3-3. スフォンでの再会、そして……(その3)
初稿:19/07/20
<<<登場人物紹介>>>
カレン:凄腕の弓使い。矢と同様に料理でも凄まじい力で食った人間の胃袋を破壊する。
ギース:パーティ斥候役。とりあえず舌打ちしないと落ち着かない。
シオン:めでたく新パーティリーダーとなった。パーティのみならずギルドを含めた愛されマスコット。
イーシュ:パーティの盾役。性格は良いが、恐ろしく女運がない。
アリエス:帝国貴族で、元パーティメンバー。筋肉さえあればなんにも要らない。
オットマー:養成学校時代の恩師。筋肉が全てを解決する筋肉教信者。
「それじゃ」
「アリエス様、オットマー先生との」
「久々の再会を祝って――」
「かんぱーいっっっ!!」
丸テーブルを囲んで、幾つものグラスがぶつかり合い小気味よい音を立てた。全員が一気にエールを飲み干していく。
一番乗りはイーシュだ。勢いよく空っぽになったグラスを叩きつけると「~っ!」と声にならない歓声を上げた。
「かーっ! やっぱ迷宮帰りの一杯は最っ高だな!」
彼らが飲み交わしている場所はいつもどおりシオンの母親が営業する食堂だ。邪魔も入らず落ち着いて気兼ねなく楽しめる店といえばここしかない。
シオンとキーリは、迷宮の様子をシェニアに報告してから合流するとのことでここには彼らを除いた全員が揃っていた。
アリエスはこの場にキーリがいない事を少し残念に思うが、仲間たちとの再会が彼女にとっても格段に喜ばしいことであるのは変わりない。表情には出さない代わりに、彼女を囲む仲間たちに気づかれないよう、小さく吐息を漏らすだけだ。
と、そこに白い腕がにゅっと差し出された。小さな手の上には料理が山盛りになった皿が乗っている。
「……おかえり。アリエスお姉ちゃん」
料理を差し出したのはこの店の看板娘――ユーフェだ。薄いピンクのエプロンを着け、眠たげにも見える目つきでアリエスを見上げている。一見アリエスに興味なさげだが、彼女の髪から突き出した猫耳がピコピコと動いていてシッポも左右に揺れている。彼女もまたアリエスとの再会を喜んでいるのは、ユーフェを良く知る者なら明白だった。
そんな愛らしいユーフェの姿にアリエスもまた相好を崩した。
「ありがとうですわ、ユーフェ。しばらく見ない内にまた大きくなったようですわね」
「……太った?」
「立派なレディにまた一歩近づいた、ということですわ」
未だに標準より細い自分の体を見下ろして確認する彼女の頭を、アリエスは皿を受け取りながら撫でる。温かい感触にユーフェはくすぐったそうに身を捩り、一層激しく猫耳が揺れる。その様子を見ているとカレンたちも思わず微笑んでしまう。
「ユーフェちゃーん! ちょっと手伝ってくれるー!?」
「……行かなきゃ」
厨房からシオンの母親に呼ばれると、ユーフェは名残惜しそうにアリエスから離れ「ごゆっくりどうぞ」と言ってペコリと頭を下げる。そしてトテトテと走っていく彼女の後ろ姿を追い続けていたのだが、カレンの「えーっと」という声に視線を元へ戻す。
「アリエス様たちと会えたのは嬉しいんですけど、どうしてスフォンにいるんですか? ご実家に戻られたはずじゃ?」
「そーだよ。しかもオットマー先生と一緒なんて……ひょっとして?」
「それともいよいよ貴族をクビにでもなったのかよ?」
「どれも違いますわよ」
憤慨する素振りをわざと見せて肩を見せると小さく笑う。
「お祖父様の計らいですの。アルフォリーニ家を継げば容易に会うこともできなくなるから今のうちにしっかりと友誼を深めておけ、とのことですわ」
「そっか……じゃあ正式に――」
「ええ。次期当主となることが決まりましたの」
当主ともなれば当然貴族としての役割に邁進することになる。冒険者としての身分を失うことはないが、半ば引退も同然だ。
