7-3 養成学校にて-2(その3)
第23話です。
宜しくお願いします
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。スフォン冒険者養成学校一回生。成績も良く、運動系の能力は非常に高い。欠点は魔法の才能が絶望的にないこととイケメンを台無しにする目つきの悪さ。
フィア:赤い髪が特徴で、キーリのクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。キーリに剣の指導を施す程達者だが魔法もそれなりに使いこなす。勉強はできるが机に座っているのが苦手。
シオン:冒険者養成学校一回生で、魔法科所属。実家はスフォンの平民街で食堂を経営しており、日々母親のお手伝いをする頑張りやさん。
「――さて、そういう訳でこの四人でチームを組むことになった。そこで残りの一月半、どのように対策を講じるべきか話し合うべく皆に集まってもらったわけだが」
全員が椅子に座ったのを確認して、フィアは手を組み口元を覆う仕草をしてそう切り出した。
この場にいるのは四人。フィアとレイスにシオン、そしてキーリは部屋に置かれた円卓を囲んでいる。そんな中でキーリは苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべていた。
「集まったのはいいんだけどよ――」部屋をグルリと見回し、「何でフィアの部屋なんだよ!」
キーリがテーブルを叩きながら叫んだ。
部屋の中にあるのは備え付けのテーブルとベッドとクローゼット、それと自習用の机。壁にはフィアの物と思われる剣や防具類が吊るされていて、幾分、いや、女性の部屋としてはかなり殺風景だ。女性らしい物といえば枕元にある数個の縫いぐるみだけ。フィアらしいといえばフィアらしいのかもしれないが、どうにも寂しい。
「何だ、不満なのか?」
「不満っつーか、なんつーか……その、居心地悪いというか」
女子寮は男子禁制。そんな考えはキーリに強く根付いており、実際にこの養成学校の寮においても例外ではない。部屋の作りは男子寮と大差は無いのだが、女性ばかりがいる空間に自分が居るというのは何とも落ち着かないものだ。キーリの言葉を、隣のシオンも少し顔を赤くしながら必死に頷いて肯定の意を示している。
「何だ、シオンはともかくキーリはルールを破る事に強い抵抗を感じるタイプか。意外だな」
「いやいや、そうじゃなくてだな」
「お嬢様。キーリ様は女性ばかりの場所に男性が居ることに強い心理的抵抗を感じてらっしゃるのです」
「どうしてだ?」
「年頃の男性はどうしても異性を強く意識してしまいます。同時に女性も男性に生活の場を見られるのを好みませんし、無理に見ようものならそこら中の女性から一斉に白い目で汚物のような視線を受けること間違いないでしょう」
「私は別に構わないのだが……」
「お嬢様は気になさらなくても寮内の他の女性が気になさります。どうしても建物から出入りする際には共用のスペースを通過しなければならないため、その際に目撃された場合に破廉恥な事をしているとあらぬ疑いを掛けられる事を危惧しているものと思料致します」
「そ、そうそう! そういう事だから場所を……」
「ですが、キーリ様とシオン様の懸念は杞憂かと存じます」
「え?」
「これを装着なされば問題ありません」
そう言って眼鏡の位置を直しながらレイスが取り出したのは――白いカチューシャにニーソックスとローファー、それとエプロンドレス。紛うこと無くレイスが着ているものと同じ――むしろフリルが多くスカート丈が短い、より女性らしさを強調した衣装であった。
