12-3 意思は鋼の如く、決して錆びぬ(その3)
第3部 第67話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/05/12
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。
イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。
地面も空も区別のない黒一色で塗り潰された世界。そこに傷が裂けるようにして白い線が引かれ、ぱっくりと口を開けた。そしてその中から白い帯で全身をぐるぐる巻きにされたキーリが吐き出された。
「ぶへらっ!!」
ペッ、と異物を吐き出すように宙に放り出され、そのまま顔面から地面に着地。強かに顔を打ち付け、轢き潰されたような悲鳴をあげた。
「……」
突っ伏したまま動かなくなるキーリ。すると光の帯は緩々とした動きでキーリを解放し、空間の裂け目の方へと戻っていく。帯が中に完全に収納されると、一瞬パッと煌めいて裂け目は完全に消え去っていったのだった。
「くっそ……もうちょっち丁寧に扱えってんだ」
恐らくは光神魔法で出来た帯だったのだろう。直接触れていたキーリの腕や首元には白斑のような痣ができていて、全身も酷い倦怠感に襲われていた。
一息吐いて痣のできた箇所を撫でる。そうすると皮膚は元通りになり、何度か深呼吸をして魔素を取り込むと倦怠感も動ける程度には紛れてきた。
『よう、俺』
よく知っている声が頭に響き、キーリはゆっくりと振り向いた。そしてその視線の先に居る人物を見ると仏頂面になる。
『そんな不機嫌な顔してんなよ。ハゲるぜ?』
「余計な世話だ」
出来損ないの電子音のような、エコーが掛かった声でおちょくってくる自分もどき。対するキーリも皮肉げに笑って応じる。
声の人物が誰であるか予想はついていたが改めて眼にしてみると酷い不快感だ。デフォルメもなくそっくりそのまま自分と同じ姿や仕草の人間が目の前にいると、ここまで気分を害するものか。元の世界だとテレビの中で、遺伝子操作でコピー人間がどうのこうのとおバカな連中が真面目に議論していたが、なるほど、こうして実際に対峙してみると拒絶反応を示すのも分かる気がする。自分のアイデンティティを土足で踏み荒らされているような心持ちだ。
「心配してくれんなら話は早ぇ。とっとと目の前から消えろ。今すぐに、だ。異論は受け付けねぇ。ついでにフィアんとこに戻してくれりゃカンペキだな」
『注文の多い奴だな』
もっとも、キーリにそんな哲学的な議論をするつもりは毛頭ない。自分の顔をした何かに悪態を叩きつけるも、さすがは相手も自分というべきか、軽く肩を竦めるだけで受け流していった。
『テメェの要求は分かった。けどタダで注文を受けてやるほど懐具合が暖かいわけじゃねぇんだよな、これが。
フィアんとこに戻りてぇならやることは一つだろ?』
「ま、そりゃそうか」
キーリもどきの手に、赤く燃える長剣が現れる。それを見たキーリは怪訝そうに眉をひそめた。
「おいおい、俺ならそこは大剣だろうが」
『俺はお前だぜ? お前だって本当はフィアにあこがれてんだろ? 長剣をかっこよく振り回してみてぇってのは知ってんだよ』
「……さすが。よくご存知で。理解者が得られて嬉しいもんだな」
看過され、今度ばかりはキーリも苦笑いせざるを得ない。
フィア・トリアニスはキーリにとって大切な人であると同時に憧れだ。鮮やかな紅い髪をなびかせて鋭く、そして美しく剣を振るう様はいつだってキーリを虜にする。
彼女のように剣を扱いたい。だがキーリは自分にそこまでの才能が無いことを知っている。だから願望に蓋をして、より自分の強みを活かせる大剣を選んだのだ。
