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12-6 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その6)

第3部 第70話になります。


お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/06/02


<<<登場人物紹介>>>



キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。






 二つの駆ける足音が響く。

 暗い中でフィアとフェルミニアスは、走りながらもにらみ合いをやめない。しかし二人の表情は対照的であった。


「フェルっ! もう止めろっ! ここで私たちが戦う必要など――」

「俺にはあるんだよ」


 フィアは何とか戦いを止めようと悲痛に叫び、対するフェルはフィアを倒すために執拗に戦いを望む。ピシャリとフィアの主張を跳ね除け、フェルの双剣が激しく襲いかかっていく。

 剣と剣がぶつかり、金切り声を上げる。フィアは即応して双剣を跳ね除け、しかしすぐに小回りの利く双剣が彼女の目の前に迫る。


「くっ……!」


 体を逸したフィアの前髪を、明らかに鋭さの増している剣が斬り裂いていく。そして隙のできた彼女の腹にフェルの回し蹴りが突き刺さった。


「が、はぁ……!」


 くの字に折れ曲がった体から苦悶が吐き出される。後ろで結わった真紅の髪が跳ね上がり、フェルの眼下に白いうなじが無防備にさらされた。

 そこを目掛けてフェルの双剣が躊躇なく振り下ろされる。剣が描く白い線が真っ直ぐに伸び王女の首を切断する。だがその直前でフェルは剣を手放すと後ろに体を投げ出した。

 直後、彼が立っていた場所に焔が舞い上がる。血の代わりに噴き出した真っ赤な火炎がフェルの皮膚を僅かに焦がし、宙に残された双剣を焼き尽くす。

 熱にやられてドロドロに双剣が融けていく。だが彼は何食わぬ顔で何処からともなくまた双剣を取り出すと、仕切り直しとばかりにフィアへと斬りかかった。

 疾く、疾く。強く、強く。そう願い、肉体もそれに応えて更に疾くなる。振るわれる腕は残像を作り出し、フィアは後退しながら懸命にフェルの攻撃を受け続けるしかできない。


「……っ……!」

「どうしたよ、王女様ぁっ!! テメェはこんなもんかぁっ!? 草葉の陰で王様が泣いてんじゃねぇのかぁっ!?」

「っ……! 舐めるなぁぁっ!!」


 フェルの煽り文句が亡き父に及び、フィアは悔しさに歯を食いしばって吼えた。

 後退する脚が止まり剣を握る腕に力がみなぎる。双剣と交差したフィアの剣がまとう焔が激しく踊り、彼女の瞳に力強さが戻り始めた。

 剣から伸びた焔がフェルに襲いかかる。白熱したそれはフェルのくすんだ金髪を焦がし、だがフェルはその動きを見切って一歩下がって避けた。

 しかしそれは攻守交代の合図でもあった。後退したフェルに合わせてフィアが前に出る。ただ一方的にフェルの攻撃を受け続けていた時と違い、彼女の振りもまた疾く強くなっていた。

 構図は変わらず再び剣と剣がぶつかり合う状態が開始し、だが互いの様子は攻防が開始した時とはまた一変していた。

 フィアは表情に怒りをみなぎらせ、それを剣に、焔に乗せていく。そしてフェルは――


「そう! そうだ! そうじゃなきゃ意味がねぇ! 俺が勝ちたいのは弱っちい女じゃねぇ!」


 嗤っていた。眼を剥き、歯を見せて嗤っていた。


「フェルぅ……!」

「どうやっても敵わねぇ! どんだけ努力しても到底手が届かねぇ! 俺なんかとは才能が違う! そんな事は他ならねぇ俺が知ってる! そんな俺に……才能がねぇ俺らにもっと頑張れなんて言うお前をっ! 才能に溢れてるお前を俺はっ――」