「……一応聞いておく。これは何だ?」
「メイド服ですが」
「誰が着るん?」
「キーリ様とシオン様です」
「ですよねー」受け取って、即座にメイド服をレイスに投げつけた。「じゃねぇよ! 何で俺らが女装しなきゃなんねぇんだよ!」
「問題ありません」クイッとレイスは人差し指で眼鏡のズレを整えた。「お二人の容姿で女性用の衣服を身に纏えば、シオン様はお嬢様が大好きな可愛い系ロリっ子メイドに、キーリ様が着用すれば手先が不器用な暴力系メイドに早変わりし、疑われる事はないでしょう」
「なるほど、それならば……
し、シオン、すまないが今すぐにちょっと、はぁ、はぁ、着替えてメイド姿をおねぇさんに見せてくれないだろうか!? いや見せてください!」
「えぇ!? い、いやですよ!」
「頼む! 後生だから! 一度で良いんだ! 一度見てしまえばもう忘れる事は無いんだ!」
「お嬢様……ご自身の欲望に素直になられて……このレイス、嬉しゅうございます」
「もう何から突っ込めばいいのやら……」
真面目なのかボケているのかイマイチ不明な無表情メイドに妄想で暴走を始めたショタコン剣士。考えるのを放棄してしまいたいが、シオンにこの状況を任せるのはあまりに酷というものだ。言われるがままにメイド服に着替えてしまう未来が容易に見える。
「着替えねぇからそいつを仕舞え、レイス。フィアもさっさと現実に戻ってこい。帰る時はシオンを背負って俺が窓から飛び降りる。二階くらいの高さなら何とか着地できんだろ」
「そうか……」
「残念そうな顔をするな、ショタ。てか、最初っから話が全然進んでねぇじゃねえか」
「む、それもそうだ」
コホン、と咳払いを一度。フィアは真面目な顔をして仕切り直した。
「それではまずは陣形の確認からしていこう。私たちはレイスが斥候、私とキーリが剣士、シオンが魔法使い。普通科、魔法科、探索科の四人だから当たり前だがかなりバランスはいいパーティになっている」
「まあそうだな」
「なのでここはオーソドックスにいこうと思う。探索時はレイスが最前線で罠やモンスターの索敵を担当して、前から順番にキーリ、シオン、私となる。戦闘時はキーリが前線で主に戦闘、シオンが魔法で攻撃、私は後方の警戒をしつつタイミングを見てキーリの加勢を行う」
「私は如何致しましょうか?」
「レイスは遊撃だ。迷宮ランクを考えればレイスの攻撃でもモンスターは撃退できるだろうが、レイスの攻撃力では有効打を与えられない事を想定して基本は撹乱に専念してくれ。そして私が攻撃に参加した場合は殿で後方の警戒を頼む」
「畏まりました。御身に代えても必ずお嬢様をお守り致します」
「……無いとは思うが危険と判断した時はすぐに逃げてくれ。絶対だぞ?」
「あの……」矢継ぎ早に説明をしていくフィアに、シオンが背を丸めて肩身狭そうに手を挙げた。「その、魔法で攻撃と言われても僕は……」
「ああ、分かっている。
確認したいのだが、攻撃魔法は全く使えないのか?」
「全く、では無いですけど、殆ど……」
「ふむ、具体的に頼む。別に使えないからといってあれこれ文句を言うつもりは無いから正直にな」
「そう、ですね……一応どの属性の魔法も第五級魔法までならどの魔法も発動はするんです。ですけど、攻撃魔法だけは発動するのにすぐに制御ができなくなって……魔力の量や魔法の構成も間違ってないはずなのに」
「全属性使えんのか、スゲーな」
「キーリからすれば垂涎ものだな。入学試験の時に適正を調べたと思うが、覚えてるか、シオン?」
「は、はい。えーっと……炎神魔法が二に近い一で、光神魔法が一、地神魔法が二で風神と水神魔法が三です」
