12-5 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その5)
第3部 第69話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/05/26
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。
イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。
涙で濡れた少年の顔を見て、問うた。
「お前は――どうしたい?」
「僕は――」イルムは穏やかに泣き笑いを浮かべた。「誰かに、大切に思われたい、です」
十やそこらの少年の望みではない。だがそれを言葉として口に出せるほどにイルムは大人であり、感じ取れるほどに聡かった。そのことが一番彼にとって不幸だったのかもしれない、とキーリは思う。しかし同時に、それほど賢いからこそ、違う道を選ぶことだってできる。
キーリはイルムの顔の涙を拭ってやると、不器用ながらも彼なりに安心させるための笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫だ。お前を大切にしたいと思ってる人間は、お前が思っている以上にたくさん居る。たとえ、お前が王様じゃなくても、王家じゃなくても、ただの『イルム』であっても、だ」
「そう、でしょうか……?」
「そうさ。フィアだってずっとお前の事を心配してたんだぜ? それに俺の見立てじゃあ、フェルだってお前の事を本気で案じてる」
「叔母様と……フェルミニアスが?」
「ああ、なんとなくだけどな。でも俺の勘は結構当たるんだぜ?」
そう言って、キーリはイルムの頭をポンポンと撫でた。イルムの青ざめた頬に微かに朱が差した。
「後はお前がその人たちの方へ近寄っていって、差し伸べてくれた手を取るかだけだ。少なくとも……あの親父が居なくたってお前はお前なんだからな」
「近寄って、いいんですか?」
「その方がそいつらだって喜ぶさ。ま、近寄るにしても今のまま立ち止まるにしても、どうするか決めるのはお前だけどな。
どっちにしたって、とりあえず今しなきゃいけねぇのは――」少年の父親の顔をした「何か」に向かってキーリは顎をしゃくった。「あの親父をぶっ飛ばして、こんなつまんねぇ世界からおさらばするってことだな」
イルムは恐る恐るといった様子でユーフィリニアの顔をしたものを見上げた。見下してくるそれと眼が合うと反射的に体が竦んでしまう。
先程戦った時に全く歯が立たなかったというのもある。父親は圧倒的に強くて、何をしても敵わない恐ろしいものにしか見えない。しかしそれ以上に、イルムに向かって投げつけられた真実がいっそう精神的に彼を追い詰めていく。
(怖い……)
イルムの体が震える。重心が後ろに傾く。バランスを崩したイルムがたたらを踏んで倒れそうになる。
でも、その背は大きな手で支えられた。
「どうする? 戦ってみるか? 逃げるか? 逃げるなら代わりに俺がぶちのめしてやっても構わねぇぜ?」
キーリは尋ねる。そこに咎める響きは全く無い。きっと、ここでイルムが逃げ出しても何とかしてくれる。そんな雰囲気さえある。
正直、逃げ出したい。イルムはそう思う。けれど、同時に逃げ出したくないとも思う。
果たして、イルムは怖くて泣き出してしまいそうな目元に力を込め、震える脚を何とか前に踏み出した。
「そっか。なら――頑張ってこい」
ポンと背中を押される。それだけでイルムの体が少しだけ軽くなった。気のせいかもしれないが、そんな気がした。
『ふん、何度やっても結果は同じだ。子が親を超える事など無い』
「……そうかもしれません。きっと今の僕は……父様より弱いんです」
『なら素直に諦めてしまえ。そうすれば楽にして――』
「けど――」
恐怖を乗り越え、イルムは両拳を握りしめてユーフィリニアを睨みつけ、叫んだ。
「――次の瞬間には、きっと強くなれると僕は信じたいんです……!!」
巨大な魔法陣がイルムの足元に浮かび上がっていく。暗い世界を白い光がまばゆく照らし、一つ一つの光の線が膨大で緻密な構成式を形作る。
魔素が荒れ狂う。一つ一つの魔素の粒子が激しく励起され、その様は降り注ぐ雪のよう。陽の光に反射するダイヤモンドダストのように煌めきの彩りを作り上げていった。
「おいおい、マジかよ……」
発動前だというのにその魔素に込められた魔力の強さが体を傷つけていくため、キーリは薄い影のベールをまとわざるを得ない。それ程にイルムが発動しようとしている魔法は強力なものだ。
確かにこの扉の中の世界では、意思や思いで強さはどうにでもなる。だがイルムがそれをイメージできるということは、普段から近いレベルに居るということ。
「こりゃ、正直嫉妬も起こらねぇや」
この年齢でここまでの魔法を理解している。それは紛れもない才能だろう。加えて、父に頼られたいという思いによって重ねられた努力。それが実を結んだ結果がこの光景か。
誰もが羨む才能の行く先を見てみたい。そう思ってしまう自分に、キーリから思わず笑いが漏れた。
『……忌々しいっ!』
対峙したユーフィリニアである「何か」も同じ魔法を展開する。双方を中心にして激しく風が巻き起こり、暴風と化す。
「う、うぅ……」
魔法を構築していくイルムが苦しげな声を上げる。頭の中で高速で練り上げられていく式。初めて実際に使う魔法故に未成熟。無駄の多い構成だが、それを自身の才覚をフルに使って強引に意味のあるものに書き換えていく。
頭の中がスパークする。何かが焼ききれてしまいそうな感覚がイルムを襲う。つ、と鼻から血が流れ落ち、血管が拡張して真っ赤になった両眼から鮮紅色の涙が溢れ出す。
