4-3. ただ願いを叶えたくて(その3)
初稿:19/08/03
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:女顔の闇神魔法使い+アホみたいなパワーを持つ剣士。パーティではアタッカー役。
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。早くシオンにhshsしたい。
エドヴィカネル:帝国皇帝。厳しい人間だが根は案外おちゃめ。
コーヴェル:王国の侯爵で、宰相の前に王国の実務一切を取り仕切っていた。自身のハゲネタが十八番。
アリエス:言わずとしれた筋肉ラヴァー。だが祖父の筋肉にはあまり惹かれない。
アルフォリーニ侯爵:アリエスの祖父で、軍事の名人。筋肉は嘘をつかないと信じている。
「陛下!」
「落ち着け。この男が俺をどうにかするつもりならばとっくに為している」
「しかし……!」
「お祖父様も落ち着いてくださいませ。キーリがそのような人間でないことは、先程手合わせして理解しているはずでしょう?」
「むむむ……しかしだな、闇神となれば死を撒き散らす悪神であるとされてだな……」
「傍にいるだけでどうにかなるのなら、ワタクシもフィアもとっくに死んでしまってますわ」
孫から呆れた視線を向けられ、侯爵は困ったように口をへの字に曲げて迷いを見せていた。だがエドヴィカネルからも再度下がるよう求められ、「失礼した」とキーリに謝罪した。
「構いやしねぇよ。世の中的にはそういうもんだって信じられてっからな」
「そのような言い方をするということは、本当は違うのか?」
「違うとも言い切れねぇところだな。闇神は死を司る部分はあるが、無差別に誰かを殺したりはしねぇよ。どっちかっつーと光神の光が明るいイメージがあっから、その対比として死のイメージが定着しちまったってのが実際だろうよ」
「ならば本来はどのような役割を担うのだ?」
「死者の眠りと悪意の吸収、世界への循環」
キーリはエドヴィカネルに端的にそう伝えた。
「死者の眠りと悪意の吸収はおぼろげながらイメージがつくが……循環とはなんだ?」
「人によらず生物の悪意は世界にとってエネルギーなんだよ。世界に溢れる悪意という名のエネルギーを吸収してそれを魔素として放出する」
「ふむ」
「放出された魔素は迷宮を作る。迷宮は魔素を吸収して成長し、モンスターを生み出して冒険者という職業を生み出した。俺たち冒険者の持ち帰った素材は加工されて世界を巡り、富として経済を発展させていく。だが富は争いを生み、争いは悪意を生む。そうして生み出された悪意は――」
「闇神によって再び世界を巡る、か」
確認するようにエドヴィカネルが言葉を繋ぐと、キーリも軽くうなずいて応じた。
「だから闇神は死を否定しないし争いも否定しない。それが世界を維持するための『システム』だと識っているからな。けどまあ、そんな姿勢が昔の人間にはとんでもない悪に見えたんだろうさ」
「だから……悪神とされた」
「そゆこった。ま、アイツはンな小せえことは気にしちゃいねぇだろうけどな」
ユキを良く知るフィアとしてはそういった評価に思うところがある。役割をこなしているだけで彼女は何も悪いことはしていない。にもかかわらず「悪」としてしか扱われないことには非常に同情せずにいられなかった。が、キーリは「気に病むな」とだけ声を掛けて話に戻った。
「今話したとおり闇神は魔素の循環を監視し、必要であればそれを正す役割を担ってる。んで、その加護を受けてる――ってのは甚だ不本意ではあるんだが――俺も魔素の流れを見ることができるってわけだ」
「なるほど、のぅ」アルフォリーニ侯爵は顎を撫でた。「しかし……敢えて問わせてもらうが、今キーリが言った内容を証明することはできるのかの?」
「見えねぇもんを証明しろっつうのはだいぶ難しい注文だけどな……」
キーリは頭を掻きながらも、自身の足元から影を湧き立たせ始めた。グツグツと沸騰した黒い影が次々と切り離され、自在に室内を飛び回っていく。