「適正値三が二系統か。魔法使いとしてやっていくには十分すぎる程の才能だな」
「羨ましい限りだな。一でいいから何か適正値を俺に分けてくれ」
「ははは、ありがとうございます。……けれど、それがどうもクラスの皆は気に入らないみたいで」
「普通科は平民も多いが魔法科だと殆どが貴族だからな。くだらないとは思うが奴らのプライドが許さないのだろう。
それで、適性の高い風神魔法と水神魔法も攻撃魔法は出来ないのか?」
「はい。両方共発動だけなら四級まではできるんです。でも、発動した途端にすぐ魔力が散ってしまって……三級下位も試してみたんですけど、そっちは構成の練りが足りないのか発動の兆しすらなくって」
「そうか……キーリは何か分かるか?」
「俺に聞くのかよ」
「魔法の知識だけなら私よりよっぽど詳しいだろう?」
フィアに話を振られてキーリは少し考えこむ。
確かにキーリは魔法に対する造詣が深い。それこそ正しい理解に関してならばこの世界で一、二を争う程だ。有効であるかは別としてシオンにキーリの魔法理論を教える事はできる。
しかし、キーリの理解は余りにも異端だった。余りにもこの世界の常識からはかけ離れ、それ故に説明しても理解されるとは思えず、そして仮に理解されても受け入れる事が困難であり、それを他の人間に話せば間違いなく余計なトラブルを引き込んでしまう。
だからキーリはこれまで誰にも話していない。適性が無いキーリに魔法理論を尋ねる者などこれまで皆無であったが、シェニアにすら説明していないのは彼女を常識はずれの世界に踏み込ませるのを避けるためでもあった。
キーリは緩々と首を横に振った。何か現状を打破するキッカケが欲しかったシオンが残念そうに表情を歪めるが、どうせならばシオンにはこの世界の正攻法で魔法を使える様になってもらいたい。キーリは答えの変わりに質問をした。
「もうすでにやってんのかもしれねーけど、魔法科の先生とかに意見を聞いてみたらどうだ? あの人らは専門家なんだからそっちの方がいいだろ」
「聞いてみたりはしたんですけどね」シオンは苦笑した。「どの先生に聞いても『忙しいから後だ』とか、『練習が足りないだけ』、『もっと努力しろ』としか答えてくれなくて……」
「怠慢だな。……いや、わざとだろうな」
「ホント、クソみてぇな連中が多いんだな、貴族ってのは」
「魔法科は貴族の為の学科の様なものだからな。選民思想を肥大させるには格好の場だろう。
とはいえ、魔法科だけが魔法を教えているわけでもない。そうだな、クルエ……カイエン先生ならば平民でも丁寧に指導してくださるだろう」
「そうか、あの人なら確かに分け隔てなく教えてくれるだろうな。
ってことでシオン、クルエを頼ってみな。年がら年中ヨレヨレの白衣着てるだらしねぇ眼鏡の兄ちゃんだからすぐに分かると思うぜ」
「あ、ありがとうございます! カイエン先生、ですね。明日にでもすぐ訪ねてみます」
嬉しそうにシオンは礼を述べる。その表情を見るに今にも部屋を飛び出して行きたそうで、期待に胸を膨らませているのがよく分かる。
フィアもそんなシオンの顔をほっこりした表情で眺めていたが、「しかし」とレイスが敢えて疑問を呈した。
「水を差す様で大変恐縮なのですが、残り一月少しでシオン様が攻撃魔法を使えるようになるのでしょうか? 攻撃魔法が使える様になって頂ければ確かにチーム力の底上げにはなるかとは存じますが、シオン様もご家業のお手伝いがあるようですし、時間は不十分では……」
「そうだよなぁ……魔法の練習ばっかしてるわけにはいかねーだろうしなぁ」
「あ、そ、そっか……一ヶ月ちょっとしか無いんですよね」
