4-1. ただ願いを叶えたくて(その1)
初稿:19/07/27
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:女顔の闇神魔法使い+アホみたいなパワーを持つ剣士。パーティではアタッカー役。
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。早くシオンにhshsしたい。
エドヴィカネル:帝国皇帝。厳しい人間だが根は案外おちゃめ。
レディストリニア王国
王都・レディシア
人のひしめく王都中心部から遠く離れた郊外の丘。そこからは広がる王都の街並みが一望できる。
街から伸びるレンガで舗装された道を馬車に揺られて半鐘(≒三十分)ほど進めばたどり着き、深緑の木々のざわめきに心を穏やかにして進めばやがて花と芝生で綺麗に整えられた土地が広がっていた。
兵士が警備する門を抜け、そこから小さな庭園の小路を抜ければ荘厳な造りの霊廟があった。
歴代の王たちが眠るその霊廟の、比較的新しく増築された一角。その中にフィアと帝国皇帝エドヴィカネルがいた。
白い石に彫られた銘は、亡き父であるユスティニアヌ。その墓標の前にひざまずきエドヴィカネルは静かに祈りを捧げ、フィアはその後ろから彼の後ろ姿を見守る。
やがて長い祈りが終わってエドヴィカネルが立ち上がった。
「お待たせした、女王陛下」
「いえ、こちらこそ誠にありがとうございます、陛下。魂こそ遠くへ行ってしまいましたが、父もきっと喜んでいると思います」
フィアの言葉にエドヴィカネルは静かに頷くと、再び墓へと向き直り険しい顔を浮かべた。
「志半ばで娘に譲るのはさぞ無念だったろうが……ユース、今はそこで我らが作る時代を目の当たりにして悔しがっていろ。そして……俺が逝った時にはまた二人して飲み飽かそうではないか」
「陛下……」
「なに、ちょっとした感傷だ。俺はまだ当分アイツの元に逝くつもりはないから安心してくれて結構」
そう言って口端を吊り上げて笑うと、紫紺のマントを翻した。
「さて、では戻ろうか。ユースに笑われぬよう、今を生きる者がしっかりせねばな」
霊廟を出た二人は馬車に乗り込み、王城へと向かった。
国王と皇帝。王が乗るにはあまりに簡素な普請のそれはまるで乗り合い馬車のようなもので、道行く人が馬車を見てもまさか王たちが乗っているとは思わないだろう。
数人の冒険者を装った護衛だけに守られながら何事もなく王都の門をくぐり抜ける。そのまま真っすぐに大通りを進み、ただの馬車に紛れてやがて王城前へとたどり着いた。
「ご苦労さまです」
馬車を降り、城門を守る兵士を労いながら中に入っていくと、城内にいた兵士や官僚、使用人などが頭を下げる。それらに向かって「楽にしてくれ」と言いながら最上階へたどり着く。
フロアの廊下には誰もいない。城で働く者の多い階下では人の行き来が激しいが、最上階については誰も入らぬよう厳命していた。
フィアが先導する形で突き進み、やがて二人は一つの扉の前に立った。彼女は一度立ち止まり息を吸い込む。心を落ち着け、気合の入った眼差しで扉の取っ手を押し開けた。
「ふぅぅぅんんんんっっっっ!!」
そんな彼女を待ち受けていたのは厳つい気合のこもった声であった。見るからに歳を取った禿頭の男性が、筋肉ムキムキの上半身をむき出しにして床を蹴る。
向かう先は黒髪に白髪が混じる青年。鋭い踏み込みと同時に青年に向かって正拳を突き出す。青年は半身をずらしてそれを受け流すが、老紳士はすぐさまに追撃の一撃を繰り出した。
神速の拳が風を切り裂き空気が泣き叫ぶ。矢継ぎ早に攻撃を浴びせていき、だが青年は涼しい顔をしてそれらを避けていく。
このままでは埒が明かないと感じ取ったか、老紳士は手を変え品を変えて青年に迫る。そして正拳のフェイントを入れると、青年の腕を掴みにかかった。
太い腕が青年の細腕を掴み取ることに成功。老紳士はニヤリと笑ったが、青年は動じることなく老紳士の体をそのまま持ち上げた。
「ぬおぉぉぉっっ!?」
重そうな筋肉の鎧をまとった体が軽々と宙を舞った。が、老齢にもかかわらず紳士はそのまま壁を足場に着地。膨れ上がった太ももで強かに壁を蹴って、その勢いのまま青年に拳を叩きつけた。
どごぉぉん……と、とても人間同士がぶつかりあったとは思えない音が響き、衝撃で発生した風がフィアの前髪とスカートを揺らした。室内にもかかわらず何故か発生した砂埃が収まっていき、やがて拳を突き出したままの老紳士と、それを手のひらで受け止めた青年が互いに腕を突き出した状態で止まっていた。
強面の顔を更にしかめっ面にしていた老紳士が不意にフッと笑う。それを受け、女顔の青年もまたニヤッと口端を吊り上げて笑った。どうやら互いに何か通じ合うものがあったらしいが、ハッキリ言ってフィアには訳が分からなかった。