 何度めかの剣戟でフェルは力負けし、体がふわりと宙に浮いて押し飛ばされる。しかし、着地と同時に彼の体がフィアの視界から消えた。

 何処へ。そう思う間もない。

 フェルが、下から彼女の瞳を覗き込んでいた。


「――ぶち殺してやりてぇんだ」


 刃が、フィアの胸元を十字に傷をつけた。身につけていた胸当てを破壊し、血を撒き散らしながら彼女の体が宙を舞った。

 鮮血の中を泳ぐようにフィアが翔んでいく。力を失った体は背から地面に叩きつけられ、勢いのまま床を滑っていき、やがてうつ伏せの状態で止まった。


「はぁ、はぁ……」


 彼女の髪より尚も紅い血が流れ落ちる。血の池が広がっていき、その中心で彼女は動かない。

 まるで前衛的な芸術みたいだ。若くして実家を出たフェルに芸術に対する造詣はないが、彼は血の中で倒れるフィアの姿を美しいと思った。息を切らし、肩で呼吸しながらその様に見惚れた。


「勝ったのか……?」


 興奮が徐々に冷め、彼の瞳に落ち着きが戻ってくる。つぶやきに応えが返ってくることはなく、ジワジワとフェルの中に歓びが湧き上がってくる。

 ついに、勝った。あのフィアに、憧れだった彼女を倒した。自分を、そして家族を狂わせた全ての元凶である彼女に勝ったのだ。例え、例えこの世界が自分の実力以上のものを出せる都合の良い世界だとしても、間違いなく自分は打ち倒した。その事実は変わらない。

 フェルは自分の腕が震えているのに気づいた。右手を見下ろせば、彼女の返り血があちこちに付いている。

 だが果たして、震えているのは歓びか。それとも――。


「……俺は嬉しい。そのはずだ」


 浮かんだ疑念を潰すように彼は拳を握りしめる。決して――苦しくなんてない。そう思い込もうとした。


「……っ!」


 震え続ける自分の腕を睨み続けていたフェルミニアスだったが、気配を感じて弾かれたように顔を上げた。

 その先に、フィアが立っていた。顔は下を向き、長い髪が垂れ下がって表情は見えない。だが彼女の体からはポタポタと絶えず雫が垂れ落ち、シンに貰った剣を支えにして辛うじて立ち上がっている状態だった。


「……いちいち姿が様になる女だよな」


 舌打ちと共に称賛とも呆れとも取れる言葉を口ずさむ。傷つきながらも立ち上がる女王。さぞ芸術家が好みそうなモチーフだ。そう心の中で吐き捨てながらフェルは、今度こそ彼女に引導を渡してやろうと再び双剣を構えた。


「……フェル」

「何だよ? 命乞いなら聞かねぇぜ? ま、安心しろよ。この世界じゃ何回殺されたって死なないみたいだしな。

 もっとも――お前は王様になる資格を失うだろうがな」


 フェルは鼻で嘲笑った。しかし彼女は顔を伏せたままその言葉には応じず、代わりに絶え絶えの状態でポツリと声を漏らした。


「私は……ずっとお前を傷つけていたのだな」

「なに……?」

「やっと気づけたんだ」


 フェルと戦いながらずっとフィアは分からなかった。何故彼がここまで自分に憎しみをぶつけてくるのか。何年も彼とは会っていなかったし、その前もフィアは彼の事を仲間だと信頼し、大切に思っていた。当然フェルを傷つける事をした自覚も無かったし、害そうと思ったことさえ無かった。

 フィアは本気でフェルの才能を信じていた。フェルだけではない。誰もが才能を持ち、それは努力で花開くものだと無意識に信じていた。それは彼女自身、努力することで絶えず成長を続けてきた故の真実だった。

 だが現実はそんな都合の良いものではない。どれだけ願っても届かないところはある。どれだけ身を粉にして努力を重ねようと敵わない相手はいる。きっと、フェルミニアスにとってそれがフィアだったのだ。仲間でありながら超えたい相手だったのだ。

