11-5 闇は光に包まれ消える(その5)
第3部 第61話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/05/01
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
「どう、して……」
カレンの口から落胆と失望が入り混じった声が零れ落ちた。だがそれは彼女だけではない。口にこそしないが、フィアたちもまた同じく信じられない気持ちでいっぱいだ。
「どうしてっ! どうしてフェルくんがそっちに居るの!?」
「……」
「応えてっ!!」
「それは、僕が彼らを雇ったからですよ」
キーリたちを取り巻く騎士たちの背後から声が聞こえた。キーリたちの視線がそちらに動く。
声は高く、まだ未成熟さを感じさせた。そしてそれを証明するように、騎士たちの間を割って少年が現れた。
背丈は仲間たちの中で最も小柄なシオンよりも更に小さく、まだ齢十を過ぎた頃合いだろうか。小柄でかつ細身な体に合わせた特注の鎧は見るからに高価。美しく手入れされた金色の髪が、騎士たちの腰に下げたランタンの灯りに鮮やかに反射し、余裕を感じさせる笑みを浮かべた目元には碧い瞳が輝いていた。
キーリはその少年を観察していたが、ふと彼の後ろの壁に明かりが設置されていることに気づいた。最初は行き止まりかと思ったが、よく見れば天井から地面にかけて真っすぐに切れ目が走っていて、どうやらそれは扉であるらしい。
つまり、ここが最深部。彼らが扉の前で何をしていたのか知らないが、おおかた開け方を調べていたのか、それとも開ける前にキーリたちがやってきてしまったのだろう。いずれにせよ邪魔者を先に排除すべきと判断して待ち伏せをしていたようだ、とキーリは察した。
「君は……?」
「どうもはじめまして。僕の名前はイルム。イルムガルド・ヨハン・レディストリニアと申します。以後、お見知りおきを」
そう自らを紹介すると、少年はフィアに向かってたおやかに一礼した。幾分硬さがあるもののその所作には気品があり、落ち着いた口調には年齢に見合わぬ知性を感じさせた。
少し前まで剣を交えていた相手に対してずいぶんと余裕のある態度だ。恐らくは状況の有利さを少年――イルムは疑っていないのだろう。或いはフィアたちであればこの状況下で攻撃はしてこないと見切っているのか。彼は武器も持たずフィアの前に姿を晒し、感情の読めない微笑みを浮かべた。
「……名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀か。フィアだ。いや、この場合はスフィリアースと名乗った方が良いのだろうな。イルムと言ったな。レディストリニアを名乗っているということは――」
「ええ、そうです。僕も王家の末席に連なるもの。一度貴女とはお話してみたかったのです――叔母様」
穏やかな口調の奥に何処か挑発的な色合いが滲む。だがそれとは別の意味でフィアは渋面を作った。
「叔母、か。ということは君は……」
「はい。お察しの通り、僕の父はユーフィリニア――現国王になりますね」
「……兄上が婚姻されていたとは知らなかったよ。しかも君のような歳の子供まで居るとは」
「それも仕方ありません。どうやら父にとっても僕が産まれてしまった事は予定外だったようですから。ずっと市井の中で生きてきましたし、僕自身、父が居ると知ったのはそう遠くない前です。さすがに父が王であるとは思いもしていませんでしたから驚きはしましたけどね」
つまりは婚外子。まだ若かった国王がお忍びで街へ繰り出して、遊びのつもりで女を抱いたのだろう。若いが故に子を成してしまい、そのまま認知もせず金だけ渡して母親に育てさせたクチか。しかしそのような境遇にもかかわらず、少年の口ぶりにさしたる悲壮感はない。
「兄上は……君の父上はここには来ていないのか?」
「来るわけがないでしょう? 今はただでさえ大変な時期です。そんな時に王が姿をくらますなどあってはならないこと。まして、その身を危険に晒すなどありえませんよ。そんな事も分からないのですか?」
「私は……危険な場所だからこそ、一度はそこに身を晒すことが重要だと思っている」
「話になりませんね。万が一の時の損害と釣り合いませんよ」
「ちっ、口だけは達者なガキだな」
フィアを小馬鹿にしたような口ぶりに、ボソリとギースが悪態を吐く。小さなそれだったがイルムの耳には届いたようで機嫌を急変させて口を尖らせた。
「誰です、貴方は? 非公式な場とは言え王族同士の会話に口を挟まないでくれますか?」
「よせ、ギース。
すまないな、私の友が失礼をした」
「ご友人はよく吟味される事をお勧めしますよ?」
「ああ、最高の友人の一人だと思っているよ」
動じる事無く言ってのけたフィアにイルムはやや面食らったように眼を見開いた。倍ほどに歳の違う叔母を見上げて鼻白み、呆れたように肩を竦めてみせた。
「そうですか……まあ別に叔母様がどのような方と付き合おうと構いませんが」
「私の友人関係についてはどうだっていい話だろう?
