2-3. 帝国にて(その3)
初稿:19/07/10
<<<登場人物紹介>>>
フィア:レディストリニア王国女王として即位したキーリたちの仲間。王位についてシオンにhshsできなくて寂しい。
宰相:ユーフィリニア王の時代から王国を切り盛りする敏腕宰相。そろそろ休みをあげたいとみんなが思ってる。
「では話を再開しようか。
本当はユスティニアヌスとするつもりだったのだが……過ぎてしまった事を嘆いても仕方のない話だ。
早速だが、貴国のモンスターの活動について尋ねたい。やはり以前と比べて活発化しているかね?」
「そう仰られるということは帝国でも――」
「うむ。では王国でも同様の状況な様だな」
フィアは無言でうなずいた。
冒険者としての活動は何年もできていないが、ユルフォーニ領で過ごした数年間で実情は十分把握できているつもりだ。時を経るごとに村近くへのモンスターの出現率は上昇。発生する迷宮も爆発的に増加しているし、グラッツェンへの道中でも度々モンスターに襲われていた。
異変が起きているのは確か。それが王国のみならず帝国でも起きているというのは初耳だが、予想していただけにフィアも驚きはない。
「ギルドにも金を出してなんとか対応させている状況だ。だが何も無かった土地に突然迷宮が現れたり、下位ランクしか出ぬような場所に上位のモンスターが現れたりといった報告が増えている。大きな被害はまだ出ていないが、早晩そうなるだろうな」
「まだ私が即位して間もないため国全体の状況は確認できていませんがこの三年、市井で暮らしていて何度も同じ状況に直面しました。街の直下に突然迷宮が出現したこともありましたし――人間がモンスター化した事例もありました」
「なんだと……!?」
フィアがもたらした情報に皇帝の目つきが一層険しいものになる。
「それは真か?」
「はい。いずれも私が直に体験しましたことですので」
「むう、そのような事が……元々モンスターが人間に擬態していた、という可能性は?」
「確認しようがないためゼロではありません。が、これでも最近まで冒険者として活動していた身です。そのようなモンスターの存在を見聞きした事はありませんし、モンスターと化した人間も長年貴族として生きてきた者でした。可能性は低いかと」
「そうか、であれば間違いないのだろうな……
原因に心当たりはあるか?」
「はっきりした事は分かりません。ですが……そうしたことに詳しい知人は『空気中の魔素が年々濃くなっている』と言っていました」
キーリにしか分からない話であったが、それは事実なのだろうとフィアは思う。ユキも魔素を吸って迷宮は成長すると言っていたし、魔素溜まりにモンスターが発生しやすいのは周知の事実だ。少なくとも魔素と最近の異常には密接な関係がある。
「魔素が迷宮の発生を促し人を魔物化する、か……あり得る話だな。
そうなると帝国内でもその魔素が濃くなっているのだろう。であれば悠長に構えている場合ではないな」
目を閉じ腕を組んで皇帝は考え込む。だがそれも僅かの時間であり、彼は再び思慮深いその瞳をフィアに向けた。
「女王陛下に申し上げる。昨今の状況を鑑みるに、迷宮やモンスターによる被害は今後も増加の一途を辿るであろう。そうした事態に対処するため、迷宮・モンスターに関して王国と協力関係を結びたい」
皇帝からの申し出にフィアは眼を剥いて驚きを顕わにした。試されているのか、とも思いエドヴィカネルの蒼い瞳を見つめる。だが感じられるのは彼の本気度合いだけだ。
フィアよりも遥かに経験を積んだ海千山千の相手である。本心を外目から窺い知るなどできようもない。ならば直感を信じるまでである。
それにこの申し出は彼女にとっても渡りに船であった。
「驚きました……皇帝陛下からそのような申し出を頂くとは思っていませんでした」
「如何かな?」
「異論ありません。むしろこちらから申し出るつもりでいました」
王国の置かれている状況はどう贔屓目に見ても芳しくない。落ち着きを見せているとはいえ国内は未だ不安定。政治の中枢にも教会の人間が入り込んでいることは明白であるし、彼女にとって教皇国は明確な敵でもある。いつ、彼らが隣接する王国に牙を剥くか分からない。そんな中で帝国との関係を改善するのは外交上の急務であり、何らかの協力関係を築くことに迫られていた。
そこで宰相が会談前にフィアへ提案したのが迷宮関連の協力であった。フィアは冒険者であり、またシェニアとも懇意であることを活用して、同じ様に対処に苦慮しているであろうモンスターへの対抗を共に取り組もうと、帝国に提案するつもりだった。
「ならば話は早い。後日、女王陛下即位の表敬として王国への訪問を正式に打診させて頂く。それまでに子細を詰めて王国にて共同で発表させてもらいたいのだが?」
「……っ! 宜しいのですか? 皇帝陛下自らが王国を訪問されるとなると――」
「気遣いは無用だ。お父上の墓参りついでと思って頂いて構わん。それに、王国との関係改善を周辺国へアピールする絶好の機会となるだろう」
「帝国との友好関係を深めることに私も異存ありません。
ですが――私は政治的なやり取りに慣れておりませんので腹芸は苦手です。なので単刀直入にお尋ねさせて頂きます。
――なぜそこまで我が王国との関係改善を急がれるのですか?」
