14-2 鐘の音は響き、針は再び時を刻み始める(その2)
第3部 第80話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/08/11
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
リズ:王城に務めるレイス、ミュレースの同僚メイド。フィアに非常事態を告げにやってきた。
何か考えがあるわけではなかった。そもそも、自分の賢くない頭で妙案が出てくる訳もない。
それでも、何かしなければならないのは確か。だからフィアはキーリが消えていった方向とは別の方へ走った。
「皆を止めるには――」
私を王だと認めてもらうことだ。それも、現王である兄よりも従うべき存在であるとこの場にいる大多数に認めてもらわなければならない。そうすればきっと、停戦を望む私の声も皆に届くはず。
彼らに認めてもらう。そのための手段は、ある。問題は――
「使い方が分からないところだが……」
国王の証。かつての王の名を持つあの男がフィアに授けたそれを示せば、誰もがフィアを正式な王と認めざるを得ない。フィアにとっては権威を振りかざす行為でしかないため好きではないが、好き嫌いで行動できるような状況ではないこともよく理解している。
しかし、どうやって皆に示すか。証そのものはフィアの内にある。迷宮のあの男は、フィアが本気で願えば応えてくれると言っていたが、それはどういう意味か。必要な時にならなければ顕現しないとも言っていたが、まさに今がその時のはずだ。それとも、証にとってはまだその時でないということか。
「こんな事ならば、もっと突っ込んで話を聞いておけばよかった……」
後悔するが後の祭り。もっとも、詰問したとしても彼が素直に教えてくれた気はしないのだが。
悔やみ、イルミナースに恨み言を漏らすフィアだったが、彼女は不意に自身に迫る気配に顔を上げた。
「お避けくださいっ!!」
夜空を彩る赤々とした炎神魔法。流れ弾らしいそれらが幾つもフィアたちの方へと落下してくる。中には水神魔法なども混ざっているが、飛来するタイミングはまばら。フィアとリズは受け身を取りながら前方に転がってそれらを交わす。
「ちっ……っ!?」
舌打ちをして飛んできた方角を睨むフィア。だがその表情がすぐさま驚愕に変わった。
そこら中に轟く一際大きい音。空を、巨大な火の玉が飛んでいた。
人よりも遥かに巨大なそれが風を切り夜空に鮮やかな弧を描いていく。それは特別に選抜された魔法部隊員十数人が協力して放った、王国の複合魔法だ。
かつての歴史の中で幾度となく王国の危機を救ったその魔法は多大な魔力を消費するため連発はできないが、攻城戦などで多大な威力を発揮する。それがフィアの目の前で落下していった。
着弾。後、閃光。一拍遅れて爆音が世界を揺るがし、おびただしい赤い煙が空を覆っていく。
突風が兵士たちの頭上を疾走っていく。人の焼ける臭いをはらんだそれはフィアの元まで届き、彼女の思考を刹那の時間奪っていった。
残されたのは巨大なクレーターと転がる人だった何か。威力に唖然。もたらす結論に戦慄。そして、彼女の内へと何か不可思議なものが流れ込んできた。
それは悲鳴だ。それは恐怖だ。皮膚を焼かれ、熱い、熱いとうめきながら息絶えた兵士たちの最後の叫びだった。彼らが放った負の感情がフィアの中へと流れてきて、その衝撃にフィアは膝を突き、胃の中の物を吐瀉していく。
「スフィリアース様っ……!?」
「だい、じょうぶ、だっ……!」
突然の嘔吐にリズが驚き駆け寄るが、フィアは顔を歪めながらも乱暴に口元を拭うとよろめきながら立ち上がる。そしてまた走り始めた。
(今のは――)
恐らくキーリと繋がった影響だろう。闇神魔法を使いこなす彼は、人々の感情、特に負の感情を感じ取ることができるといつか教えてくれた。そのことを聞いた時は「大変だな」程度にしか思わなかった。そして「感情が分かるなら、手を差し伸べることができて有益だ」とも思った。
だが、その感情がこれ程だとは。フィアは自らの不明を恥じた。フィア自身には闇神魔法は使えないためにキーリから流れてきたものだと思うが、ならば直接感じ取っているキーリに襲いかかる衝撃は如何なるものか。そしてそれをおくびにも出さない彼を、これまでどれ程に苦しかっただろうかと想った。
そして、やはり思う。如何なる理由があろうとも、この戦いは今すぐに止めなければならない。何としても、だ。
ともかくもまずは皆に私の姿が、声が届く場所へ行かなければ。そう考えて彼女は忙しなく周囲を見回し続ける。だが彼女たちがやってきたこの付近にあるのは森と平原。戦場全体を見渡せる高台のような場所は帝国側へと向かわなければなさそうだった。
フィアはリズへと振り返った。
「リズっ、風神魔法は使えるかっ!?」
「……いえ、魔法は不得手で。申し訳ありません」
リズの謝罪に頭を振り、フィアは思わず舌打ちをしてしまいそうになり既の所で堪える。
フィアが考えたのは空を飛び、そこから呼びかけるというものだ。だが浮くだけならばともかく、空を飛ぶにはかなり高位の風神魔法が使えなければならず、フィアにそこまでの素質はない。
(何か、何か方法は……!)
