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8-2 迷宮探索試験の前にて(その2)

 第25話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。スフォン冒険者養成学校一回生。成績も良く、運動系の能力は非常に高い。欠点は魔法の才能が絶望的にないこととイケメンを台無しにする目つきの悪さ。

 フィア:赤い髪が特徴で、キーリのクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。キーリに剣の指導を施す程達者だが魔法もそれなりに使いこなす。勉強はできるが机に座っているのが苦手。

 シオン:冒険者養成学校一回生で、魔法科所属。実家はスフォンの平民街で食堂を経営しており、日々母親のお手伝いをする頑張りやさん。

 レイス:メイド服+眼鏡の無表情少女。フィアに全てを捧げるフィアの為のメイドさん。キーリ達の同級生でもある。




 ――放課後。


「うう……朝からひどい一日だった」


 最後の授業が終わり、荷物を片付けながらシオンは一人溜息を吐いた。

 朝の悪夢の様な特訓を終えて、キーリの自室のシャワーを借りて身支度を整えなおしてから授業に参加したのだが、始まって間もなく全身を恐ろしいまでの筋肉痛が襲ってきた。

 ランニングによる長い有酸素運動と土玉による瞬発力を必要とする動き。いずれもこれまでの人生で最大最悪の酷使であり、全身の筋肉が悲鳴を上げていたのだった。加えてあの怪しげな薬の副作用で痛みが倍増。尋常ならざる痛みで授業中も殆ど講義を聞けず、机に突っ伏してひたすら水神魔法による回復を試みていたのだった。

 そのおかげで午後になってからはぎこちなくも動けるくらいには痛みは引いたのだが、午前中の間はトイレにも行けず痛みと尿意に耐えるだけ。もっとも、苦痛に満ちた表情で呻き続けたおかげで周囲も気味悪がって近寄らず、平和な時間を過ごせたのだが当のシオンは知る由もなかった。


「明日から毎日あの時間が続くのか……」


 それを考えると何度だって溜息が出る。だからと言って本気で嫌がってるかと言えばそうでもない。

 誰かとああして訓練をすることは楽しかったと言えば楽しかったのだ。少なくとも誰かから邪魔をされるのを気にしながら、一人で的に向かって魔法の練習をするよりはよっぽど。キーリたちが少々悪ノリしている節はあるが、彼らなりにシオンの事を真面目に考えてくれているのは分かっている。ただもうちょっと、いや、だいぶソフトな特訓にして欲しいとは思うのだが。おまけにランニングにしても土玉避けにしても、シオンが本気でやればギリギリ出来るのを狙ってやってくるのだからタチが悪い。


「……いやいや、頑張って少しでも皆に追いつかなきゃ」


 フィアはシオンの回復魔法を頼りにしていると言ってくれた。その言葉に嘘は無いが、今回の試験に関してはシオン無しでもやり遂げられるに違いない。にも関わらずパーティに入れてもらったのだ。脚を引っ張る真似をしてしまったとしても責められはしないだろうと確信しているが、それはシオン自身が許せない。

 それに痛みを別にすれば訓練をやり遂げた達成感はあった。苦しくても、今まで何かに本当に本気で取り組んだ経験の乏しいシオンからすれば、それを得られたことが嬉しくもあった。

 廊下で一人グッと拳を握りしめて気合を入れる。家の手伝いまではまだ少し時間がある。昨日紹介されたクルエ先生に話を聞きに行くには時間が足りないが、少し魔法の練習はできそうだ。シオンは訓練場に脚を向けた。


 訓練場は静かだった。自習用として放課後に開放されているが、元々授業用としての施設だ。一日授業で冒険者としての訓練を受けて、放課後の自由な時間まで訓練に当てる生徒は少ない。

 だが、少なくてもそんな生徒は確かに居る。


「あ……」


 キーリとフィアの二人は訓練場に居た。キーリは逆立ち状態で指立て伏せを同じペースでやり続け、フィアは一心不乱に素振りをしている。シオンよりも遥かに体力があるはずの二人が二人共汗をびっしょりと掻いている。どれだけの時間ああして自分を鍛えてるのか。普通科は体力を使う授業が多い分、授業の終わりが魔法科より早い。ひょっとすると、終わってからもずっと訓練を続けていたのかもしれない。