王国の立場ならフィアも理解できる。だが帝国となれば話は別だ。この国は、大陸最大の国力を誇る。自ら進んで申し入れずとも、王国の足元を見ることだってできる立場だ。急いで王国との関係を改善する必要はない。
真っ向から質問をぶつけたフィアに対して皇帝は眼を見つめてきたが、すぐにフッと皮肉げな笑みを浮かべると問いに応えた。
「私も今の立場について長い。多くの有象無象を眼にし、おもねる人間、誑かす人間、野心を燃やす人間を見てきた。そして、信頼できる人間も」
「陛下……」
「故に私は女王陛下が信頼に足る人間であると判断したまでよ。道を違わねば、陛下は素晴らしい王となられるであろう」
「……ありがとうございます。ご期待を掛けて頂いた以上、いずれ陛下にとって手強い相手となってみせます」
フィアは重い期待に不安を覚え、だがそれでも不敵に笑って軽口を言ってみせる。それを受けてエドヴィカネルもカラカラと笑ってみせた。
「ふっ……その時は軽く捻り潰してみせよう。
陛下を信頼に足ると言ったが、加えて先程も言った通り敵は少ない方が良い。いつ、何をしてくるか分からぬ連中がいるからな」
「それは――」
「口にせずともいい。女王陛下と同じ連中を想像している」
帝国も教皇国、ひいては教会を危険視しているのか。フィアは小さく驚きを覚え、顔には出すこと無く言葉を飲み込む。
「大人しく神にだけ祈っておけば良いものを……いったい何を考えているのか全く読めん厄介な連中だ」
「皇帝陛下のお考え、理解しました。確かに彼らの狙いが分かりません。王国を内部から操ろうとしているのかとも思っておりましたが……とにかく、少なくとも何かを企んでいるのは確実です。であれば容易に事を起こされないよう、王国としては悠久の帝国との友好を願っています」
「こちらもだ。連中を牽制する意味でも早期の協力を望んでいる。訪問が実りあるものとなることを切に願う。
ああ、そうだ。先程陛下が仰った、魔素濃度について言及したという知人。彼か彼女かは分からんが、意見を聞きたい。訪問時に会うことは可能だろうか?」
皇帝がキーリに言及して、ついフィアからクスリと笑いが漏れた。彼か彼女か――当然意図したものではないが、図らずもキーリの容姿上の特徴に合致していたからだ。
(キーリ……)
結局彼と最後にまともに話したのは、国境での戦闘後だ。感情的にキーリを殴ってしまい、それ以来顔も合わせていない。
あの時の彼の行動は容認できない。が、キーリはキーリの考えとしてフィアを思っての行動であることは彼女も理解していた。
依然として彼はフィアにとって大切な人であるし、きちんと仲直りをしたいと思っていたが女王としての職務に忙殺されてここまでズルズルときてしまっていた。
(お前は今、何処で何をしている……?)
息災であることは、彼とつながった魔力的なパスで分かる。だが彼が何をしているのかまでは分からず、ふとキーリを思い出せば漠然とした不安が彼女の中で過っていた。
「女王陛下?」
「……失礼しました。はい、会えると思います。彼とは冒険者になった時からの仲ですので」
「であれば宜しく頼みたい」
エドヴィカネルはそう言って表情を緩める。代わってからかいを多分に含んだ、優しい瞳が覗く。
「しかし、そうかそうか……下世話な話だが、その者は陛下の良き御方なのだな?」
「……! わ、分かり易いでしょうか?」
「くっくっくっ! なるほどなるほど! ご自身で仰られたようにどうやら陛下はお気持ちを隠すのが苦手なようだ」
巨大帝国の皇帝らしい厳しい表情が鳴りを潜め、エドヴィカネルは心底愉快とばかりに若々しい笑い声を上げた。フィアは自身の髪色みたいに真っ赤な顔で身を小さくした。
歴戦の皇帝と若き女王。だが今のこの瞬間だけはまるで仲の良い叔父と姪のようでもあった。
「陛下に思ってもらえるとは……余程の男であるらしい」
「……ええ、まあ」フィアは照れるような、それでいて悔しいような表情を浮かべた。「私では到底及ばない奴です。少々性格に難はありますが」
「王たる者、その程度御してこそよ。それに陛下が想いを寄せているように見受けられる。であれば心配はなかろう」
穏やかな瞳でそう話していたが、エドヴィカネルの瞳が不意に鋭くなる。
「陛下の周りであれば心配は要らぬであろう。しかし、周囲の、そのまた周囲には十分気をつけたまえ」
「え? ええ、分かりました……?」
「人というのは弱い……人族、獣人族、長耳族といった種族を問わず。
どんなに信頼の置ける人物であったとしても、いつの間にか己を裏切る算段をしているものだ。そしてその背景には必ずと言っていいほどに第三者が絡んでいる。
悲しいかな――」
エドヴィカネルは自らの手を見下ろし、眼を細めて視線が険しくなる。
「私も女王陛下も、眼は二つしかついておらず、見通せる範囲はせいぜいが部屋の中だけ。この手が届く範囲も非常に狭い。人を信頼するのは人間の美徳ではあるが、努々注意だけは怠らぬよう、老婆心ながらお伝えしておきたい」
「皇帝、陛下……」
「私にも……若き時にその心持ちがあれば、今も涙を流す余裕があっただろうにな……」
そうつぶやいて、エドヴィカネルは小さく息を吐いた。無言で拳を強く握りしめる。
その手が震えていたのだが、フィアもまた眼を閉じ、黙って彼の助言を胸に刻もうと反芻したのであった。
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