レイスの言葉にキーリが頷き、残された時間を再認識したシオンが肩を落とした。
シオンの才能であれば、第五級魔法であれば一月で十全に使える様にはなるだろう。しかし第五級の攻撃魔法といえば、炎神魔法であれば指先に火を灯す、風神魔法であればかまいたちの様に皮膚を浅く傷つける程度のものでしかない。熟達すればキーリが実践しているように、ナイフのように氷を加工したりといった事はできるが、一月ではとてもモンスター相手に有効打を与えられるようなレベルにはならないだろう。
適性が高い水神魔法と風神魔法であれば、第四級の攻撃魔法まで使える様になるかもしれない。だがそれだって寝る間を惜しむような努力をして間に合うかどうかだ。半端な制御では魔法は暴発し、自らと周囲を傷つけかねない。そこに頼るのは現実的ではないだろう。
どうしたものか、とキーリが頭を捻り始めたが、フィアは「気にするな」とシオンに声を掛けた。
「将来的には期待しているが、今回はシオンには絶対に攻撃魔法を使えるように成ってもらいたいわけではないんだ」
「え? で、でもそれじゃ僕は……」
「別に攻撃魔法だけが魔法使いの役割ではないからな。攻撃魔法以外はどうなんだ? 私は詳しくないんだが、水神魔法や風神魔法は傷を癒やしたり解毒できたりするんだろう?」
「そうですね。四級の水神魔法なら軽い毒や麻痺を治す事が出来ますし、風神魔法だと切り傷や打撲くらいなら治療できます。あ、あと風神魔法ならえっと、風の結界みたいなものを作って防御力を高めたりもできます」
「十分だ」フィアは満足そうに頷いた。「私としてはシオンには攻撃魔法よりもそっちの実力を残りの時間、伸ばしてもらいたいと思ってるんだ」
「で、ですけど他のチームはきっと皆、色々な攻撃魔法を戦闘の主力にしてきますよ!? 攻撃魔法を使えば遠くからモンスターを攻撃できますし、チームの安全も確保できるんじゃ……」
「近い未来、例えば養成学校を卒業して迷宮を本格的に攻略しようとするならそうだろう」
「だから僕も――」
「まあ聞いてくれ、シオン」フィアは思いつめた表情を浮かべたシオンを宥めた。「自慢するようだが私もキーリもEランクやFランクのモンスターには遅れは取らない」
「――」
「油断するつもりはねーけど、まあそうだろうな」
「前衛はキーリに任せていれば問題ないし、攻撃魔法なら、炎神魔法だけだが私も使える。迷宮のトラップはレイスが発見してくれるだろう。だが、私達三人だけでは足りないんだ」
「何が、ですか? 正直その……僕が居ない方がいいんじゃ」
俯くシオン。だがフィアは大きく首を横に振った。
「いや、シオンが必要なんだ。私達だけでは不測の事態に対応し切れない」
「不測の事態、と言っても三人が居たら多少の事は何とかなりますよ。僕が居なければ」
「そうだろうか? 迷宮とは『生き物』だと聞いた事がある。どこからとも無くモンスターが生まれ、数時間前には無かった場所にトラップが現れる。どんなに戦闘に強くても体が麻痺したり毒で十分に体が動かなかったらどうしようもない。気づかれずに接近されて背後から攻撃されたら防ぎきれないかもしれない。重傷を追って動けなくなったら、その時点でアウトだ。ああ、すまん。別にキーリやレイスの実力を疑ってるわけじゃないからな?」
「大丈夫です。お嬢様の仰りたい事は理解しておりますので」
「俺らは誰も迷宮に入った事はないもんな。試験だから命の危険は無いんだろうが、全員罠に掛かっておやすみなさいでリタイヤじゃシャレにならんし、フィアの懸念はもっともだと思うぞ」