カレンは嬉しい半面、寂しそうな表情を浮かべた。
「――おめでとうございます」
「ありがとうですわ。なのでしばらくはこの街に滞在する予定ですの。迷宮にも一緒に潜るつもりですのでまた宜しくお願いしますわ」
「はっ、俺らに付いてこれんのか?」
「そちらこそワタクシの足を引っ張らないよう気合を入れなさいな」
ギースの挑発にアリエスもニヤッと笑う。そこにユーフェが新しい酒を運んできて、二人でまたグラスをぶつけ合った。
「でも本当に良かったです。またアリエス様と一緒に潜れるなんて……私、ホンの少しだけですけど、もう諦めてました」
「まったく、お祖父様のお気遣いには感謝ですわ。しかしまさかオットマー様にもこうしてお会いできるなんて思ってもみませんでしたわ」
「そういや先生はなんでこの街にいたんだ?」
「うむ。シェニアに呼ばれてな」
隣に座ったアリエスにムキムキの腕を撫で回され、チラチラと彼女の方を見ながらも来た理由を告げる。
「シェニアさんに?」
「左様。養成学校の臨時講師として、しばしの間生徒たちを鍛え直してほしいと頼まれたのだ。久々にお主らの活躍ぶりを耳にするのも一興かと思ってやってきた次第である。アリエス嬢と会ったのは偶然であり、せっかくであるから近況を聞いていたのだ」
「なぁんだよ。てっきり二人がくっついたのかと思ったのにさ」
「……それはさすがにアリエス嬢に失礼であろう」
イーシュのからかいに、オットマーは珍しく困惑した顔を浮かべた。
が、アリエスはムフ、と酒で赤らんだ顔に笑みを浮かべてオットマーの腕に抱きついた。
「あら、ワタクシはオットマー様の事を憎からず思っておりますわよ?」
「アリエス嬢まで我輩をからかうでない。十以上も歳の離れた平民の軍人崩れなどよりふさわしい相手がよりどりみどりであろう?」
「お生憎ですけれども、貴族間では十どころか親子以上の年の差婚も当たり前ですわ。それにアルフォリーニ家を始め帝国貴族は武を尊ぶお国柄。ワタクシがオットマー様を連れて帰ればきっとお祖父様もお喜びになりますわ」
「む、むぅ……」
オットマーの禿頭から大粒の冷や汗が流れ落ち始める。
武や物事の道理に関しては敏いオットマーだが、ずっと軍人として、そして教官として人生を送ってきたせいか、こうした男女の扱いには慣れていないのは長い付き合いなのでアリエスも理解している。
これ以上からかうのはさすがに可哀想か、と少々筋肉のぬくもりを名残惜しく思いながらも離れると、オットマーはふぅ、と深い息を吐いて額の汗を拭った。
「我輩のことは良い。それよりもお主らはどうなのだ?」
「は?」
「他人の人生に口を挟む趣味はない。が、お主らも良い年頃であろう。そろそろ生涯の伴侶となる良き人などはどうであるのか?」
自分の事を盛大に棚上げしてかつての教え子たちの顔を眺める。だが返ってきたのは釣れない反応である。
「別に……女にゃ興味ねぇよ。俺は独りで気ままに生きる方が性に合ってるからな」
「私もそういった話はないなぁ……とりあえず今の冒険者生活が気に入ってるし」
「ワタクシも残念ながらそれどころではありませんわ。次期当主として、帝国貴族として覚えなければならないことだらけですもの」
と、そういった返答ばかりであったが、そんな中でたった一人、眼を泳がせながら無言を貫く人間がいた。
「……イーシュくん、ひょっとして?」
「……うひ」
「えーっ!? うそっ!? ホントに!?」
「だーはっはっはっ! 実はそうなんだよ!」
堪えきれないとばかりにはち切れるような笑顔を見せるイーシュ。カレンはポカンと口を開けて立ち上がる。
「うわーっ! おめでとう!」
「はっはっ! お先にワリィな!」
