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12-9 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その9)

第3部 第73話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/06/23


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。




 遅れて一人がフィアたちの正面に立った。声の調子からして、その人物はこの世界の主であるあのいけ好かない魔法生物だ。しかし見る人によって変えていたその姿は、今フィアとフェルの二人には同じ姿に見えていた。

 長く白に近い金色の髪と、整った目鼻立ち。細い眉とその下の細められた眼差しは鋭い。ゆったりとした貫頭衣をまとい、鷹揚な仕草で二人を見下ろしている。初めて見る姿――フィアだけは何処か見覚えがある気がした――だが、これが彼の本来の姿なのだろうか。

 だが、姿が変わったからといって最初に抱いた感情が消え失せるわけではない。二人はその男を睨みつけ立ち上がって武器を構える。


「こら、そう身構えるでない」

「へっ! そう言ったって油断するかっての。疲れて弱ったところを狙ってやってきたのかよ?」

「だから違うと言うておるのに……まあ、信じられぬのもさもありなんではあるがの。

 ふむ……もう一方の資格者の方も終わったようだの」


 言うやいなや、魔法生物の視線の先で光が凝縮していく。フィアたちも光り始めた空間へと振り返り、そこからキーリ、そして彼に背負われたイルムが投げ出された。


「っとと」


 宙に放り出されながらもキーリは巧みに体を操り着地。顔を上げて魔法生物の存在に気づくとフィアたちと同じ様に睨みつけ、それを受けて魔法生物の男はククッと喉を鳴らして笑った。


「キーリ、イルム!」

「何とかなったみてぇだな、フィア」


 キーリはフィアの頬に残る傷に一瞬眉をしかめたが、それ以外に大きな怪我も見られずホッとため息を吐いた。そして隣のフェルミニアスに鋭い視線を向けた。


「悪かったな、キーリ。お前にも迷惑かけた」


 苦笑い混じりに笑いフェルは頭を下げる。毒気のすっかり抜けたそれを見て、キーリは勝敗だけでなく二人の関係にも決着が付いたのだとすぐに察し、視線を緩めて無言で首を緩々と横に振ったのだった。


「それで、その……イルムは大丈夫なのか?」

「……ええ、大丈夫ですよ」


 背中に背負われ、脱力したままながらイルムが眼を覚まし頭を上げた。疲労の色は濃く、顔色はあまり良くない。それでもイルムが一皮向けて成長したように思え、フェルは無意識に顔が綻ばせた。


「なら……あの王様(クソ親父)はぶっ飛ばせたって事でいいんだな?」

「はい……ご覧の有様ですけれど、何とか父を乗り越えられました。これもフェルミニアスさんのお陰です」

「よせよ。俺は何もしてない。全部お前が一人でやってのけたんだ。世辞なんか言ってないで胸を張れって」


 フェルがイルムの金色の髪を乱暴に撫でると、くすぐったそうにイルムは笑った。キーリやフィアから見てもイルムたちの間には確かな「絆」のようなものが感じ取れる。


(やはり……)


 イルムはフェルと共に居るべきだ。王家などという腐った繋がりなど捨てて。その方がきっと上手くいく。先程言えなかった考えにフィアは確信を抱いた。


「うむ。そちらの戦いも見ておったが素晴らしかったぞ。途中誰ぞやの手助けもあったが……」

「――」

「だからそう睨むな。別にケチを付けておるわけではない。結局最後に乗り越えたのは小僧の力なのだからな。幼いながらも見せつけてくれたその力、称賛こそすれ貶めるつもりは毛頭ない」


 偉そうに講評を述べる「彼」自身を除いた全員から睨まれて、弁解じみた言葉を付け加える。魔法生物である「彼」の表情はあまりハッキリと変化しないが、キーリの眼には何処か困ったように眉尻を下げて見えた。


「しかし……まさか王たる資格を持つものが二人共試練を乗り越えるとはのぅ」

「おいおい。まさか今度はフィアとイルムの二人で戦わせるつもりじゃねぇだろうな?」

「たわけ。そのような事は言わん。前に言った通り試練を乗り越えたのであれば二人共に証を授けよう。それが私の存在意義であるからの」

「あ、その事なのですが」


 イルムはキーリから地面に下ろしてもらい、「彼」に向けて自分の意思をハッキリと告げた。


「僕は、国王の証を辞退します」

「……ほう?」

「……いいのか? 私にとってはその方が助かるが……」


 現王の事はさておいても、イルム自身も王となる野心を抱いていたはず。故にフィアもイルムをどう説得しようかと思っていたが、まさか自分から言い出すとは予想していなかった。

 驚いて眼を丸くしているフィアに対し、イルムは小さく笑ってうなずき返した。


「はい、もう良いんです。僕が証を手に入れたところで父の役には立ちませんし、役立たせるつもりもありません。それに……やはり王には僕よりも叔母様の方が適任だと思い直しました。僕には荷が重すぎるようです。