「とまあ、話が長くなってしまったが、要は私達だけでは不十分でシオンの力が必要だということだ。私達が怪我をしてしまったとしてもシオンが居てくれれば探索を続行できるし、風神魔法で防御してくれれば例え知覚外から攻撃されたとしても致命傷は避けられるからな。
攻撃よりも何よりも、如何に身の安全を確保しながら潜っていけるか。それが迷宮探索において一番重要な事だと私は考えている。もっとも、話を聞いていると魔法科の連中はそこまで考えている者は居なさそうだが」
「……その、本当に僕で良いんですか? あ、その、すみません、皆さんが僕に期待してくれてるのは分かるんです。分かるんですけど……」
「不安か?」
「……はい。攻撃魔法もそうですけど、補助魔法や回復魔法だって僕よりも上手く使える人は居ますし、キーリさんって普通科の次席だしレイスさんだって探索科の成績上位で、フィアさんは成績もいいしリーダーシップも取れます。僕とじゃ釣り合わないんじゃないかって……」
「シオン」
フィアが呼びかけ、シオンはうつむいていた顔を上げた。フィアは微笑みながら尋ねた。
「シオンはどうしたい? 釣り合うとか実力がどうとかとは関係なく私達と一緒に迷宮に潜りたいか?」
「……皆さん親切ですし、こうやって僕のために貴重な時間を取って色々と考えてくれて本当にありがたくて、すごい人達と友達になれて誇らしいです。だからもし」シオンは口をつぐみ、下唇を噛んでためらいながらも希望を口にした。「もし……僕にそれだけの実力があるなら、一緒に潜り、たいです」
「それで十分だ。私だけでなくシオンもそう思ってくれるのなら嬉しい。
であれば出来る事をしよう。出来ないことはあるかもしれないがシオンだから出来る事がある。シオンは攻撃よりも補助魔法や回復魔法が得意なのだろう? だったらそこを伸ばして私達の欠点を補ってほしい。魔法じゃなくっても得意なことを伸ばして欲しい。攻撃魔法が使えなくっても、他の連中がシオンをパーティに誘わなかった事を後悔するくらい、出来ることを伸ばしていってくれ」
フィアはじっとシオンを見た。シオンは未だ不安なのか、犬耳を萎れさせて机の下で震える手を握りしめている。だがフィアは何も言わない。言いたいことは言った。後は、どちらにせよシオンが気持ちを固めるだけだ。
フィアの視線を受けるシオンは歓喜と不安に揺れていた。
とある縁があってシオンは入学前に自身の魔法の才能を知っていた。父親が冒険者だったこともあって元々冒険者への憧れがあり、しかし人狼族としてはかなり低い自分の運動能力を自覚する彼は冒険者となる夢を半ば諦めていた。だが魔法の才能を知って夢が再燃して、また母親の後押しもあって養成学校に入学するも、早々に現実に打ちのめされていた。
一緒に入学した新入生は貴族ばかり。スフォンの平民街の食堂の息子で、更には人族では無い自分とは住む世界が余りにも違った。
誰もシオンを同級生だとは認めず、嘲られ、侮られる毎日。教師もシオンの指導には消極的で、実力を伸ばすには独学しかなく、学校に通う意味を見失いかけていた。
それでも通い続けているのは母親が無理をしてまで入学させてくれたからで、しかしそれも限界を迎えかけていた。シオンは現実に失望し、それを覆すだけの気概と実力を持ち得ない自らにも失望を抱いていた。
「僕は……」
椅子に座ってシオンは拳を握りしめる。
情けない自分に、フィアは期待を掛けてくれてた。誰もシオンに見向きもしなかったのに自分を必要だと訴えてくれた。彼女が同情や施しで声を掛けてきたわけではないのは今までの熱弁で強く理解している。そして、だからこそその期待に応えられるか、不安で堪らなかった。
(良いのか、このままで……?)
