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13-2 北方からの声(その2)

第3部 第76話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/07/14


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。





「ふむ……どうやら王国は本格的に我らに侵攻してくるつもりのようですな」


 双眼鏡を覗き込みながら、帝国国軍南部方面軍のシュバルツハルト参謀長は傍らの女性へ話しかけた。

 彼の視界の中では多くの重装備の兵士が蠢いている。軍馬が列を成し、大砲と並んで敵魔法兵が攻撃の時を窺っていた。

 国境を接する王国北部の辺境伯領には断続的に王国軍が派兵されていることは知っていたが、それも辺境伯の王国離脱を牽制するためだと予め帝国には説明がなされていた。

 無論、それが単なる時間稼ぎの言い訳であろうことは帝国幹部の誰もが理解していた。それ故に帝国側も対抗して国軍をアルフォリーニ領へ派兵し、シュバルツハルトという軍でも有数の参謀を寄越していた。


「……そうですの。可能であれば戦争は避けたかったのですけれども、いよいよ覚悟を決めなければなりませんわね」


 自身も覗いていた双眼鏡から眼を離すと、アリエスは椅子に腰を下ろし頬杖を突いてため息を漏らした。

 彼女たちが居るのは国境付近に建設されている古い砦だ。古来から国境争いが耐えなかったこの地域の前哨基地として作られたそれは、外壁内壁ともにいたる所に戦いの傷跡が残されている。

 だが依然作りは強固で、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないだろう。しかし反面、侵入を許し敵に奪われてしまった場合には厄介な敵側橋頭堡となって帝国に対する厄災となる。

 だからこそ帝国はこの地を信頼のおける臣下であるアルフォリーニ家に託している。皇帝の信頼に応えるためにも、この砦は何としても防衛しなければならない。予め覚悟をしていたつもりだが、いざ軍靴の足音が聞こえ始めると己に託された責任の重さに潰されそうな気がしてくる。アリエスは椅子に刻まれた古い切り傷を指先で撫でると小さく息を吐き、キッとその大きな瞳を細めてまだ小さい敵軍の姿を睨みつけた。


「よりによってこんな小娘しかいないタイミングで増兵とは……偶然なのかしら?」

「偶然と思いたいところですな。でなければこちらの動きが敵に筒抜けということになりますからな」


 アルフォリーニ家の当主であるアリエスの祖父は今、領内に居ない。不穏な動きを見せる王国との対応を協議するため皇都へ向かったためだ。仮に開戦となればこの冬を越えてから、というのが皇帝と軍で共通の推測だったのだがそれが外れた形だ。


「いったい我が国の間諜は何をしているのか、と問い詰めたくなるところですけれども、その間諜のお陰で敵の動きに備えることができたのですからあまり文句は言えませんわね」


 王国軍がこれまでにない大規模な派兵をする動きがある、という速報がいち早くもたらされたお陰でアリエスたちも万全では無いにしろ迎撃の用意が間に合ったのだ。感謝こそすれ咎めるのはお門違いだろう。

 対照的に王国軍としては噴飯ものだろう。電撃的にアルフォリーニ領を攻撃、占領して本格的な冬に突入し、国境線を変更してしまうつもりだったのだろうが、そのアテが完全に外れてしまったのだから。

 お陰で今は、国境を挟んで両者とも睨み合いが続いている膠着状態に陥っている。だが状況は帝国有利。帝国側は本格的な冬が始まるまで持ちこたえれば良し。対して王国側は冬の前にはある程度の陣地を確保してしまわなければならない。いつもは疎ましかった冬の大雪がこれ程待ち遠しいのは初めてだ。小雪がちらつく曇天を見上げてアリエスはぼやいた。


「しかし……王国は一体何を考えているのかしらね? この時期に攻めても時間が少ないのは明白でしょうに……」

「それにすら思い至らない暗愚ばかり、というわけではないのでしょうな」

「今の国王の人格は最低だと思いますけれども、伝え聞く限りだとまるきりの無能というわけではないはずですわ。少なくともそこらのボンクラ貴族よりはよっぽど頭の切れる殿方ですもの。でなければ、前王を謀殺し王女に罪を被せるだけの手回しの良さに説明がつきませんわ」


 遠く離れた地にいる友を思い、アリエスは手のひらを開閉させて感情を抑えた。


「油断は出来ない、という事ですな。心しておきましょう。しかしそうなれば、短時間で決着を付けるだけの戦略を練ってきたと考えるべきですかな?」

「或いは……政治的な理由で動かざるを得なかった、ということもありえますわね。お世辞にも現在の王国内の状況は国王にとって芳しくないものみたいですし」

「あくまでポーズ、ということですか?」

「であればここまでの大戦力を派兵はしないはずですわ。内部か外部かは知りませんけれども、圧力によって冬が始まる前に多少なりとも戦果を上げることを強いられた。そんなところじゃありませんの?」