今、のんびりしている時間はない。早く自分を倒してフィアを助けに行かなければならない。だからここは自分の使い慣れたものを使うべきなのだろう。
(けどな……)
敵は己。あの仮想人格の言うとおりならば目の前の敵の技量はキーリ自身と同等か或いは少し上。きっとどの武器でもそうなのだろう。ならばキーリが何を選ぼうとたいして違いはないはず。であれば目の前の自分が言う通り、ここだと自分に正直になってもいいのかもしれない。
「俺も真似してみるか」
そう言って思い描くのは、辺境伯・ステファンを倒した時の彼女の剣。眼の前の自分もどきよりもいっそう鮮やかで美しい剣だ。不意にキーリの手に重みがのしかかり、手にした感触を確かめると脇構えの姿勢を取った。
「……――」
『……行くぜ』
鏡合わせのように二人のキーリは同じ姿勢のまま睨み合った。どちらも動かない。呼吸のタイミングも、心臓の鼓動さえも一緒。
そして――仕掛けのタイミングも。
「シッ――!!」
空気が破裂したかと思わせる程に鋭く呼気が吐き出される。同時、二人の姿が完全に消え失せた。
コンマ数秒にも満たない静寂。そしてそれが剣と剣がぶつかりあうことで一気に破られる。
次いでやってくるのは激しい剣戟の嵐だ。黒い背景をキャンバスとして、白味がかった紅い線が剣によって描かれていく。
時に弧を描き、時に直線を描く。フィアであれば洗練され、さぞ芸術のような美しく様になったかもしれない。しかし二人のキーリの剣戟はお世辞にも洗練されているとは言えない。
激しくて、無骨で、力強い。
才能がない、とは言えない。けれども才能があるとも言いづらい。その動きや剣さばきは、それだけであればどうあがいても英雄には届かない。純粋な剣の才能で言えばフィアは愚か、イーシュにもフェルにも劣る。だが時間を掛けて練り上げ、技術の不足を身体能力で補い、そして人の倍では効かない努力を重ねた上に作り上げたのが今のキーリの剣だ。
速く、速く、更に重ねて疾く。思考を読み合い、呼吸を読み合い、瞬きの間に幾つもの剣戟がぶつかり合い、一呼吸の内に幾十もの意思がぶつかり合う。
やがて二人の目の前で剣が合わさり、脚が止まる。鍔迫り合いとなって力比べが始まる。だがそれであっても互いに力を逸らせて隙を作り出そうと探り合いを止めることはない。
『なあ、俺』
「あぁっ!? 何だっ? こっちゃ忙しいんだよっ!」
獰猛な視線が互いを間近で貫き合う中で、キーリ「もどき」が不意にキーリへ話しかけた。キーリが見る限り余裕たっぷりというわけではないが、微かに口端を上げて笑う余裕があるところを見るに、キーリ自身よりはまだ余裕はあるらしい。あの仮想人格が言っていたとおり、本当に本人よりも少しだけ強いらしい。実際に剣を交えてそれが本当であると実感し、舌打ちをした。
『そう邪険にすんなって。質問があんだよ』
「テメェは俺だろうが。わざわざ質問しなくったって何でもお見通しなんだろっ」
『ああ、そうだよ。俺もそう思ってるし実際にテメェの事は何でも知ってるさ。まだまだテメェが母親の事を心のどっかで引きずってることも、フィアとアリエス両方に申し訳なく思ってることも。なんなら、幼稚園でトイレに失敗したこと……』
「……」
『……スマン』
「自爆テロしてんじゃねぇよっ!?」
恥ずかしい記憶を暴露して明らかにテンションが下がった自分もどきに、キーリはツッコまざるを得ない。キーリ自身も精神的ダメージを追ったのに、そこを自分でフォローしなければならないなど、ダメージは更に倍である。
自分はこんなに間抜けではない、と思いたいところだがあながち否定できないと自覚しているのが辛いところである。もしくは二重のダメージを狙い自らを犠牲にしたのか。だとしたらとんだ策士であるが、それは過大評価であると胸を張って言える。
「戦ってる最中に余裕ぶっこきやがって。テメェが俺だと思うと余計腹立ってくんな」
