9-1 迷宮探索試験にて(その1)
第27話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。スフォン冒険者養成学校一回生。成績も良く、運動系の能力は非常に高い。欠点は魔法の才能が絶望的にないこととイケメンを台無しにする目つきの悪さ。転生前は大学生で、独自の魔法理論を構築している。
フィア:赤い髪が特徴で、キーリのクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。キーリに剣の指導を施す程達者だが魔法もそれなりに使いこなす。勉強はできるが机に座っているのが苦手。
シオン:冒険者養成学校一回生で、魔法科所属。実家はスフォンの平民街で食堂を経営しており、日々母親のお手伝いをする頑張りやさん。
レイス:メイド服+眼鏡の無表情少女。フィアに全てを捧げるフィアの為のメイドさん。キーリ達の同級生でもある。
アリエス:帝国からやってきた金髪縦ロールのお嬢様。入試の主席。貴族であることに誇りを抱いているが、筋肉愛好家。フィアと同じくクラスで最上位の剣の腕前を持つ。
イーシュ:キーリのクラスメート。クラスでの剣は上位に位置するが頭脳はイマイチ。
――水神二の月、地精霊の日
迷宮探索試験当日を迎えたスフォン養成学校一回生の内、普通科九十名、魔法科四十名、迷宮探索科三十五名の総勢百六十五名全員がある迷宮の前に集合していた。
スフォンの街から徒歩と馬車を利用しておよそ一時間半。近くの森の中の道を抜けた先に出来た空白地帯に、地面が隆起して出来た名も無き迷宮がその口を開けていた。地下四階層のランクE迷宮であるそれはモンスターのレベルも低く、分かれ道も多くない。まだ入学して半年も経たない生徒達であってもこれまでに学んできた内容を発揮すれば攻略するのは容易なものだ。
だが三つある迷宮の入口の前で、試験の開始を待つ生徒達の多くには緊張の色が目立っていた。
ようやく冒険者としての第一歩を踏み出せるという期待。本物の迷宮を前にして、自分の実力で踏破できるのだろうかという不安。中には楽観しているのか遠足気分で友人と笑い合っている者――特に魔法科の生徒が多い――も居るが、過半数はそれらが入り混じっていて、落ち着かずにウロウロしながら開始の時を待っていた。
迷宮探索試験は、迷宮の三ヶ所ある入口から入っていく。入口付近での混雑を防ぐため、それぞれの入口から五分おきに順番に中に進み、入り口に脚を踏み入れた瞬間から試験が始める。今は、担当の教師達と雇った冒険者達が最終ミーティングを行っている所で、後半刻もすれば試験の一番手がスタートする。時間が経過する毎にこの場の緊張は高まっていった。
「さて、いよいよだな」
「ああ。今日の為に十分準備を重ねてきたのだからな。直前で日程が変更になったのには驚いたが……何にせよ、後は主席の成績となるよう全力を尽くすだけだ」
そんな中でキーリ達は固まって気合を入れていた。キーリとフィアは楽しみだ、とばかりに不敵な笑みを浮かべていて準備運動をしている。
「そ、そうですよね。目指すはトップですよね。が、頑張ります……けど、大丈夫かなぁ……」
「シオン様、不安にならずとも大丈夫です。これまでのお二人のぎゃくた……失礼、厳しい訓練に耐えてきたのですからいつも通りにすれば結果は自ずと付いて参ります」
「うう、ありがとうございます、レイスさん。そうですよね。この一ヶ月、地獄を何度見たか……それを思えばこのくらいの迷宮なんて……」
「シオン様の一瞬の油断で全てが瓦解しますのでくれぐれもご注意ください。お嬢様の貴重な時間を費やしたのです。それを無駄にすることがない方だと私は信頼しております」
「わざわざプレッシャー掛けないでください! ……薄々気づいてましたけど、レイスさんって結構僕をイジメて楽しんでますよね?」
「何の事でしょうか? そんなことちっともさっぱりシオン様の心臓の小ささ程も思っておりませんが」
「……これまでにこれ程信用出来ないセリフって聞いたことあったかなぁ」
「私にとってはお嬢様もキーリ様も等しくおもちゃですので」
「おいコラ、聞こえてんぞ、腹黒メイド」
後ろで和気あいあいと、ツッコミ待ちの会話に耐え切れず堪らずキーリがツッコミを入れる。どうやらこの二人もある意味平常運転らしい、とフィアは安心した。