 だがそのドクトリンも結局こうして砦に戦力集中が間に合ったことで無用なものになってしまった。睨み合いが続いているのは、王国側が新たな戦略の確認をしていて侵攻を止めているからというのもあるかもしれない。

 兵士たちと同じ様に敵側を睨みながらシュバルツハルトと受け答えしていたが、隣に立つ彼からの視線に気づき見上げた。


「何か?」

「いえ……ただ感心しておりました。緊張しておられるようでしたが、頭はしっかりと回っておられるようで」

「……そんなに私は分かりやすいですの?」

「初陣故に仕方ないことかと。それでも冷静さを失っておられないのは、さすがは軍神とも称されるアルフォリーニ侯爵のお血筋。正直、所詮は女性と侮っておりました。謝罪致します」

「褒めても何も出ませんわよ」


 目つきの鋭い痩せぎすの参謀の謝罪にアリエスは頬杖を突いたまま微笑み軽くため息を漏らすが、表情が緩んだのに気づき軽く驚く。どうやらシュバルツハルトの言う通り自分はひどく緊張していたらしい。適度な緊張は必要だが余裕を失う程では悪影響だ。アリエスは自分の頬をムニムニと揉み解し、重く苦しいままだった肺の空気を吐き出した。


(しかし……)


 アリエスは彼方に見える王国兵たちの様子を窺いながら親指を噛み、再び思考を巡らせていく。

 どうにも妙な感じだ。まるで、まるで――何かに踊らされている。そんな感覚。それは王国だけでなく、帝国側もそうだ。

 王国国王は不本意な派兵を強いられた。先程シュバルツハルトと話した推測が正しいとすればそうだろう。しかし帝国の不意を突く、という意味では強ち愚策とも思えない。事実、祖父であるアルフォリーニ侯爵は不在だ。ところが帝国側の密偵が王国の動きをいち早く察知したために迎撃に間に合ったから頓挫してしまった。それは帝国にとって幸運だった。

 そう、幸運(・・)だった。

 本格的に王国が動き出す前に察知し、帝国に急報した密偵を褒めるべきなのだろう。そのはずだ。だが帝国を急襲するためには行軍に関する情報が漏れてはダメだ。厳密な情報管理はされていたことは想像に難くない。

 我が帝国の間諜が優秀だった。それならば構わない。

 だが――もし、それが意図してリークされたものだとしたら?


(馬鹿馬鹿しい……)


 不意に思いついた考えを、アリエスは一笑に付した。敵側からしてそんな事をする意味はない。自国にとって不利になるだけだ。戦いを止めようとした? 確かに開戦は遅らせられただろう。だがこうして両軍ともに戦力が均衡し、総兵力は膨れ上がった上に戦争回避に繋がるとは限らない。


「……どうなされました?」

「……」


 考え込んだアリエスにシュバルツハルトが話しかけるも反応はない。彼女は思考に没頭していた。

 王国内に深く教会の手が張り巡らされているのは、帝国の幹部にとって最早周知の事実だ。リークがあったとすれば教会側からかもしれない。

 彼らの意図が戦いを止めるだった場合。それは戦争の犠牲者を減らす行為だ。そうした意図であるなら、多少業腹であるが歓迎すべき事だ。

 しかしアリエスは知っている。教会が、決してそのようなキレイな(・・・・)存在ではないことを。

 だからこんな風に考えてしまう。

 もし――逆に犠牲者を少しでも多く出すために、多くの兵士を集めるためにリークしたのだとしたら。


「っ……」


 アリエスはゾッとした。単なる机上の空論。絵空事。仮定に推論を重ねただけの意味のない思考遊びでしかない。だが導き出した結論は、嫌というほどに重苦しい現実感を伴って臓腑の奥底に澱を作り出していった。


「アリエス様?」


 シュバルツハルトの呼びかけに、アリエスはハッとして頭を振った。額に手を当てると、いつの間にかびっしょりと汗を掻いていた。


「お疲れですかな?」

「いえ、考え事に没頭してしまっただけですわ。

 ともかく、ワタクシたちは出来る限り戦端が開かれるのを遅らせることに集中致しましょう」


 汗を拭ってシュバルツハルトにそう告げ、傍に控えていた兵士を呼び寄せる。


「全隊に改めて通告なさい。

 決してこちらから攻撃を開始しないこと。敵が攻撃してきた場合でも本格的な開戦前の応戦を禁じ、敵の侵攻時も可能な限り遅滞を主とした行動を取ること。闇雲に戦わず、こちらに有利な砦東南方向にある『黒針葉の森』にまで敵を引き込みなさい。