 考えてみれば、シオンの特訓に付き合っているということは、その分彼らの訓練時間を削っているということだ。貴重な時間を潰してまでシオンを助けてくれている。本気では無いとはいえ、一人恨み言を口にした自分を恥ずかしく思った。


「ん? おっす、シオン。お疲れさん」

「こんにちは、キーリさん、フィアさん」

「ああ、シオン。良かった来てくれたか」

「だから言ったろ? シオンはちゃんと来てくれるって」


 何故か安心した様にフィアは胸を撫で下ろした。どういうこと、とシオンが首を傾げるとキーリはその理由を教えた。


「いきなり初日から厳しすぎたんじゃねーかってフィアが心配してな。もしかしたらもう俺らと練習したくねーって言い出すかもって。授業中もずっと不安そうだからうざったくてよ」

「仕方ないだろう。シオンに嫌われたらと思うと不安で堪らなかったのだ。

 ……興が乗ってやり過ぎたかと自覚があったからな」


 不満そうに、そして恥ずかしそうに口を尖らせるフィア。シオンは小さく笑いを漏らして首を振った。


「そんな訳ないじゃないですか。厳しいのも僕の為だって分かってますし、お二人が自分の時間を削って僕に付き合ってくれてるのも理解してます。それに僕も一生懸命頑張るって決めたんです。途中で投げ出したりしないですよ。

 ……ちょっとハード過ぎじゃないかって思ったりはしましたけど」

「安心しろ。明日は疲労を取るために今日よりかは楽なメニューだからさ。そうやってキツいのと軽いのを交互に毎日続けりゃ体力ついて後々楽になる」

「はい、だからこれからも頑張りますよ。……とは言っても少し魔法の練習したら帰って店の手伝いをしないといけないですけどね」


 何気なく苦笑いを浮かべたシオンだったが、それを聞いたフィアとキーリは揃って顔を見合わせた。


「フィア……」

「そういえば伝えるのを忘れていたな……その、な、シオン」

「何ですか?」

「今日は……というか、ご実家の手伝いの頻度はしばらく控えて貰っても大丈夫だ」

「え、でも流石に母さん一人に任せる訳にはいかないですよ。僕も練習を優先したいのは山々ですけど、妹も任せるには小さすぎますし」

「それはその通りなんだが……そうだな、最初に一度見てもらった方が安心するだろう」


 そう言うとフィアは傍に置いてあったタオルで顔を拭い、木剣を荷物入れの中に差し込んだ。キーリも同じように帰り支度を始め、二人の様子を見て何か変な事でも言ったのかとオロオロし始めた。


「ど、何処に行くんですか?」


 シオンをキーリとフィアの二人で挟み、何処かへと連れて行こうとする。キーリがシオンの頭を撫で、そして行き先を伝えた。


「そりゃもちろん――お前んちだよ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 訳も分からず自分の家へ連れて来られたシオンだったが、学校に程近い店が見えてくるとすぐにいつも様子が違うことに気づく。

 時は夕暮れ。食事には少々早いため、いつもならばこの時間はまだ客もまばらで、この後徐々に忙しさを増していくのが常。

 ――なのだが、すでに店は賑わいで溢れていた。軒先に作られた簡易席にも客が座っていてシオンの記憶の中の何処にも無いほどの来客状態だ。


「な、なんで!?」


 シオンは困惑した。だがこれは急がねばならない。理由は分からないがとても母親だけでは店は回っていないはずで、一刻も早くシオンが手を貸さなければこの繁盛が逆に苦情や悪評に繋がりかねない。経営状態がいっぱいいっぱいの店でそんな事になればいよいよ大問題だ。シオンはキーリ達を置いて店へ走った。


「いらっしゃいませですっ!!」

「いらっしゃいませっ! お一人様ですわねっ!? そうだとおっしゃいなさいっ!」


 しかしシオンを出迎えたのは若い女性たちの声だった。レイスと同じエプロンドレスを着た二人は忙しなく動き回って客の注文に応えていて、猫人族の少女は店舗の奥から元気な声を掛け、金髪縦ロールの少女は余裕がないのか鬼気迫る様子で入ってきたシオンを睨みつけていた。


