11-6 闇は光に包まれ消える(その6)
第3部 第62話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/05/02
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
「俺は、お前らが嫌いなんだよ」
先に動いたのはイルムたちの陣営だった。数の優位を活かして押し込もうという魂胆だろうか、取り囲んだ騎士たちが剣を片手に、鋭い出足でキーリたちへ踏み込んでくる。また予め鎧に魔法陣が組み込まれていたのか、騎士たちの全身が淡い光に包まれたかと思うと一層疾さを増して迫ってきた。
「なめるなぁぁぁぁっっ!!」
だがまだフィアやキーリには及ばない。フィアが雄叫びを上げると同時に全身が紅く焔が立ち上り、剣が鮮やかに赤く染まった。そして騎士たちを迎え撃とうとイーシュたちと共に駆け出していった。
その時だった。フェルは小手の隙間から羊皮紙を取り出すと宙へと放り投げる。それは他の冒険者も同じで、彼らは羊皮紙を手放すと一様に顔を逸した。
「くあっ……!」
閃光が散らばり爆発音が響く。爆発はあくまで音のみ。だが光は強かに瞳を焼き、迷宮内で反響した爆発音は無防備だったフィアたちの聴覚を奪う。
それでも先のフェルたちの攻撃があったためだろう。とっさに全員顔を逸し、視覚を完全に奪われることだけは避けた。しかし頭の奥底で鳴り響く音は平衡感覚を蝕み、キーリやフィアの視界の中では迫る騎士たちの姿が揺れていた。
「愚かな彼らに救済を――」
そこに、後方から届く光の矢とイルムの声。不自然に空いた騎士たちの隙間から収束したそれがフィアに向かって真っ直ぐに伸びる。光神魔法が貫こうとし、しかし避けようにもフィアの反応は鈍い。
だが高密度に収束したそれは、しかし彼女の前に突如生まれた黒い穴に吸い込まれて消えた。
「なんだって……?」
揺れる頭の中とままならない思考にイルムの困惑の声が混じる。
いったい何が起きたのか。イルムは理解が及ばず、騎士たちの合間から覗く彼の表情から光神魔法が消えたことに困惑している事が窺える。フィアも一瞬事態が読めなかったが、デタラメに散らばる思考がまとまっていくにつれて黒い穴の正体に思い当たり、考えを切り替えて為すべき事に注力した。
「業火の炎壁……!」
真っ直ぐに立てずたたらを踏みながらも、フィアは第三級の炎神魔法を唱えた。火炎がフィアたちを取り囲み、迫り来る騎士たちとの間に壁を作る。
本来は内側にしぼむそれをフィアは外に押し出し、フェルたちの接近を押し止めようとした。そうして時間を稼ぎ、体勢を立て直す目論見だった。
「そう来るのは分かってんだよっ……!」
だがフェルたちは予め用意していた大量の羊皮紙を取り出した。手にしたそれらに各々が魔力を注ぎ込み、活性化させる。羊皮紙に描かれた魔法陣が蒼く輝き出し、押し寄せる焔の壁に向かって放り込まれる。
焼かれていく魔法陣。だがそれらに込められた水神魔法が一斉に発動し、大量の水が溢れ出す。それらはフィアの作り出した焔とぶつかり、魔法を相殺すると共に一気に蒸発して霧の世界を作り上げた。
「しまった……!」
「任せて、フィアさんっ!」
視界が奪われるも、すぐにカレンが呼応し弓を番えた。そして風の矢を連続で解き放っていく。
矢の通路を軸として霧が晴れていく。だがそこには――双剣を携えたフェルの姿があった。
カレンから見てもあまりに無防備であまりに不用意。手にした矢を放てば自分の腕なら容易に喉元を貫くことはできるだろう。自分に向かって走り寄ってくるフェルの姿に、カレンは確かにそう思った。
けれども――自身で作り出した矢を、手放すことが出来なかった。
「馬鹿野郎っ!!」
怒鳴り声と共にカレンの体が横にさらわれた。その拍子に矢が放たれ、フェルの頬を掠めていく。同時に彼の剣が振り下ろされ、カレンをかばったギースの背から鮮血が飛び散った。
「ギースっ……! 今行くっ……!?」
「仲間の心配より自分の心配してろよ!」
「くそがぁっ!!」
仲間の負傷に気づいたイーシュが助けに入ろうとするも、彼の元にも敵が殺到しており攻撃を捌くので手一杯の状況だ。ミュレースやレイスも同様の状態で、ただでさえ数で負けている状況下、思うままに動けずにいた。
「ギースくんっ、ギースくんっ!」
「さっさと……逃げ……」
「置いて逃げるなんてっ――」
カレンはギースを抱き起こして逃げようとするも、非力な彼女ではその動きは鈍い。
彼女の頭上に影が落ちる。見上げればフェルが立ちはだかり、二人を冷たい目で見下ろしていた。
「フェルくん!」
「やっぱり、お前らは優しすぎんだよな」淡々と、フェルは剣を振り上げた。「じゃあな。悪く思うな――」
振り上げたフェルの腕が微かに震える。だがカレンはそれに気がつくことはなく眼をつむりフェルから眼を逸らす。
だがその腕が振り下ろされる直前、フェルはその場から突然飛び退いた。それは直感とも言える、何の根拠もない感覚に本能的に従った結果だ。
「がひゅっ……!」
「うごぉぁっ!」
そしてその決断が正しかったかのように彼が居た場所を黒く太い棘が貫いていく。逆にその怖気を感じ取れなかったフェルの仲間の冒険者たち、そして騎士たちが次々と影に貫かれて、黒い鮮血を撒き散らしていった。
