8-1 迷宮探索試験の前にて(その1)
第24話です。
宜しくお願い致します。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。スフォン冒険者養成学校一回生。成績も良く、運動系の能力は非常に高い。欠点は魔法の才能が絶望的にないこととイケメンを台無しにする目つきの悪さ。
フィア:赤い髪が特徴で、キーリのクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。キーリに剣の指導を施す程達者だが魔法もそれなりに使いこなす。勉強はできるが机に座っているのが苦手。
シオン:冒険者養成学校一回生で、魔法科所属。実家はスフォンの平民街で食堂を経営しており、日々母親のお手伝いをする頑張りやさん。
レイス:メイド服+眼鏡の無表情少女。フィアに全てを捧げるフィアの為のメイドさん。キーリ達の同級生でもある。
翌朝。
シオンは早くにベッドの上で眼を覚ました。窓の外はまだ暗く、しかし東の空が瑠璃色に色づいている。すでに眼を覚ましていた鳥達のさえずりが外から聞こえてくる。
いつも起きるよりもかなり早い時間であったが、シオンの頭はすっきりしていた。どうやら自分のやるべきことが定まって気が楽になったらしい。
同時に今日という、新しい一日が始まる事が楽しみなようだ。ここ最近は学校に行くのも億劫であったが、自分にもパーティが出来て、昨夜の事を思い出すだけでシオンの胸が踊った。
話し合いの後の事は記憶にないが、そんなものは些細な事だ。前髪から若干拭いきれなかった鼻血の匂いが漂ってくる気がするが気のせいである。一瞬だけ過ぎった記憶をシオンは無理やり忘却の彼方へと追いやった。
何となく窓を開けると新鮮な朝の空気が入ってくる。昼間は汗ばむくらいに暑いが今はひんやりとして、シャツ一枚では少し肌寒い。しかし空は雲一つ無く晴れ渡り、日が昇れば今日も暑い一日となりそうだった。
「シオン、起きてる?」
そうしていると部屋のドアがノックされて声を抑えた母親の声が聞こえた。ドアがそっと開き、母親は窓の傍に立っているシオンを認めると「あら」と少し驚いた。
「もう起きてたの? 今日は早いわね」
「うん。何だか眼が覚めちゃって。母さんこそどうしたの? こんな時間に」
「起きてたのなら良かったわ。ちょっと降りてきてちょうだい」
いたずらっぽく笑いながら手招きされ、なんだろうと思いながらシオンは階段を降りていく。居住スペースを抜け、店の方に行く。この時間、母親は仕込みをしているので店舗の方は明かりが点いていてほんのりと良い香りがした。
何か手伝って欲しいのかな、と首を傾げながらも店の中に脚を踏み入れる。
そこには見知った人物が居た。
「おはようございます、シオン様」
「おっす」
「おはよう、シオン」
「あ、お、おはようございます」
三者三様の挨拶を述べるフィア達。こんな早朝に店に居ることに面食らいながらシオンは挨拶を返す。
「ご婦人、こんな早朝から大変申し訳無かったな」
「いえいえ、いいんですよ。こちらこそ良いお話を聞かせてもらってありがたいわ。でも、本当に良いの? 結構大変よ?」
「なに、こちらの都合で忙しい時間にご子息をお借りするのだからな。それに、その方がシオンも発奮して頑張れるだろう」
自分が降りてくる前に何か話でもしたのだろうか。良く事情が飲み込めないシオンはフィアと母親の会話の内容が理解できず首を捻るばかりだ。
そんなシオンを尻目に、フィアは立ち上がるとシオンに声を掛けた。
「さて、シオンも来てくれた事ではあるし、それでは行こうか」
「だな」
「へ? あ、あの、何処へ?」
困惑するシオンに振り返ると、フィアはニヤリと笑ってみせた。
「決まっているだろう――学校へだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はあっ、はあっ……」
「おいおい、どうした? もうへばったのか?」
並走するキーリから声が掛けられるがシオンは応える余裕は無い。全身から汗が吹き出し、脚はもつれがち。今にも転んでしまいそうだ。
朝っぱらから学校に連れられたシオンに課されたのはランニング。どうしてと問う間もなく走らされたのだが、ものの十分も経たない内にシオンの体力は限界を迎えた。
「……しゃーないか。ペースを落としていいぞ。呼吸が整えられるくらい。ゆっくりでいいから、ただ脚だけは止めるなよ?」
元々キーリにしてはかなりゆっくり走っていたのだがそれでもシオンにしてみれば速かったらしい。キーリに声を掛けられたシオンは歩くような速度で、ただしキーリの指示通り走る体勢は止めずに呼吸を整えていく。
「はぁ、はぁ……」
