11-8 闇は光に包まれ消える(その8)
第3部 第64話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/05/04
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。卒業後しばらくしてパーティを脱退していた。
イルムガルド:現王・ユーフィリニアの非嫡出子。王の命で国王の証を取りにやってきた。
フィアは一度息を吸い込み、気持ちを落ち着けて動き出すのに適切な時を待った。
「……なんだ?」
その時、小さな振動をキーリは感じ取った。それは彼だけでなくレイスたちも同じようで、キーリたちと顔を見合わせると付近の様子を探る。
そうしている間に振動は大きくなってくる。近づいてくる、と言ったほうが適切か。何かが歩いてくるかのように断続的に小さな揺れが足元に伝わってきていた。
「モンスターか……!? よりによってこのタイミングでっ……!」
「だが何処だ、何処にいる……?」
目で見える限りそうした姿は見えない。キーリたちはレイスやギースを見遣るが、彼らも敵の位置を補足できていないようだった。
キーリは目視での確認を諦め、一度眼を閉じ、そして開けて真っ黒に染まった瞳で魔素の流れを追いかけた。
激しく渦巻き、乱れる魔素の流れ。幾つかの四つの比較的小さな塊があって、それらの中央に位置する巨大な塊。そいつが居るのは――
「皆、そこから逃げろぉっ!!」
キーリが叫ぶ。その切羽詰まった声に、警戒していたギースやレイスたち斥候役が反応し、シオンたちを押し倒すようにしてその場から飛び出した。
直後、彼らがいた場所の横壁が弾け飛んだ。砕けた岩石が飛び散り、激しく埃が舞いあがる。小さな礫が地面に伏せたシオンたち目掛け降り注ぐ。
やがて礫の雨が止み、シオンはそっと顔を上げて息を飲んだ。壁に新たにできた横穴の中には――
「――ゥゥゥゥォォォォォ……」
禍々しい姿を晒す巨人が居た。
空洞からは風が流れ出して風切り音を奏で、それに入り混じって低い唸り声が全員に届く。
「も、亡者の嘆き……」
アンデッド系の中で間違いなく上位に属するであろうB-ランクモンスター。四メートル近いその巨躯は間違いなく人型に属するが、その四肢には人々の顔が刻まれていた。
絶望と悲しみ。志半ばで人の世を去ったような、悲嘆に溢れたような顔が膨れ上がった筋肉の上に貼り付けられ、口に対応する無数の空隙からはおぞましい声が漏れ聞こえてくる。
両腕には血を固めて作られたように赤く、人の背丈程もある剣が握られている。猫背の先にあるはずの頭の部分には骨だけが乗り、中身は虚。眼窩の奥から発せられる赤黒い仄かな光がこの世全てを恨んでいるようであり、儚んでいるようでもあった。
そしてその虚ろな双眸が、生者たちを捉えた。
「っ! 逃げろっ!!」
すぐ近く故に視界に入らなかったのか、ドロールが標的に選んだのはイーシュたちではなく騎士たちであった。各々の実力は確かであるが、このクラスのモンスターと対峙するのは初めてか、睨まれた途端に走った怖気にのまれ、脚を竦ませていた。ただその場に立ち尽くし、動く気配がない彼らに気づいたフィアが危険を顧みず叫ぶが、彼らの耳にそれらは届いていなかった。
「バカ野郎っ! ボサッとすんなっ!!」
その中で動けたのはやはり冒険者たちだった。
振り上げられたドロールの剣が騎士たちを押しつぶす前に、仲間の冒険者たちが棒立ちの彼らを引っ張り込む。だが振り下ろされた剣は、まるで爆発を起こしたように激しく地面をえぐり、冒険者たちを強かに岩石が打ち据える。
そしてすぐさま、亡者はその嘆きをぶつけるようにもう一方の剣を振り下ろした。
「……っ!」
「見るなっ!」
初撃を辛うじて避けた騎士と冒険者の一組が、もう一方の剣によって叩き潰された。肉片が飛び散り、血飛沫が舞う。フェルはとっさにイルムの顔を覆い、その凄惨な光景から目を背けさせた。
「■■■■■■■■■――っっっっ!!」
モートゥス・ドロールは歓喜の咆哮を上げた。低く、長い雄たけびだ。それは単なる恐怖とは違う、体を底から凍てつかせるようなおぞましい叫びだった。積年の恨みを晴らすことができた。その場にいる誰もがそう叫んでいるように思った。
だが、まだ足りない。そう言わんばかりにドロールはゆっくりとした動作で次の獲物の品定めを始めた。
その腕に矢が突き刺さっていく。次々と風を押し固めた矢がドロールの太い腕の腐肉を削りとっていく。ドロールは痛そうに短く耳障りな叫びをあげると、攻撃してきた方へと振り向いた。
「カレンっ!!」
「フィアさんたちは予定通りにしてっ!」
「こっちは俺らに任せろってなっ!」
