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14-5 鐘の音は響き、針は再び時を刻み始める(その5)


第3部 第83話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/08/18


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

リズ:王城に務めるレイス、ミュレースの同僚メイド。フィアに非常事態を告げにやってきた。

アリエス:王国と国境を接するアルフォリーニ領の貴族で、キーリたちのパーティーメンバー。




 兵たちを野営地へ全員下がらせ、フィアは翼を羽ばたかせて帝国側へとゆっくりと向かっていった。

 王国と帝国を隔てていた巨大な黒い壁はいつの間にか消え去り、彼女の姿は帝国からもはっきり見えた。帝国兵並びに部隊長たちは、優雅に飛行する彼女の様子を呆然と、或いは畏敬を以て、そして或いは険しい表情と共に見つめていた。

 やってくるのは、果たして光神の御使いか、それとも美女の皮を被っただけの悪魔か。

 フィアが王国兵たちに投げかけた演説の声は帝国側にも届いていた。先程まで押し寄せてきていた敵兵の姿も今はどんどんと遠ざかっている。それでも彼らの大半はまだフィアを信じることができずにいた。

 夜空に煌々と輝く翼。王とは言え人間だ。だが今のフィアの姿をただの人間と呼ぶにはあまりに神々しさが溢れている。こうして近づいてくるのも、光神の使いとして自分たちに天罰を与えるためにやってきているのではないか。そんな思いが拭えない。手に持った弓や槍が握られたまま所在なさげに揺れていた。


「……」


 そんな兵たちの中で一人、明確な敵意を持ってフィアを睨みつけている者が居た。大勢の兵士たちに紛れて息を潜めていたが、やがて集団から離れていく。その事に、フィアに注目したままの周囲は気づかない。

 その男はずっと後方へと下がっていき、最後方にたどり着くと密かにその腕に魔素を込め始めた。


「……新たな神は必要ないのだ」


 神は光神のみで必要十分。他の神も、まして新しい現人神などもっての外。突き出した腕の先端が輝きを増していき、収束して光の槍が生まれていった。

 ――そう、神は我らが主のみなのだ。

 男がニヤリとほくそ笑み、フィアに向かって光神魔法を放った。これはあくまで帝国からの攻撃。この張り詰めた緊張感の中で一旦攻撃の手が上がれば、追い詰められている帝国軍のあちこちから攻撃の手があがるはずだ。

 そう期待していた男だったが、彼の手から飛び出した直後に正面に突如として現れた黒い影へ光の槍が飲み込まれていった。


「なっ……!?」

「やっぱ紛れ込んでやがったか」


 その事に驚き、思わず男は声を上げた。そしてすぐさま背後から聞こえてきた呆れを多分に含んだ声に振り向く。だが直後に男の腹に拳がめり込み、大きくくの字に体が折れ曲がった。そして彼の頭にまとわりつく黒い靄の塊。帝国兵の格好をした男はそのまま意識を失い、殴りつけられた腕の上にドサリと倒れたのだった。


「ったく……油断も隙もあったもんじゃねぇ」


 キーリはため息を吐き、抱えた男を見下ろした。

 こういった状況には恐らく教会が絡んでいるだろうと思い、影の中から様子を伺っていたがその予想は――当たってほしくはなかったが――どうやら当たったらしい。せっかくいい感じで場が治まりかけているというのにこれ以上の混乱は起こしてもらいたくはないし、もっと言えばフィアを害そうなどという輩を許容することなど到底できない。

 したがってキーリは手っ取り早く男の意識を奪ってはみたのだが、果たしてこの後どうしてくれようか。思考を巡らせていたが、そこに鋭い声が突き刺さった。


「な、何者だっ!?」


 意識を辺りに戻せば、フィアに注目していた帝国兵たちが皆キーリの方を向いていた。空気が張り詰めており、今にも手にした槍や剣でキーリに襲いかかってきそうな様子で、キーリは思わず肩を竦めた。


「おいおい、俺は何も――」

「黙れっ! やはり王国の人間が紛れ込んでいたか……! 我らが油断した隙を狙って攻撃をしようとしたのだろうがそうはいかんぞっ!」

「だから違ぇーっての。おたくらに手を出すつもりはないって」

「ならばその腕の同胞はどう言い訳するつもりだっ!?」

「あ」


 そういえばそうだった。キーリは頭を掻いた。

 行動をつぶさに観察していたキーリからしてみれば、腕の中の男が教会の人間であることは明白なのだが、男の格好は帝国兵そのものであり事情を知らない帝国の一般兵たちから見れば仲間を攻撃されたのに等しい。

 さて、どう説明したものか。方々から敵意を向けられ、いっその事全員昏倒させて逃げてしまおうか、などという物騒な考えがキーリの頭を過った。


「剣を下ろしなさい。これは命令ですわ」


 しかしそこにキーリにとって救世主とも言える声が響いた。

 シュバルツハルト参謀長を始め、側近の将校と兵士を従えてアリエスが空から軽やかに着地する。その姿を認め、兵士たちは一斉に敬礼をしたのだが、それでもなお彼らの視線はキーリに注がれていた。


