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13-4 北方からの声(その4)

第3部 第78話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/07/28


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。




「……降ろしてくれ、キーリ」


 自分を抱えて走り続けていたキーリに、フィアは静かに言った。キーリは項垂れたままの彼女の揺れるポニーテールを黙って見下ろし、少しの思案の後で立ち止まってフィア、そしてリズを降ろす。


「……」

「……悪かったよ」


 リズは素早く衣服の乱れを整え、キーリを見つめる。その様はレイス――昔の彼女とそっくりだ。表情に乏しく感情の伴わない視線だが、その中に非難じみたものを感じ取り、キーリは思わず謝罪を口にした。

 そんな二人を一顧だにせずフィアは、降ろされるとすぐにまた走り出した。一拍遅れてキーリも彼女を追いかけ、リズは結局口を開かないままフィアを追い越して先頭へ進み出た。


「怒ってんのか?」


 すぐ後ろを走りながらキーリは尋ねる。だがフィアからの返答はない。

 キーリは彼女に気づかれないようにそっとため息を吐きながら、しかし怒るのも無理はない。キーリとしては、その怒りを甘受するだけだ。

 覚悟していたがいささか気分が重い。そう思っていたキーリだったが、そこに感情を押し殺したフィアの返答が届いた。


「……ああ、そうだな。怒っているよ」

「……だよな。でもな、言い訳させてもらうと――」

「だがそれはお前と言うよりも自分に対してだ」


 左右に揺れる赤い尻尾からチリチリと小さな火が飛び交った。


「仲間に敵の相手を全てを任せるのは辛い。レイスたちなら問題なく敵の足止めはできると信じてはいる。それでもできれば共に戦いたかったし、私が居ないところでレイスたちが傷ついているかもと思うと身が引き裂かれる思いだ。

 しかし今は、ほんの僅かな時間であっても惜しいということくらい私だって理解しているつもりだ」

「フィア……」

「戦場に辿り着いたとして、私に戦いを止められる力があるか。それは分からない。だが一度立ち止まっただけのその時間で多くの人が傷つき、倒れる。逆に一歩でも早く辿り着けば彼らを救えるかもしれない。であれば、私が今すべきことが何なのかは明白だ」

「……」

「しかし何より私が悔しいのは――私がそんな道理さえも分からないかもしれない人間である、とお前に思わせてしまった自分の不甲斐なさだ」


 俯いて彼女の声を聞いていたキーリは、その言葉に顔を上げた。彼女の怒りを示すように紅い火が周囲で踊り、だがそれもすぐに彼女がため息を吐くと共に彼女の中へと戻っていく。


「……スマン」


 キーリは彼女の背中からバツの悪そうに視線を逸した。

 だがキーリの謝罪を聞いたフィアは緩々と頭を横に振った。


「お前の懸念ももっともだと、冷静になれば理解できる。きっと昔の私ならばレイスたちに任せて先を急ぐなど考えつきもしなかっただろうし、置いていこうとすれば間違いなく渋っただろうしな。

 だが、頼む。何か考えがある時は必ず私に相談してくれ。多くの人たちに守られ、助けられてきた私だが、これからは私が責任を持って守らなければならない立場になるのだからな」


 守られる姫から守る王へ。フィアの確かな覚悟に、キーリは「分かった」と短く答え、銀と黒の入り混じった頭が自然と垂れたのだった。

 それでも。キーリもまた決意している。必要であると信じれば、きっとまた同じことを繰り返す。例え嫌われたって、疎まれたって構わない。むしろ――嫌ってくれた方が、いい。

 そうすれば遠くない未来に――

 その先の言葉をキーリは頭を振って打ち消した。今はそこを考える必要はない。ただ今は彼女についていく。それだけに意識を戻して、フィアの後ろを追いかけたのだった。





 それから三人はひたすらに北上を続けた。

 行く手を阻む木々の枝葉を断ち切り、次々と襲い来るモンスターたちを突き、斬り裂き、焼き尽くしていく。決して脚を止めることはない。


「はぁ、はぁ……」


 流石に数時間も走り続けたことで三人の息も乱れる。フィアの額には珠のような汗が浮かび、風に押し流されて霧散する。キーリも息苦しさに微かに顔を歪めていた。それでも歯を食い縛り、ただ前へ進むことだけを遂行する。

 今が昼か、それとももう暮れてしまっているのか分からない。暗い森の中で時間の感覚は半ば失われていたが、それも正面に浮かんだ木々の切れ間から漏れてきた朱い夕日で取り戻すことができた。


「間もなく森の外に出ます」


 想定通りならば、森を出てすぐのところが国境地帯。すなわち目的地。そしてその事を示すかのように葉擦れに混じって狂乱めいた怒号が聞こえてきていた。


「もう到着していたかっ……!」


 差し込む夕日の先を睨みながらフィアは悔しそうに歯ぎしりした。

 このような僻地に多数の人間が集合することなど、通常ならばありえない。すなわち、もうすぐ邂逅するであろう人々は武器を持ち、敵を殺さんとする兵士たちに他ならない。


「まだ分かんねぇぞ……! まだ戦いが始まったとは限んねぇ……!」


 キーリはフィアに、というよりも自分に言い聞かせるような口調で呟いた。聞こえてくる声は戦の悲鳴かもしれない。だがこれから戦いに挑もうとする鬨の声かもしれない。そのどちらであるか、観測していない。ならば間に合った可能性だってある。