「おい、ネーちゃん! こっちにエール追加っ!」

「にゃにゃ! ただ今お持ちします! アリエス様、お願いします!」

「分かりましたわっ!」

「そっちの嬢ちゃんよぉ、俺の飯はまだか?」

「今作ってるからワタクシとカレンの美しい姿でも鑑賞してお待ちなさいっ! 我慢のできない男は嫌われましてよっ!」

「ガハハッ! ちげぇねぇやっ!」


 そんな彼女たちと来店した客との会話をシオンは呆気に取られて眺めていた。

 カレンについては初めて目にするが、直接の面識は無くともアリエスをシオンは知っていた。普通科に入ってきた帝国の貴族であり、また彼女の容姿と性格は良くも悪くも魔法科でも有名だからだ。

 貴族といえばお金持ちで華やかで、シオンたち平民とは住む世界が違う存在だ。養成学校では共に過ごすとはいえ、シオンに対する接し方でも明らかな様に平民をまるで人とはみなしていない。なのにそんな彼女が今、お世辞にも立派とは言えない自分の家で働いていて、失礼な口を聞いた客を処罰するでもなく適当にあしらっている。最早訳が分からない。


「ちょっとそこの貴方っ! お一人様かって聞いてるんですのよっ!」

「あ、ええっとですね……」

「おーおー、やってるなアリエス」

「どうなることか心配だったが、杞憂だったな」


 戸惑うシオンの肩を叩きながらキーリが入ってきて、遅れてフィアとレイスが姿を現した。


「はい、いらっしゃい……なんだ、フィア達でしたの。という事は?」

「そ。シオン(コイツ)がこの店の息子で俺らのダチであり、そしてウチのパーティの魔法使いだ」

「そうでしたの」アリエスはシオンに向き直って丁寧なカーテシーをした。「アリエスですわ。残念ながらこの男のクラスメートをしておりますの。よろしくですわ」

「あ、はい、これはご丁寧にありがとうございます。シオンです。宜しくお願いします……って、なんでアリエス様がウチで働いてるんですかっ!?」

「なんでって、キーリとフィアから聞いてませんの?」


 ブルブルと猛烈な速度で首を振るシオンを見て、アリエスはジト目でキーリを睨んだ。だがキーリは悪びれた様子はない。


「ちょっとしたサプライズだ。それに口で伝えるよりは直接眼で働きっぷりを見せた方がシオンも安心すると思ってな」

「まったく、呆れた事ですわ」

「あのぉー……」声を上げ、シオンは二人のやり取りに割って入った。「そろそろ事情を説明して欲しいんですけど……」

「ワリィワリィ。前に家の手伝いであまり練習の時間が取れねーってシオン言ってたろ? けど、試験で良い成績を取るにはシオンには頑張ってもらわなきゃなんねーし、かと言ってお袋さんの手伝いを止めるわけにもいかねー。ってことで試験までの間、俺らで日替わりで店の手伝いをしようって話になってな」

「本来ならばパーティのメンバー――シオンはもちろんとして、私とレイス、キーリの四人で順番に回していこうと考えていたんだが……」

「ワタクシたちのパーティと競うというのに、訓練できる時間が違うなんてフェアじゃありませんわ!」

「……と言い出してな。本当はシオンに了解を取ってからと思ったんだが」

「それよりも先にこのお嬢様がカレンを引きずって店に突貫していってな。いやぁ、流石に慌てたぜ」

「ふん! それを負けた言い訳にされても困りますもの!」

「『友の友はワタクシの友達も同然! ワタクシが手助け致しますわ!』とか言ってたのは誰だっけ?」

「べ、別にいいでしょうよ! それに貴族たるもの、困っている平民を助けるのは当然ですわ!」


 アリエスはトレーを薄い胸に抱いてそっぽを向く。だがそれが照れ隠しである事は誰の眼にも明白だった。


「でも貴族のアリエス様に給仕をさせるなんて……」

「それこそ別に構いませんわ。平民の仕事を体験するのも大切な事ですもの。民の暮らしを知らずして民の為の統治などできようはずがありませんし、それにワタクシ自身、一度こうして働いてみたかったですの。だから良い機会ですわ。

 あ、そうそう。貴方のお母様にはワタクシの身分は伝えておりませんからそのつもりでお願いしますわね」

「アリエス様がそれで良いのでしたら構いませんけど……」


 貴族がウチで働いていると知ったら、母さん卒倒するんじゃなかろうか。シオンはそう思った。


「アリエス様ぁっ! 助けてください~っ!!」

「はいはい、今行きますわっ!

