12-8 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その8)
第3部 第72話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/06/16
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。
イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。
「……っ……」
腹部と頭部に鈍い痛みを覚え、フェルの意識が浮かび上がっていく。意識を取り戻すと同時にやって来た不意打ちの痛みに思わず顔をしかめ、何故か感じる眩しさにゆっくりとまぶたを開けていった。
「……生きて、るのか、俺」
横になったまま呟くと掠れた声が零れた。喉や体が熱いのは、きっとフィアの剣で焼き斬られたからなのだろう。だとすれば、今まさに死に向かっているということか。それにしては意識はますますハッキリしていき、ならば今はどういう状況かと疑問に思うもすぐにそれさえどうでも良くなっていく。
感覚の鈍い腕を何とか顔の前に持ってきて、手のひらを握ったり閉じたりを繰り返していく。ゴツゴツと分厚くタコだらけになった手のひらが現れては消え、何度か閉じているといつの間にかフィアがフェルを見下ろしていた。
「……どんだけ寝てた?」
「お前が寝てた事にも気づかないくらいの時間、といったところだな」
「そうか」
フェルは一度眼を閉じて深く息を吐き出した。腹部を中心として全身が軋むように痛いが動けないほどではない。だが起き上がるのも億劫に思え、加えて決着が付いた今、無理に起き上がる必要も覚えず、何処か心地よい疲労感に身を委ねてしまおうかとも思った。
けれども、フェルはどうしても聞いておきたいことがあった。
「なんで俺を殺さなかったんだ? この世界じゃ死なないらしいが……さっきの口ぶりじゃ殺す気が無かったんだろ?」
「では逆に聞くが、何故私がお前を殺さなければならないんだ?」
「何故って……」フェルは口ごもった。「俺はお前を殺そうとしたんだぞ? なら普通は相手を殺してやろうとすんだろ」
「では私が普通では無かったということなのだろう。お前は私の友人だし、殺す必要もないのにわざわざ殺そうとする程気狂いではないしな」
「……どんだけ人が良いんだよ、お前は」
昔馴染みだからといって、殺そうとした相手をまだ友人と呼ぶ。さも当然のようにそう告げてくるフィアにフェルは呆れた。
「まさかとは思うけどな、このまま俺を無罪放免するつもりじゃねぇだろうな?」
「何を言ってるんだ? そんなの当たり前だろう?
……加減したつもりだったが、ひょっとして頭でも打ってしまったか?」
「トチ狂ってんのはお前だっての。未来の王様を殺そうとしたんだぞ? なら少なくとも牢屋にぶち込むくらいはしねぇとメンツが立たねぇだろうが」
「なに、周りを見てみろ。この場に居るのはお前と私だけなのだぞ? 他の誰に対して面目を保つというんだ?
それにフェル、お前は一つ忘れてるぞ?」
「何をだよ?」
「私はまだ『賞金首』だぞ?」
ニヤッと笑ったフィア自身からあっさりとそう言い放たれ、フェルはポカンと口を開けた。そのまま頭を押さえると思わずため息が漏れた。
「……敵わねぇなぁ」
思わずそんなボヤキが口を突いて出てきた。
自分とはやっぱり違う。剣の腕や魔法の才能だけの話ではない。自分自身に嫌気が差してやさぐれてしまっている自分とは「器」が違う。
先程まではそんな彼女の存在が疎ましくて悔しくて狂いそうだった。だというのに派手にやられてしまったからか、今はそんな感情は全て何処かへ飛んでいってしまって、ただただ彼女の人生と一瞬でも交わることができた事実に愛おしささえ覚える。