そうしているとイーシュが何処からともなくキーリ達の元に近づいてきた。やはり迷宮に潜るのが楽しみなのか、彼の顔もワクワクを隠せていない。
「よっす! キーリ」
「おっす。お前んトコのパーティは調子はどうだ?」
「おうよ! バッチシだぜ! こりゃ今日は俺らのパーティがトップは貰ったな」
「勝手に抜かしてろ」
「なにせ俺らのパーティが突入一番手だからな! 一気に奥に突撃して後ろの連中にゃ抜かさせねーぜ!」
「試験のルールは知ってて言ってんだよな?」
先立って行われた入場順を決めるクジの結果を高らかに掲げてみせるイーシュを見てキーリは溜息を吐いた。
入る順番毎にタイムが計測されるのに、一番目に入って最初に戻ってきてもあまり意味がないのだがそこを理解してるのだろうか、この男は。そう考えてキーリとフィアは頭を抑えた。理解していないに決まっている、と。
「……まあ、何だ。精々頑張ってくれ」
「お、おお? 何か引っかかるけど頑張るぜ! お前らには負けねーぜ!」
「あーはいはい。頑張れ頑張れ」
雑な扱いでイーシュをあしらい、二人は顔を見合わせた。
「……あいつのパーティメンバーはルールを知ってんだよな?」
「誰がメンバーかは分からんが、流石に知っているだろう……知ってるはず」
「流石にルールを把握していないとは思ってないのではないでしょうか?」
「とりあえず皆さんのお友達が変な人が多いのは僕も理解しました」
「聞き捨てならねーが……否定できんのが辛い」
筋肉大好きお嬢様といいクソビッチといいおバカといい周りにロクな人間が居ない。この街に変な奴が多いのか自分の周りに変な奴が集まってくるのか。中々に難しい命題を抱えていることに気づき、頭が痛くなる。
「まったくだ。ここに気の短い男か女かよく分からん変な存在も居るしな」
「ちょっと待て。誰が変だって? 俺は至ってまともだ」
「お前の他に誰が居るんだ?」
「少なくともお前よりはマシだ」
「失敬な。この私の何処が変だと言うんだ?」
「鼻から溢れる情熱をなんとかしてから言いやがれコノヤロウ」
いつの間にかシオンを胸の中に抱きかかえ、真面目な顔して両方から鼻血を垂れ流すショタコン。どう見ても現在進行形で一番変な奴だとしかキーリには思えない。
「まったく……貴方達はいつでも騒がしいですわね」
「あ、出たな筋肉愛好家貧乳お嬢様」
「ひっぱたきますわよ?」
出会い頭にアリエスに叱られるもキーリはわざとらしく肩を竦めてみせる。そんなキーリにジト目を送りながらも自らの胸のサイズを確認するアリエス。
と、その後ろにパーティメンバーらしい見慣れない二人に混じっているカレンの姿を見つけ、フィアは声を掛けた。
「そうか、カレンはアリエスと同じパーティなんだな」
「はい! ありがたくもアリエス様に誘って頂いたのでご一緒させて頂くことになりました!」
「見知った相手が居ないとボッチになって寂しいもんな、アリエス」
「人を友達が居ないみたいに言わないで下さいます? ワタクシにだって友達は他に居ますわ! ただワタクシと共に戦うにふさわしい実力の持ち主がカレンだっただけですわ」
「そういうことにしといてやるよ」
「むきー! 相変わらず腹立たしい人ですわね!」
「ふふ、ありがとうございます。アリエス様の期待に応えられるように頑張りますね」
キーリとアリエスのやり取りを、まるで故郷の弟と妹がじゃれ合っているかの様な温かい眼差しでカレンは見ていた。そんな三人を、またいつの間にかシオンを抱きしめたままため息混じりに眺めていたフィアだが、ふとカレンの持っている武器に気づいた。
「そういえばカレンはメイン武器を弓にしたのだな」
「はい、そうなんです。剣も使えはするんですけど、田舎でも弓を使ってましたしアリエス様やオットマー先生にもこっちを進められたので弓を鍛えていくことにしました」
「僕がもっと攻撃魔法を得意だったら良かったんですけれどね」
二人の会話に、アリエス達と一緒にやってきた二人の内の一人が加わってきた。
魔法科に共通で支給された黒いローブを身に纏いタクトの様な細い杖を持っていて、髪は濃い銀色。目元には丸っこい眼鏡が掛かっていて、その奥からフィアを覗き見る視線は柔らかく理知的だ。背はフィアより少々高いため見上げる形だが、落ち着いた雰囲気のためか威圧的な感じは受けない。
