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12-7 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その7)

第3部 第71話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/06/09


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。




「なっ……!」


 フェルの態度に動揺が走った。腕に込められた力が一瞬抜け、鍔迫り合いの均衡が崩れてフェルの体勢が僅かに乱れる。舌打ちをしながらフェルは一度後方に退き、半笑いに顔を歪めながら鼻で笑い飛ばしてみせた。


「お、お前何言ってんだ? 今までの流れからどうやったら今更そんな疑問抱けんだよ? 死にかけて頭おかしくなったんじゃねぇの?」


 自分の頭を指で差しながらフェルが煽ってくるが、フィアはそれに取り合わずに淡々と考えを口にしていく。


「違和感があった。フェル、お前からの敵意は最初からあったが、ここまで感情むき出しでは無かった。理性的な判断が出来ていたし、この扉の中の世界でも初めは休戦する事を約束してくれた」

「それは……」

「お前が明らかに変わったのは……あの良く分からない『何か』が現れてからだ」

「……」


 フィアの瞳に映るフェルの体が強張った。垂れ下がった腕が震え、剣を握る両拳が握りしめられていく。


「あの『何か』の姿は、私には父に見えた。キーリは育ての親である鬼人族の母親。いずれも――故人だ」

「……やめろ」

「フェル、お前は父親に見えると言った。もし私の推測が正しいとすれば」

「やめろ」

「もうお前の父親は――」

「やめろっつってんだろうがぁっ!!」


 フェルが吼え、フィアに斬りかかる。暴風のような攻撃が再び始まり、絶え間ない剣戟の音が響き渡る。


「ああ、そうだよっ!」フェルの声に悲痛が混じる。「親父は死んだっ! お袋も死んじまったっ! 全部お前のせいでなっ!!」

「私のせい……?」

「そうだっ! お前が、お前が……前の王様を守ってくれてれば親父は死なずにすんだのにっ……!」


 一際力のこもったフェルの一撃がフィアを弾き飛ばす。だが彼女は怪我を感じさせない動きで再びフェルの元へ駆け、剣と剣を交わらせる。


「どういう事だっ、事情を話せ」

「親父は……国王派の貴族だった……! こう言えばお前だったら分かんだろっ……!」

「っ! ……そうだったのか」


 フェルの実家が貴族だというのはフィアも学生時代から知っていた。だが当時は王女という立場を捨てたつもりであったし、彼自身も実家と折り合いが悪かったらしくあまり深くまで事情を聞いたことは無かった。


「お前が王様を殺したせいで……親父は爵位を奪われた」

「私は殺してなどいない」

「分かってるっ!!」フェルは泣き顔を堪えているかのように顔を不格好に歪ませた。「分かってんだよ、そんな事……けどお前が守ってくれりゃ、今の王みたいな野郎に王位を奪われなきゃ親父はきっと……」

「……」

「親父が嫌いだった。保守的で、人の話聞かねぇで、俺やお袋を自分の思い通りにしたがるような勝手な親父だった。出世欲も強くて、でも人に媚びたりズルや悪いことはしない真面目な人間だったんだ……」

「フェル……」

「だからか知らねぇけど、男爵のくせして前の王様の覚えも悪く無かったらしいんだぜ? 本人が言ってただけだからどんだけ本当かは知らねぇけどな。

 なのに、そんな人間なのに……親父が国の金に手をつけたって言うんだ……

 信じられるか? でも親父がどんなに身の潔白を主張しても貴族派の連中は聞く耳持たねぇで親父から爵位と真面目に貯めてた財産諸共取り上げてクッソど田舎のちっちゃな屋敷にお袋共々閉じ込めやがった」


 鍔迫り合いをしているフィアの目の前で、フェルはやるせなさに震えていた。湿り気を持った熱い呼気が、微かに彼女の前髪を揺らす。


「それを聞いてさすがに俺もすぐに実家に帰ったよ。でももう……親父はおかしくなってた。抜け殻みたいに椅子に座ってるだけで、俺やお袋が話しかけてもまともに反応さえしてくれなかった……」

「もう、分かった。もう――」

「最後まで聞けよ、女王様よぉ」


 揺れた前髪の奥に映るフェルの顔。その顔は、泣きながら嘲笑っていた。


「……」

「何とかしなくちゃって思ったんだ。嫌いな親父だったけどな、やばい時に見捨てる程俺だって落ちぶれちゃいないんだ。

 俺が家を継いでさ、親父とお袋の世話をしながらしがない下級貴族としてでも生きていったり、それか冒険者として名を馳せて、何かの機会にさ、名誉を挽回して再興してやろうとかさ……いつか、いつか……親父を喜ばせてやりたいって思ってたんだ。

 なのにさ、親父は――俺を殺そうとしたんだ」

「っ……!」

「夜中に急に目が覚めてさ、そしたら親父が目の前で料理用のナイフを振り上げてんだよ。知ってるか? 何もかも失った人間って、あんなごっそりと表情がそげ落とされるんだよ。なのに、眼だけが異様に光っててさ……あれはもう二度と忘れられねぇ。寝る前はいつだって親父が俺を見てるんだ。記憶が飛ぶまで酒飲まねぇと、目を閉じた途端、思い出せてしまう……」


 フェルの腕から力が抜け落ちていく。全身が震え、しかしそれを見られるのを嫌ってか一度フィアから距離を取った。そしてひどく億劫そうにため息を吐いて気持ちを持ち直すと、再びフィアへ斬りかかっていく。


