3-4. スフォンでの再会、そして……(その4)
初稿:19/07/24
<<<登場人物紹介>>>
ユキ:闇神本体。キーリの幼馴染、ユーミルの肉体を媒介に受肉。暇さえあれば男を食いたい。
教皇:教皇国の首長。キーリ以上に性別不明。ユキにご執心のご様子。
月のない深夜、二階建て家屋の一室から絶え間のない嬌声が微かに響く。
押し殺した男女の声。やがて堪えきれなくなった女性の体が大きく跳ね、一際大きい声を上げて果てた。
しばらく荒い息が続き、シーツが擦れる音がする。女性は男性の腕に抱きつくとそのふくよかな胸を押し付けた。しばらく吐息が繰り返され、女性が男性の胸を指でなぞりながら話しかけた。
「ねぇ、イーシュさん。まだ起きてますか?」
「ん……んあ? ああ、起きてるよ……」
「ふふ。ごめんなさいね、起こしてしまって」
眠たげな声に謝罪を口にしながらマリファータはイーシュにまたがり頭を抱きしめ、口づける。
「イーシュさん……貴方とこうして一緒になれて私、嬉しいです」
「ん……俺も。俺も同じだよ」
「ありがとうございます。ねぇ、一つお願いしてもいいですか?」
「なに……?」
尋ねたイーシュにマリファータは愛おしそうに口づけた。
「結婚式ですけど、私、教会で行いたいんです」
「教会で……?」
「光神様の前で、貴方との永遠の愛を誓いたいんです。どうでしょうか?」
弧を描いた彼女のまぶたの奥が寝ぼけ眼のイーシュを捉えて離さない。彼の両頬を仄かに輝く指先が撫で、イーシュの意識がまどろみの中に溶けていく。もう、考えることさえ億劫であった。
「ん……まぁ、別に構わない、ぜ……」
「ありがとうございます。でしたら今度、司祭様にお願いしに一緒に行きましょう?」
「う……ん……、分かった……よ。ごめん、眠い、や……」
「ええ。こちらこそごめんなさい。それではゆっくりお休みください」
半開きのイーシュのまぶたがゆっくりと落ちていく。程なく寝息を立て始め、マリファータはその艷やかな肢体を隠しもせずに、窓から街の様子を眺めた。
その口元が、横にゆっくりと広がっていった。
「ああ、光神様……貴方様の邪魔をするスフィリアース女王に鉄槌を、というその願い……必ずや成し遂げてみせましょう。もうすぐ、もうすぐでございます……
ですので……どうか私を、貴方様のお傍に仕えさせてください……」
恍惚と瞳を輝かせ眼を閉じる。満たされた表情で彼女はベッドに潜り込み、程なく眠りについた。
静まり返る室内。だがその天井裏で何かが動き出す。
天井板に開けた小さな穴から会話を一部始終聞いていたメイド服の女性は、音を立てないよう静かに暗闇の中に溶け込み、屋内から外へと脱出した。
「……まさかとは思っちゃいましたけど、こりゃヤバイってどころじゃあ無い話っスね」
難しい顔をして指示を出してきたレイスを思い浮かべながら、ミュレースは夜の街を走りぬけていく。
月のない真っ暗な道を、彼女は一人王都に向けて駆け抜けていったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ズキリ、と頭が痛んだ。
体は泥の中にいるように重く、そして暑い。寝苦しさを覚えてユキは顔をしかめながら眼を開けた。
何度かまばたき。その先に入ってきたのは白い天蓋だ。手を支えにして重い体を起こせば、自身がいるのが白いベッドの上であることに気づいた。
「ここ、は……?」
モヤが掛かったような鈍い頭。両手で自身の頬を叩くと次第に思考がクリアになってくるが、中々完全には晴れない。まるで二日酔い――そうなったのはどれだけ昔だろうか――の時の様な気持ち悪さを覚えつつベッドから降りる。
彼女がいたのは牢屋の中だ。ベッドの下を中心としてとてつもなく複雑な魔法陣が刻まれ、一本一本の線が光を発している。鉄格子も同じく光を放っていて、彼女が指先でそれに触れた途端、一気に体中から力が抜けていきその場に崩れ落ちた。
「う……これは――」
「おはよう。お目覚めのようだね」
ぐにゃりとめまいのように視界が歪む中で顔を上げると、そこには微笑んで見下ろしている教皇が立っていた。
「……これはこれは。お忙しいはずの教皇様が何の用かしら?」
