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13-1 北方からの声(その1)

第3部 第75話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/07/07


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。





「それは……大変だったね」


 迷宮の外へと向かいながら、キーリとフィアから扉の中での出来事を聞き、カレンは嘆息と共に二人に同情した。

 カレンにとって死は身近でありながらも同時に縁遠いものだ。彼女自身は一度死んだ身であるが幸いにも前世において祖父母含めて身内の死というものは経験することが無かった。だから死んだ大切な人が再び目の前に現れ、しかもその中身が別人というのがどういった感情を呼び起こすのか分からない。けれど、それはきっと、辛いことなのだろうと思った。


「なぁに、大したこと……じゃねぇとは言えねぇし、くっそ腹が立ったけど、『外皮』だけでも会えたのを嬉しいと思うことにするさ」

「そうだな。父に会えたことでより決意が固まったというか、いっそう自分の為すべき事が明確になったような気がするしな」


 キーリは小さく笑ってみせ、フィアは堅く握られた自身の拳を見下ろしてこれからを想う。カレンの瞳に映る二人の表情に陰鬱さといった負の要素は見られない。

 強いなぁ、二人とも。

 そう心の中で呟き、しかし一人頭を振った。


(……ううん、強くなったんだろうな)


 強くあろうと望み、その上で苦しみを、悲しみを、幾度となく乗り越えてきた。きっとまだ二人の中では様々な思いが渦巻いてるのだとカレンは思う。けれどそれを表に出さないだけの余裕を身につけている。表現が正しいかわからないけれど、たぶんそれが「強くなった」ということなんだろう。カレンはそう思った。


「しっかしなぁ……」イーシュがぼやくように言った。「フェルの奴……アイツも苦労してたんだなぁ」

「そうですね……」


 シオンが視線を落とし、相づちを打った。

 扉から出てきた後、フェルミニアスの事情については彼自身の口から簡単に語られ、謝罪を受けている。


「すまないな、みんな。だがどうか許してやってほしい」

「テメェが謝ることじゃねぇだろうが」


 身勝手さにみな思うところはあったが、一番の被害者であるフィアが謝罪を受け入れた以上追求することは無かった。結果としてギースが斬られた以外に被害は無かったし、それだって結局は「フィア対イルム」の王位争いの範疇の中の出来事だ。更に言えば、フェルが仲間だという意識は未だ残っているし、なにより――


「でも、何となくアイツの気持ちも分かるんだよなぁ……」


 イーシュのつぶやきに頷きこそしなかったが、みな同じ感想を抱いていた。


「イーシュくん……?」

「あ、いや、別にアイツを擁護するわけじゃないんだぜ? でも、もし自分が同じ立場だったらなぁって、もし誰かを恨まずにいられなかったらって思うとさ、俺だって同じようなことしちまうかもなって、な?」

「ううん、別に責めてるわけじゃないよ。私は、その、よく分からないけど、でもフェルくんが辛かったんだろうなってのは分かるし」


 カレンがそう伝えると、イーシュは少しホッとした。それでもやや重苦しい雰囲気が彼らの間には立ち込めていた。


「あー、もうっ!! やめやめっ! やめッス!」


 そんな空気をミュレースの大きな声が打ち破った。


「のわっ! なんだよ、急にでかい声出して」

「大声の一つも出したくなるッスよ! せっかく無事に王女様が証を持って戻ってきたんスよ!? ここはもっと明るい雰囲気になる場面ッスよ!? 本当ならパレードの一つでもしておかしくないくらいなんッスからね!?」

「流石にパレードは気が早いだろ……」

「でも……それもそうかもしれないな」


 プンプンと怒るミュレースだが、確かに彼女の言う通りだろうとフィアは頷いた。


「色々とあったが無事目的も果たせたことだし、町に戻ったら今晩は盛大に飲み明かすとしようか」

「おほっ!? ホントっすか!?」

「ああ、本当だとも。もちろん全額私が個人的に出そう」

「つかテメェ、最初からそれが狙いだったろ」


 ギースがジト目を向けるが、ミュレースは白い歯を見せニシシと笑って誤魔化すばかりだった。


「よろしいのですか、お嬢様?」

「構わないさ。確かに急ぐべきだが、どうせ出発は明日になる。ならばみんなで英気を養うのも悪くない。

 レイスも。今日は立場を忘れて、一人の仲間として楽しんでほしい。もうすぐ……そうも言ってられなくなるからな」


 フィアは寂しそうに笑い、眼を細めた。

 国王の証を手に入れたからといって玉座が確定したわけではない。きっと兄であるユーフィリニアも激しく抵抗するだろうし、自分に味方してくれる貴族をまとめる必要がある。これまでとは違った忙しない毎日になるだろう。

 そして、幸運にも順調に事が進んだとして、その先に待っているのは今度こそ王としての日々だ。レイスたちは別として、王城とは縁遠い面々とは会うことすらままならなくなる。

 ならば――今、共に過ごせている時間を楽しみたい。


「お嬢様……」

「そんな顔をするな、レイス。王となる以上当然のことだし、覚悟はしていた。

 寂しくなるのは確かだが全く会えなくなるわけではないし、前に進んだのは間違いないんだ。なにより、私自身が心から望んだことなんだ。だからレイスにも笑顔で祝ってほしいな」

