1-4. 終焉のプロローグ(その4)
初稿:19/06/30
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。大剣を武器に人間離れした力で敵をなぎ倒す。女顔をいじられなくなったのが寂しい。
「……結局収穫はなし、か……」
また一歩、復讐を成し遂げたという意味では収穫だろう。しかしキーリが知りたかったのは、村が襲われた理由。こんな外れの土地にのんびり暮らしていることからあまり期待していなかったが、それでもひょっとしたら、と少しだけ期待を抱いていた。が、フリッツは村を襲ったことすら忘れてしまっていた。頭の巡りが悪いのか、キーリが村の子どもだということに気づかずデタラメな事ばかりを連ね、挙げ句、村人の事を貶めるように嘘を重ねた。彼の言葉通り、攻撃された事よりもこれ以上フリッツと言葉を重ねる気さえ起きなかった。
「これで残りは――」
「聖騎士」エルンスト・セイドルフ、「幼き天才」フランとエレン、そして彼らを束ねる名も知らぬ教皇の四人。クルエについては事情も理解したし、もう彼に対するわだかまりはない。アンジェリカとゴードンに関しては――保留だ。正直、あの二人についてはどうしていいか分からない。
「エルンスト・セイドルフ……」
フラン、エレンの二人は幸か不幸かすでに戦い、決着こそ付けられなかったがどういう人間かある程度分かっている。しかしエルンストに関しては、ここまで暇を見つけては調べてきたものの全く情報が得られていなかった。村が襲われた時にルディたちと戦っていたキツネ目の男だということは分かっているが、調べても調べても途中でバッタリと情報が途絶え、不気味な程に何も出てこない。
「唯一分かった事は、つい最近、村でユキとエルンストが出会って、それ以来アイツと繋がりが途切れちまったってことだが――」
だからこそあの村には何かがあったのだろうと思うし、エルンストはフリッツのようなただの英雄などではないはずだ。アンジェでさえユキには敵うはずもなく、如何に英雄といえども神には及ばない。
とてもそうは思えないがユキは紛うこと無くこの世界の神の一体である。受肉したが故に能力に制限はあるが、人間にどうこうできる存在ではない。にもかかわらずエルンストはユキをさらっていってしまった。
(……てことは、相当厄介な相手ってことだが)
少なくとも、闇神の能力をどうにかできるだけの力を持っていることになる。すでに人としての範疇から「外れ」かけているキーリだが、十分な警戒をしておくべきだろう。
そこまで考えを整理してキーリは頭を振った。どちらにせよ、まずはヤツの居場所を探し出してからだ。最低限の目的は果たしたことであるし、ひとまずはこの場を離れよう。キーリはここまで進んできた屋敷の入口の方を見遣った。
「そういえば――」
通路に転がっている屋敷の使用人や護衛たちを見おろす。キーリの目的はあくまでフリッツただ一人であるため、闇神魔法で彼らを眠らせたりして特段怪我などはさせていない。記憶も書き換えてあるし、まずキーリのことを覚えている者はいないだろう。その点は安心点なのだが、妙に魔法の効きが良いことが気にかかった。
腐ってもフリッツは光神魔法の使い手である。英雄に選ばれる程であるから相当な素質があるのは間違いないだろうし、そういった手合いがいる場所は自然と強い光神の加護が得られるものだ。
しかしキーリが魔法を掛けた時、彼らは呆気なく闇神魔法に倒れた。多少の魔法抵抗も感じず、光神の加護どころか闇神への親和性の方が高そうであった。
光神魔法と闇神魔法は対極にあるものなのだが、フリッツが最後に放った光神魔法もやけに吸収しやすく屋敷内でもキーリは特段苦痛を覚えることも無かった。
部屋を見回してみても、闇神に有利に働きそうな物はない。テーブルの上で、襲撃までフリッツが飲んでいただろうワインらしきボトルが倒れて中身が溢れているだけだ。
首を捻りながら、キーリは何気なくフリッツの遺体へと視線を移した。
「……!」
その視線の先にあった光景に、キーリは眼を疑った。