「魔力で身体能力は底上げできると思うんだが、使ってねーのか?」
「……使ってこれなんです」
「さいですか……」
どうやらシオンの体力の低さを見誤っていたらしい。いや、シオンに限らず魔法科は基本的に体を鍛える事はせずに座学や魔法の練習しかしないというからこれが普通なのかもしれない。知らず自分やフィア、アリエスを基準に考えていた事に気づいてキーリは頭を掻いた。
「わりぃ、しょっぱなから飛ばしすぎたらしい」
「はぁ、い、いえ、僕の体力が無いのが悪いんです。はぁ、あの、どうしていきなりランニングなんですか?」
「んー、まあフィアが言い出しっぺ、つうか、フィアとレイスで相談してたみたいなんだけどな」問われ、キーリはシオンの隣で頬を掻く。「言われてみりゃその通りなんだけど、やっぱり冒険者の基本は体力だと思うわけだ。何時間も、それどころか何日も潜りっぱなしの事もあるわけだしな」
「あ……確かに」
「疲労が溜まると進む速度も遅くなるし、戦闘でも不利になるしな。前衛の俺とかフィアが斬った張ったやるからいくら魔法使いのシオンが動く量は少ないとはいっても緊張すりゃそれだけ体力も使う。別に前線でモンスターと対峙しろとは言わねーけど、流れ弾を避けたりはする事もあるだろうし。ま、てな訳で体を鍛えといて損はねーわけだ。ンな事言うとどこぞの筋肉オタクみたいで嫌だが」
「そう言われれば当たり前の事ですよね……すみません、魔法のことばかり考えててそこまでは全然頭が回ってませんでした」
「気にすんな。自分でスタミナ切れとかしたことねーから俺も全ッ然頭に無かったしな。
で、だ。どうする? 今日のところはコレで止めとくか?」
「……わざわざ皆さんにこんな朝早くから付き合って頂いてるのに、止められないですよ。ご覧の通りの軟弱ぶりですけど、時間も無いですし少々の無茶はやってみせます」
呼吸が整ったシオンが珍しく強気に宣言してみせる。それは弱い自分との決別を意図した言葉で、初っ端からつまづいてたまるかという人狼族の負けん気の発露でもあった。
「言ったな?」
「あ、いや、その……」
不敵に笑うキーリ。その「イイ」笑顔を見た途端、シオンの背筋に怖気が走りすぐに言ったことを後悔したくなる。
「よしなら、そうだな……まずは四周だな」
「……グラウンド四周ですか」
キーリの出した課題にシオンはホッとした。どんな無茶を言われるのかと思ったがどうやら先程の怖気は勘違いだったらしい。
そう思ったシオンだったが――
「いや学校の周りを」
「学校の周りっ!?」
「七の鐘が鳴るまでにな」
「しかも時間制限付きっ!?」
シオンは愕然とした。学校の敷地一周はおおよそ三キロ。それを四周ともなれば十二キロになる。それを残り鐘一突き(≒一時間)で走り切る。自分の現状を鑑みるに、とてもじゃないが達成できそうに思えない。
「む、無茶ですよ! 今だってキーリさんも僕の貧弱ぶり見てたじゃないですか! 絶対間に合いませんって!」
「だいじょぶだいじょぶ、今のシオンなら体力の限界……をちょ~っち超えればギリギリ間に合うって」
「で、でも!」
「無茶でもやってみせるって言ったよな?」
「う……それはそうですけど。……ちなみに達成できなかったらどうなります?」
「シリちゃんをフィアに預ける。ちなみに二人きりだ」
「絶対にやり遂げてみせます」
可愛い妹を人質に取られた瞬間、即答。フィアは良い人ではあるが妹と二人きりとしてはならない人物だ。シオンは一気に加速してキーリを置いてけぼりにしていった。
そんなシオンを見送ったキーリはポツリと漏らした。
「……冗談だったんだけど、まあいいか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……生きてるか?」
「かろうじて……」
一時間後、何とか走り終えてキーリの前で横たわるシオンの姿があった。
岸に打ち上げられた魚の様な状態で、最早死体見紛う姿であるが、返事が来る辺り生きているらしい。
朝の七の鐘が街に鳴り響く。それを聞いたシオンは倒れたままキーリの方を向いて笑ってみせた。
「やり遂げてみせましたよ」
「だな。よく頑張ったな」
達成感をにじませるシオンを、キーリは褒めながら腕を掴んで立ち上がらせる。そして掌をシオンに向けると、シオンはハイタッチでそれに応じた。
「よし、んなら次はフィアの番だな」
「え゛」
「フィア! そっちの準備はいいか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
終わりじゃ無かった。その事実を思い知らされ、絶望がシオンを襲った。立ち上がったばかりなのに膝から崩れ落ち、両手を地面に突いた。
