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14-4 鐘の音は響き、針は再び時を刻み始める(その4)


第3部 第82話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/08/17


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

リズ:王城に務めるレイス、ミュレースの同僚メイド。フィアに非常事態を告げにやってきた。





 魔力の風に乗って頭上から聞こえてくる凛とした声に、王国の兵士たちは皆顔を上げて、しかしフィアの姿を確認すると再びすぐに頭を垂れた。

 彼女の声が響くと同時に王国、帝国を遮っていた影の壁がみるみる低くなっていく。やがて帝国側からもフィアの翔んでいる姿がはっきりと視認できるようになり、また王国兵がみな自分たちに背を向けてひざまずいている様子に彼らは困惑し、それぞれの上司を仰ぎ見ることになる。


「無抵抗の敵を攻撃する恥知らずは、帝国には居りません。宜しいですわね?」


 そして最後方から下された指示はすなわち、静観。砦から飛び出してきていたアリエスは、夜空に浮かぶ友の姿を見つめ、少しだけ目を細めたのだった。

 フィアはそんな帝国側の動きに手を上げて感謝の意を示し、再び目線を帝国側から配下の民たちへ落とした。


「まず初めに、勘違いをしている者が多いようなので訂正しておこう。

 ――私は光神でもなければそれに列する者でもない。ただの人間だ。諸君らと同じである」


 その宣言に王国兵たちはざわめいた。だがフィアが自分たちを黙って見下ろし続けていることに気づくと徐々にざわめきは収まり、続きを待った。


「ご清聴感謝する。

 では私が何者か。諸君らはそんな疑問を抱いたと思う。その疑問は至極当然だ。せっかくこうしてこの身を皆の前に晒しているのだ。そしてこの私の姿を皆には今後もしっかりと記憶に留めておいてもらいたい。だから私の名を名乗ろう」


 一度声を区切り、フィアは告げた。


「私の名はスフィリアース。スフィリアース・フォン・ドゥ・レディストリニア。今は亡き先王ユスティニアヌスが長女、第一王女であり、現王であるユーフィリニアの妹である。そして――父である先王を弑してこの国を未曾有の大混乱に陥れた大罪人でもある」


 一度は静まり返った場が再び騒然とした。

 馬鹿な。いや、言われてみれば確かに手配書で見覚えがある。そこかしこでそんな声が上がっていく。驚きと戸惑いが混然として、兵士も将校も収集がつかなくなっていくが、フィアの「しかしっ!」と張り上げた声で再び彼女へと衆目が集まっていった。


「誓って言おう。私は父を殺してはいない。全ては――」フィアは口ごもり、しかしすぐに口を開いた。「全ては現王であるユーフィリニア王の策謀だった。現王の……兄の手によって病床だった父は私の目の前で殺され、私の友も殺され、そして偽王・ユーフィリニアはあろうことかあらゆる罪を私になすりつけたのだっ!!」


 それは誰もが薄々感づいていた事だった。あちこちに流布された噂でも言われていることであるし、何より現在の王が王位について以来、王国は乱れに乱れた。

 国が乱れるのは、王が本来の王では無いから。それは何の根拠も無い説ではあるが、日に日に状況が悪くなっていき、またこうして日々の生活から強引に引き離されて帝国との戦いに駆り出されている彼らにとって紛うことなく真実として染み渡っていく。

 「戯言を言うな!」将校の中から反論の声が上がる。何人かは剣を掲げて空に浮かぶフィアを差し、兵士たちに「耳を傾けるな!」と叫ぶ。だがそんな彼らに同調する者は皆無に近かった。


「……私は逃げるしかできなかった。王女という立場を捨て、ひっそりと息を潜めて生きていた。それでも良いと思っていた。私は諸君らを一度は見捨てたのだ。その事に対しての誹りを免れないことは理解している。

 だが――そうした中で私は知ったのだ。国に生きる人々の苦しみと悲しみを」


 フィアは拳を握った。思い起こされるのはグラッツェンの街並みだ。完膚なきまでに破壊され、倒れ伏す人々。そこで彼女は王国の人々の悲嘆を知り、同時に彼らの中に宿る強さと暖かさに気づいた。

 だから。フィアは顔を上げた。


「だから私は決意した! この乱れた国を立て直すことを!