「その方なら大丈夫ですわ」


 その空気を敏感に察したアリエスは、兵を安心させるために笑ってキーリの肩に手を置き、言葉を更に付け足した。


「彼はワタクシの友人ですわ。決して帝国の敵ではない……とは言い切れませんけれども」

「おいこら」

「冗談ですわ」ふふっ、とアリエスは楽しげに肩を震わせた。「ワタクシも様子を窺ってましたけれども、恐らくその男は帝国の人間ではありませんわ。この場を混乱させようと目論んだのでしょうが、彼が止めてくれたおかげで余計な犠牲が出るのを防ぐことができました。

 感謝いたしますわ、キーリ」


 最後にそう謝意を述べ、アリエスはわざと大げさな身振りでカーテシーをしてみせた。無骨な軍服姿では余り華やかさはないが、それでも周囲の兵たちの注目を集めるには十分だ。彼女の気安い態度からもキーリが敵では無いとようやく安心し、銘々に手にしていた武器を下ろしたのだった。

 兵たちから警戒心が解かれていくの感じ取ってアリエスも表情を和らげるが、背後からの「コホン」という咳払いを聞いてすぐに気を引き締め、鋭い目つきをして声を張り上げた


「さて、叱られる前にすべきことをしてしまいましょうか」


 アリエスは息を吸い込むと大声を張り上げた。


「兵たちは全員砦へ撤退! 負傷兵を優先して砦の中に運び込み、治療を受けさせなさい。

 ……不幸にも犠牲になった兵士は丁重に扱いなさい。略式だけど、後で全員で弔いましょう。

 それから……想定より早く戦闘が終結しましたわ。それは喜ばしい事ですけれども、食糧が余ってしまいましたの。ワタクシとしてはそのまま捨ててしまうのは大層もったいないと思いますの」


 死者に言及したところで表情を曇らせた兵士たちだったが、続いたアリエスの言葉に顔を上げた。彼女が何を言わんとしているかを何となく悟り、更にニヤッと笑ったその顔に釣られて、前から後ろへ笑みが広がっていく。


「今夜は盛大に終戦パーティとしますわ! 思いっきり飲み食いして、疲れを癒やすと良いですわっ!」


 怒鳴るようなその宣言によって、兵士たちの歓喜が爆発した。地響きのような歓声が響き渡り、その熱量に圧倒されつつもアリエスは顔をほころばせた。


「全体、砦に向かって前進せよっ! グズグズしてると飲む時間が無くなってしまうぞ! 規律を遵守し、全速で向かえっ!」

「おうっ!!」


 最後にシュバルツハルトの煽りながらも低い声で部隊の浮つきを引き締め、それぞれの部隊長に従って兵士たちは順次砦へと戻っていった。

 そうしてしばらく経つと、先程まで溢れかえっていた兵士たちの姿は消え、アリエスとシュバルツハルトたち数名の将校、そしてキーリだけとなった。


「……久しぶりですわね、キーリ」


 湧き上がる思いを堪えるようにアリエスは顔を伏せ、深く息を吐き出した。それでもすぐに表情を繕うと、やや吊り上がり気味の大きな瞳に勝ち気な性格を覗かせてキーリに手を差し出した。

 小柄な体格は変わらないがすっかり大人の女性としての魅力を身に着け、しかしながら顔立ちのせいで幼くも見える。その様は、キーリのよく知るアリエスのままだった。


「心配掛けたな、ワリィ」

「心配、というのは大げさ過ぎましたわね。キーリとレイス、そしてフィアの三人が揃ってたのですもの。何処の誰でもどうにかできるとは思っていませんでしたわ。どちらかと言えば、また貴方達が何かやらかさないかという方が心配でしたわよ。

 ……そういう意味では今しがた盛大にやらかした感は否めませんけれども」

「中々にインパクトのある宣言だっただろ?」

「インパクトありすぎですわ」


 彼女の手を握り返しながらキーリはうそぶいた。それを聞いてアリエスも腰に手を当て、盛大にため息を吐いて見せる。何年経っても変わらない彼女とのやり取りが懐かしいと共にキーリは嬉しかった。そしてそれはアリエスもまた同じだ。


「……」

「アリエス……」

「っ……! べ、別に泣いてなんかいませんわ! ちょ、ちょっと眼にゴミが入っただけですのよっ!」


 キーリの体温に触れて気が抜けたか、じわっとアリエスの両瞳が潤み、ベタベタな言い訳を口走りながら慌てて目元を拭う。そんな彼女の様子に、周囲の将校たちはやや驚きながらもキーリを見て眉を潜め、キーリはバツが悪そうに頬を掻いた。


