1-3. 終焉のプロローグ(その3)
初稿:19/06/29
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。大剣を武器に人間離れした力で敵をなぎ倒す。女顔をいじられなくなったのが寂しい。
教皇国・皇都ロンバルディウム郊外
そこらの富豪では所有し得ない程の大きな豪邸が、街から遠く離れた森林地帯の中にひっそりと建っていた。広い敷地の庭は綺麗に手入れが行き届き、大きな玄関から続く廊下には豪奢な装飾品が並べられ、半端な貴族よりも余程金と権力を保持していることが伺える。
だが今は夜半。屋敷内の照明は落とされ、芸術品の数々は輝きを失って暗闇の中でひっそり佇んでいる。
否。明かりは意図的に落とされたのではなかった。いくつかの照明は破壊され、砕けたガラスが散らばっている。
そしてその上には武装した男たちが幾人も倒れ伏していた。男たちだけではない。日頃、館の主に奉仕しているだろうメイド服姿の女性や庭師など、多くの人たちが床に転がり壁にもたれていた。それでも彼らの胸は穏やかに上下し、眠っていたり意識を失っているだけで死人は一人としていなかった。
だがそれは異常な光景でもあった。何者かの襲撃を受けたのは明白。そして、それを示すように、屋敷の奥の方から剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。
「……」
「くっ……! このっ……!」
白と黒が入り混じった髪色の男が無言で大剣を振るう。本来は両手で扱うそれを軽々と片手で操り、あたかもショートソードのような鋭さで相手に迫る。
しかし決して剣そのものが軽いわけではない。振るわれた剣は暴風のように風切り音を立て、剣がぶつかる度に相手の体が大きく弾き飛ばされる。
白い物が混じったあごひげや、やや後退した前頭部、たるんだ皮膚などから、襲撃されている男はそれなりに齢を重ねているようだが、それでも攻撃をしのぎきっていることから、この男も相当な実力の持ち主であることが伺えた。
「貴様……! いったい何のつもりだ! この私が誰だか知ってのことか……!」
「――ああ、よく知ってるさ」
剣を構え、襲撃者に向かって声を荒げる。対する男は、大剣を肩に担いだまま首をグルリと回して当然だとばかりに応えた。
「フリッツ・ブッフバルト。『閃光』の異名をとった過去の英雄サマ、だろ? だからこそ――」襲撃者――キーリ・アルカナは鼻で嘲笑った。「殺しにきたんじゃねぇか」
「この痴れ者がぁぁぁっっっ!!」
フリッツはたるんだ口元を吊り上げて吼えた。強く床を蹴り、一瞬で加速する。その速度は年老いてなお「閃光」の名にふさわしく、瞬く間にキーリとの距離を詰めていった。
キーリは剣を構えてもいない。油断しおって、と若者の無謀さを嘲笑いながらフリッツは手に持つ剣を鋭く振り抜いた。
捉えた。そのはずだった。だがそのはずなのに感触はなく、空虚さを斬り裂いただけ。眼の前にいたキーリの姿が一瞬で消え去っていた。
「ちょっち遅かったな」
フリッツの背後。宵闇よりなお黒い影からキーリの姿が現れ、逆に彼を嘲笑う。その声にフリッツが慌てて振り返り、剣を向けようとした。
だがそれよりも先に大剣がフリッツを強かに打ち据えた。剣の腹で叩かれた体が真横に吹き飛び、部屋の調度品をなぎ倒しながら壁へと叩きつけられた。
「ぐ……お……のれぇ――っ!?」
フリッツから怨嗟が漏れる。だが彼が顔を上げた瞬間、その真横に剣が突き刺さった。
「ひっ……!」
「聞きてぇことがある」
キーリが汚物を見るかのように冷ややかな眼でフリッツを見下ろした。真一文字に口元が結ばれ、しかしそれが徐々に緩んで弧を描いていく。
「な、な、な、なんだっ!? 何を聞きたいっ!? か、隠し金のありかかっ!? それとも女が欲しいのかっ!?」
「ンなもん、どうだっていいんだよ。俺が聞きたいことは一つだ。
――鬼人族の村の事を覚えてるか?」
「き、キジン族……?」
もはやその名称さえ忘れ去ってしまっているのだろう。反芻したそのイントネーションもおかしい。何もかも覚えていないようなその様子にキーリは苛立ち、舌打ちと共に突き刺した剣を鳴らした。