「……畏まりました」


 フィアの言葉通り、レイスは眼鏡の奥で小さく微笑んで同意を口にした。その彼女を見てフィアは無言で頷いたが、その肩をキーリがポンと叩く。


「こら。ならお前ももうちょっち嬉しそうにしろよ」

「……そうは見えないか?」

「見えねぇな。そんな顔してっとみんなまた心配すんぞ? ちゃちゃっと気持ち切り替えろ。それも王様の大事な仕事だと思うぜ?」


 キーリに指摘され、自分の顔も沈んでいたのだと気づきフィアは一度深呼吸をした。息を吐き出すと共に軽く頬を叩き、グラッツェンでの子どもたちの笑い声を思い浮かべる。頭の中で反響する楽しげな声に自然と顔が綻んだ。

 キーリは彼女のその顔を見下ろし、無意識に柔らかく微笑んだ。だがそれはすぐに消え、いつもの皮肉げな笑みに変わって鼻を鳴らした。


「あー、しかし面倒くせぇ試練だったな」

「お前が言っているのは、扉の中での自分との戦いのことか? 私はフェルと戦うハメになったが……」

「そうそう。奥にたどり着くまでさんざん苦労してんだから、扉ン中に入れたら証を速攻でくれるくらいのサービス精神があってもいいと思わねぇか?」

「それだったら試練にならんではないか……

 それに、確かに面倒な仕組みではあったが、ある程度は機能しているのだとも私は思うぞ? これまでの王国の歴史の中で全くの愚王が少ないのもこの仕組みのお陰だろう」


 そこまで話をして、フィアはふと扉から出たら確かめようとしていた事を思い出し、レイスとミュレースを呼んだ。


「なんスか、女王様?」

「まだその呼び名は早いぞ?

 二人に確認したいんだが、この迷宮の仕組みを作った時の王の名前は分かるか?」

「……いえ、申し訳ありませんが私は存じ上げません」

「あー、何だったスかねー……ここの場所を調べてる時にちょろっと名前が出てきたような気が……」


 レイスは首を横に振るも、ミュレースは心当たりがあったようでこめかみに指を押し当てて思い出そうとする。しばらく難しい顔をして唸るも中々出てこないようで、フィアは声を掛けようとしたが、その時不意に叫んでポンと手を打ち鳴らした。


「思い出した! 思い出したッス! 確か――イルミナース、イルミナース一世だったッス。今の王朝の三代目で、えーっと、確か二代目と自身の王位継承の時のいざこざを反省して、膨大な学者と金を掛けて作り上げたって書いてあったッス」


 彼女の説明を聞き、フィアは眼を丸くした。そして頭を抱えると小さく肩を揺らして笑い始める。


「ど、どうしたッスか!? 急に笑いだして……ひょっとして、中で頭でもおかしくなったッスか?」

「くくっ、いや、すまない。

 先人に思いを馳せてみると、ちょっと自分の愚かさ加減がおかしくてな」

「は、はあ……」


 ミュレースは腑に落ちない様子で一歩引いてフィアに胡乱げな視線を向ける。到底王に向けるようなものではないが、フィアは気にせずに今まで歩いてきた道を、そしてその奥にある、もうとっくに見えなくなった扉の方へ振り返った。

 ミュレースが伝えてくれた王の名はフィアの予想通りだった。想像するしか無いが、きっと自分が経験したような悲劇を繰り返さないために当時のイルミナース王はこの仕組みを作り上げたに違いない。

 自らを賭して。

 そして。


「なるほどな……勘違いしていたのは私たちの方だったか」


 フィアは嘆息しながら呟く。だから扉の中で『彼』はイルムの王位を否定しなかったのか。

 思えばくだらない話だ。一体いつからできたしきたりなのか知らないが、たかが名前で王の資格を定めようとは。


「何してんだ、フィア? 置いてくぞ?」

「ん? ああ、すまない」


 いつの間にか立ち止まっていたフィアにキーリが声を掛け、彼女はふと我に返ると先で待っていたキーリへ駆け寄った。

 彼の隣を歩き、前へ進む。程なく最初に入ってきた扉へ差し掛かり、フィアがその前に立つと勢いよく開いていった。

 差し込む光。まばゆさに眼を細め、しかし次第に慣れてくる。

 岩の隙間から差し込んでくる仄かに暖かい陽光を浴び、明るい外の世界へと彼女たちは再び歩き出していったのだった。





「んん……あー久々にお陽様を見た気がする」


 あなぐらから這い出してカレンは大きく背伸びをした。空は好天とは行かないが雲間から太陽が顔を覗かせている。迷宮へ入る日はだいぶ冷え込んでいたが、こう暖かいと何処か気持ちがホッとする。見上げて彼女は顔を綻ばせた。