 これは諸君らのためではない! 私の傲慢である! 

 皆、隣にいる同胞を見ろ!」


 言われるがままに兵士たちは隣り合う仲間の顔を見た。誰を見てもくたびれ、血と埃に汚れたひどい顔をしていた。


「彼らは笑っているか!? 剣に映る自らの顔を見ろ! 己自身は笑顔でいるか!? 答えは否だろう!

 私は……諸君らの笑顔を取り戻したいのだ! この小さな身でありながらこの国を苦境から救い、泣いている人々に笑顔を取り戻すのだという大それた願いを、私は何としても実現したいのだ! そのために私は罪深い身を晒してこうしてこの場に立っている!」


 兵士――国の民に向かってフィアは熱弁をふるい続けた。

 ここに来るまでに抱いた想い。それらを人々と共有したい。そう願った言葉は力となって彼らの中へと染み渡っていく。

 キーリによって弱められた心と、神の使いを思わせるフィアの姿。それらが重なり合うことで言葉に宿った力はより強固なものとなっていく。

 この()ならば、きっと良き方向に導いてくれる。人々の中で期待がこみ上がっていった。

 しかし。


「黙れぇっ!!」


 そこに怒鳴り声が轟いた。兵士たちは一斉にその声の方を振り向き、フィアもまたそちらを向く。

 兵士たちの海を割ってやってくるのは一際豪奢な鎧とマントをまとった貴族だ。グレーの髪をオールバックに舐めつけ、ひざまずいた兵士たちを馬で蹴散らすようにして近づいてきた。

 悲鳴をあげる兵士たちを無視し、フィアのほぼ真下にたどり着くと馬を止め、腰の剣を引き抜くと彼女に向かって突き上げ再度怒鳴り始めた。


「先程から黙って聞いておれば好き勝手言いおってっ!

 ユーフィリニア王が先王を弑しただとっ!? そんな事はないっ! 我らが王は清廉潔白であり、公明正大な人物である! その事は、王と言葉を交わす機会の多い我がよく知っている! そのような事をするなど、もっての他だっ!

 国が乱れているのも王が国を改革している最中であるからだ! そのために国が苦難に直面するのは当然のこと! そのような危機に耐えてこそ真の国民である!

 ええい、揃いも揃ってこのような小娘の戯言に惑わされよって! 王女を騙っているのであればとんだ不届き者であり、真の王女であるならば先の王を亡き者にした大罪人であるのだぞっ! あの者を引きずり下ろしてひっ捕らえんか、バカ者共がっ!!」


 飛沫をあちこちに飛ばし、馬を走らせ兵士たちをけしかける。そのあまりの権力と迫力に圧されて、兵士たちも迷いを見せ始めた。

 そんな貴族に最初に噛み付いたのは、地上に残って様子を見守っていたリズだった。


「スフィリアース様のお言葉を疑われると仰られるのですか?」

「当然である! そこの女こそ国を危機に陥れようとしている咎人なおだぞ! 聞く耳などもたんわ!」

「で、でも……今の王様が本当の王様なら、証っちゅうもんがあるって聞いたぞ?」


 口沫を飛ばして上級の貴族らしき男性が激しくフィアを非難していると、兵士たちの何処かからそんな声が上がった。フィアの眉間に皺が寄った。


「た、確かに……俺も聞いたことがあるぞ?」

「普通は王様が即位された時に、みんなに見せるらしいな」

「でも今の王様は何も見せなくて……だから王様は偽物なんじゃないかって噂だったか?」


 その声を皮切りにして兵士たちは自らが聞いていた噂を口々に話し始める。そして疑念の眼差しは壮年貴族に向けられ、一瞬たじろぐもすぐにまた口角から飛沫を飛ばし怒鳴りつける。


「バカモンがっ! そのような噂など所詮噂! 戯言に過ぎん!