『いや、そこは本当にスマン。
で、だ。テメェの事は気持ち悪ぃことに全部まるっとお見通しなのは事実なんだけどよ、一つどうしたって分かんねぇ事があるんだよ』
「なら分かんねぇままにしとけっての。答えてやる義理はねぇな」
『テメェならそう言うと思ったよ。でもまあ、そこを何とか答えてくれや』
剣と剣が小刻みに擦れあい耳障りな不協和音を立てる中、「もどき」は苦笑いと共に真っ黒な瞳でキーリを覗き込んだ。
『テメェはいつまで――お姫様のわがままに付き合ってやるつもりなんだ?』
その問いを発した途端、「もどき」からの圧力が強まる。明らかに出力が増してキーリを押し潰そうとしてくる。キーリは歯を食いしばってそれに数瞬だけ耐えたが、堪らず弾き飛ばされた。
僅かに体が宙に浮き、しかしすぐに体勢を立て直して剣を構え直した。
「わがまま、だと?」
『テメェだって内心うんざりしてるんだろ? 本来ならさっさとあの英雄たちをぶちのめしてしまいてぇってのに、あのお姫様のせいで当初の予定なんざもうあってないようなもんになっちまった。
昔助けてもらった義理で国取りなんて大事に付き合っちゃいるが、いい加減テメェだって嫌気さしてんだろ? にもかかわらず、まるで家来みたいに律儀に文句の一つも言わずに何年もわがままを聞いてやってる。いつまで続けるつもりなんだろうなって純粋に不思議でたまんねぇんだよ』
「……」
「もどき」の言葉にキーリは沈黙した。代わりに、再び灼熱に燃える剣を手に「もどき」に向かって駆けた。
無言のまま剣を振るう。「もどき」もまた剣をぶつけて応戦し、暴力的な剣戟の攻防が再開される。だがキーリの剣は先程よりもいっそう無骨になっていた。
『どうした? 図星を突かれて怒ったか?』
「うるせぇ、黙ってろ」
『なら答えろよ。そうしたら黙ってやるよ』
キーリを挑発しながら「もどき」は再び攻勢を強める。キーリよりほんの僅かに速く、ほんの僅かに強く剣を振り回す。一撃一撃のそれは本当に僅かな差ではある。しかしその僅かな差が決定的な違いを生む。キーリは次第に劣勢に回り始めた己の状況に歯噛みしてみせた。
『おら、どうした? 結局テメェの本心なんだろ? だからフィアが寝静まった夜中に寝たフリをして、影でコソコソと英雄たちの居所を探ってたんだろ?
面と向かってフィアには言えねぇ。でも逸る気持ちと焦りは抑えられねぇ。時間を無駄にはできねぇ。だから今の内に英雄たちを探し出しといて、フィアが目的を果たしたら、或いは途中で挫折したらソッコーで見限って英雄連中をぶっ飛ばしに行くつもりなんだろ?』
言葉を重ねる度に「もどき」が強くなる。第三者がこの場にいれば、すでに剣を重ねる毎に両者の差は広がりどちらが勝つかは歴然となっていると判じるだろう。
それでもキーリは表情をほとんど変えず、一心に「もどき」の剣を防ぎ続ける。しかし「もどき」の眼にはそれがやせ我慢だとしか映らない。
「もどき」はほくそ笑む。眼の前で自分の顔でそんな醜悪さを見せつけられ、キーリはもう一度吐き捨てた。
「黙れってんだろ」
『いいや、黙らねぇ。俺はテメェだ。テメェの気持ちはよーく分かるぜ。だから代わりに言ってやんよ』
「もどき」はキーリを見下し、嘲笑った。
『テメェはもう、フィアから離れたがってんだよ』
「――」
そう告げた途端、キーリの力が抜けた。膝が半ば折れ、もはや辛うじて「もどき」の圧力を堪えているだけの状況だ。
それは、心がくじけた証拠。この空間は思いの強さが色濃く実力に反映される。故に自分の気持ちを疑ってしまった時、己自身を信じられなくなった時、本来の実力を発揮できなくなってしまう。
眼の前のキーリが今まさにその状態だ。そしてこれ以上戦ったところで意味はない。
