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12-4 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その4)

第3部 第68話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/05/19


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。

イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。




「よっと」


 眩い光の存在を感じ取ったキーリは影の中から這い出した。

 そこは依然として黒い世界のままだ。にもかかわらずキーリが外に出てきたのは、光神魔法の素養がある者が「光」として感じ取れるからだ。光があるところにフィアが居るだろうと思ってやってきたのだが、その探し人はそこにはいなかった。しかしその代わりに、もう一人の才能を持った少年の姿を遠くに見つけた。


「ちっ、こっちじゃなかったか」


 いささか落胆はしたものの、少年の戦いがどうなったのかキーリは興味を引かれた。フィアたちから引き離される前、あの仮想人格に向き合いながらイルムはやる気を見せていた。

 彼自身に王となる資格は無くとも、将来的には――ひょっとすると今現在でも――フィアのライバルとなりうる存在だ。まだ年端もいかない少年だが話している様子を見る限りでは利発であり、また才能もある。

 敵の様子をうかがってみるのも悪くないし、そもそも才能があるからといって子供がこんな場所に駆り出されて戦うというのも気に食わない。暗い場所で一人で過ごすのは良くないことだ。


(それに……)


 イルムの相手がユーフィリニアというのも気になる。今居るのは仮想的な存在とは言え、現状を作り出した全ての元凶だ。キーリが知る限りだと碌な性格はしていないし、そんな輩と二人っきりというのも、何だか妙な胸騒ぎがする。


「……俺もフィアのおせっかいがうつったかね?」


 ぼやきながらも、状況によっては一緒に連れて行くか、と考えながらキーリはイルムへと近づいていった。

 最初に見かけた時はイルムとユーフィリニアを辛うじて視認できる程度だったが、近づくに連れて彼らの姿が大きくなる。それに伴って現在の状況もより具に確認できるようになった。


「……やっぱこうなったか」


 キーリは呟き、胸を掴まれるような感じを覚えながら小さく舌打ちした。

 彼の目の前では、イルムが装備をボロボロにさせた状態で膝をついていた。鮮やかだった金色の髪は煤け、鎧のあちこちにも傷や焦げが散らばっている。

 対するユーフィリニアは無傷。不愉快そうなしかめっ面に感情のこもらない眼差しを乗せてイルムを冷たく見下ろしていた。

 現時点でどちらが勝者か。二人の状態を見れば歴然だ。仮想人格は当人――イルムよりも少しだけ強いと言ったが、それは単純に能力だけだろう。実際に戦う際にはそこに精神的な要素も多分に加わってくる。

 キーリが見ていた限りでは、イルムは父であるユーフィリニアに対して反感にも似た感情を抱いていた。それと同時に、父を畏怖しているようにも見えた。いつかの反抗を匂わせずにはいられないくらい強烈に意識していたのも、その畏怖に対する裏返しの感情だろうと思う。


(まあ……それも分からねぇじゃねぇけどな)


 そしてその恐怖はいざ対峙してみて明確になったのだろう。仮想人格が嘘を吐いていないとして、そうでなければここまではっきりと明暗が分かれる結果にはなるまい。

 しかし――それにしても様子がおかしい。


(何があった……?)


 イルムは意識を飛ばしているわけではないのだろう。両膝を突き、うなだれた体を両腕で支えてはいる。しかしその状態のままピクリとも動かない。心ここにあらずといった様子で、ただうなだれているだけだった。


『ふん』


 目障りに思ったか、ユーフィリニアもどきはイルムの小さな体を蹴り上げた。イルムが作り出したユーフィリニアは体つきもしっかりしていて、イルムの体は軽々とひっくり返った。だがそうされてもイルムに反応はない。柔らかな金髪が顔にかかり、それを払うでもなく大の字になったままだ。


「いいざまだな。お前ごときが本気で王になれると思っているとは、片腹痛い」


 そう言いながらユーフィリニアはイルムに近づき、そして片足を上げてイルムの顔目掛けて踏み抜こうとした。


『ぬ?』


 しかし彼が踏み潰したのは単なる黒い床。イルムはそこには居らず、ユーフィリニアは顔を上げた。


「無抵抗な息子を足蹴にするのはさすがに見てらんねぇな」


 キーリはイルムを脇に抱え、皮肉げに口端を吊り上げながらもユーフィリニアを強く睨みつけた。空っぽの右手が何度も開いたり閉じたりを繰り返していく。意識していなければキーリは怒りに飲み込まれてしまいそうだった。