「ん? どうした、シオン。ああ、そっか。体力ギリギリまで使ったんだったな」
「そ、そうなんです! もう体が動かなくて――」
「そんな事もあろうかと」
そう言って何処からとも無くキーリは瓶を取り出した。茶色の瓶のため中身はイマイチ分からないが、何となくシオンは嫌な予感がした。
震える声で尋ねる。
「……何ですか、それ」
「クルエ謹製の疲労回復ドリンク。昨日の話し合いの後で押しかけてな。疲労困憊でも動けるように回復できる魔法薬無いかって聞いたらくれた。試作品らしいけど」
「瓶にドクロマーク付いているんですけど」
「気のせいだ」
「え、でも」
「気のせいだ」
「……」
「……」
「……」
「いいから飲めっ!!」
「ガボゴボっ……&#×%○$っ!?」
しびれを切らしたキーリが無理やりシオンの口に瓶を突っ込んだ。
その瞬間シオンの全身に衝撃が走った。口の中に広がるはまとわり付く様な濃厚な甘み。かと思えば脳天を突き抜ける様な酸味と苦味。全ての悪意を濃縮した、この世のものとは思えない味にシオンの意識は一瞬で黄泉の彼方へと放り投げられた。
「ふんっ!」
「……はっ!」
キーリが活を入れ、シオンが現世に戻ってくる。父親が手を振っていた様な気がしたが、気のせいだったのだろうか。
「……で、どうよ? 効果の具合は」
「あ――」
言われてシオンは自分の体の状態に意識を移す。先程まで恐ろしい程の疲労感が全身を包んでいたのだが、今はそれほどでもない。怠さは残っているが、動けそうなくらいには回復していた。
「す、スゴイです! さっきまで動けそうになかったのに……普通よりちょっと疲れてるくらいには回復しました! 味は、その、スッゴイですけど効果はもっとスゴイです!」
「そっかそっか、そいつは重畳……後が地獄らしいが」
「はい?」
何だか聞いてはいけないセリフを聞いた気がするが気にしないことにした。気にしてはいけない事がここ最近で物凄く増えた気がするがそれもシオンは気にしないことにした。
体力が少し回復したシオンはキーリに連れられてフィアの元へ移動する。そこには球状に丸められた大量の土の塊があった。
「……何ですか、それは」
「見ての通り、単なる土くれだ。地神魔法で作ったんだ。シオン、壁の前に立ってくれるか?」
「こうですか?」
言われた通り壁の前に移動する。そしてフィアの方に向き直った瞬間、シオンの頬を土玉が高速で掠めていって壁に当たって砕けた。
「今から私が土の玉をシオンに向かって投げるから、シオンは避けろ。モンスターの攻撃を避ける訓練だ」
「投げる前に言ってくれませんかっ!?」
「私としては可愛いシオンを攻撃するのは心苦しいのだが、これも迷宮で生きる訓練だ。分かってくれ」
「スルーされたっ!? あと全っ然心苦しそうな顔してませんよっ!?」
「可愛い少年が泥まみれに汚れるのもキュンと来るものがあると思わないか?」
「知りませんよっ!?」
「へー、楽しそうだな。俺も参加していいか? もちろん投げる側で」
「ふむ、そうだな。手数も多い方がいいし、いいぞ」
「敵が増えたっ!?」
絶望に次ぐ絶望。一縷の望みを託して最後の良心(推定)であるレイスに懇願の視線を向けてみる。
「キーリ様、流石にそれは止めておいた方が宜しいかと」
「ん、そうか……」
「レイスさん……」
「私は地神魔法が使えませんし、お二人で投げてしまえばすぐに球切れになってしまいます」
「あー、確かにそうかもしれないな」
レイスの視線とシオンの視線が交差する。
良かった、願いが通じた。シオンの頬が緩み、感謝を口にしようとして――
「代わりに私が投げますのでキーリ様は土玉作りに専念をお願い致します」
「オッケー、承知した。それくらいなら俺の魔法でも何とかなるな」
「裏切ったぁぁぁぁぁぁっ!!」
「申し訳ありません、シオン様。お嬢様のご指示ですので」
「嘘だっ! めっちゃくちゃ楽しそうじゃないですか!」
「良かったな、シオン。楽しそうなレイスなど私でも数回しか見たこと無いぞ?」
「嬉しくないですよっ!?」
最後の良心(願望)にも裏切られ、頭を抱えたシオンに向かって三人は邪悪な笑顔を浮かべた。
「い、いや、止めて――」
「二人共準備はいいか?」
「問題ありません」
「いつでもいいぜ?」
「それでは――」フィアは大きく息を吸い込んだ。「――攻撃始めッ!」
「いやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大量の土玉がシオンに降り注いだ。
三十分後。
土に埋もれたシオンの姿が一部の生徒に目撃された。
2017/5/7 改稿
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