「ユルフォーニ君?」
「やあ、シオン。今日はお手柔らかに頼むよ」
シオンと軽く挨拶を交わしたところで自分に向けられたフィアの視線に気づき、彼は「おっと」と恭しく頭を下げた。
「突然会話のお邪魔をして申し訳ありません。僕はシン・ユルフォーニと言います。今回アリエスさんに誘われてパーティを組むことになりました。今日はあいにく競う立場ですが、今後共宜しくお願い致します」
「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。フィア・トリアニスだ。貴方の様な落ち着いた方ならこちらこそ永く宜しく頼む。……見ての通り落ち着きのない奴が居るからな」
「誰が落ち着きが無いって!?」
「誰が落ち着きが無いですの!?」
「ははは、あれはあの二人なりのスキンシップという奴ですよ。
あ、そうそう」
シンは「失礼」と頭を下げて一度フィア達から離れると、一人黙って手頃な樹の幹にもたれ掛かっていた黒髪の男の首襟を掴んで無理やり引きずって戻ってきた。キーリよりも大きい男を粗雑な扱いで引きずる辺り、見た目によらず武闘派なのかもしれない。
「ぐ、てめ、ぁなせ……」
「お待たせしました。この男がウチのパーティの残り一人、ギースです。
ほら、ギース。女性の前で恥ずかしいのは分かるけどキチンと挨拶してっ」
「女がどうこうは関係ねぇ! テメェが首絞めてっから話せねぇんだろうがっ!
ったく、面倒くせぇ。
あー、迷宮探索科のギースだ。言っとくがな、俺はあんたらみたいな恵まれた坊っちゃん嬢ちゃんと慣れ合う気はねぇからな。そこんところよく覚えとけ。ついでに用もねぇのに話しかけてくんなよ」
舌打ちしながらギースと名乗った黒髪の男は、キーリもかくやというくらいに悪い目つきで睨みつけるとぶっきらぼうにそう言った。
ギースは一九〇センチに達しようかという背丈だが、背の高さに比べて見た感じかなりの細身だ。魔法使いのシンに比べても細く、だがその分身軽でありそれ故に探索科に所属しているのだろう。
その口ぶりから、どうやら貴族、というよりも貴族を含めた金持ちが嫌いのようだ。態度と気の強さに反して体の線が細いことから、もしかするとあまり裕福では無い生活を送ってきたのかもしれない。
無駄に反発されるのも面倒なのでキーリは自分達は貴族ではない、と勘違いを正そうと口を開きかけた。だが、それよりも前にその隣からにゅ、と腕が伸びてきてギーリの頭を締め付け始めた。
「お前ってやつはっ! どうしてそう誰彼構わず突っかかっていくかなぁ!」
「いだだだだだだっ! くそっ、痛ぇんだよ! さっさと離せこのくそシンがっ!」
「お前がその態度を改めるならすぐにでも解放してやるよ」
「いだだだだ、分かった! 分かったからすぐにその腕を離せっ!!」
ギースの悲鳴にシンはようやくその拘束を解き、ギースは両手で頭を擦ってシンを涙目で睨みつける。
「二人も随分と仲が良いが、結構付き合いは長いのか?」
「誰がコイツなんかと……んぐっ!?」
シンとギースのやり取りに興味を抱いたフィアが質問をし、ギースが心底嫌そうな顔を浮かべて否定しようとするが即座にシンがギースの首を締めて代わりに答えた。
「いえいえ。入学のためにこの街にやってきて以来ですよ」
「へぇ? そんなもんなのか。ああ、キーリ・アルカナだ。宜しく」
「シン・ユルフォーニです。こちらこそ。
ええ、田舎から出てきて道に迷ってしまいまして。危うくスラムの連中に有り金むしり取られそうになった所でコイツが助けてくれたんです」
ギースが何度もシンの腕を叩いているが、果たしてそれは息ができずに苦しいからなのか、それとも単純に否定したいのか。徐々に顔色が悪くなってきているが、面白そうなのでキーリもフィアも揃って見ないことにした。
「そうなのか」
「見た目によらず良い奴なんだな」
「口は悪いんですけど、根は良い奴なんです。だから何だかほっとけなくて」
「あの、ユルフォーニさん……ギースさんが死にそうな顔色になってますけど……」
「ん? ああ、ゴメンゴメン」
「っく、はぁ、はぁ……テメェは俺の首に恨みでもあんのか!? ったくよ、別に俺はコイツを助けたわけじゃねぇ。むしろテメェの方がスラムの連中をボコってたじゃねぇか!」