焦りが募る。こうしている間にも死に際の感情が絶え間なくフィアの中に流れてきて、一層彼女を焦燥に駆り立てる。不甲斐ない自分に、顔が歪んだ。
その時だった。
――空を、翔びたいの……?
声が聞こえた。
それは頭の中から響いてきて、初めて聞くその声に驚きフィアは足を止めた。
一体、誰だ。誰何を尋ね、しかしすぐに彼女の胸の辺りが輝き出した事でその正体にたどり着いた。
「イグニスかっ……!?」
――翔びたいなら、力を貸してあげる
もう一度イグニスの声がフィアの中に響いたかと思うと、一気にフィアの全身が激しい炎に包まれた。
「スフィリアース様っ……くぅっ!!」
駆け寄ろうとしたリズを熱風が襲い、悲鳴を上げて立ち止まった。顔を腕でかばい、恐る恐る腕を下ろして仕える主を彼女は見た。
「スフィリアース様……?」
そこには背中から赤白い翼を伸ばしたフィアが居た。片翼数メートルに及ぼうかという程に巨大な翼が生え、揺ら揺らと絶えず燃え上がっている。
そんなフィアの正面には、焔で象られた少女の姿が浮かんでいた。
――これで君も翔べる、よ……?
「――ありがとう、イグニス。感謝する」
フィアが焔で作られた少女の頬を撫でると、少女が微かに笑った。そしてフィアの胸の中へと吸い込まれるようにして消えていった。
力がみなぎる。フィアは瑠璃色が濃くなっている空を見つめた。
空へ。彼女がそう願うとふわりと体が浮き上がるような感覚を覚える。その感覚にフィアは確信し、思い切り地面を蹴った。
「凄い……!」
風を焦がし、紅い軌道を夜空に描く。一瞬の間に空へ舞い上がり、気づけば彼女は戦場全体を見下ろせる程に高い場所に立っていた。
ここならば。フィアはそこかしこで広がる兵士たちの姿に、強く拳を握りしめる。
(後はここから皆に王としての証を示すだけだ……!)
どうすれば自身の内に収められている証を取り出すことができるか分からない。だがここまで来たならばあの男の言葉を信じるだけだ。
フィアは目を閉じて強く念じようとした。
その時だ。彼女の耳に兵士たちの悲鳴が飛び込んできた。思わず閉じたまぶたを開き、何事かと声の方を見遣る。
前線の一角。そこでは兵士たちが次々と弾き飛ばされ、宙を舞っていた。それまで兵士たちがうごめいていた場所には空洞が生まれ、その中が黒い影で埋め尽くされていくのが、離れている彼女からもよくわかった。そしてそれをもたらしている人物が、彼女がよく知る彼だとすぐに理解する。
「キーリ……!」
それまでジリジリと帝国側に進んでいた戦線が、キーリが介入したところから押し止められたのが彼女の位置からわかった。
しかしそれもまだ一部だ。全体として戦闘は留まるところを知らない。
だがキーリが地面に大剣を突き立てたところで雰囲気が一気に変わった。黒い線が戦線を分断していく。そして、黒い影の壁が迫り上がったことで王国と帝国の攻防が完全に遮られた。
キーリの力に最前線こそ恐怖が入り乱れるが、全体として兵士たちの間に満ちるのは困惑が強い。突如現れた黒い壁を見上げ、進むも退くもできずその場に立ち尽くして惑うばかりだ。
ともかくも戦いの勢いが一旦収まった事にフィアは安堵した。壁の上にはキーリが立っていて、フィアの姿を認めるとやや面食らった表情を浮かべた。フィアは、一番注目を集めている壁の上に向かおうと翼をはためかせるが、すぐにキーリに目線で制されて止まった。
(そこで待ってろ)
(……? 何故だ?)
(理由はすぐ分かる。だから合図があるまで、何があっても動くな。いいな?)
普段は決して使わない、二人の魔力の繋がりを介してキーリが呼びかけてくる。その事にフィアは面食らいながらも彼がそう言うならば何か考えがあるのだろう、と頷いたのだった。
だが、次の瞬間だった。
「……っ!」
空に、巨大な黒いカーテンが現れた。
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