「ほっとけ、カレン。どうせまた金だけむしり取られてオシマイだ」
キラキラとした視線を向けるカレンだったが、ギースはイーシュの遍歴を思い起こしながら冷めた様子で酒を傾ける。
しかしイーシュは口元を隠してムフフと気色の悪い笑い声を上げてギースの肩をバンバンと叩いた。
「僻むな僻むなって!」
「うぜぇ……」
「今回はそんなんじゃねーからな! ま、その、だ……ついでだから言っちまうと、実は今、結婚に向けて準備を進めてんだ」
「すごーい! じゃあホントに秒読み段階だね!」
「……ホントにホントですの?」
「おう、マジにマジ、大マジだぜ」
アリエスも疑いの眼を向けていたが、どうやら本当らしいと理解すると、心の底から嬉しそうに祝福の言葉を述べた。
「でしたらお祖父様になおのこと本気で御礼を述べなければなりませんわね。こうした話を聞けるなんて夢にも思ってなかったですもの。それもイーシュから」
「うむ。我輩も良き報告を聞けて嬉しく思う。心より祝福しよう」
「ね、ね、イーシュくん! 相手の人ってどんな人! 優しい? それともイーシュくんのことだからお姉さん肌の人かな?」
「おう! マジで美人で頼れる人だぜ! ウチの道場で住み込みで働いてる人なんだけどよ――」
にやけた顔で相手を説明し始めたイーシュだったが、ふと店の外に眼を遣って突然立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待っててくれ!」
そう言い残すと店を飛び出していく。何事かと不思議そうな顔でイーシュの行先を揃って覗き込めば、彼は薄い桃色の髪をした女性と話していた。手を合わせて頼み込む後ろ姿と、にこやかに笑う女性。やがてイーシュはその女性の手を取って一緒に戻ってきた。
「いやぁ、悪い! ちょうどマリファータさんが歩いてるのが見えたから紹介しとこうと思ってよ!」
「という事は、このご婦人が……?」
「――はい、マリファータ・シャイナと申します。皆さんの事はイーシュさんからよく伺っておりますわぁ」
少し気恥ずかしそうな素振りを見せるものの、イーシュが連れてきた女性――マリファータはにこやかな態度を崩さずに自己紹介した。色白でややタレ気味の眼は優しそうな雰囲気を発しており、隣り合って座ったイーシュを見ては微笑んで幸せそうである。
(優しくて、良い人そうだなぁ……)
過去にイーシュと交際していた女性は、どちらかと言うと気が強そうで彼を尻に敷くタイプが多かった。それと比べて第一印象だとマリファータは引っ張るよりも支えるタイプ。過去とは正反対なタイプであるだけにちょっと驚きだが、イーシュには頭ごなしよりも彼女のような優しく諭す方が合ってるのかもしれないとカレンは思った。
「気が早いかもしれぬが、挙式の計画はすでに進んでいるのですかな? せっかくの教え子の晴れ姿とあれば、ぜひ我輩も祝福させて頂ければと思っているのですが……」
「いえ、そちらはまだ……」
「結婚しようって決めたのはつい最近なんだよ。急ぐ理由もないし、じっくり話し合っていくさ」
「どうせシャイナ様に任せっきりになるのが目に見えていますわ。
シャイナ様、この男は頑丈ですから少々荒っぽく扱っても安心ですの。遠慮なくケツを叩いてしまいなさいな。でないとすーぐ怠けてしまいますもの」
「そ、そんなことねーって! そりゃマリファータさんの希望は優先してあげたいって思ってるけど――」
イーシュの結婚は祝福してあげたいと思う。だが同時に少しだけ寂しさもカレンは覚えた。戦闘では頼りになるし欠かせない仲間であるが、バカで調子にも乗りやすい。彼女にとってまるで手のかかる弟のようなものでもあった。
そんな彼が結婚する。
(自分の子供が結婚する時ってこんな感じなのかなぁ……?)