「ふふっ、せっかく大金を手にするチャンスだったというのに、残念だったな」
「……うっせぇ。いつか寝首かいてやるから覚悟してやがれ」
「ああ、私をまた殺したくなったらいつだってかかってくるといい。全て返り討ちにしてやろう」
「冗談だよ」目元を押さえた指の隙間からフィアを仰ぎ見た。「やんねぇよ。この期に及んでまでまだ俺のことを『ダチ』と呼ぶような馬鹿の相手なんかやってられっか」
「誰が馬鹿だ」
「お前以外にいるかっての」
「鏡が必要か?」
「やかましいわ」
低レベルな口論を交わし、お互いにそのバカバカしさに気づいて揃ってため息。そしてどちらともなく小さな笑い声が漏れた。
そのまま会話が途切れ、フィアは横になったままのフェルの隣に座りこむ。そのまま、どこまでも続いていく黒い世界の果てを何の気なしに眺めた。
「……分かっちゃいたんだ」
不意にフェルがポツリと呟く。フィアは疲労に塗れた腕を、立てた片膝の上に置いた姿勢で視線を彼へと向けた。
「親父とお袋が死んだのはお前のせいじゃないって」
「フェル……」
「親父の爵位を奪ったのは今の王様だし、そう仕向けたのはたぶん他の貴族連中だ。もっと言えば……情勢についていってなかった親父が悪いんだよな。代々貴族で、プライド高くて出世欲も強いくせに他の連中の流れに乗れなかったなんて、空気読めなさすぎだよな」
「……そんな事はないさ。貴族だからといって非もないのに罰するなんてあってはならないことだ。そうさせてしまった事……そんな横暴を許してしまった罪は重く、その責は最終的には私が負うべきだと思う」
「いいって。お前だって目の前で親父さんを殺されたんだろ? お前も辛かったはずなのにな……ゴメンな」
するりと謝罪の言葉が出てきたことに、フェルは自分のことながらやや驚く。だが、目元を手で隠しているせいか、フィアには気づかれなかったようだった。
「馬鹿だよな、ホント……
頭じゃ分かってたのに、お前は責めるべき相手じゃないって知ってるのに、お前を責めずにいられなかったんだ。今なら分かる。誰かに責任を押し付けないと、そうじゃないと……きっと俺が壊れてしまいそうだったんだろうな。
でもそんなの言い訳にはならねぇってのも分かってる。
お前より弱いのも自分のせいなのに、それも八つ当たりでさ。無理やり自分が弱い責任まで無関係なのにこじつけて殺す口実にして。バッカだよな」
「フェル……」
「本当に……大馬鹿だ」
口に出して確認すると、どうしようもなく救いようのない話だ。愚か過ぎる。深い自己嫌悪に飲み込まれてしまいそうで、それをフェルはため息を吐くことでやり過ごした。
そして、前から考えていた決意を口にした。
「俺、冒険者辞めるわ」
体を勢いよく起こすとそう告げた。人生を変える決断だと言うのに口にするとさほど衝撃はなく、自分でも拍子抜けした。対するフィアは、唐突に聞かされて眼を丸くしていた。
「そんな顔すんなって」
「いや、だが……スマン、それは無理だ。
フェル、今回の事を気に病んでいるのなら気にしなくていい。ギルドにも報告しないし、さっきも言ったが私が王になったからといって罰することも――」
「ちげーよ」屈託なくフェルは笑った。「前々からもう限界だと思ってたんだ。俺の戦い方みたろ? ココだと思った通りに体は動くけど、外じゃあんな動き無理だ。
一応Cランクには居るけど、それだって絡め手ばっか駆使して、使えるものは何でも使ってきた結果だ。お前に言ったら殴られるだけじゃすまないような卑怯な手も使ってきたし、バレたらヤベェことも相当してんだ。そこまでしてやっとCランクの尻尾にしがみついていられるくらいの実力しか無い。上に行くのは……正直もう無理だ」
「フェル……」
「あ、勘違いすんなよ? 別に冒険者証ごと返すわけじゃないからな? ただもう……いたずらに上ばっか見て歩くのを止めるんだ。第一線から引退……てやつかな?