「……心配掛けてゴメンな?」

「心配なんて……ワタクシ、が……心配するわ、け……ありませんわ」

「ゴメン」

「本当に……バカですわ。キーリも、フィアも……」


 一度溢れ出すと止まらない。アリエスは喉が震えて口からは嗚咽が漏れていく。

 キーリは申し訳無さと、泣いてくれるその嬉しさに胸が詰まる感覚を覚える。星のきらめく夜空を見上げて溢れそうになる感情を少し吐き出した。

 キーリは頭一つ小さい彼女を見下ろした。本心では顔を伏せて泣きじゃくる彼女を抱きしめてあげたい。だが今の自分にそんな資格はない。

 だからキーリは代わりに彼女の手を握り、できるだけゆっくりと彼女の金色の髪を撫でたのだった。気が利かない彼には、それくらいしか思いつかなかった。


「……もう大丈夫ですわよ」


 彼女の泣き声に心が斬り裂かれるような感覚を覚えていたが、やがてその嗚咽は弱まり、アリエスは顔を上げてほぅ、と息を吐き出した。

 目元は赤くなっているが、どうやら気持ちの落ち着きは取り戻したようで一度目元を拭うともうそこに湿り気は無かった。


「ありがとな。もう、心配しなくても大丈夫だからな?」

「だから心配など……もう強がっても無駄ですわよね」


 何処か疲れたようにため息を漏らし、しかし今度は恥ずかしさが勝ってきたのか顔をアリエスは赤らめ、両手で頭を抱えた。

 何という、失態。幾ら心配していたといえ、公衆――周囲には部下たちしかいないが――の面前で泣いてしまうとは。


「……ホントに大丈夫か?」

「……気にしないでくださると助かりますわ。少々自分の未熟さに身悶えしてるだけですもの」


 つい先程とは違った意味のため息を漏らすも、軽く頭を振ると気を取り直して恥ずかしさをごまかすようにキーリを睨みつけた。だがその口元がすねたように尖っていて、キーリは軽く笑ってしまい、余計にアリエスに睨まれて慌てて顔を逸したのだった。


「……今でも思い出しますわ。街中に張り出された賞金首のビラを見た時の衝撃を。

 犯人だとは到底信じてなかったけれど、捕まってしまうのではないかとずっとヒヤヒヤしてましたわよ、本当に。人相書きが全然似てなかったのが幸いでしたわ」

「誰が書いたんだろな、あれ」

「キーリだけはそっくりでしたけれども」

「……言われると思ったよ」


 キーリがしかめっ面をすると、アリエスはフフッと小さく笑い声を上げた。キーリも、フィアとレイスは「盛り」過ぎだとは思っていたが、どうひいき目に見ても自分だけはそっくりだと認めざるを得なかった。


「それはともかく、だ。

 何度か見つかりそうになってヤバかった時も実際にあったけどな。でも、ま、何とかなった。

 シンを覚えてるか? アイツがかくまってくれてな。お陰様で何とかやり過ごせたよ」

「そうでしたの……」


 意外な名前にアリエスは少し驚いてみせ、懐かしい名前に頬を緩めるも今度は憮然とした顔に変わった。


「どうしたよ?」

「いえ、なんと言うか、ちょっと悔しくて」

「悔しい?」


 キーリが首をひねると彼女は口を尖らせた。


「だってずっとフィアの傍に居たのはワタクシたちですのよ? どうせならワタクシが一番にフィアを助けてあげたかったんですもの」


 シオンたちと共に養成学校時代以来、ずっと行動を共にしてきた。特にアリエスはフィアとキーリと同じ学科だ。誰よりも同じ時を過ごし、誰よりも悲しみや苦しみを分かち合い、喜びを共有してきた自負がある。だからこそ、レイスも含めた三人が無事であることが嬉しいと同時に、肝心な時に助けてあげられなかった事が悔しくもあった。


「……ありがとうよ。その気持ちだけでも嬉しいし、当たり前だけど皆仲間なんだってのを改めて実感するよ」

「でもやっぱり力になりたかったですわ」

「なぁに、これからまた力になってくれりゃフィアも喜ぶさ。きっとアリエスんとこにも今後共迷惑かけるだろうしな。

 なぁ、フィア?」


 そう言ってキーリは後ろを振り向いた。


「フィア……」

「アリエス……その、久しぶりだな」


 アリエスが向けた視線の先でフィアは気恥ずかしそうに視線を逸した。焔でできた翼は消え、アリエスから見たその姿はキーリ同様に前とほとんど変わっていない。

 フィアはリズの傍で何処か居心地が悪そうに自分の腕を撫でていたが、やがてアリエスと眼を合わせると、嬉しそうにはにかんだのだった。


「っと」


 するとその胸に衝撃。フィアは少しだけたたらを踏んだが、飛び込んできたアリエスをしっかりと受け止めた。


「この、お馬鹿……困ったらワタクシを頼りなさいな……」

「……すまない。だが事が事だけにな、皆と合流するわけにはいかなかったし、特にアリエスには帝国との関係もあるから、その……」

「相談さえしてくれれば、いくらでもやりようはありましたわよっ!

 キーリといい、フィアといい……どうしてこう、誰かに頼るのがヘタなんですのよ……」


 フィアを強く抱きしめ、アリエスは顔を彼女の胸に強く押し付けた。

 キーリの時に流し尽くしたと思ったのに、どうしてこんなに涙が止まらないのか。頭の片隅でアリエス自身も不思議に思うが、そんな事はどうでもいい。

 今はただ、確かにフィアが無事にそこに居る。その事だけが嬉しくて、アリエスは涙を流し続けた。



お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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