カレンも前世から数えれば三十も後半の歳である。若年で結婚していれば、子の結婚話の一つや二つ出ていてもおかしくはない。
私も誰か良い人でも見つからないかなぁ、とぼんやりとイーシュたちのノロケ話を聞き流していたカレンだったが、ふとマリファータの胸元に輝く十字架が目に入った。
(五大神教の十字架……信徒なのかな……?)
「――ン、おい、カレンってば」
白銀のそれに眼を奪われてぼーっとしていたが、イーシュから呼ばれてハッと体を起こした。気づけば、全員が自分に注目していた。
「なにぼーっとしてんだよ? 疲れてんのか?」
「ん……ごめん。ちょっとぼんやりしてた。大丈夫、マリファータさんみたいな美人さんと結婚していいなぁって思って。
それで何の話してたっけ?」
「イーシュの彼女が元冒険者だって話だよ」
「剣だけでなく弓やナイフ、槍といった多彩な武器に才能を発揮してるということらしいですわよ」
「そんな……街一番の冒険者の皆さんの前でお恥ずかしいです」
気恥ずかしそうにマリファータは身を小さくするも、なおもアリエスは「謙遜は不要ですわ」と続けた。
「道場ではそれぞれの武器で師範代の腕前を持っていらっしゃるのでしょう? 冒険者としてもパーティに一人は欲しい人材ですわね。イーシュには悪いですけれど、実にもったいなくも思いますわ」
「まーな。俺もそう思うけど、それ以上にスゲェのがさ、マリファータさんって元は魔法がメインなんだよな。教えるのもうめーし、バカな俺なんかでもすぐ使えるようになったしさ」
「……ってこたぁ、イーシュ。テメェが光神魔法使えるようになったのも――」
「ああ。マリファータさんに教会に連れてってもらって適正を図ったら素質があるって分かってよ」
「素質ならば養成学校入学時に測ったでしょうに……」
「ンなもん、覚えてるわけねーじゃん。
で、まあ、それで俺も使えるってんでつきっきりで教えてもらってさ、まぁそうしてる内にいつの間にか彼女の事が――」
「ということは――マリファータさんも光神魔法が使えるということですの?」
アリエスからの質問の声色にカレンは思わず振り向いた。そこには緩やかな笑みを湛えるアリエスの姿。だがカレンは、一見すると普段と変わらないその姿の奥に固い表情が潜んでいることに気づいた。
「はい! ……といってもたいしたレベルではありませんが」
「いやいや! 自信持っていいって! その、他に使える連中を見たことがねぇから分かんねぇけど……他の奴らよりずっとスゲェって!」
「ふふ、ありがとうございます。イーシュさんは優しいですね」
マリファータをイーシュが励まし、そんな彼に向かって嬉しそうに笑う。その際に彼女は自身の髪をかき揚げた。
そこに顕わになったのは、耳から下がった同じく五大神教のシンボルのイヤリング。そして彼女の首筋には教会との繋がりを示すタトゥーが刻まれているのにアリエスとカレンは気づいた。
「……ネックレスを見る限り、シャイナ様は熱心な五大神教徒なのですわね?」
「ええ。今日もちょうどお祈りを捧げて帰っているところでして」
「そうでしたの。でしたら、イーシュとの出会いも、今日のワタクシたちとの出会いも、光神様のお導きかもしれませんわね」
にこやかなままアリエスが光神を引き合いに出す。しかし彼女の瞳の奥に抱いた感情にマリファータは気づいた様子もなく穏やかに微笑んで応じた。
嬉しそうに酒を飲み続けるイーシュ。そんな彼に寄り添うマリファータ。感情が読めないアリエスに、我関せずな態度を取り続けるギース。そこはかとない不安を懐きながらカレンがオットマーを見上げれば、彼もまた表情の読みづらい仏頂面を浮かべており、カレンの視線に気づくと小さく首を横に振った。
何とも言えない居心地の悪さがカレンの体を震わせ、それを誤魔化すように彼女もまた酒へと逃げていったのだった。
引き続き宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>