弱気の虫が顔を覗かせ、先ほどのクラスメイト達の笑い声が頭の中で木霊する。『役立たず』と言い切った、彼らの声が耳に張り付いて離れない。無様に倒れ、言い返すことさえしないと信じきっている。事実、シオンは言い返したことも叛意を示した事もない。格好のいじめの的だ。このまま残り一年以上も学校生活を送り続けるのか。
(そんなのは嫌だ……)
自分に問いかけ、返ってきた答えは否。握った拳に力がこもる。自分は弱い。だが現状を変える努力は出来る。努力もなしに得られるものなどあるものか。情けないままでいて、ただ時間が過ぎるのを待つだけで、頑張ってくれている母に胸を張って「頑張って卒業したよ」と誇れるのか。違う。そんな事はできない。なら、必要なのは、現状を変えるための一歩を踏み出す勇気。
(『人狼族ってのはな、誇り高い一族なんだ。例え相手が強大であっても、敵わなくったってもな、決して心だけは折れちゃいけねぇんだ』)
亡き父が生前に酒に酔った時に口癖の様に言っていた言葉が不意に蘇った。迷宮で命を落とした父の最期は分からない。けれど、きっと最期まで誇り高く生きたに違いない。果たして、今の自分は父に誇れるだろうか。
シオンは顔を上げた。
「分かりました。僕を……僕を是非皆さんのパーティに加えてください! 残り一ヶ月、一生懸命努力します! 至らない所だらけで、きっと皆さんの脚を引っ張ってしまうでしょうけど、出来る限り自分を鍛えて邪魔にならないようにします! だから、お願いします!」
「そんなに畏まる必要ねーよ」シオンの肩をキーリが叩いた。「お願いしてんのはこっちなんだからよ。むしろ結局断られるんじゃねーかってヒヤヒヤしたぜ」
「キーリの言う通りだ。何度だって言うが、シオンが私達を必要としてるのではない。私達が必要だと思ったからシオンにお願いしているのだ。
まずは探索試験までの二ヶ月、いや一ヶ月半か。一緒に努力していこう。期待しているぞ」
「はい――ありがとうございます」
少し涙ぐみ、袖でゴシゴシと目元を拭いながらシオンは嬉しそうに笑った。
キーリもまた安心して軽く息を吐き、「さて」と言いながら立ち上がった。
「それじゃ話はまとまったということで。今日のところは解散でいいか?」
「そうだな。シオンも入ってくれたし、とりあえず話したいことは全部話せたつもりだが――ああ、そうだ」
フィアはレイスと立ち上がったキーリを手招きし、近寄ると何事かを耳打ちする。
「――と考えているんだが」
「ああ、そりゃそうだ。確かにンな事はしてなさそうだしな。オッケー、了解した」
「でしたら私の方で」
「いや、三人で行こう。私が言い出したことであるし、ご迷惑をお掛けするのだから私が直接伝えるのが筋というものだろう」
何やら三人だけの会議が終わると揃ってシオンを見る。首を傾げるシオン。それを見て何やら意味深な含み笑いをフィアとキーリは浮かべた。
「なに、ちょっとした相談事だ。シオンは気にしないでくれ」
「? はあ、そうですか。分かりました。それじゃこれで――」
「あ、そうだ。シオンに、その、頼みがあるんだが」
部屋を辞そうとしたシオンにフィアは声を掛ける。振り向いたシオンに対して言いづらそうにフィアは言い淀み、そして先程までのリーダー然とした凛々しい様子は何処へやら。恥ずかしそうにモジモジとして頬をほんのり赤く染める。
彼女の見慣れない様子に、シオンの脳裏にまさかの展開が過る。シオンも年頃の男の子である。そして初心ではあるが可愛い女の子のそんな様子を見て心が震えない程の愚者では決してない。
いやまさか、そんなバカな、でもこの様子は。知らずシオンの頬も赤く紅潮していった。残り二人がフィアとシオンを生暖かい眼で見ていることにも気づかずに。
「な、な、な、なんでしょうか、フィアさん?」
「そ、そのだな、非常に頼みづらいんだが」
生唾がシオンの喉を流れていく。呼吸の仕方を忘れてしまったように息が詰まりかけた中、フィアが頼みごとをついに口にした。
「――抱っこして、その耳をモフらせて貰っても良いだろうか?」
2017/5/7 改稿
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