「――……」
そして無言のままキーリは、手にした黒い大剣で貫かれた敵の幾つかの首を跳ね飛ばし、或いは体を両断していった。その肩には光の矢が突き刺さっており、だが血は流れない。痛みに顔色を変えることもない。代わりに斬り倒した敵の返り血が彼の顔を汚し、それを拭うこと無く剣を振るい続けてフィアに、そして仲間に迫る敵を屠っていく。
「このっ……!」
三人目を斬り殺したところで、後詰の騎士がキーリに斬りかかった。しかしキーリは避けない。体に剣が吸い込まれ、だが騎士の手に残るのは奇妙な手応えだけだった。まるで泥の塊に剣を突き刺したようで、気づけば目の前に居たはずのキーリは居らず、剣先が地面に突き刺さっているだけであった。
「どこに……!」
騎士たちがキーリの姿を探す。だが何処にもいない。
そんな中、フェルはハッとして叫んだ。
「後ろだ、イルム坊っちゃんっ!!」
果たして、騎士たちに守られた後方に居たイルムが「え?」とばかりに口を開けた。
彼の背後で影が蠢いた。暗い迷宮の中でもうっすらと光を放つ壁面に黒い空隙が生まれる。そこから真っ黒な髪が揺らめいた。
イルムが振り向く事ができたのは、全くの僥倖だった。フェルの声に反応こそしたものの、明確な意図を以て振り向いたわけではなく、ただ単に足元の石が邪魔で蹴飛ばそうとして半身を後ろに引いていただけだ。だがその偶然がこの場で少年に命を拾わせた。そしてそれは同時に、当然ながらキーリにとっての不運だった。
イルムの眼がドス黒いキーリの瞳と交差する。一瞬でイルムの思考が恐怖で塗り潰される。強制的に死を意識させられる。過ぎる、貧民街での日々。地面に這いつくばり、黒い雲から降り注ぐ雨に打たれた記憶。
キーリによって想起させられたその感情は、如何に早熟といえどもイルムには強すぎた。
「う、うわあああぁぁぁぁっ!!」
「ちぃっ!」
影から這い出したキーリが一歩、イルムに向かって踏み出した。それを認識するのとほぼ同時にイルムは大声で叫んでいた。突然目の前に現れたキーリに慄き、金切り声を上げながら仰向けに倒れ込んだ。
それと同じくして彼の体が光に包まれた。高密度の魔素が彼を中心にして渦巻き、紫電が空間にほとばしった。
「クソがっ……!」
それは不安定な感情に端を発した暴走だ。それに気づいたキーリは、本格的に魔力が暴れ狂う前にケリをつけようと、光に体を焼かれながらも剣を振るおうとした。
しかしそれよりも早く、イルムの周囲のいたる所から乱雑に様々な魔法が放たれていった。光のドームがキーリを飲み込み、光の矢が、雷が暴発して壁や天井をえぐり取っていき、爆音とともに迷宮を激しく揺らした。
「みんな、伏せろっ!!」
「お嬢様っ!!」
仲間たちに向かって叫ぶフィアだったが、彼女の頭上にぶつかった魔法が天井を破壊して瓦礫が落下してくる。あちこちから響く破壊音によってフィア自身は気づかず、飛び込んできたレイスが抱き寄せることで辛うじて被害を逃れた。
「落ち着け、坊っちゃんっ!!」
「くるなぁぁぁぁぁっっ!!」
尚も暴発し続ける魔法。誰も恐慌状態に陥ったイルムに近づけず、やがてそれら魔法は彼自身の頭上も破壊してしまった。
「イルム様っ!!」
辛くも届いた騎士の声。それに反応して頭上を見上げた時は、大きな瓦礫がイルムを押し潰そうと迫ってきていた。
迫っているものが何なのか、そして数瞬後に訪れるであろう結末が如何なるものか。未だ恐慌状態から抜け出せていないイルムには理解が及ばなかった。
立ち尽くして見上げるだけのイルム。だが、その体が不意に横に飛ばされた。幼く、また鍛えてもいない彼の肉体には酷な衝撃。視界がグルグルと周り、誰かに抱えられたまま転がっていく。それでも巨大な瓦礫に潰される事だけは避けることができた。
「……フェル、ミニアス?」
「怪我はないな?」
彼を助けたのはフェルだった。イルムを守るべき騎士たちよりも早く、危険を顧みずにイルムを守りきった。助けた際に砕けた瓦礫がぶつかったのか、フェルの右側頭部からは赤黒い血が流れている。
それはイルムから見れば凄惨な姿であり、フェルを見上げて息を飲んだ。フェルはイルムのその視線に気づき、大したことはないと示すように手の甲でグイと血の跡を拭ってみせた。
「あ、ありがとう……」
「礼なんていい。お前に死なれたら金も貰えねぇかんな」
ようやくイルムの思考が落ち着きを取り戻し、何か言わないと、と礼を述べると、フェルからぶっきらぼうな返事が戻ってくる。
「そう、だよね……僕が国王の証を取って戻らないと困るもんね……」
シュン、とイルムは肩を落としてそう呟いた。
自分が必要とされているのは、役目があるから。父である国王の血を引いているからに過ぎないのだ。
イルムはグイッと埃塗れになった腕で目元を拭った。気を取り直して顔を上げかけた時、その頭にポンッと大きな手が乗せられた。見上げればフェルの手だった。
二人の視線が交わるも、フェルは何も言わない。けれどもイルムは勇気付けられたような気がして、再び余裕を取り戻した端正な顔をフィアたちに向けたのだった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