「これで信じちゃくれねぇかな?」
かと思えば、皇帝や侯爵が眼を離した瞬間に自身も影の中に潜り、彼らの背後から現れてニヤッと笑ってみせた。影の動きに気を取られて、キーリの姿が消えたことに気づかなかった二人は眼を見張るも、すぐに揃って愉快げに喉を鳴らした。
「クックック! なるほど、面白い男だ! 良い。話を進めるためにもそなたの言を信じることとしよう。
して、魔素の流れと教皇国がどのように繋がるのだ?」
エドヴィカネルはニヤニヤというには皮肉げに口端を吊り上げた。が、これは完全にキーリの事を気に入ったことの証左であることを、付き合いの長いコーヴェルは知っており、彼もまたフィアの想い人が受け入れられたことでニコニコと柔和に微笑んだ。
「簡単な話さ。さっきも言ったとおり魔素は循環する。吸収と発生のバランスが取れてりゃ、世界中の魔素の濃度ってのはそんな変わりゃしねぇ。けど――」キーリは地図の上にチェスの駒を並べていく。「少なくとも俺が感じ取った限り、ここの魔素濃度は明らかに高い。特にこの辺りはしばらく過ごしたけど、日増しに高くなってるのはずっと感じてた」
チェスの駒は王国、共和国、そして教皇国とまたがって置かれていた。さらにキーリは教皇国の皇都にキングの駒を追加する。
「水だろうが魔素だろうが、物質は濃度の高いところから低いところへ流れてくもんだ。なら、濃度の高いところを探しゃ何処が大本かってのはすぐ分かる」
「つまり、お前の感じる限り魔素は教皇国が一番高かったということか」
「それもとびっきりな。もっとも、あの国は光神の加護がある国だ。それでだいぶ中和されてるみたいではあったけどな。
おまけに溢れ出してる量はますます増えてる」
「であれば、教皇国に要因があるのはまず間違いないということか……」
「聞きたいのだけれど」コーヴェルが声を上げた。「それが自然原因的なものか、それとも人為的なものか。そこらは分かるかな?」
「間違いなく人為的なもんだ」
コーヴェルの質問に、キーリは即座に断言し、全員を見回す。
「一つ聞きたいんだけどよ……アンタらン中で、最近皇都に足を踏み入れた人間はいるか?」
そしてキーリが発した問いに対して回答を待つ。が、互いに顔を見合わせるも頷く者は一人もいなかった。
「どうやら俺も含めておらぬらしいな」
「かの国は規制が厳しい。市井の者も許可を得た限られた者しか入国を許されず、私たち政治に携わるものは基本的に許可が降りないようになっているようです。代わりに教皇自身は気安く他国へ赴くようではありますが」
「なら宰相さん、アンタもコッソリとでも見に行くといいぜ。あそこは……地獄だ」
そう言ってキーリが語ったのは、皇都の惨状であった。
立ち並ぶ建物こそ立派であるが、住む人々は常に飢え、汚れた衣服をまとって日々かろうじて生きているような状態だ。教会など宗教関連施設は美しく、逆に中心部から離れた皇都の外周部では異臭を常に漂わせた、スラムと言って良いようなところにやせ細った人々が押し込まれるようにして暮らしている。
異様なのは、その人々の誰もが不満を口にしていないことだ。皇都中心部に行けば行くほどに人々の表情は明るくなり、祈りを熱心に捧げて帰る。離れるほどに表情が消え、ただ生きるだけの生命体に成り果てる。話しかけても反応は乏しく、まだアンデッドの方が生き生きとしているといっても過言ではなさそう。キーリはそんな印象を受けた。
「なんと……にわかには信じがたい話だが……」
「しかし、だとして、どうして誰も不満の声を上げないのだ? 普通であれば反乱が起きても良さそうなものだが……」
「さあな。それは俺にも確証はねぇけど……街自体が操られてるか、それともその不満を神殿で祈りを捧げることで吸収してんのかもしんねぇ。そしてだからこそ皇都が魔素の溜まり場でもあるんだろうと俺は考えてる」
「ひどい話ですわ……! 民たちを何だと思ってるんですのっ!」