「ちょっと暇ができたからね。目覚めそうだって報告があったからお姫様の様子を見に来たんだ」
「そう……ちなみに私はどれくらい眠ってたのかしら?」
「そんなに長くはないよ。せいぜい、二、三ヶ月くらいかな?」
なるほど、それでは人間の体だとガタが出るわけだ。ユキは鼻を鳴らして教皇をにらみながら立ち上がるが、すぐにバランスを崩してその場にうずくまる。
「すまない。君をもう逃がすわけにはいかないからね。君のために特別に開発した魔法陣で力を制限させてもらってるよ。
辛いだろう? だけどベッドの上なら多少は楽になるはずだ」
鉄格子の隙間から手を差し出して教皇はユキの頬を軽く撫でる。その手を払いのけるとユキは体を引きずるようにしてベッドに戻る。すると、教皇の言葉どおり幾分体が軽くなる。横になっている分にはかなりマシだった。
「しかし思ったよりも目覚めるのが早かったね。できればずっと寝ていてくれると助かったのだけれど、やっぱり思ったとおりにはいかないものだねぇ」
「神に仕える人間が神を捕えようなんて何様のつもり? お願いがあるのなら美味しいものと男の一人でも捧げてから跪いてなさい。そうすれば聞いてあげるくらいはしてやってもいいわよ?」
横になったまま頬杖を突いて、ユキは鼻で笑い冷たい眼で教皇を睨みつけるが、教皇はそんな物言いの彼女を愛おしそうに見つめながら軽く肩を竦めただけであった。
「お願いらしいお願いは無いのだけれど……一つ挙げるとするなら、狭い部屋で申し訳ないが、もうしばらく大人しく待っていてくれると助かるね」
「どうせここから出られないんだし、そんなのお願いにもならないわ」
「であればのんびり過ごしてくれればそれでいいよ。さすがに君に教徒をあてがうのは無理があるけれど、食事に関しては期待してくれて構わない。自慢の料理人に腕を奮わせよう」
「そ。ならそれだけを楽しみに好きに過ごさせてもらうわ」
そう言ってユキは反対に転がり、教皇に背を向けたまま「あっちに行け」とばかりに手を振った。教皇はその態度に怒りをにじませるでもなく、「しようのない娘だ」と微笑むと部屋を出ていった。
バタン、と扉が閉まったのを確認すると仰向けに体勢を変え、ユキは高級そうな天蓋を見つめた。
(どういうこと……?)
教皇から感じ取った気配。パッと感じとっただけではただの人間でしかない。が、会話しながらもユキが感じ取ったのは、表層的な人間の気配の下で揺らめく光神の気配だった。
(エルンストが常に傍にいるからあの人間にも伝染ったのかとも思ったけど――)
そうであれば人間としての存在感が下に留まり、表面上に光神の気配が残るはず。しかし実態はその逆だ。ただ日々接しているだけで深層まで光神としての存在が伝わっていくはずはない。
(あの人間……光神が産み出した眷属かしら?)
であれば彼から光神の気配がすることにも納得はいくが、今度はそれにしては気配が希薄すぎることが疑問として残る。
全く、訳がわからない。情報が少ない今、考えるだけ無駄か、とユキはため息を吐くと思考の方向を変えた。
ともかくも、こんなつまらない場所からは一刻も早くおさらばしたい。闇神としての力が抑えつけられている以上、知識と人間くらいの力しか使えないがどうせ時間はたっぷりあるのだ。気長に魔法陣でも解読してみるか、と体を起こしてベッドの上から床を覗き込んだ。
「……ん?」
そこでユキは奇妙な事に気づいた。光神魔法の証左である、通常よりもずっと白味が強い光が魔法陣から発せられているが、その中に混じるノイズ。
人間の眼には白しか見えない。しかし闇神であるユキの眼にはハッキリと白の中に少しだけ混じる黒い線が見えた。
試しに魔法陣に手を触れてみる。当然だがそれと同時にユキの指先には強い痛みが走り力が抜けていく。それでも彼女と魔法陣の情報が微かに共有され、驚くと共に怪訝に首をひねった。
(どうして……? いえ、そんな事はどうだっていい)
ともかくもこれで、思ったよりは早く解読が進みそうだ。長い眠りから覚めて以来、ついぞ感じていなかった濃い疲労感に辟易しながらも彼女は魔法陣の解呪に没頭していったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませませ<(_ _)><(_ _)>