「俺は必死に逃げたよ。震えながら何も考えずに、ひたすらに逃げて、逃げて……ようやく落ち着いた後でこっそりと家に戻ったんだ。そうしたら、どうなってたと思う?」


 剣戟に混じって問いかけがフィアに向けられる。結果など、もう分かりきっている。だが答えをフィアが口にすることは無かった。


「親父が死んでたよ。お袋を、俺にそうするつもりだったのと同じ様に喉にナイフを刺して、そして自分の喉もかっ切ってお袋にすがるように覆い被さってさ」

「それが……それが私を恨んでいる本当の理由か……」

「ああ、そうさ」


 フェルに力が戻ってくる。ぶつけられる一撃一撃にフィアの腕がしびれ、いなしきれなくなってくる。


「お前がその場で今の王様を殺してくれてりゃ、前の王様を守ってくれてれば、そもそもお前がずっとお城にいてくれれば、王女様のままで居てくれてりゃ……何度だって今みたいにならないチャンスはあった……! 親父やお袋が死なない未来()はあった! なのに、なのにお前は……その全部をフイにしてきやがった!」

「……それに関しては言い逃れできないな」

「ならここで死んでくれっ! 死んで詫びろよっ! 親父とお袋にっ……」

「だがそれはできない」


 キィン、と一際甲高い音が響いた。フェルの手から剣が離れ、クルクルと回転しながら何処かへ飛んでいく。フェル自身も同じ様に弾かれ、手を付きながらも踏みとどまる。そして憎悪と悲痛さが入り混じった視線でフィアを射抜く。


「……謝罪なら幾らでもしよう。殴り飽きるまで私を殴ってくれても構わない。

 フェル、お前の言う通り今の状況を招いたのは私に責任がある。兄を止められなかった、父を守れなかった責任は私以外に背負う人間はいない。それでも――」


 血に濡れたフィアの顔が持ち上がる。口に溜まった鉄臭い唾を吐き捨てる。

 そして、彼女の中から焔が溢れ出した。真っ赤な焔は人の形を型取り、彼女の頬を愛おしそうに撫でていく。

 発生した風に真紅の髪がなびく。鮮烈な赤白い光が彼女を包み、胸元に刻まれた神威が砕けた鎧の隙間から光を発した。


「私はここで死ぬわけにはいかないんだ……!」


 フィアの眼が見開かれ、強い意思が込められた声が響く。それに呼応して神威からの光が一層眩く輝いた。光の粒子がフィアの胸元に吸い込まれていき、そしてフェルに付けられた傷が見る見る間に癒やされていく。


「ふ、ふざけんじゃねぇっ!!」フェルミニアスが犬歯を剥き出しにして叫んだ。「詫びるなんて言いながら結局口だけかよっ!」

「どう受け取られようとも……構わない。だがな、フェル――お前のために死ぬには、私はもう多くのものを背負いすぎているんだ」


 コーヴェルの願い、フレイやクラーメルたちグラッツェンの人たちの期待、そして――こんな自分を信じて助けてくれている仲間たちの想い。それらを裏切りたくないし、何よりも私自身がそれら想いに応えたい。

 例え……それがフェルの願いに反するものだとしても。

 フィアはゆっくりと半身を後ろに引き、剣を構えた。そして口元をわなわなと震わせるフェルの顔を真っ直ぐに見つめる。


「――来い、フェルミニアス。一撃で終わらせてやる」剣が纏う焔が一層白く輝いた。「一撃で、お前の願いを焼き斬る。そして、斬り取ったそれを私が背負って進んでやる」

「フィアぁぁぁっ……!」

「さあ――決着をつけよう」


 それ以上の言葉は要らない。互いに睨み合い、静寂が訪れる。フェルミニアスは双剣を逆手に持ち、フィアは脇構えで待ち受ける。

 二人の間に立ち込める空気が張り詰めていく。息苦しい程に張り詰めていく。フェルのこめかみから汗が流れていき、頬を伝って顎へ達する。

 雫が落ちた。それと同時にフェルは疾走った。

 踏み出した脚が地面を掴む。その度に加速。腕には力がみなぎる。フィアを、敵を殺せとの思いがフェルミニアスを後押しする。


(勝つ、勝つんだ……!)


 フェルの眼に映るフィアはまだ動いていない。それでも油断は出来ない。何故なら彼女には自分よりあらゆる面で才能に溢れているのだから。


(疾く、疾く――!)


 一瞬でいい。一瞬だけでも早く自分の刃が彼女の喉に届けばそれでいいのだ。

 間合いに入る。剣を握った腕を振るう。引き伸ばされた時間の中で、ゆっくりと白い彼女の首にフェルの剣が近づいていく。フィアは反応できていない。取った。彼は確信した。

 これで、恨みを晴らせる。フェルの顔が愉悦に歪んだ。これで、全てが終わる。であれば、こんなクソみたいな人生、例え死んだって――


(それで、いいのか――?)


 それは勝ったという確信がもたらした油断だったのかもしれない。フェルミニアスという人間の奥底で長いこと封じてきていた感情。ただ抜け殻のような人生を送るだけの毎日の中で積み重なってきていた心情。

 瞬きにも満たない刹那の時の中、それらの思いが析出し、フェルは疑念を抱いてしまった(・・・・)

 フェルの腕が振り抜かれる。剣はフィアを斬り裂き、なのに両腕に手応えはない。フェルが我に返った時、眼の前で斬り裂いたはずのフィアの体が焔となって崩れていた。

 双剣が炎に巻き取られていく。融け落ちた剣は刃を失い、そして――


「――お前の痛み(想い)、確かに受け取った」


 頬から血を流したフィアの声が真下から聞こえる。その事を理解した瞬間にはフェルミニアスの意識は刈り取られていたのだった。





お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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