 すみません、フェルミニアス。外の皆さんも……特に亡くなった方々もここまで僕に付き従ってくれたのに……」

「……気にすんな」申し訳なさそうに頭を深々と下げたイルムを、フェルは抱き寄せた。「お前はお前なりに頑張ってきた。そして悩んで決めた結果だろ? 死んだ奴らには確かにすまねぇじゃ済まされねぇだろうが、連中も危険を承知で受けた仕事だ。別に危険なことを黙ってたわけでもないし、その分の報酬上乗せも飲んでもらった。生き残った奴らも報酬さえもらえりゃ連中がグダグダ言うことはないさ。

 騎士連中は……残念がるだろうが、アイツらもどっちかって言えばお前がこんなところに来させられることを快くは思って無かったみたいだし。ま、何か言われたら俺が何とかしてやるから心配しなくていい」

「フェルミニアス……さん。ありがとうございます」

「けど、本当に良いのかよ?」キーリが再確認する。「お前の決意はこっちとしてもありがてぇけど、だとしたらもう王城には居られねぇぞ? 住む場所や飯のタネだって……金は、フィアが支援してやるだろうけど」


 チラリとキーリが目線を移すと、フィアが大きく頷いた。


「それは……何とかなりますよ。実はここ数年で少しずつお金も貯めてましたし、叔母様が速やかに王位についてしまえば追われる心配もありません。このまま王城には戻らず、何処か適当な町で一人おとなしくしていれば、やっていけますよ」

「お前が賢いのは認めるけどな、まだお前は間違いなく子供なんだ。子供が一人で生活するもんじゃねぇよ」

「心配してくれるんですか?」顔をしかめたキーリに、イルムは少し嬉しそうにした。「でも大丈夫です。僕は一人に慣れてますから。スラムで暮らしてた昔に戻るだけですよ」


 安心させようとしているのか、それとも本心からなのか。屈託なくそう言ってのけるイルムがキーリは少し悲しかった。

 それはフィアも同じだった。だから、先ほど考えたことを提案しようと口を開きかける。

 しかしそれよりも早く言葉を発したのはフェルの方だった。


「なら、俺のところにでも来るか?」

「え……?」

「さっき、フィアには言ったんだけどな。冒険者としてはもう一線を退くつもりなんだ。だから金にはあんま余裕はなくなるだろうけど、その分イルムの傍にいられるし、落ちぶれちまったが仮にもCまでは登った冒険者だ。イルムが将来何をやりてぇか次第ではあるけど、少なくとも何か『へ』の足しみたいな役には立てるんじゃないかって思ってるんだ。色んな場所を転々としてきたから、ギルドの色んな支部にも多少は顔利くしな」

「……」

「どう、かな? イルム。お前が嫌じゃなければ――」


 伸びた前髪を弄りながら何処か気恥ずかしそうに話したフェル。その恥ずかしさに耐えられなくなったか、つい、と眼を逸したその時、彼の胸元に軽い衝撃が伝わってくる。


「イルム……」

「あり、がとうございま、す」


 抱きついたイルムから掠れた声で感謝が伝えられる。じわりとシャツごしに熱いものが伝わってきて、ハッキリと言わずともフェルにはイルムの答えが分かった。

 フェルは少し戸惑い、躊躇いながらもおずおずとイルムの頭に手を置いた。そして、むず痒そうに頭を揺らし、漏れ始めた嗚咽をキーリとフィアは優しく見つめたのだった。


「コホン……良いところ、悪いのだが」


 そうして全てのカタが付いたかのように穏やかな時間が流れていたのだが、「彼」は言い出しにくそうにしながらも咳払いをしてキーリたちの注意を向けさせる。

 キーリが舌打ちして不機嫌な視線を向けると「彼」は何処か情けなさそうな表情で視線で訴えてきた。なに邪魔をしやがる。仕方ないであろう。気のせいかもしれないがキーリはそんな会話が成立したような気がした。


「……さて、そういう事であれば、そうであるな……」微妙な空気感を取り繕うためもう一度「彼」は咳払いをした。「イルム、といったな? お主には証とは別の何かを授けようかの。試練は無事乗り越えたのだからの」


 イルムに告げ、「彼」はフィアに向き直って近くに歩み寄る。キーリとフェルは警戒を緩めず、「彼」の一挙手一投足を注視する。そして前に立ちふさがろうとするも、フィアが手で制した。