それで、兄上は自身の代わりに君を寄越したというわけか」
「ご存知の通りこの迷宮は王家の血を、しかもそれなりに濃い血を継いでいないといけませんからね。王が玉座を離れられない以上、僕が来るのが当然でしょう」
「君はそれでいいのか? ここまでの道中で十分に分かってると思うが、ここは危険だ。最悪……死ぬことだってあり得るんだぞ?」
「大丈夫ですよ。そのために騎士たちを引き連れ、それなりに腕の立つ冒険者を雇ったのですから。幸いにして敵の数はそこまで多くはないようですしね。
ああ、もし父によって危険な目に遭わせられていると僕の事を案じてくださっているのだとしたらその心配は無用ですよ。
為政者というものは得てしてそういうものなのでしょう? 弱い者は強いものに食いつぶされるだけ。ここで万が一、与えられた任務に失敗すれば僕はそれだけの人間だったということなのでしょうし」
「……ずいぶんと大人なんだな、君は」
「泥水を啜って育ち、突然ある日からやんごとなき身分としての教育を受けさせられればこうもなりますよ。さすがに王族というのは隠されていましたが、それまで僕を蔑んでいた人たちが急に手のひらを返して地面にひれ伏している姿を見てしまえば、自分の人生について考えるようにもなります。父からも、父の役に立つために敢えて生かしていると明言されていますし
まあ、そうですね。うん、昔に比べれば今の生活は悪くないですし、王様にも感謝してますよ」
「だからあんな親父のために命を賭ける、か。泣けてくるね」
キーリが泣き真似をして挑発するように口を挟んだ。イルムはキーリを睨むも、言っても無駄かと諦めて首を振った。
「父のためだけではありませんよ。言うなれば僕のためでもあるんですから」
「へえ?」
「死ねばそれまでと言いました。ですが逆にここで成し遂げれば父はともかくとして、周りの人間は僕を無視できなくなる」
イルムは口元に笑みを浮かべていたが、瞳の奥に暗い輝きが宿る。キーリはそれに気づいた。
「妾の子にもならない私生児ですが、幸い父には他に子供はいません。行く行くは僕が跡継ぎになるでしょうし、僕が優秀だと示せれば跡を継ぐ前から頼ってくる人間も増えてくる。そうなれば――父もまた僕を意識せざるを得ない」
イルムは両腕を広げ、歯を見せて笑った。一見年相応に見えるそれは、しかし子供がするにしては歪んでいるようにフィアには見えた。そしてそれをよく見なければ分からない程に押し隠せる精神性。
なるほど、優秀だ。自分よりもずっと賢く、もし真っ直ぐに育てば素晴らしい賢王になったかもしれない。
(だが……)
年齢以上に成熟しているイルムを、フィアは辛そうにして見つめた。
「……君の名前は、誰が付けたんだ?」
「? 父ですよ。元々は母が付けた名前があったのですが、王族としてふさわしい名前に、ということで改めて父が付けてくれたのです」
「そう、か……」
「それがどうかしましたか?」
「いや……ただ少し気になっただけだ」
フィアは顔を伏せてイルムから表情を見られないようにした。そして拳が握り込まれ、微かに震える。そんな彼女の様子に首を傾げながらもイルムは「そうですか」と応じただけで深くは追求してこなかった。
「まあいいでしょう。それよりも叔母様、提案があるのですが」
「提案?」
「ええ――ここは、引いてもらえませんか?」
まるで親にお菓子をおねだりするように、可愛らしく首を傾げてイルムはお願いした。