お前が俺の事をどんだけ買い被ってんのか聞くのも恐ろしいくらいだけど、やっぱ俺とお前は才能が違う。お前は冒険者としてももっと上に行ける。それは俺だって保証してやる。だけど、俺はお前じゃないんだ」フェルは真っ直ぐに、眼を逸らさずにフィアを見つめた。「ここらが俺の限界だ。見上げ続けるには首が疲れたんでな」
どうして俺には彼女のような才能が無かったのだろうか。或いは、せめて他の仲間たちのように何か一つでも優れた才能があれば、その才能を磨く努力を続けられれば。
自分の気持ちを口にすれば彼女に刃を向けておいて何を今更、と思われるだろうが、フィアの傍で戦い続けたいというのもまたフェルの偽らざる本心だ。だがそれも、終わり。冒険者を辞めれば分かりきっていた結果だが、思いを馳せれば途端に寂しさが押し寄せてくる。
涙が一粒零れた。汚れた袖で乱暴に擦る。泣くべきじゃない。泣いていいわけがない。泣けばきっと彼女は気にかけてしまうだろう。だからまだ微かに潤んだ瞳を、フェルはニッと三日月状に細められた瞼で隠した。
フィアは言葉が無かった。何を言うべきか分からなかった。ただ何かしなければと思い、フェルの手のひらに自分のそれを重ねて彼の頭を抱き寄せた。
「……例え、例えお前が遠く離れたところに居るとしても、私たちは友だ。それを……忘れないでくれ」
「まったく……」フェルの首の後ろに熱い雫が一滴、溢れた。「王様になろうって奴が俺みたいなクソッタレのために泣き虫を捕まえるなんてな。忘れてくれてもいいんだぜ? むしろ忘れた方がお前のためだ」
「そんな事をするわけあるか……」
「そんなだからお前も苦しいんだろうに……ま、いいや。お前は最後まで俺の憧れだった。そうタイトルでもつけて胸の奥にしまっておくよ」
憧憬は好意と変化し、翻って憎悪に塗れ、そしてまた元の居場所に戻ってきた。きっと、そこが一番収まりが良いのだろう。ならもう、後は彼女を応援するだけだ。フェルはそう結論づけ、少しのむず痒さに鼻頭を掻いた。
「フェル……もしかすると、なんだが」
「なんだよ、急に」
「イルムを気にかけてるのも、彼の才能に憧れがあるからか?」
「……さあ、どうだろうな? 俺にも分からん」
まだ年若いがイルムの魔法、特に光神魔法の関する才能は図抜けている。そして彼も才能にあぐらをかいたりせず努力を惜しまず、同時に、その才を認められない人生を送ってきた。
初めて出会ったのは、彼が王家として取り立てられる前の頃だ。暮らしていた貧民街の住人たちにも虐げられて、イルムは傷だらけだった。
痣をあちこちに作って倒れていた彼だったが、いつか見返してやると如実に述べているギラギラとしていたその瞳が特徴的で、フェルも引き込まれていった。その時に仕返しの手段として戯れに魔法を教えてやったのだが、なるほど、偶然彼の仕返しを眼にした時の魔法の煌めきは素晴らしかった。以来、時々酒の肴代わりに面倒を見ていたが、まったくとんでもない速度で成長をしていったものだ。
まさかその時の少年が実は王の血を引いて、こうして密命に同行することになるとは思いもしなかった。密かに打診された依頼を受けたのだって、この数年の間に作り上げたすねの傷をバラすと脅されたからであるが、この数日間、疎遠になっていて久々に成長したイルムの姿を間近で見続けるのは眩しくて、眩しすぎて目が潰れてしまいそうで、しかし同時に嬉しかったのは確かだ。
(なるほど、言われてみればそうかもな)
口に出さずフィアの指摘に頷く。
そう、嬉しかったのだ。自分には到底存在し得ない才能の煌めきに、光に群がる夏の虫のように引き寄せられ、しかしその才能の発芽のきっかけを他ならない自分が与えることができた。その優越感。
そして未だに諦めずに未来に向かって足を進めることを止めない強い意思。
彼の成長を、傍で見続けていたい。どこまで放つ光が大きくなるのか、それを見届けたい。
例え……それがフィアの代わりだとしても、抱いているこの願いは本物なのだから。
「……こんな事を私が願うのもおこがましいのだが」
「?」
歯切れ悪く言い淀んだフィアの調子に、フェルは頭を彼女の肩口から離して顔を見つめた。
怪訝そうにフェルは眉をひそめ、彼女が再び口を開くのを待つ。
だがそれよりも早く、頭の上から声が振り降りてきた。
「ふむ、見事な戦いだったな。しかと見届けさせてもらったぞ」
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