カレンの矢の援護を受けながらイーシュが臆せず立ち向かう。更にその前では既にレイスやギースも駆け出していた。
「■■■■■……」
ドロールは彼らの姿を認めると腕をだらりと下げた。そして人の口に当たる部分から赤黒い針が生まれ、ギース達目掛けて飛び出していった。
「王様がやってくるってのに、ずいぶんと凶悪な迷宮だなっ!!」
「魔素濃度が最近上昇しているとキーリ様が仰っていました。恐らくは深く積もった怨嗟にそれが作用した結果かと思われます」
「はっ、そうかよっ!!」
だがギース達はそれらを巧みにかわしていく。僅かな間隙を縫って前進し、微かに頬を掠めて血が流れても構わず脚を止めない。
相手は遥かに巨大な体躯。だがその太い腕に飛び乗り、駆け上る。レイスとそれぞれが左右の腕を伝い、ドロールの首元へ辿り着いてその腐った肉を斬り裂いていった。
「――、――っっ!!」
「っ……!」
ドロールは身を捩り、乱雑に腕を振るう。壁を砕き、瓦礫が舞う。その弾みでレイスたちは投げ出され、しかし体勢を立て直しながら地面を滑っていく。
そこに振り下ろされる巨大な腕。レイスの目の前で腕が大きくなっていく。
「やらせねーぜっ!」
しかしその一撃をイーシュが防ぐ。絶妙な剣の傾きでドロールの攻撃を受け流し、返す刀でその腕を斬り裂く。ドロールの腕にある無数の口から怨嗟の叫びが流れ出し、動きが止まる。その隙にイーシュもレイスも立ち位置を変え、死角へと回り込んで再び攻撃を加えていった。
だがそれらは致命傷にはなり得ていない。手足の口や頭蓋の虚から瘴気のような黒いガスが噴出する。かと思えば瞬く間にドロールの傷ついた腕や首筋を覆い尽くし、彼らがつけたはずの傷が瞬時に再生していく。そして傷つけた犯人を捕まえようと、ドロールはイーシュたちを追いかけ始めた。
そしてそれこそが狙い。ドロールは奥の扉側から離れる方向に誘導され、彼らが望む場所へと脚を踏み入れた。
「■■、■――ッッ!!」
不意に壁から溢れだす光。苦しげな声がドロールから漏れ出し、表面の肉が少しずつ溶け出していく。
「光神魔法が使えなくったって――やりようは幾らでもあるんです」
壁や天井に貼り付けられた幾つもの羊皮紙。そのそれぞれに込められる魔法の威力は弱くても、複数の魔法陣を組み合わせることでその威力を格段に高めることができる。
そのためには予めそうした複数の魔法陣用に設計した上で陣を記述する必要があり、しかも相互の作用を増幅するよう複雑で緻密な記載が求められる。加えて、発現するための各魔法陣の配置まで考慮が必要だ。実現するためにはその魔法の深い理解と設計能力が欠かせない。
そしてそれだけの能力がシオンにはあった。休憩の合間に作成した魔法陣。万が一強力なモンスターが現れた時の奥の手として、複数の魔法陣を組み合わせての強力な光神魔法を準備していた。それらがミュレースの投げナイフとカレンの弓によって壁と天井に貼り付けられ、ドロールの力を削ぐための光となって降り注ぐ。
(使うことは無いって思っていたけど――)
用意しておいて良かった。シオンは自らの心配性に感謝しながら厳しい眼差しをドロールに注ぐ。
ドロールの全身から白煙が上がる。動きは明らかに鈍くなり、体つきも一回り小さくなっていく。如何に光神魔法といえどもさすがにBランクモンスターを倒せる程の威力は無かったが、この光の下ではドロールも十全な力を発揮できない。せいぜいがCランクにまで抑えられ、そしてその程度であればイーシュたちであっても十分に対処が可能なレベルだ。
「みんな……」
息の合った仲間たちの攻撃をフィアは食い入るように見つめていた。白煙を上げながら攻撃してくるドロールをいなしていく。その様子を後方でシオンは注視していたが、視線を数瞬だけフィアへ向けるとしっかりと頷いた。
これならば心配はいらない。キーリとフィアは互いに見つめ、頷きあうと視線をドロールからイルムの方へ向けた。
「行くぞ、フィア」
「ああ――頼む」
キーリはフィアの肩を抱き、彼女もキーリの体にしっかりと捕まった。
足元に深淵が広がる。何処までも沈み込んでしまいそうなそれを覗き込み、刹那だけ不安がフィアの内に過るもキーリの胸元に強く顔を押し付けることで押し殺した。
どちらともなく、一歩を影へ踏み入れた。フィアの脚が影へ飲み込まれる。彼女が想像していたよりも抵抗はなく、まるで水の中へ潜るかのように沈み込んでいく。そういえば、中で息はできるのだろうか、と不意にどうでもよさげな事が頭を過った。
沈む。彼女の象徴的な紅い髪が黒に飲み込まれ、その中で彼女は眼を開けた。