 この国王が、イルムが作り出した「もどき」だとは頭で理解している。それでも同じ姿をしている彼を見ると耐え難い感情が湧き上がってくる。

 不意に脳裏に蘇る、前王――フィアの父を殺害した現場の光景。涙を流しながら事切れたエリーレ。血に塗れて座り込むフィアの姿。

 父と友を同時に殺されたフィアには当然及ばない。しかしキーリもまた、彼女を悲しませた彼には激情を覚えていた。少なくとも――英雄の次に殺してやりたいくらいには。


『王が自分の物に何をしようと勝手だろう。どう扱おうと貴様に指図される筋合いはない。まして、我が玉座を簒奪しようとするのであれば、な』


 だからこの男がこんな性格で良かった。イルムが作り出したということは、彼にとっては現王は実際にこのような性格なのだろう。ならば、いざという時には心置きなくぶっ飛ばせる。キーリは声を聞きながらため息を吐いて感情を制御し、そう思った。


「テメェも父親殺して簒奪しておきながら何言ってんだか。

 まあ、いいや。どうせテメェと議論する気はねぇんでな。んで……」


 キーリは視線をイルムに落とした。髪に隠れた少年のその眼からは涙が止めどなく零れ落ちていた。


「いったいこのガキに何をしやがったんだ? ただ単にボコっただけって感じにゃ見えねぇが」

『なに、戯れに少々現実というものを教えてやっただけだ。余計な期待など抱いても無駄だとな』

「あ? んな説明じゃ分かんねぇっての。良い王様ってのは、民に分かりやすく説明してやるもんだぜ?」


 煽るようなキーリの言い方だったが、ユーフィリニアはピクリと肩を動かし、不愉快そうにしながらも殊更に咎めるようなことはしなかった。


『ふん、理解力に乏しい下民に理解させるのは骨が折れることだ。

 だが良かろう。ちょうど興が冷めたところだ。巡りの悪い貴様にでも分かるように説明してやろう。

 何故俺が自分の息子に『イルムガルド』などという名を付けたか、分かるか?』


 逆に問われ、キーリは片眉を上げた。突然何を、と思うが少しだけ考えを巡らせる。だがキーリが何らかの答えを出す前にユーフィリニアは待ちきれない様子で、ニヤリとイルムを見下ろして答えを明らかにした。


『王家には代々名に伝統がある。特に男王にはな。俺がユーフィリニア、父はユスティニアヌス、そしてだいぶ前に死んだ兄はユースフィル。ここまで言えば如何に頭の回りの悪い貴様でも理解できただろう?』

「……なるほどね」


 いずれも名は「ユ」から始まっている。口ぶりからして代々の国王も同じような暗黙のルールみたいなものがあるのだろう。

 対して、イルムはそのルールから外れている。キーリは最初婚外子だからルールから外れているのだろうと思ったが、よく考えてみれば、イルムは確か「イルム」という名は王家に入ってからユーフィリニアから名付けられたと言っていた。

 つまり――ユーフィリニアは端からイルムに玉座を譲る気は無かったということだ。それどころか、息子として市井から迎え入れたにもかかわらずその名を付けたということは、譲らないどころかそれ以前に生かしておく気もないのかもしれない。


『身の程を弁えていれば、いずれ何処かに放逐してやるだけだったがな。歯向かうのであれば、飼い犬に手を噛まれる前に処分するのは当然だろう?』

「……どうしようもねぇクズだな、テメェは。息子を『犬』呼ばわりか。単に駒として使うためだけに認知したってのかよ……」

『言葉を慎めよ、愚民。息子をどう使おうと俺の勝手だろう?』

「テメェ……!」


 眼の前の男はユーフィリニア本人ではない。それでも、彼の言っている事には強い真実味があった。息子を道具としてしか見ておらず、用が済めば殺す。前王を殺害した時もそうだが身勝手が過ぎるユーフィリニアに、キーリもすでに怒りが爆発しそうであった。