 という事ですのでワタクシはもう行きますわねっ」


 一方的に話を切り上げ、忙しさに悲鳴を上げたカレンの元にアリエスは助けに行った。シオンは呼び止めようとするも、店内の喧騒に掻き消されていく。見送るだけのシオンの頭を、キーリはワシャワシャと乱暴に撫でた。


「気にすんなって。アイツがやりたくてやってんだし」

「そうなんでしょうか……でも、ウチには皆さんに払えるお金なんてありませんし」

「こんだけ客が入りゃ売上も伸びんだろ。元々お袋さんの腕は悪くねーんだし、味が知れ渡りゃコンスタントに客は入るから何とか成る」

「それに私達が勝手に働かせてもらうんだ。給金も無しで話は付いているから負担にはならないだろう」

「それこそダメですよ! ただでさえ皆さんには色々と良くして頂いてるのに……」

「ご婦人にも同じことを言われてな。だから給金の代わりに私達が来店した時には食事代を無料にしてもらう事にしたよ」

「……それでも母さんも大分渋ったんじゃないですか?」

「まあな」


 苦笑を浮かべるキーリとフィア。シオンはまだ心苦しいようで、しかし既に決まった事であり皆引かないであろう事は容易に理解できた。

 そんな心情を察したフィアが小柄なシオンを後ろから軽く抱きしめる。


「何度も繰り返しになるがシオンは気にしなくていい。私達が私達の為に必要だと判断しての事だからな」

「……それでも心苦しいのは心苦しいです。僕には余り皆さんにお返しできる事はありませんし……すみません、しつこいですよね」

「傲慢なシオンよりはよっぽどいいさ。それに返したいと思ってくれているなら、シオンが返せる事だっていっぱいあるさ」

「探索試験で頑張れって事でしょうか?」

「それもあるが、そうだな……まず私達はシオンという友を得られた。これはかけがえのない事だ。それに魔法を専門に学ぶシオンから授業とは別に魔法について勉強できるし、こうしてタダで美味しい食事を頂くことができる」

アリエス(ぼっちお嬢様)には友達になってやればいいぜ? ここで働くのだってシオンと友達になりたいからだろうしな。強がってても一人で泣いて喜ぶぜ?」

「ふふ、そうかもな。それに何よりも」

「何よりも?」

「こうして恩を売っておけばいつでもシオンをモフモフできるしなっ!」

「最後のはできれば遠慮していただきたいんですが……」

「断るっ!!」

「そうですか……」


 眼を輝かせて早速シオンの耳をモフモフと触り始めるフィアに、シオンはされるがまま深い溜息を吐いた。

 ともあれ――


「これはますます頑張って、自分を鍛えて皆さんの期待に応えないといけませんね」


 撫でられながらシオンは気持ちを切り替え、一人強く頷いた。


「ああ。シオンも皆を見返してやんねーとな」

「私も及ばずながら力となれるように致します」

「まだ少し先の話だが、試験当日が楽しみだな。頼りにしてるぞ、シオン」

「はいっ!」


 元気なシオンの声が響いた。



 それからの一月半、四人はそれぞれで、或いは集まって自らを鍛えていった。

 訓練だけでなく必要な装備や道具の準備や迷宮に関する情報を集めては共有し、迷宮内で起こりうるケースを思いつく限り列挙してはその対策についても検討を進めていく。

 キーリとフィアは自らの成績の為、レイスはフィアの為、そしてシオンはクラスメートたちを見返し、また自分に自信をつけるため。

 それぞれの目的を果たすため、一丸となってチームとしての力を高めていった。



 ――そして試験の日がやってきた。





 2017/5/7 改稿


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