「あれ、そうだっけ?」
朗らかな様子で頭を掻くシン。魔法使いのはずなのだが、やはり肉体派らしい。もしかしたら脱ぐとおとなしい顔に似合わず筋肉ムキムキなのかもしれない。オットマーとも話が合いそうで、もしかしたらアリエスもそこに目をつけてシンをパーティに誘ったのかもしれないな、などとどうでもいいことを考えた。
「だから俺は逆にスラムの連中を助けてやったんだ。だってぇのにコイツは何を勘違いしたかそれ以来ずっと俺の周りをうろちょろしやがって」
「そんな冷たいこと言うなって。僕は誰か気軽に話せる相手が欲しかったし、ギースだって学校で一人じゃ寂しいだろ?」
「別に。お前とだって慣れ合う気はねぇし、むしろ一人の方が気が楽なんだよ」
ブスッとしてそう言い放つギースに、「やれやれ」とばかりにシンは肩を竦めてみせた。
そうしている内に試験開始の時間が近づき、アリエスが二人に声を掛けた。
「お二人共。あちらで試験の前に装備のチェックをしますわよ」
「あいよ」
「分かりました、アリエスさん」
「それと、キーリ! ……分かってますわよね? 勝負に負けた方が勝った方の命令を一つ聞くこと。良いですわね?」
「勝負を受けたつもりはねぇんだけどな……まあいいぜ。自信満々のその面が悔しさに歪むのを見届けてやるさ」
「ふんっ! それはこっちのセリフですこと! 夕方が楽しみですわ! ホーホッホッホッ!!」
「やれやれ……それじゃ皆も頑張ってくださいね」
ギースは最後まで仏頂面で、シンの方はキーリ達に爽やかにエールを送ってくる。アリエスは高笑いを上げてキーリ達から離れていった。
「……個性的な連中だったな」
「ユルフォーニさんも攻撃魔法が苦手なんですけど、その分回復魔法や補助魔法が得意なんですよ」
「ほう、シオンと一緒なのか。アリエスとカレンがこの程度の迷宮に手間取るとも思えんし、ユルフォーニとあのギースという男もアリエスが選んだのならば実力は十分だろう」
「はい。先日の定期試験でもギース様は上位に入っておられました」
「死角なし、というところか」
「アリエスに負けるわけにはいかねーし、ちょっち本気で気合入れねーとな」
「うう、あんまりユルフォーニさんと競いたくないなぁ……あの人も貴族なんですけど、僕にも気軽に声を掛けてくれる良い人なんですよ」
「え? アイツ貴族だったんか?」
「はい。確か……えっと、ヘレネムって言ってたかな? ご実家が南の方の小さな村や町を治めてるって言ってました」
「ヘレネム、ヘレネム……ああ、思い出した。南方の海に近い土地だったか?」
「お嬢様の仰る通り海にも近いですが、ヘレネムと海の間には一つ山を挟んでおります。そのせいであまり人口は多くありません。数十人規模の村が幾つかと百人程度の町が二、三ある程度でしょうか。領主であるヘレネム男爵は人柄も良く、領民からの支持は高いと聞いた事がございます」
「一度ユルフォーニさんが話してくれたんですけど、結構領主様と一緒に農作業に精を出したこともあるって言ってましたね」
「へぇ、そうなんか」
レイスとシオンの説明を聞いて、フィアとキーリはそろって感心し、シンの不思議な気軽さに納得した。
「なるほどな。であれば他の貴族と違って平民に対しても気安いのも納得だ。日頃から平民との距離が近いだろうからな」
「ぜぇぇぇいんしゅうごぉぉぉぉであぁぁぁぁぁるぅぅぅっ!!」
その時、地響きの様な大声が森の中に響いた。こんな大声を出せるのは一人しかいない。オットマーである。
それまで会話をしていたオットマーのクラス全員が話すのを止め、オットマーの方へ全力で走り出す。彼の担当していない普通科のクラスや魔法科、探索科の生徒たちは突然疾走し始めた生徒たちに戸惑い、しかし雰囲気に流されて後を追いかけてのんびり走り出した。
遅れて到着した彼らは、オットマーの前で手を腰の後ろで組んだ休めの姿勢で微動だにしないオットマー組の姿を見て面食らい、また強面スキンヘッドのオットマーに射竦められて身を縮こませた。
だがオットマーは彼らには何も言わない。コホンと一度咳払いをすると息を大きく吸い込んで胸を反らし、付近の町にまで響くような怒鳴り声を響かせた。