「大丈夫だ」


 短く告げ、彼女の方から「彼」へと進み出る。そして彼女よりやや高い位置にあるその顔を見上げた。


「良い顔だ。きっとお主は良き王になるだろう」

「ぜひ……そうでありたいと常々願っている。そしてそのための努力を惜しまないつもりだ」

「だが人は脆い……いつか道に迷い、或いは道を見誤ることもあるだろう。その時、道を正してくれる者を、お主を信頼し、お主が信頼できる者を傍に置いて置くとよいだろう」

「その点は大丈夫だ」フィアは口元で弧を描き、振り返る。「私は恵まれている。この世界にも、扉の外にも素晴らしい友がたくさん居るのだから」


 茶化すでも恥ずかしがるでもなく、一切の言い淀みがなくフィアはそう言い切る。「彼」は彼女が見たキーリとフェル、そして扉の外でも戦い続けていた者たちを思い浮かべ、笑った。それは少しだけ、羨ましそうであった。


「うむ、精霊王にも好まれておるようだしの。まったく、この人たらしっぷりが憎らしいわい。さて、無駄話もここまでにしておこう。最初は証として剣を授けようと思っておったのだが……」

「私にはこの剣がある」フィアは首を横に振り、シンからもらった剣を鞘から抜き掲げる。「できれば別のものでお願いできないだろうか?」

「そう言うであろうと思った。であるから――特別じゃ」


 「彼」が手をフィアに向かって掲げる。すると、「彼」の手から淡い光が生まれ、ふわふわと小さな光の玉が彼女の胸元へと吸い込まれていく。フィアはその光が体の中に入った瞬間に、胸元に違和感を覚えた。しかしそれもすぐに消え、手や足を見下ろしてみるが何も変化は見られなかった。


「証は既にお主の内に刻まれた。必要な時に、お主が望めばその望みに応えて様々な形となり顕現するであろう」

「様々な形?」

「左様。剣が折れれば新たな剣となり、鎧が砕ければ新たな鎧となる。無論、武具以外にも、限度はあるが戦に必要なものであれば概ね変化が可能であろう。

 お主の魔力を吸収して形となるがゆえに、強力な武具として使用してしまえば魔力が回復するまでしばらくは使えなくなるが……」


 「彼」の説明を聞きながらフィアは意識を自分の内へと向けていくと、胸の奥底で微かな熱と疼痛を感じる。熱はおそらくは神威によるものだろうが、疼痛を正確に表そうとするのであれば痛みというよりもむず痒いと言った方が近いだろうか。まだ馴染んでいないような気がする。


「どうすれば形となる?」

「願えばよい。ただそれだけで証はお主に応えてくれよう」


 言われるがままにフィアは目を閉じ、試しに剣を顕現させようとしてみる。しかしどれだけ願っても、具体的なイメージを湧かせてみても何も起こらない。


「何も起きないのも当然よ。それは必要である時のみ顕現可能だろうからの」

「まるで意思があるかのように聞こえるが……」

「証は所詮、証。生物ではなく、故に意思は無い。ただ如何にお主が本気で必要としているか。その一点のみで顕現が可能となるからの」

「……つまり、本気で願わない限り、無闇に出すことはできないという理解でいいのだろうか?」


 「彼」は頷いた。


「その通り。国の危機、お主の命の危機。或いは、お主が大切にしているものの危機。心の底から本気で望まぬ限り、その力を発揮することはあるまいの」

「なるほどな。できれば使い方を確認したかったが、そういうことであれば仕方ないな」

「案ずる必要はない。『その時』がくれば、自ずと使い方も分かろう。それはそういうものだ」


 そう言って「彼」が笑った。そして、錆びた金属が擦れるような音が単色の世界に響き始める。


「おや、もう時間か」


 何も無かった空間に、遠く小さく一本の白い線が生まれる。少しずつその光の筋が太くなっていく。

 それは世界を隔てる扉が開く合図。やがて、黒い世界が白く侵食され始めた。


「では、の。久々の来賓との一時(ひととき)、楽しかったぞ」


 溢れ、荒れ狂う光の渦。「彼」の言葉を皮切りに扉の形をした光が急速にキーリたちに近づいてくる。光は激しさを増し、眼も眩むそれに誰もが手をかざし眼を背けた。


「――新たな王の誕生に祝福を。そして――レディストリニア王国に栄光を」

「待ってくれっ!!」


 「彼」を含めた全員が光によって白く塗り潰され、輪郭さえ分からなくなる中でフィアは叫んだ。


「何かの?」

「まだ……まだ、貴方の名前を聞いていない」


 全てが見えなくなり、フィアも眼を開けていられない中で心底愉快そうな笑い声だけが響いた。


「私の名か……そのような事を聞くのはお主が初めてだ。

 初めに伝えたとおり私は私が何者か、最早とんと分からぬ。しかし、そうさな……敢えて名乗るのであれば――」


 かき消えていく声。フィアの意識が何処か遠くへと弾き飛ばされていく。

 だがフィアとキーリは確かに最後にその答えを聞いたのだった。



お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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