「ちっ、しばらく現場離れてたテメェにだきゃ言われたかねぇよ」
「でもアリエス様も全っ然鈍ってないですよね。せっかく良いところ見せようと思ったのに、結局美味しいところ持っていっちゃうんですもん」
「それは当然ですわよ。ワタクシだって怠けていたわけではありませんもの」
そもそもが帝国内でも武を尊ぶ家柄である。貴族としての生活が忙しいとはいえ、鍛錬を彼女が欠かすことはなく、まして祖父が祖父である。真剣勝負の緊張感を失うことなどありはしない。
「んじゃとっとと素材集めて戻るか」
「そうですね。アイアン・アントの件もシェニアさんに報告しないといけないですし」
彼らが戦った階層は、Dランク上位クラスの冒険者も足を踏み入れる可能性がある場所だ。これまでにアイアン・アントが確認されていた階層よりもずっと上層であり、改めてギルド内で情報を共有してもらう必要がある。シオンはメモを取り出して階層を記録すると、彼も素材集めに加わっていく。
「……早いとこなんとかしねーとな」
「そうですわね……」
素材を切り分けながらつぶやいたキーリに、背中合わせでアリエスが応えた。このままではいずれ、駆け出しの冒険者が迷宮に入れなくなってしまうし、最悪の場合、オーフェルスのようにモンスターが外へ溢れ出してしまいかねない。
「上手く……いくといいですわね」
「だな」
他のメンバーに聞こえない程に小さな声でささやきあう。
あと、少し。不安と緊張を心の奥底に押し隠しながら、二人はそれきり素材集めに集中するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
これまでに拾った素材を含め、アイアン・アントの素材を持てるだけ持ち帰ったキーリたちはその足でギルドに向かった。夕刻も近くなり、買い物客やレストランに向かう人たちで賑わう大通りを抜けつつも、香ってくる良い匂いにイーシュなどは度々足を止めそうになる。
「あ~、腹減ったなぁ……なぁ、ギルドの前にちょっとだけ飯食って行かねぇ?」
「イーシュ……テメェ、素材持ったまま店に寄るつもりかよ」
「夕餉にはまだ早い時間でしてよ。ギルドに寄ってもそんなに時間掛からないんですからもうちょっとくらい我慢なさいな」
イーシュの提案をギースとアリエスがバッサリと切り捨て、イーシュは悲しそうに眉尻を下げた。それでも尚、指を加えて名残惜しそうに露店の串肉を見つめる彼を、カレンが耳を引っ張っていった。
「ふぅ……やっと着いたぜ」
そうして辿り着いたギルドの中は空調が効いていて、イーシュは先程までの空腹を忘れたかのように涼し気な風を浴びに、魔法陣の方へと一目散に向かっていく。魔法陣の真ん前に陣取って涼風を一身に浴びてだらしなく姿勢を崩して椅子に座た。
その姿にメンバーたちは一斉に呆れるが、言っても栓のないことだ、と窓口の方へ向かっていく。
「あれ? シェニアさん?」
その先に居たのは誰あろう、ギルドのスフォン支部長であるシェニアだ。当然窓口業務など彼女の仕事ではないのだが、他のギルド嬢たちに混じって一切の違和感なく馴染んでいる。
「はぁーい。お疲れ様。今日も無事に戻ってきたみたいね」
「ええ、まあ」ひらひらと手を振る彼女に応じながらシオンが尋ねた。「どうしたんですか? 最近だと珍しいですね」
「まーねぇ。ミーシアの監視が厳しいからずっと出てこれなかったんだけどね。一人でサインばっかするの飽きたから、ミーシアがいない内にこっそり抜け出してきちゃった」
てへぺろ、と舌を出してウインクするシェニア。見た目はともかく、明らかに実年齢にそぐわない仕草を恥ずかしげもなくしてくる彼女に、キーリはこれみよがしなため息を吐いてやった。
「まーたミーシアさんに夜中まで叱られっぞ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。バレてたっぽいけど何も言われなかったし。ほら、やっぱりギルド長とはいってもたまには息抜きも必要じゃない?」
「ミーシアさんがいねぇ時は息抜きしっぱなしだろうが」
「呆れて見捨てられたんだろ」
「しっつれいねぇ」
ギースに向かって口を尖らせるも、すぐににこやかな表情に戻って「それで」と話を変えた。
「今日は何処に何が出たのかしら? ラース・オーガ? それともクイーンスパイダー? 最深部でドラゴンが出現したって言われても、もう私は驚かないわよ?」
「さすがにそこまではねぇよ」
次々とBランクやAランクモンスターの名前を挙げていき、キーリたちは顔を引きつらせつつも、袋の中に手に入れ、アイアン・アントの素材を取り出していく。
「……久しぶりだ。ここの空気を吸うのは」
「やはり懐かしいものがあるかね?」
「ええ……一番大切な時間がここにはありますから」
そうしている間に入り口の方からそんな男女のやり取りが聞こえ、カレンたちは振り返った。男性の方は知らないが、女性の方の声はよく知っている。だが彼女たちが思い浮かべた人物は、ここにいるはずがない者だ。
まさか。いや、そんなはずが。しかしもしや、と思いながら振り向けば、果たしてそこには、フードを脱いだそのまさかの人物がいた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