 これまでと同じ命令ですけれども、命令に反した者は厳罰に処しますわ。いいですわね?」

「はっ!」

「それから記録係にも伝えなさい。万が一王国が攻め入ってきた時は、その時の状況を詳細に記録なさい、と。記録用の魔道具もふんだんに使用しなさい。魔力が尽きた場合はワタクシのところへ。どうせ戦いが始まったら座ってふんぞり返ってるくらいしか能が無いんです。いくらでも魔力を補充して差し上げますわ」

「なるほど。王国から宣戦の布告はまだされてませんからな。偶発的な戦闘が発生しても、あくまで我々の立場を被害者と諸国にアピールするつもりですか」

「ええ。戦争とはいえルールはありますわ。それを破ったのは王国であり、反撃は正当であるという大義名分は必要ですもの。

 何か異論は?」

「いえ。賢明なご判断かと」


 シュバルツハルトが頷き、伝令役の兵士が敬礼で応じる。そして伝達用の魔法具が設置されてある部屋へ走り、階下から微かに指示を各部隊長へ伝える声が聞こえた。

 不意に風向きが変わる。風が屋上にいるアリエスに吹き付け、兵士を見送っていた彼女は顔を背けた。そして顔を正面に戻すと眼下に遠く展開する兵士たちの小さな姿が目に入った。


「……え?」


 声が思わず漏れた。彼女の視界の中、王国の兵士たちが雪崩を打って彼女たち帝国側へと攻め込んできていた。

 アリエスの白い肌が粟立ち、顔が一瞬で強張った。

 王国が攻め入ってきた。それはいい。良くはないが、遅かれ早かれ想定されたことだ。驚くべきことではない。

 だが。


「どうして……」


 どうして――帝国側も王国へ攻め込んでいるのだ?


「どういうことだっ! 何故右翼が戦線を前に進めているっ!?」


 呆然とするアリエスを他所に、シュバルツハルトがテーブルに拳を叩きつけて怒鳴る。だが付近に居た将校の誰一人としてそんな命令は出しておらず、彼らも困惑するばかりだ。

 そこに一人の兵士が彼女たちの元へ走り込んできた。肩を大きく上下させて息を切らしていたが、呼吸が整わぬまま声を上げた。


「ほ、報告致します! 帝国軍右翼側に王国軍からの魔法攻撃多数! 最右翼にいた歩兵部隊が応戦し、付近の部隊から右翼部隊に巻き込まれる形で戦線が拡大しています!」

「馬鹿なっ! 命令は予め行き渡っていたはずだっ! 右翼の部隊長は誰だっ!?」

「ヨハネス男爵になります! ですが……」

「ですが、なんだ! 報告は端的にしろっ!!」


 言い淀んだ兵士に対してシュバルツハルトが叱責する。

 兵士はピンと背を伸ばして敬礼をし、それでもなおためらったがやがて意を決して怒鳴るようにして報告した。


「も、申し上げますっ!!

 未確認情報ですが、レディストリニア王国軍の攻撃直前より男爵は行方不明との情報あり! 兵士たちの間では王国側に寝返ったとの情報が飛び交っており、統率が取れてないものと思料致しますっ!!」


 その言葉にシュバルツハルトをはじめ、誰もが言葉を失った。

 そしてアリエスもまたその場に立ち尽くし自失していたが、すぐに我に返ると全員に向かって叫んだ。


「命令しますっ!

 突出した右翼部隊は破棄! 戦線を順次後退させ、防衛を優先! 計画通り『黒針葉の森』まで下がらせて!」

「味方を見捨てるのですかっ!」


 将校の一人がアリエスに異を唱えるが、陽が落ちかけている前線方向をにらみながら彼女は落ち着いた口調で応じた。


「救援に向かえばそれだけ損耗が激しくなるだけですわ。

 ただし、突出した部隊に近い方はなるべく後退を遅らせて。敗走して合流できた兵士は何としても守りなさい!」

「承知致しましたっ!!」


 兵士はアリエスの声に負けないくらい大きな声で返事をすると、階下へと駆け下りていく。アリエスはその後姿を見送るとまた前線の方を睨みつけ始めるが、隣のシュバルツハルトの視線に気づき眉を潜めた。


「甘い、と仰りたくて?」

「いえ、実行できるかは別ですが命令としては『有り』かと。安易に兵を見捨てない、というメッセージになるでしょうな」

「そう」


 アリエスは興味なさげに短く返事をし、顔を上げた。雲に隠れているが、恐らくまだ陽が落ちるまでは時間がある。日没まで時間を稼げれば、敵も容易には侵攻できまい。そうすれば体勢を立て直せる。後は、如何に損耗を抑えられるか。


「……思い通りにはさせませんわよ」


 祈る神など、居ない。自らの力で危機を乗り切ってみせる。彼女はジッと目を凝らし、如何なる変化も見逃すまいと戦況を静かに見つめ続けたのだった。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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