「これよりっ! 本年の迷宮探索模擬試験を執り行うっ!! 全員この五ヶ月に学んだことを十全に発揮しっ! 無事に戻ってくる事を期待するっ!!」
オットマーの挨拶により、試験がついに幕を開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ぽっかりと口を開けた迷宮の入り口に生徒たちが次々と飛び込んでいく。
予め引いていたくじ引きによって入る順番が決められており、それぞれ離れた場所にある三ヶ所の入り口に五分おきに入っていくが、キーリ達の順番はほぼ最後の四十番。なので試験開始から実際にキーリ達の順番が回ってくるのは、一番手であるイーシュたちのパーティが入ってから一時間ほど待つことになる。
「さて、最後に装備のチェックをしておこう。皆、魔法薬や傷薬はそれぞれ持ったな?」
「ああ、言われた通り背嚢一つ分ずつ持ったぜ。あと非常食もな」
キーリが背負った小さめのカバンを軽く叩き、フィアは頷く。
回復役としてシオンが居るが、シオンに万一があった時のために全員で一通りの緊急セットを準備していた。
「……いよいよなんですね」
「ああ、訓練はしてきたが初めての実戦だ。最初は慎重に行こう」
迷宮のレベルを考えれば、客観的に見てもキーリ達に死角は無い。イーシュでは無いが何も考えずに突貫しても何とかなるだろうと思えるくらいにはフィアもパーティの実力を評価している。それでも今から入るのは「生き物」である迷宮だ。慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいいと思っていた。
「おいおい、見てみろよ。あんだけ大見得切っておきながら随分な大荷物だぜ?」
「うわ、マジかよ。こんな低レベルな迷宮で、よっぽど自信ないんだな」
そんな四人を冷やかす声が聞こえ、振り向けば見覚えのある魔法科の生徒が居た。シオンをパーティに誘った時、シオンに向かって攻撃魔法を放った二人だ。どうやら魔法使い二人と普通科、探索科のパーティ編成のようだが、皆ほぼ手ぶらだ。気弱そうな探索科の生徒だけは一人荷物を背負っており、それが他の三人から押し付けられたものだと容易に想像がついた。
「そういうそちらは随分と荷物が少ないようだが、大丈夫なのか?」
「へっ! お前らみたいなのと一緒にするんじゃない」
「どうせ離れたところから魔法で蹴散らすだけだからな。これくらいで十分なんだよ」
「そうか。ならば出過ぎたことを言ったな。許せ」
「そんな事よりも、おい、お前。ちゃんと約束を覚えてるだろうな?」
「約束……?」
フィアは首をひねった。それは忘れているというよりもわざと忘れたふりをしている、とキーリは感じた。しかし相手はそうは受け取らなかったようで、苛立たしげに舌打ちをしながら「これだから平民の相手は嫌なんだ」と吐き捨てる。
「ああ、思い出した。お前たちよりも成績が悪かったら謝罪をすればいいんだったな」
「そうだ。だが謝罪など今はどうでもいい」金髪の少年は鷹揚な仕草でフィアを指差した。「お前、俺付きのメイドになれ」
「なっ!」
「そして俺達のおもちゃになれ。なに、退屈しないように色々と楽しませてやるよ」
少年二人と、彼らの友人らしい普通科の生徒はニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべた。その下卑た笑みから、彼らが何を考えているのかは丸わかりだ。
「どうした? 相当自信があるんだろ? だったら――」
「ああ、別に構わないぞ?」
「えぇっ!?」
決断を迫ろうとした金髪の少年だったが、それよりも早くフィアはあっさりと同意した。まさか、とシオンが驚きに声を上げるがそれは少年らも同じだったようで呆気に取られて言葉を失っていた。
「どうせ私達が勝つからな。どんな約束をしたところで一緒だろう?」
「お前……!」
「次っ! 三十七番ッ! 入り口へ!」
フィアが笑いながらそう言い放ち、赤髪の少年が顔を赤らめていきり立つがそれをオットマーの順番を呼ぶ声が遮った。
オットマーを睨みつけ、少年は舌打ちをした。
「今の言葉、絶対に忘れるなよ……?」
「発言を撤回することはないさ。ほら、オットマー先生が睨みつけているぞ? 早く行かないと彼に怒鳴られるぞ?」