影の中はとても寂しい世界だ。フィアはそう思った。ひんやりと冷たく、どこを向いてもモノクロームだけが続く。この世界に果てはなく、この寂寥感がキーリの言うところの「キツい」部分なのだろうか。
(だとすれば大げさ――)
その時、不意に心臓が跳ねた。彼女の体が勝手に大きく仰け反り、肺から強制的に息が吐き出される。
空虚が、押し寄せてくる。まるで胸の中心に大きな穴が空いて、そこから中に詰まっていたものが次々と零れ落ちていくような、そんな感覚。代わりに詰め込まれるのは空虚だ。無力感であり、喪失感だ。胸に秘めていた多大な熱量は瞬間的に冷却させられ、ひたすらに冷たい氷水が注ぎ込まれていく。
「ぐ、が、あぁぁっ……!!」
自分が、塗り潰されていく。まったく違うものに作り変えられていく。自分が、失われていく。苦悶だけが喉から絞り出され、その音すらただの「無音」に書き換えられていく。
「――……っ」
そして自らの手を見て彼女は息を飲んだ。指先から少しずつ黒い煙が上がり、周囲の暗闇の中に溶けていっていた。そこに痛みはなく、ただ緩やかに自身が消えていっていた。
「大丈夫だ。慌てなくていい」キーリの落ち着いた声が聞こえた。「眼を閉じて、自分を意識しろ。そうして魔素を自分の表面にまとわせるようにイメージするんだ。そうすればお前は消えない」
思考が千々に乱れた状態でも、キーリの声は驚くほどすんなりとフィアの中に入り込んでいった。フィアは彼にしがみついたまま堅く眼を閉じ、言われたとおりに自らの存在に意識を集中させる。手足の末端まで必死に神経を張り巡らせ、自分がここに居るのだと頑なに言い聞かせる。
「――いい子だ。そのまま眼を閉じてろ。そうすりゃすぐ終わる。光が見えたらその時は『外』だ。いいな?」
眼を閉じたままフィアは頷いた。
それから眼を閉じていたのは果たしてどれくらいの時間か。進んだ時間は一瞬にも、とても長い時間にも思える。
やがて、堅く閉じた瞼の奥で微かな光が見えた。それは瞬く間にフィアの意識を白く塗り潰し、全身に絡みついていた重りが一気に取り外されたかのように体が一気に軽くなった。
「行けっ!!」
そして眼を開ける。キーリの声と同時に宙へ飛び出した彼女の体。その眼下には、イルムと隣に立つフェルの姿があった。
「っ! 坊っちゃん、後ろだっ!」
一瞬遅れてフェルが叫ぶ。正面に広がるドロールとの戦いに注目していたイルムはその叫びにも反応できない。叫びの意味に理解が及んでイルムがようやく振り向いた時には、フィアはイルムの腕を掴んで抱き寄せていた。
「フィアっ!!」
「っ、離せぇっ!!」
フィアの腕の中でイルムはもがいた。暴れる彼を傷つけないよう注意しながらフィアは抑え込み、フェルから引き剥がす。そしてキーリの足元に広がったままの影へと跳んだ。
「離してってば!!」
フィアの腕の中で、イルムは光神魔法を発動させた。熱量を持った光が彼を中心に広がり、頭上に展開した矢がフィアへと降り注いだ。
フィアから逃れるためだけに使ったその魔法は、ともすればイルム自身も傷つけかねないものだ。フィアはイルムに覆いかぶさり、矢から彼をかばった。
「くぅ……!」
矢が彼女の背を斬り裂く。肉が焼かれるような痛みが意識をつんざき、それでも彼女はイルムを離さない。
「助けて、フェルミニアスっ!!」
「坊っちゃん!!」
フェルに向かってイルムは手を伸ばした。引き剥がされたフェルもイルムに向かって手を伸ばし、何とか彼の脚を掴むことに成功した。
イルムごと引っ張られる形となったフィアは、バランスを崩して肩から落下。その反動でイルムの体が腕から抜け、彼女自身も壁へと激突してしまった。
「しまっ……!」
激突の衝撃で頭が揺れ、ふらつきながら壁を支えにすぐにフィアは立ち上がる。
だが彼女が支えにしたそれは、閉ざされていた扉だった。それに背を預け、手を突きながら体を起こしていたが不意にその扉の隙間から光が溢れ出す。
「……っ!」
「扉が、開いたっ……!?」
フィアたちが来るまでの間、頑なに閉ざされたままだったそれが左右に別れていく。光が辺りを全て白に染め上げていき、ただ立ち尽くすフィアとイルムを飲み込んでいった。
「ぐぅ……フィアァァァッ!!」
キーリは激しく身を焼かれながらも、フィアに向かって飛び込んだ。彼女の体を抱きしめ、光を背にして覆い隠す。
更に激しくなる光の奔流。そして最後に一際強い光がその場にいる全員を包み込んだ。
やがて光が急速に収まっていき、眩しさに眼を背けていたシオンがそっと眼を開けた。
「キーリさん、フィアさん……?」
しかし彼らが居た場所には誰も居らず、堅く閉ざされたままの扉があるだけであった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