ここで終わりにするか、と「もどき」は敢えて力を緩めた。巧みに力を抜いて半歩退く。それだけで、ここまで目一杯力を込めて耐えていたキーリの体勢は一気に崩れ、たたらを踏んで無防備な背を晒した。
「しまっ……!」
『終わりだ』
冷たく見下ろしながら「もどき」は赤黒い剣を掲げ、そしてキーリの背を両断してしまおうと剣を勢いよく振り下ろした。
右の肩から左の脇腹へ、剣が斬り裂く。深々と身にめり込んだ刃は、容易く肉を断っていく。そこに――全く抵抗は無かった。
「――なんてな」
『……んなっ!?』
斬り裂かれたはずのキーリがニヤリと笑った。肉塊が瞬く間に形を変え、キーリを象っていたそれは真っ黒な影へと変貌。不定形な泥のようにグズグズと崩れ落ち、最初からそうであったかのようにキーリが居た場所には何も残らない。
そして、「もどき」を背後から黒い柱が貫いた。
『ぐが、あっ……!』
「やっぱ所詮は作りもんだな。全然なっちゃいねぇ。それとも闇神魔法までは流石に模造できなかったか?」
幾本もの尖った黒い柱に貫かれ、黒い血を流しながら「もどき」が振り向く。そこにはつまらなさそうに呟きながらキーリがタバコに火を点けていた。
「考えるだけで何でも作れるたぁ、なんとも便利な場所だな、ここは」
『テメェ……演技してやがったのか……!』
「ったりめぇだろうが。自分の皮かぶった作りもんに負けるわけにゃいかねぇんだよ」
タバコを味わい、ゆっくりと白い煙を吐き出す。対照的に「もどき」を貫いた部分からは白い光が漏れ出していて、それを柱から湧き出た黒い靄が喰らい尽くすように光を覆い隠していく。
タバコを吸いながらキーリは、ため息を吐いてその様子を眺めた。
「しっかし、まさかこんな見え見えな罠に引っかかるとは思わなかったな。そこは予想外だったぜ。ここまで俺が間抜けかと思うと、正直ヘコむなぁ」
『く、そ……が……
けど……さっき言ったことは……紛れもなく、お前の本心だ……気づいてんのか、気づいてねぇのか……知らねぇけどな。誤魔化し続けて、りゃ……いつかテメェが痛い眼に――』
「へいへい。分かった分かった。分かったから――とっとと口閉じて果てろ」
冷徹にキーリが告げる。それと同時に「もどき」の体を更に幾つもの黒い棘が一気に貫いていく。
「もどき」の口から断末魔の叫びが上がると、その体が崩れていく。瞬く間に形が白い不定形に変わっていき、やがて一瞬きらめくと光の粒子となって弾けていった。
黒い世界に輝く光。夜闇に振る雪のようなそれをキーリは眺めながら舌打ちを一度すると鼻を鳴らした。
「……テメェのくらだらねぇ話なんざ、もうとっくの昔に通り過ぎた道なんだよ」タバコをピンと弾くと、それもまた粒子となって消える。「もう、俺は決めてんだ。アイツがやりたいことを俺は全力で応援する。アイツのために、俺がそうしたいんだって、復讐よりも先にそうしたいんだって気づいたんだ。俺の事は後でいい。そうしないと、後悔するってな。
だからどんだけ煽ったって、もう揺らぐような時期はもう終わってんだよ」
最後に「くだらねぇ話を延々と聞かせやがって」と不愉快さを隠さずに吐き捨て、気持ちを落ち着けるように黒い頭を乱暴にかきむしった。
やがてキーリは「ふぅ……」と長く息を吐き出した。昔は鮮やかな銀色だった髪が、今はもうだいぶ黒く染まっている。それを指先で弄りながら眼を細めて何処ともなく視線をさまよわせた。
「……限られた時間は、有効に使わねぇとな」
そう独りごちると、ここから出る方法を探そうと辺りを見回す。だが何処にも出口らしいものは見当たらず、仕方なくキーリは影を作りその中へと潜り込んだ。そして何も分からない暗闇の中、微かに感じる光の差す方を目指して進んでいったのだった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