 現にそのようなものを実際に眼にした者など居らぬ! 何故ならそのような証などは存在せぬからだ!」


 先王であるユスティニアヌスが年若くして即位したのは今から何十年も前だ。国王の証を示したと言われているのは即位式の時で、それも一度きり。眼にしたのは即位式に参加していた王侯貴族と、民に向かって挨拶をした時にその場にいた王都の人々だけだ。それ以来、ユーフィリニアが即位するまで安定した王権であったため数十年に渡って目撃されていない。今となれば、当時の事を覚えている人物を探し出すことさえ難しい。だからそのような物はないと主張されてしまえば有効な反論はできなかった。

 彼女以外は。


「国王の証」


 貴族の罵りに対して、沈黙を守っていたフィアが声を発した。静かな落ち着きを持ったその声色に引き寄せられ、兵士たちの視線が再び彼女に注がれていく。


「私はここに来る前に、そう呼ばれる物があるという迷宮に行ってきた」


 一瞬、ざわめく。貴族の男性も目を見開いて驚きを見せ、しかしそれを嘘と断じるべく身を乗り出すも、フィアからの鋭い視線に射竦められ身動きが取れなくなった。

 彼女はため息混じりに話した。


「……そこで私は友と再会した。かつて、私と共に冒険者として活動したかけがえのない仲間だ。そして……彼と私は剣を交えた」


 フィアは眼を閉じ、一度押し黙った。瞼の裏に広がる景色に胸が締め付けられ、それが終わると熱く強い衝動が押し寄せる。そしてそれさえも収まるとまたまぶたを開き、人々を優しく見下ろした。


「彼もまた此度の王家の問題の被害者だった。

 貴族だった彼の家は、先王寄りであったために謂れのない罪に問われて取り潰され、彼の両親は命を失った。

 彼に激しく糾弾された。私が、しっかりしていないから不幸な結末を迎えたのだと彼に、彼の苦しみの丈をぶつけられた。

 もう一人、私と同じ様に迷宮に潜った人物がいた。現王であるユーフィリニアの子だ。

 まだ幼いが彼も自らの境遇に苦しんでいた。王である父の代わりにモンスターが闊歩する危険な迷宮に向かわされたのだ。彼自身もそうすることで王からの関心を買いたかった。傑出した功績を残すことで父に振り向いて欲しかったのだ。

 そして、彼自身が王を廃して自らが新たな王となることを誓っていた。まだ齢が十になろうか、という幼い子が、だ。戦いに恐怖し、父親に恐怖しながら身を危険に晒さなければならなかったのだ」


 フィアは言葉を区切る。優しかった眼差しが決意の籠もったものに変わった。


「……王は自らの脚で迷宮を訪れる事をしなかった。

 仮にも王であるのだから、危険に身を晒すべきではないという意見もあるだろう。それはきっと正しい意見の一つだ。それを私も否定はしない。

 しかし私は思うのだ。護衛に守られてでも構わない。だが真剣な戦いの場がどのようなものなのかを知るべきなのだと。

 命を賭ける場がどのような息づかいに満ちているかを、諸君らがどのような思いで戦いの場に立っているのかを。そして……戦いの後に待っているものが決して過度な虚飾で彩られた栄光などではないことを」


 逃げてはならない戦いもある。だが、望まずして戦いに巻き込まれた人たちが苦しみにもがいていることを兄は知らずにいる。

 一人ひとりの兵士……彼らにも意思があり、家族がおり、そして歴史がある。物言わぬ人形ではない。王や貴族にとってはたかが平民。しかし彼らも人である。人族も獣人族も、それ以外の種族も泣き、苦しみ、喜び、笑う、王たちと同じ人間なのだ。そして王は彼らに支えられてやっと立つことができる。王であろうとするならば、決してその事を忘れてはならない。