少年が振り返るとフィアの言葉通りオットマーが睨みつけ、無言でスタートを促していた。少年たちも無言でフィア達を睨みつけると、肩を怒らせながら迷宮の奥へと消えていった。
「ど、どうするんですか、あんな約束して!?」
少年たちが消えると同時にシオンがオロオロと声を上げた。心配してくれていることを嬉しく思いながらも「心配症だな、シオンは」と苦笑いを浮かべた。
「あいつらに私達が負けると思うか?」
「負けるとは思いません! けどだからってあんな約束する必要は無いじゃないですか!」
「シオン様の仰るとおりです、お嬢様」
レイスもまたいつも通りの無表情でシオンに同意する。心なしか、眼鏡の奥のその眼には幾許かの怒りが込められている気がした。
「迷宮では何が起きるか分からない。お嬢様自身が繰り返し仰っていることです。お嬢様やキーリ様、シオン様が彼らのような下品な輩に遅れを取るとは思いませんが、万一もあり得ます。無用なリスクを増やすべきではありませんでした」
「分かった分かった。私が悪かった」フィアは両手を上げて降参した。「短い時間しか経っていないが私は私達のパーティに誇りを持っている。そんな私達があいつらに負けると思われるのが悔しくてな。少し調子に乗ってしまった」
「そう思ってくれてるのは嬉しいです。だけど、少しは自重してください」
「ああ、肝に命じておくよ」
「次、四十番! 準備をしておくように!」
オットマーから声が掛けられ、四人はスタート位置である入り口へ向かう。移動しながらキーリは隣を歩くフィアの顔をのぞき見た。
いつもと変わらず平静だ。探索試験の開始を今か今かと待つ高揚が感じ取れ、それでも平時と変わらぬ冷静さもある。しかしキーリはそこに隠れている別の感情を読み取った。
「フィア」
「どうした、キーリ?」
「……もしかして、熱くなってんのか? あいつらと会話して」
フィアはやや驚きに眼を見開いてキーリを見返した。
「……まったく、普段は他人に余り興味無さそうなのに、どうしてこうも人の気持ちを感じ取るのかな、お前は」
「やっぱり。らしくないって思ったんだよな。前もそうだったけど、あいつらに対しては随分と挑発的で神経逆なでするような事を言うからな」
フィアは怒っていた。平然とした表面のその下で激しく怒りを渦巻かせていた。だがそれは自らに対する侮辱と嘲りに対してでは無い。一月前のシオンに対する暴力と侮辱の記憶をフィアの中で想起させ、大切に思っているパーティを馬鹿にされた事に対して怒りを強く抱いていた。だからこそ彼らの神経を逆なでし、怒らせるような言動を取った。
自らに対する恥辱に対しては寛容でも仲間に対するものは見過ごせない。冷静な性格に見えて身内に対する情は強い。侮辱を挑発で返すような幼さはあるが、フィアはそんな女だった。
「だけどあいつらを挑発してくれたのは俺もスカッとしたぜ。いい加減あいつらの顔を見るのも嫌になってきてたしな」
キーリはそんな彼女を好ましく思っていた。やられてもやり返してはいけない、相手と同じ低い土俵に立ってはいけない。復讐を人生の目的に掲げているキーリの立場を棚に上げて正論は幾らでも吐くことはできるだろうが、それは感情を置いてけぼりにした理想論だ。正しさだけで世界は構成されてはいない。
フィアの肩口を拳で軽く叩く。
「言葉だけじゃなくて、後は俺らが有言実行するだけだ」
そしてそれだけでは弱者に一方的に負担を強いるだけの戯れ言で終わってしまう。かと言って感情に任せて悪意だけを喚き散らしても単に相手と同じ低レベルな所に落ちっぱなしだ。大事なのは、これまで弱者として虐げられるだけであった亜人種や平民として、過信に溢れた貴族たちの鼻っ柱をまったくの正規の方法で叩き折り、彼らの過ちを証明することだ。
「ふっ、頼りにしているぞ、キーリ」
「ああ、任せとけ」
「番号四十番! これより迷宮探索試験を開始する!」
だからフィアの言葉にキーリは拳を掌に打ちつけ、オットマーの宣言を聞きながら仲間を想うフィアを誇りに思う。
そして、もう一つ言える事は。
「それでは――開始っ!!」
「お前やシオンを侮ったあいつら。何が何でも負けるわけにはいかねぇよな」
キーリもまた、仲間に対する情が強いということだ。
2017/5/7 改稿
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