「……何をしているのですか?」
頭痛が痛い。重言でさえ足りないような頭痛を覚え、フィアが死んだ魚のような眼で言葉を発すると、途中で度々彼女に目線を遣っていたにもかかわらず、さも今気づいたかのように老紳士はカッカッカッと笑い声を上げてフィアに頭を下げた。
「これはこれは女王陛下! いやなに、初めてお会いする方がいらしたのでな。陛下たちが戻られるまで少々時間があるとお見受けしましたので、ちっとばかし会話してみただけですよ!」
殴り合いを臆面もなく「会話」と言い切る老紳士――アルフォリーニ侯爵にフィアのみならずエドヴィカネル皇帝も頭を押さえた。
「申し訳ありませんわ。我が家系の恥ずかしい姿を見せてしまいまして」
「アリエス」
「お久しぶりですわ、フィア。いえ、スフィリアース陛下」
面目なさそうに謝罪しながらもアリエスは手を差し出し、フィアは苦笑いしながらその手を握り返した。
「少し驚いただけだよ。それと、陛下はよしてくれ。ここにいるのは信頼できる面々だけだし、いつもどおり呼んでほしい」
「承知しましたわ。
ほら、キーリ」
「分かってるって」
フィアと握手しながらアリエスは振り返り、キーリを呼び寄せる。キーリは嬉しいような、何処か気まずいような雰囲気をさせながらもフィアの元に近づいて彼女を見つめた。
「その……久しぶりだな。ちゃんと元気に王様やってっか?」
「もちろんだとも。慣れないことばかりだが、宰相たちに支えられながらなんとかやっている。そういうお前は……また少し髪が黒くなったか?」
そう言ってキーリの、もはや殆どが黒くなってしまった髪を見る。一緒に暮らしていた時の様につい触ってしまいそうになるが、衆目があるためなんとか自制した。キーリは一瞬だけ残念そうにするも、彼もまた感情を押し殺した。
「まあ、な。けど心配ねぇよ。こっちも元気にやってる」
「そうか、ならばいい。それより、すまなかったな。わざわざ呼び立てて」
「一国の王様に呼ばれたら来ねぇわけには行かねぇだろ。それより――」
「――ふむ、そなたが女王陛下が言っていた魔素に詳しい者か」
二人の会話に皇帝が割って入る。
キーリはフィアから離れて皇帝に向き直ると、臆することなく見つめて膝を突いた。
「皇帝陛下。お目にかかれて光栄です」
「そのように堅苦しくせずとも良い。それよりも今日はぜひ忌憚のない意見を聞かせてほしい」
「承知しました。王国と帝国、両国のお役に立てれば幸いです」
「うむ、よろしく頼む。それと――」
皇帝は再び立ち上がったキーリの顔をジッと見つめ、少しの間の後に声を掛けた。
『元の世界は恋しくないか』?
「――っ!?」
皇帝が発した言葉。もうキーリ自身も長らく口にしていないが、紛れもなくそれは日本語であった。
『その反応……やはりそうであったか。そなたも迷い人――日本という国からの転生者なのだな?』
『日本語を話せるということは、陛下も……?』
『いや、私の祖父が迷い人であったのだ。
それで、どうだ? この世界は好きになってくれたかな?』
二人の会話を、当然ながら周囲の人間は誰も理解できない。フィアも不安そうに二人の顔を見つめていた。
『……そうですね』キーリは眼を閉じ、しかしすぐに開いた。『恋しくないといえば嘘ですが、この世界が俺のいるべき世界だと感じてますよ』
この世界で生きてすでに二十年。これまでに経験した出来事を思えば、元の世界よりも遥かに優しくない世界だと思う。けれども――
「……」
不安げな顔を向けているフィアを見て、キーリは安心させるように笑った。
この世界で大事な人ができた。かけがえのない仲間がいる。食うにも困らない力がある。それ以上の幸せがあるだろうか?
ならば自分がすべきことは唯一つ。
『だから、この世界を壊そうとする野郎がいるならば、俺は全力で叩き潰すまでです』
真っ直ぐに自分に正直にキーリは告げた。エドヴィカネルは厳しい視線を向け、しかし程なくフッと小さく笑みを零す。
「……なるほどな。アルフォリーニ侯爵が認めるだけの男ではある」
「あの、皇帝陛下。二人は何を……?」
「なに、戯れに少し彼の故郷の言葉で話をしてみただけだ。
キーリ、と言ったな。どうだ? 王国に嫌気が差したら帝国に来てみてはどうかな? 良き席を準備して待っているぞ?」
「へ、陛下っ!?」
「ハッハッハッ! 冗談だよ、女王陛下」
慌てるフィアやアリエスをよそに皇帝は愉快そうに笑い声を上げた。いつでも険しい顔をしている皇帝がこうも笑い声を上げるのはいつぶりか。アルフォリーニ侯爵や護衛で傍にいることの多い近衛隊長は驚き、だが同時にその姿に表情を崩す。
そこに、杖をついた老齢に差し掛かろうという見た目の男性が喉を鳴らして近づいた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