「それはつまり、私に王位を諦めろと言っているのか?」
「ええ、そうです。どうでしょうか? 戦力的にはこちらが勝っている訳ですし、僕らも別にいたずらに叔母様たちを傷つけたいわけではありません。父はどうやら叔母様を嫌っているようですが僕自身にはどうでもいいことです」
イルムにとっては、数で勝っている自分たちが優位なのは確定しているらしい。それはそれで好都合だな、とキーリは他の連中の様子を窺う。どいつも特段の反応は示していないが、過度に緊張しているわけでも無い。油断はしていないが、心持ちはイルムに似たり寄ったりのようだった。話を聞きながら「影」で辺りを探索すると、他にも騎士らしい連中が隠れているのを見つけた。
彼我の戦力差は相当。一般的な戦争論では数は力であり、それは冒険者であっても同じ。味方の実力も十二分。常識的な指揮官であればイルムと同じ判断をするはずだ。キーリは「なるほど」とイルムの判断に合点がいったが、そんな中でフェルだけは一人微かに眉間に皺を寄せていた。
「ここで退いて頂けるのであれば父に叔母様は来なかったと報告しますし、父がいずれ亡くなった後に叔母様を王城へ呼び戻すこともできます。どうです? 時間こそ何年も掛かってしまいますがいたずらに暴力に頼るわけでもない、悪い提案ではないと思うのですが」
「ふざけんなっ! そんな提案飲めるわけねーだろ!」
「そーッスそーッス! お坊ちゃんの戯言なんか聞いてらんねーッス。ほら、もっと言ってやれッス!」
フィアよりも早くイーシュが吼え、その後ろからミュレースも煽る。ギースとレイスは呆れた眼を二人に向けるが、その表情は決して二人の主張を否定するものでは無かった。
自分の考えを理解してくれている。そのことが窺えて、フィアは嬉しそうに口元を緩めた。
「貴方たちには聞いてないんですけどね……
それで叔母様の返事は如何です?」
「可愛い甥っ子がしてくれたせっかくの提案ではあるのだがな――」フィアは下ろしていた剣を構え直した。「私はもう決めたんだ。この国を立て直すと。そして既に、私の背には多くの期待が乗っているし私自身、その期待に応えたい」
「それが答えでしょうか?」
「ああ、そうだ。兄上には即座に玉座から退いてもらう。もちろんイルム、この場で君に譲ることもない」
「そうですか……少しは話が分かる方かと期待していましたが、残念です」
イルムは肩を落として首を横に振った。その様子を見てキーリは、イルムはどうやら本気でフィアが諦めると信じていたらしい、と思った。
「仕方ありません。叔母様たちを排除して、この先の扉の開け方をゆっくり考えることにしましょう」
一度は緩んでいた場の緊張が一足飛びに高まる。キーリたちも、そしてイルム側の陣営も皆武器を構えてにらみ合う。
「フェル……」
「まさかお前と戦う日が来るなんてな、イーシュ」
「フェルミニアスさん……どうしても僕らと戦わないといけないんですか?」
「悪いな、シオン。もう雇われちまったからな」
「そんなの理由にならないよっ!」
「……ああ、そうだよな。でもな、カレン。契約以上にな――」
フェルはカレンを見つめて口端だけを吊り上げてみせた。嘲笑うかのようで、同時に寂しそう。カレンはそう思った。
「俺は、お前らが嫌いなんだよ」
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