「それよりも早く町に戻るッスよ。結構陽も傾いてるみたいッスし、急がないと酒場の席が埋まってしまうッス!」

「ミュレース……」


 眼をランランと輝かせ、既に飲み明かす気満々なミュレースにレイスは呆れ、こめかみに青筋を浮かべる。が、「まあまあ」とシオンにたしなめられて辛うじて矛を収める。代わりに、後で強力な睡眠薬を飲ませてしまおうと固く誓った。


「とりあえず早く戻るってのには俺も賛成っ! はぁ……早いとこ硬い石じゃなくて柔らかいベッドに寝っ転がりてぇや」

「ふふ、私も同感だ。なら――」


 和やかな会話をしていた彼らだったが、ふとフィアの言葉が止まった。全員の顔つきが即座に戦闘時のそれに切り替わり、近くで生い茂る木々の方へ視線を向けた。


「そこに居るのは分かっている。何者かは知らないが、おとなしく出てくるのであれば危害は加えない」

「嘘だと思うんなら別に隠れ続けてても俺は構わねぇよ? そん時はテメェが串刺しになるだけだけどな」


 フィアとキーリが鋭く言い放つが、二人とも隠れている人物が素直に出てくるなどとは思っていない。だからいつ何者が飛び出してきても良いように剣を構え、魔法の構成を練る。

 だが予想に反して茂みが微かに葉擦れの音を立て始めた。そして陽の光が届かない暗がりから、スッと一人の女性が姿を見せた。

 現れた女性は一人。存在を看破されたにもかかわらず表情筋は一切動いておらず、動揺は微塵も見えない。感情の見えない眼差しでキーリ、そしてフィアを見つめた。

 彼女のその出で立ちは特徴的だ。ショートボブの黒髪の上には白いカチューシャ。濃紺のジャンパースカートの上にはエプロン。姿形は間違いなくメイド。そしてその出で立ちと感情を表に出さないという特徴を持つ同じような人物を、この場にいる全員がよく知っている。


「リズ……?」

「たぶんそうじゃないかと思ったが……レイス、ミュレース、知り合いか?」


 レイスの口からそのメイドのものらしい名前が零れた。念の為にフィアがレイスたちに確認を取ると二人は揃って頷いた。


「そーッス。私と一緒に先輩に鍛えられた仲ッスよ。も一つついでに言えば、侯爵の傍で世話してる私に代わって今回の件に関する色々を調べてくれた頼れる同僚ッス」


 ミュレースの紹介にレイスも首肯した。

 リズ、と呼ばれた女性はレイスとミュレースを見つめ、そして目線を僅かにずらしてフィアを横目で見た。キーリには彼女が何を言いたいのか分からなかったが、どうやらレイスとミュレースの二人には通じたようで、「そーッス、こちらが王女様ッス」とミュレースが彼女にフィアを紹介した。

 それを聞いてリズはフィアの前へ進み出ると、片膝を突き頭を垂れた。


「スフィリアース王女殿下。お初にお目に掛かります。急ぎお伝えしたいことがあり、御前に姿を晒させて頂きました。失礼は承知の上、ご処分は如何程にも」

「相変わらずリズは堅いッスね」

「貴女も少しは見習うべきでしょう」


 騎士よりも騎士らしそうな所作で頭を垂れたまま微動だにしないリズに、フィアはそっとため息をついた。ミュレースが言う通りずいぶんと堅い性格をしていそうだ。昔、初めて出会った時のレイスと全く同じで、恐らくここでもう少し砕けて話しても構わないと言っても決して譲らない気がする。

 彼女自身、未だ傅かれるのは慣れないがここで問答しても意味はない。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、軽く頭を振って気持ちを切り替えた。


「その程度、失礼でも何でもない。できれば顔を見て話をしたい。立って頭を上げてくれないか?」


 リズはチラリとレイスを見て、彼女が頷くとようやく立ち上がってフィアを正面から見上げた。


「それで、何と呼べばいい? レイスたちはリズと呼んでいたが」

「王女様に名乗る程の者ではありません。ですが、私を知る者はリズリール、或いはリズと呼びます」

「ならば私もリズと呼ばせてもらうよ。構わないか?」

「ご随意に」

「では、リズ。急ぎ伝えたい事があるということだが……何があった?」


 尋ねながらフィアは胸騒ぎを覚えた。

 ミュレースの話通りなら、リズは王城で働いていたメイドなのだろう。そしてレイスに教育されたからか、とても真面目で身分の差を意識しているのがこの短時間でも分かる。

 そんな彼女が処分を覚悟してでも、こうして遠路はるばるフィアに伝えるべきと考えた事象。まさか自分の動きを察した兄が、妨害のために刺客でも放ったのだろうか。

 だとすれば返り討ちにしてしまえばいい。物騒な思考ではあるが、今更兄に気を遣う必要などありはしないのだから。フィアは腰にある剣を左手で撫でた。

 しかしリズから報告された内容は、彼女の予想を裏切ったのだった。


「ご報告致します。

 ――ユーフィリニア王が帝国との国境に向け、大規模な国軍を派兵致しました。至急、対応についてご指示頂きたく存じます」


 何を、言っているのか。

 フィアだけでなく、その場にいた全員がリズの言葉を理解するのにしばしの時間を要したのだった。






お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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