アリエスが憤慨するもどうしようもない。全ては推測に過ぎず、そこに暮らす人たちが声を上げていればまだ介入のしようもあるのだろうが、大義も名分もなければ適当にあしらわれてお終いだろう。
「それともう一つ。これは複雑過ぎて十分追いきれてねぇんだが……」
「まだあるのか……」
「俺も同感だよ。けど、ま、そう言わずに聞いといた方が良いと思うぜ」
もうお腹いっぱいだと言わんばかりに呆れるフィアだったが、キーリの言葉に気を取り直して耳を傾ける。
果たして、彼が口にしたのは。
「魔素が、皇都に集まってる」
「……それは今の、皇都で魔素が溜まっているとは違う話なのか?」
「全然違うな。さっきのは魔素が『生み出される』って話で、今回のは世界中に散らばった魔素があちこちに走る地脈を通じて皇都に還流してるって話だ。しかも集まった魔素が何処に消えてんのか分かんねぇ」
「再び世界へと流れていっているわけではないのか?」
「定量的に計測する手段がねぇから断言はできねぇ。けど、だとしたら世界の魔素濃度はもっと早く高くなってるはずだと思う」
そう告げてキーリは全員を見回した。
「気をつけた方が良いぜ。フランやエルンストたち英雄の動きを見てると、何かとんでもねぇ事をやらかそうとしてる気がしてならねぇ。この世界が大事なら……一刻も早く王国も帝国も協力して手を打ったほうが良い」
「しかし動くには証拠に乏しいですね」
宰相が感情に乏しいいつもの表情のまま異議を唱えた。
「キーリ殿を疑うわけではありませんが、今しがた語って頂いた内容は全てキーリ殿しか確認することができません。王国含め他国が干渉するには、誰にでも分かる『明らかな』証拠が必要かと存じます」
「……何とかならないか?」
「何とかする方法は、幾つかあります。ですが、いわゆる『謀る』類ですのでお勧めは致しません」
つまりは、証拠をでっち上げてそれを理由に教皇国へと介入しようというのだろう。宰相は明言こそしなかったがフィアはそう受け取った。
「……なればまずはその証拠を見つけ出すしかあるまい」
「しかし、彼の言葉を信じるならば事は急を要する様子。悠長にしてはいられませんな」
アルフォリーニ侯爵がそう口にし、エドヴィカネルを始め誰しもが考え込む。どうすれば教皇国に問責できるか。妙案が無いかと各自の頭の中にある情報を探っていく。
「……つまり、証拠があれば良いわけだな?」
そうした中でフィアが覚悟を決めたような口調で宰相に再度尋ねる。キーリを始め、全員が一斉に顔を上げて彼女へと振り向いた。
「そうなりますが……何か心当たりがお有りですか?」
「いや……まだ教皇国を問い詰める根拠にはなっていない。魔素の問題にも直接関係もない。だが……うまく行けば問い詰めるきっかけにはなると思う」
そうは言うものの、フィアの顔色は優れない。眉間にシワを寄せ、下唇を噛んで口をへの字に結んだまま。
「……案はある。だが気は進まないというわけ、か。
いいだろう。議論するにしてもたたき台がなければ進むまい。ぜひ聞かせてもらおう」
エドヴィカネルに促され、フィアはそっと息を吐き出す。だが次の瞬間には気持ちを切り替え、壁際に控えていたレイスとミュレースを呼んだ。
「レイス、ミュレース。先日伝えてくれた話をみんなにも」
「かしこまりましたッス。
実は――」
先日、スフォンの街で彼女が目撃したことを話し、それを踏まえてフィアがある考えを提案した。
途端に起きる反発と制止の声。しかし彼女の意思は固く、キーリもまた彼女の考えを支持した。
「よかろう、ならば俺も協力させてもらおうか」
さらにはエドヴィカネルも参加を表明し、国のトップ二人が決意を示したことで残りのメンバーも渋々ながらも同意する。
そして話はフィアの案の具体的な方策へと進んでいき、議論はそのまま深夜まで行われたのだった。
そして数日が経過した。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