「う……うわああああああああっっっ!!」
やがて限界を越えた魔法の構築が完了した。
悲鳴のような甲高い雄叫びと共に空間に巨大な穴が幾つも現れる。紫電がバチバチと擦過音を奏で、蓄えられたエネルギーが解放される時を待っている。
イルムは手を振り上げた。見据えるは、自分より一段下の、しかし使い慣れて構成が熟成している光神魔法を携え待ち受ける想像の中の父の姿。
歯を食い縛り、超えるべき壁を睨む。恐怖を押しつぶすように振り上げた手のひらを握り込む。
「ああああああああああっっ!!」
拳を突き出す。それに伴って巨大な穴から一斉に雷にも似た光が放出された。
空気を焦がし、風を焼き斬る。閃光が父の形をとった己を飲み込まんと瞬く間に迫っていく。
対するもう一人の自分も魔法を発動させた。イルム自身が放ったものに比べれば小さく数も少ないが、良く構成が練り込まれたそれがイルムの魔法とぶつかり轟音を立てて空気を震わせた。
「くぅ……っ!」
影を突き破って降り注ぐ閃光にキーリは顔を背けた。網膜を焼くその光に徐々に眼が慣れ、少しずつ閉じた瞼を開いていく。
互いの魔法は拮抗。ビリビリと振動が肌を震わせ、視線をつい、と横にずらせば、歯を剥き出しにして拳を突き出しているイルムの後ろ姿が映った。
「あ、う……っ!」
拮抗状態が少しずつ崩れる。イルムが押され、踏ん張る脚が僅かに後退する。
使う魔法自体のランクが上でも構成の齟齬を無理矢理に無視して作り上げた魔法だ。熟練したユーフィリニアが使うそれとは完成度は比べ物にならない。加えて相手の状態は万全。対する自分は魔法を使う前から満身創痍だった。
「だからって……!」
一歩退いた右脚を前に動かす。劣化した高価な鎧の一部が砕け、弾け飛ぶ。その下の服を斬り裂いて細かな傷が走り、血が噴き出す。それにも構わずイルムは続いて左脚を前へと進めた。
「ぬぅっ……!」
イルムが進む度にユーフィリニアの伸し掛かる圧力が増し、その口からうめきが漏れた。堪らずユーフィリニアは後退し、だがすぐに体勢を整えると魔法に更に魔力を注いでいく。
増したユーフィリニアの魔法の威力にイルムの端正な顔が歪む。背けた頬や腕に切り傷が刻まれる。小さな体が大きく仰け反り、それでもイルムは歯を食いしばって耐えた。
そして次第にイルムの魔法もまた威力が増していく。しかしそれは彼が注ぐ魔力を増やしたわけではない。
イルムから放たれる光が小さくなっていく。ユーフィリニアとは関係のない方向へも散っていたエネルギーのロスが抑えられ、かつ本来のサイズへと収束し、密度を増していった。
「今は弱くたって……!」
「は、ははっ……! こりゃマジですげぇ……!」
「馬鹿なっ……! 途中で構成式の修正を行うなど……!」
一度発動した魔法の構成式を上書きしていくなどという芸当は、これまでにキーリも見たことも聞いたこともない。そもそも、そんな発想すら無かった。
構成式から無駄が取り払われ、洗練されていく。初めて見るその様に、キーリはいささか興奮気味に声を上げた。
「ぐ、ぐぐ……!」
「僕は、僕はぁっ……!」
イルムは脚を止めて仁王立ちになる。そして向かい合うユーフィリニアに向かって叫んだ。
「貴方より強くなるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
「■■■、■■■――――ッッ!!」
イルムの魔法が一層激しく輝いた。ユーフィリニアの形をしたそれが光に飲み込まれていく。
光の奔流にユーフィリニアを象っていた魔素が削り取られ、小さくなっていく。言葉にならない断末魔がキーリとイルムの耳をつんざく。やがて声さえも光にかき消されていき、その最中でイルムと「もどき」の眼が合った。
「……!」
その時、ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ。同じ顔をしたイルムがそこに現れた。
今の自分と全く変わらない姿をしたそれは、その刹那の時間で柔らかく微笑んだ。イルムが目を見張り、しかし瞬きをして眼を開けた時には既にそれは消え去っていた。
やがて光の激流が収まっていく。光が消え去った後には何も残っていない。震える腕を突き出し、細かい傷をあちこちに作ったイルムが居るだけだ。
腕を下ろし、イルムは誰も居なくなった虚空を見つめる。呆けたようにしばらくそうしていたが、その肩にポンと手が乗せられた。
「よく頑張ったな。フィアにとっちゃ敵だけど……やっぱお前、すげえや」
称賛を惜しまないキーリをイルムは見上げていたが、徐々に褒められている事に理解が及んでいったのか顔が綻んでいった。
「はいっ! ありがとうございま――」
イルムは邪気の全く無い、年相応の素直な笑顔で礼を言いかけた。だが最後まで言い終わらない内にグラリとその体が後ろに倒れていく。
「……っと」
キーリは未成熟で小さな体を抱きとめた。もう体力・気力ともに限界だったのだろう。イルムはその腕の中で既に穏やかな寝息を立てていた。
「ったく、敵の腕の中でなんつう無防備なんだか」
ぼやくようにキーリはそうつぶやくも、悪い気はしない。このくらい無邪気な方が子供らしくていい。顔に掛かる、すっかり汚れてしまったイルムの金髪を掻き上げるとそのまま抱き上げる。
このまま動くのもしのびなくてキーリは腰を下ろし、しばしイルムの寝息を聞いていた。
そうしているとやがて二人を光が包み込んでいった。そして、暗い世界が一瞬真っ白に染まったかと思うと次の瞬間には二人の姿は何処かへと消えていったのだった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