 おそらく、いや、間違いなく彼も相当の努力を重ねてきたはずだ。相当にフィアに勝つことを思い描いてきたのだ。フィアは気づいた。

 勝つためにはどうすればよいか。勝機を手繰り寄せる方法は無いか。そしてそれを実現できるためには。創造し、想像し、だからこそこの世界でこれ程までに強くなれた。

 でも彼は想像を実現するためのレベルに辿り着けなかった。それを理解せず、果たしてどれだけ彼を励ましてきたのか。どれだけその言葉の裏で意図せず切り刻んできたのか。今、こうして彼から憎悪を真正面から叩きつけられてようやく気づけた。


「……はん、遅ぇんだよ、気づくのが。ここまで俺如きに痛めつけられてようやく気づけた。そんなだからお前は『天才』なんだよ。俺なんかとはハナっから土台が違う。

 最初っから……最初から仲間になんてなれるはずが無かったんだ」

「……」

「俺もまったく、馬鹿だったよな。馬鹿だからそんな当たり前の事に気づくまで何年もかかっちまった。ったく、ああ、本当だ。ままならねぇよなぁ、人生ってのは」

「ああ……私もそう思うよ」

「で、気づいたお前はどうすんだ? 俺に何をしてくれんだ? お前が地べたに這いつくばってんの見られてそこそこ俺も満足したからな。頭を床に擦り付けて謝ってくれんなら許してやっても――」

「だが、私は謝らない」


 フィアはそう言い切った。

 こぼれ落ちる血の熱に冒されながら、謝るべきだろうかとも考えた。そんなつもりは無かったのだ、と許しを請おうかという考えも過った。

 けれど、それは違うと思った。


「謝ったところで、救われるわけじゃない」


 謝罪が彼の、フェルの心を癒やすかと言われれば、なんとなくそれは違うだろうと思う。フェル自身は謝罪を求めているような口ぶりだが、謝ってしまえばそれはきっと致命的な傷をフェルに刻んでしまう。ハッキリと理論立てて説明はできないが、フィアはそう確信していた。

 それに――きっと、謝らなければいけない事は他にある。


「……そうかよ。なら――そのスカしたツラを、グチャグチャにしてやるよ」


 フィアが断言したことでフェルはしばらく呆けていたが、やがて怒りに奥歯を軋ませ、眺めの前髪に隠れた双眸を醜悪に歪めた。

 強かに両足で地面を蹴る。怒りに後押しされ、これまでよりも更に疾くフィアに接近する。そして彼女の端正な顔めがけて双剣を振り上げた。


「……」

「っ……フィアぁぁぁぁ……」


 だがフェルの剣はフィアの顔に届くことはなく、その手前で彼女の剣で受け止められていた。まさか止められると思っていなかったフェルは一瞬面くらい、それでもすぐ怨嗟のこもった声を彼女にぶつけた。

 力任せに彼女を押し飛ばし、剣をぶつける。憎しみと怒りを双剣に乗せて何度も何度も剣を振り抜いた。しかしその度に彼の剣はフィアによって受け流され、届かない。疾く、強くなっているはずなのに、傷だらけの彼女には届かない。


「くそがっ! 死にぞこないのくせにっ! なんでっ……!」


 動く度に彼女の口元から垂れた血が落ちる。胸元は真っ赤に染まったままで雫を落とし続けている。どう見ても満身創痍だ。まともに動ける状態ではないし、実際にフィア自身はあまり動いていない。

 だと言うのに手応えをフェルは全く感じられなかった。全ての攻撃がいなされ、まるで実体の無い影を一人で斬り続けているように思えてくる。

 それでもフェルは諦めない。彼女を倒すまであと一歩のところまで来ているのだ。続けていけば、いつかきっと彼女に届くはず――


「フェル」


 フィアが名を呼ぶ。それから一拍遅れてキィン、と一際甲高い音が響き、フェルはハッと我に返った。

 剣と剣が重なり合って擦れ合う。息がかかる程に近くにフィアの顔があり、フェルの心をざわめかせる。剣同士が擦れ合う音が耳障りで、それがいっそうフェルを不快にしていく。


「確かに……私はお前をずっと苦しめてきたのだと思う」

「ああそうだよ! お前は俺を――」

「だがお前は本当に――」顔を上げたフィアの前髪が揺れ、瞳が露わになる。「その事に怒りを抱いているのか?」




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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