「十七年前にテメェら英雄連中が滅ぼした種族だよ。北にある魔の森ン中にある小さな村で、そこにいた全員をテメェらで殺し尽くした村だ。忘れたとは言わせねぇぞ」
「……あ、ああ! ああ! 覚えているとも! あんなこと……も、もちろんわ、忘れられるはずがないに決まっているだろう」
歯をカチカチと鳴らし、おびただしい脂汗を流しながらフリッツは叫んだ。しかしキーリがにらみつけると眼は泳ぎ、挙動不審さが増していく。
「そうかそうか。覚えているなら話は早ぇ。ついでに聞くが、その種族はどんな連中だったか?」
「え!? ええっと……ああ、待て! 待ってくれ! 今思いだすから……
そ、そうだ! 見た目は普通の人族と変わらなかったが、排他的な連中で露骨に俺らが村に留まるのを嫌がってたんだ! 近くに村も無かったから大金払って泊めてもらったんだが、そ、それで俺らが金を持ってるって思ったんだろうな! 夜中に突然襲ってきて、だから俺らも応戦して――」
「へえ。そりゃあ大変だったな。だから村を全滅させたってことか?」
「そうだ! 俺らも殺らなきゃ殺られちまう! だから……仕方なかったんだ……」
必死で弁明を繰り出すフリッツ。キーリは口元だけを綻ばせ、しかしその実、表情は全くの無表情。にもかかわらずフリッツは生き延びることだけに懸命でそれに気づいていなかった。
キーリが無言で壁に刺さった剣を引き抜く。そのまま剣を下に向け、ため息を漏らした。
「なるほどね……アンタも被害者だったってことか」
「そうなんだ! お前が何を求めてきたのかは分からないが、俺は悪いことはしちゃいない!」
ここが攻めどころと見たか、フリッツはおもねるような顔つきで言葉を重ねていく。
キーリはもう一度ため息をつき、頭を押さえるとクルリと踵を返してフリッツに背を向けた。それを見てフリッツは安堵の息を漏らし、だが徐々に表情が険しくなっていく。
ギリギリと歯が軋み、それまで恐怖に押し潰されていた尊大な自尊心が鎌首をもたげてくる。
自分は、英雄なんだ。誰もが畏怖し、称賛する世界を救った男である。それを、こんな若造に良いようにやられていいものか。
そう思ったと同時に、膨大な魔素が励起してフリッツの手が輝き始めていた。
「死ねやぁぁぁっっっ!!」
叫び声と同時に、至近距離のキーリに向かって光神魔法が放たれた。
膨大な魔素が収束し、濃密な閃光となってキーリに襲いかかる。無防備なその背中を食らいつくさんと迫っていく。
キーリは振り返らず、しかしその黒味が増した髪が揺れた。そして次の瞬間、キーリの体へと魔法が吸い込まれていき、昼間より明るく照らされた室内が何事も無かったかのようにまた夜へと戻っていったのだった。
「へ……? あ……あ……?」
「さて――」
壁際でへたりこんだままのフリッツを、キーリは片腕でその体を持ち上げ壁に強く押し付けた。衝撃でフリッツの口から苦しげな息が溢れ、再び自尊心が奥底へ隠れて双眸には命乞いの色だけが濃くにじみ出る。
「ま、待ってくれ……い、今のはそ、その、そんなつもりじゃ――」
「別に殺そうとしたことに怒っちゃいねぇよ。どっちみち殺すつもりだったからな」
ため息混じりに、まるで今日の夜食を決めるかのような気楽さでキーリが宣告する。フリッツは顔面を蒼白にし、キーリの手の中でガタガタと震えだす。股間から流れ出た小水が壁を濡らしていく。
「や、やめ、やめてくれ……!」
「残念ながらその選択肢はねぇな。
そうそう、一つ教えといてやるよ」
キーリの表情が、憤怒へと変わった。
「村が滅ぼされたあの時――俺もその場に居たんだよ」
「え――」
間の抜けたフリッツの声が響き、キーリの手が離れる。そして代わって、彼の大剣がフリッツの心臓を貫いた。
「――」
恐怖に引きつった顔のままフリッツが呼吸を止めた。剣を引き抜くと傷跡からおびただしい量のくすんだ血が流れ落ち、床に崩れ落ちた彼の下で血溜まりが広がっていく。キーリは剣を軽く降って血のりを落とすと鞘に戻して天井を仰いだ。
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