 果たして、キーリたちは森の中から飛び出した。


「……っ……!!」


 彼らの前には、圧倒的な光景が広がっていた。

 途切れた森と森の間。そこは平原のようになっている場所だろうと思う。しかしキーリにはその考えに自信が持てなかった。

 どこまでも広がる人、人、人。鎧を身に纏い、剣を持ち、或いは槍を持ち駆け抜けていく。寒いはずの風は人々の熱気に熱せられ、まるで辺りが業火に包まれているかのような錯覚さえ覚える。

 そんな熱風に乗り、烟るのは命の薫り。宙に舞った血しぶきが濃密な死の薫りとなって離れたキーリたちの元へと運ばれてきて、まるで泥のように全身にまとわりついてくる。

 キーリは気配の感知に敏感だ。人がどのような感情を抱いているかも察知できる。なのに森から出る前に人々の存在に気づけても、それがどのような感情をはらんだものかまでは分からなかった。

 それはあまりにも人々の感情の質量が溢れきっていたからだ。

 高揚、絶望、殺意、焦り、恐怖、悲嘆。戦いに付随する人々の感情が一箇所で溢れ返り、膨大で濃密で、初めて経験する大規模な戦闘の場でうごめくそれが人の抱く感情だと全く理解できなかった。

 血のような朱い夕空に響いた怒号が耳をつんざき、断末魔の悲鳴が鼓膜を突き破る。叫ぶ誰かの名前。それがきっと家族なのだろう、と遅れて思い至る。そして、キーリの見つめる先で火球が飛び交い、着弾による火の手が上がった瞬間、キーリは過去に囚われた。

 視界が真っ赤に埋め尽くされる。森が燃える。家が燃える。人が、燃える。

 黒く、赤く空が染まり、張り詰めた叫び声が鼓膜の内側で絶えず反響する。頭から流れた血がダラリと垂れてキーリの眼球に膜を張り、背中や腹部に幾つもの傷が刻まれた。そんな気がした。


「っ……間に合わなかった……っ!!」


 キーリの意識が、絶望に彩られたフィアの声で強引に引き戻される。

 彼女は膝を突いていた。愕然さを形容する言葉だけが紡がれ、ただ呆然と眼の前で描き出されていく残酷な光景に打ちひしがれていた。その様子に、キーリは下唇を噛み締めながら彼女の胸ぐらを掴み上げた。


「まだだっ……! まだ終わっちゃいねぇ……っ!」

「キーリ……」

「まだ……止められるっ……!」


 キーリは戦場の様子を具に観察する。戦闘は激しさを増すばかりだが、付近の木々の状態から戦火はさほど広がってはいないようだ。あまりの濃密さに先程は唖然としてしまったが、自身へと流れ込んでくる負の感情を落ち着いて感じてみると、まだそれほど「死に際」のものは多くはない。


「始まったばっかってことか……!」

「っ! ならば……」

「始まっちまったもんはどうしようもねぇ。でも、まだ犠牲を抑えることはできる……!」


 キーリの言葉を聞き、フィアの眼に希望が再び灯る。キーリはフィアから手を離し、大きく息を吸った。


「俺が何とかして戦いを一旦止めてくる……!」

「まさか……戦場のど真ん中へ突っ込む気かっ!? 危険過ぎるっ! それにどうやって止める気だっ!?」

「大丈夫だ、考えがある。それに、ここでこれ以上議論してる暇はねぇ……!

 フィア、とびきり派手に暴れて注意を引いてくっからお前はどうにかして戦いそのものを終わらせるんだ。これが王様としてのお前の最初の仕事だ。いいな?」


 そう告げ、キーリは真っ直ぐにフィアを見つめた。そこに宿るのは信頼だ。お前なら、絶対に止められる。キーリを止めようとしたフィアだったが、その瞳で見つめられるとそれ以上制止の言葉を口にすることができない。

 代わりに拳を握り奥歯を噛み締め、しっかりと頷くことで彼の期待に応えた。


「……分かった。絶対に止めてみせる」

「宜しくな。

 リズ、フィアを頼む」


 リズにも声を掛けて彼女が頷くのを確認すると、キーリの全身が黒い膜に包まれていく。そしてフィアが瞬きをして瞼を開いた時には、彼の姿は影の中へと沈みきっており何処にも確認できなかった。それでもフィアには、彼が今何処へと向かっているのかがハッキリと分かった。


「絶対に……止めてみせる……!」


 フィアはもう一度決意を口にする。そして、自身がすべきことを思い描き彼女もまたリズと共に戦場の最中へと駆け出していった。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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