「……分かってはいたんです」

「イルム……」


 だがその怒りも、腕に抱えたイルムから届いた細い声で幾分冷めた。掠れ、淡々とした調子の子供らしくない声だ。キーリはその声に静かに耳を傾けた。


「薄々……感づいていました。僕が父に歓迎されていないことは。はっきり覚えていないですけれど……僕の名前の事も誰かが言ってたような気がします」

「……」

「でも、それは僕が望まれて生まれた子供じゃないからだって思ってました。あまり大っぴらにできる存在じゃないですし、余計な詮索を避けるためにわざと父と無関係な名にしたものと思って気にしてませんでした。『イルム』という名でも……僕は嬉しかったんです。だって、父が付けてくれた名前なんですから」

「お前……」

「だからその嬉しさにかまけて、眼を逸してしまってたんでしょうね……父にとって、僕は本来は目障りな存在で、そう見られているならば僕の方から父を追い出してしまおうとも思ってました。でも、でも……それでも僕は、まだ父と上手くやっていけると信じていたんです」


 イルムがグスッと鼻を啜る。うなだれていた顔を上げ、笑いながらキーリを見上げた。


「馬鹿みたいですよね? こんな風に本当は自分でも父が僕を遠ざけたがってるっていうのに、殺したがってるって気づいてるのに……気づいてないふりをしてあるはずもない未来を申してるなんて」


 イルムの笑い顔がくしゃりと歪んだ。一瞬の間。そして嗚咽が、しゃくりあげるような泣き声が漏れ始める。

 それでもイルムは声を上げない。子供らしくない押し殺した泣き方に、キーリは「ああ……」と似た泣き方をする誰かを思い出し、暗い空を仰いだ。


『ふん……さて、くだらん茶番は終わりだ。もう俺と戦おうなどという気はないだろう? さっさとここから消えて二度と俺の目の前に現れるな』


 泣き声を耳にしているはずなのに、何の興味も示さないままユーフィリニアの姿をしたそれは踵を返した。だが遠ざかる一歩を踏み出したところで、彼の目の前に無数の棘が飛び出し行く手を阻んだ。


「勝手に終わらせてんじゃねぇよ」

『なに?』

「この世界を終わらせるかどうかを決めるのはテメェじゃねぇんだよ。決めるのは……コイツだ」


 キーリはゆっくりとイルムを地面に下ろした。うなだれたまま、笑顔を貼り付けたまま彼は涙を流している。絶望の中に沈むその姿が、幼い時の自分の姿と重なった。

 どうすればいいか分からない。何をすればいいか分からない。ただ、途方に暮る。運命に、理不尽に翻弄され、自分ではどうしようもないと、何をしても望んだものは手の中から零れ落ちていってしまうのだと信じずにはいられない。

 キーリが眼を閉じる。最初そこには真っ暗闇だけがあり、しかしすぐに焼かれた村とルディたちの傷ついた背中が浮かぶ。そして全てが終わった村の様子。誰も居なくなってしまった後の記憶は朧気だが、ひたすらに何も考えられず動けなかったことはキーリも覚えている。


(それでも……終わりじゃねぇんだ)


 キーリは眼を開け、動けずにいるイルムを引き寄せて胸の中に抱きとめてやる。かつて、ユキが自分にそうしてくれたように。


「イルム」


 キーリは呼びかけた。胸の中でイルムが微かにむずりと動いた。声は届いている。


「今、お前の足は地面に着いてるか?」

「……はい」

「だろ? お前はまだ立てる。立ってる。支えられてても自分の脚でまだ、しっかりと立ってんだ。なら――何処へだって行ける。望む方にな」

「でも……僕はもう何をすればいいか分かりません。何処に行けばいいか……分かりません」

「何処だっていい」キーリはわしゃわしゃとイルムの髪を乱暴に撫でた。「ただ一歩、何処に向かってでも踏み出してみろ。後ろに踏み出したっていい。何もかもを取っ払って、心が赴くままに進めばいいんだ」

「……」

「誰かに言われるでもない。クソ親父の命令に従うでもない。王城の貴族の話に踊らされるでもない。いい子で居る必要も、何かに怯える必要も、無理に頑張る必要だってないんだ」

「僕は……」

「イルム」


 キーリはイルムの体を引き剥がした。涙で濡れた少年の顔を見て、問うた。


「お前は――どうしたい?」





お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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