 だからこそ、だからこそ、フィアは願う。


「私は、終わらせなければならない。今のように国が別れてしまっている状況を。

 誰それが王であるという争いの火種を取り除かねばならない。

 同じ国民が、隣人が憎しみ合い戦い合い傷つけ合う現状を打破しなければならない。

 国に住まう人族も、獣人族も、如何なる種族も。平民も、貴族も。農業を生業とする者も職人も、商人も、冒険者も、宗教家も。

 如何なる人々も互いを敬い、大切にし、一つに団結しなければならないのだ。

 この――御旗の下に」


 フィアは手を自分の胸元へと導いた。

 神威と手の触れたその場所が、輝き始める。両翼から発せられる紅に負けないほどに明るく、強く、眩い光。それは瑠璃色に染まった夜空に燦然と輝き、足元にいる兵士たち全てを優しく照らし出した。


「――っ、腕がっ……!?」


 全てを白く彩る光源。胸元のその中に彼女の指先が吸い込まれていく。

 微かに漏れる苦しげな声。目を閉じた眉間にやや皺が寄り、しかし彼女は指を胸の内へと進めていく。

 そして彼女は顔を上げると、一気に胸からその左腕を引き抜いた。


「う……!」


 その途端、これまでとは比べ物にならない程に鮮烈な白い光が辺りに満ちた。ただ白いだけでなく朱を帯び、優しい温もりさえあるそれは一瞬で全てを同じ色で染め上げる。

 将校も兵士も関係なくその眩しさに眼を閉じて顔を背けた。やがて光が治まっていくと、何が起きたのかと恐る恐る彼らは顔を上げて夜空を見上げた。


「――おおぉ……!」


 何処からともなく、感嘆が漏れた。

 翼を広げ、空に仁王立つフィアがそこに居る。それは変わらない。

 だが彼女の横には巨大な旗がはためいていた。左腕にしっかりと柄が握られ、夜空全てを覆うようにして鮮やかな王国旗が兵士たちを見下ろしていた。

 青と白と赤の三色で構成され、中心には王家を表す紋章が刻まれ、それを囲むように盾とハンマー、そして杖の絵が描かれていた。

 この場にいる誰もが幾度となく見た国旗。今も兵士たちの中には軍旗と共に小さなそれがはためいている。しかし彼らがこれまでに眼にしたどの旗よりも鮮やかに、そして力強く夜空の旗は輝いて見えた。

 不思議な魅力に夜空の国旗は溢れていた。そして誰もが思う。

 こんなにも美しい旗だっただろうか。こんなにも美しい国旗の国に、自分たちは住んでいたのか。彼らはフィアが掲げるその旗に魅入る。見ているだけで力が湧いてくるようだった。誇らしく、胸を張りたくなる。こんなにも素晴らしい国旗のある国に、自分たちは住んでいるんだと他の国に自慢してみたくなる。

 この国に、生まれてよかった――

 夜空の国旗を見上げる誰もが、そう心から思えた。


「――これこそが私が得た、国王の証である。私はこの国旗を心より誇りに思っている。そして、その気持ちは諸君らも同じだと信じて疑わない。

 この旗を前にしては私も諸君も嘘を吐くことなどできないだろう。

 だがもし、まだ私の言葉を疑わしく思うのであれば遠慮はいらない。私のこの胸をその手にした弓で射抜くと良い。剣で貫くが良い。私はこの場の限り抵抗しない。

 しかし、願わくば――諸君らと共に未来に向かって歩かんことを」


 フィアはそう告げて右の拳を胸に添え頭を垂れた。

 それは国への忠誠を表す仕草。だが彼女は眼下の人々を想いその所作を示した。


「――」


 地面を踏みしめる、音。一斉に鳴った地鳴りのようなそれにフィアは眼を開け、顔を上げた。

 眼下に広がる兵士たちの姿。単なる一兵卒から将校まで、誰もがひざまずき彼女と同じく胸に拳を掲げていた。

 それは回答だ。彼女の想いに対する、心からの忠誠。この場に居る全ての人間が彼女を王として認め、彼女の剣となり盾となることを望んだ。


 つまりは。


 この瞬間に、名実共に数年ぶりに正統な王が誕生したのだった。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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