剣で心臓を一突きした遺体。キーリが行ったのはそれだけだ。魔法も何も掛けていない。
にもかかわらず遺体は劇的な変化を告げていた。眼や鼻、口といった孔という孔からドロドロとした真っ黒な、まるでコールタールの様な液体が流れ落ちていた。
白目を剥いていた両目はただその黒い物を垂れ流すだけ。体の上を流れ出ていくそれは衣服にこびりつくこと無く床へと落ちて溜まりを作る。だがそれもほんの僅かで、見る見る間に床をすり抜けて消えていった。
そして残ったのは、骨と皮だけとなった、まるで何年も野ざらしにされていた様なフリッツの遺体だけであった。
「何が起こったんだ……?」
人間の体がこんなにも一瞬で骨になる現象など、キーリは初めて見た。当然物理的にはあり得ず魔法的な効果だろうとは思うが、キーリの知識の中にそんなものは存在していない。
「戻ったらシオンにでも聞いてみるか……」
とは言うものの、いくらシオンでも期待できそうにない。それくらい非現実的な光景だった。
念の為、キーリはフリッツの骨だけの遺体の下に影を作り出した。遺体はズブズブと影の中に消えていく。もしかすると何かしらのヒントになるかもしれないし、屋敷の人間には主がある晩に急に消えたように見えるだろう。急に英雄の一人が消えたならば騒ぎになるだろうが、死体を晒すよりはマシだ。
壁にこびりついていた血の跡さえも消え失せ、静まり返ったままの室内を見回す。起きている人間はただの一人もいないため当たり前だが、キーリには妙にそれが不気味に思えた。
「何かが――」
起きようとしている。ユキが消えたことといい、帝国と王国が衝突しかけたことといい、モンスターの動きが活発になっていることといい、予兆を挙げればキリがない。だがそれがどれ程の規模のものになるのか、キーリにも想像ができなかった。
「……ガッツリ覚悟だけはしとかねぇといけねぇな」
戻ったらフィアたちにも懸念を伝えておこう。最近やや疎遠になってしまっている――自分からそう仕向けた向きもあるのだが――最愛の人の事を思い起こしながら、キーリは自身の影の中へと消えていった。
正真正銘動くものがいなくなり、テーブルの端から雫を垂れる赤い液体だけが規則的な音を立てているのだった。
教皇国大神殿の地下で、教皇はいつもどおりワインらしき酒を嗜んでいた。
夜中は彼だけの時間。神殿で働く人々は全て眠りへとついているが、彼が眠ることは基本的にない。昼も夜も起きて教皇としての仕事をしているか、こうして一人の時間を楽しんでいるか。そうした時を――数えきれない程に過ごしていた。
今日もまた静かに手にしたグラスを傾けていたが、不意にその動きが止まった。
「そう、か……いよいよフリッツも逝ったか」
グラスを置き、残念そうに息を漏らす。だが――対象的にその表情はどこか嬉しそうだった。
口角をやや上げて眼を閉じる。薄ら笑いを浮かべたまま、教皇は右手を床に向かってかざした。
すると大理石でできた床が突如沸騰したようにブクブクと泡立ち始めた。薄暗い中でも分かるほどに黒い液体が染み出し、やがてそれらが猛烈な勢いで立ち上っていった。
黒に混ざる白いドロリとした液体。それらは螺旋状に渦を巻き、かざされた右手のひらの中へと次々と吸い込まれていく。
数秒間それは続き、次第に収まっていく。床は元の大理石に戻り、教皇は「ほぅ……」と艶めかしげな吐息を漏らして椅子の背もたれに体を預けた。
「さて……これで必要な魔素も力も十分に戻った。後は事を為すだけだが……ふむ」
頬杖をつき、やや考え込む素振りをする。眼を閉じ、たっぷりと頭の中を整理して再び口端を楽しげに吊り上げた。
「そうだね……念のためにも打てる手は打っておこうか」
失敗しても痛くはないが、成功すれば願いが成就する可能性は劇的に上がるだろう。
何よりも。
「うまく行けば、そこそこ楽しめそうだね」
そうつぶやいて笑う。白い歯が覗くその笑みからは隠しようもない悪意がにじみ出ていたのだった。
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