11-2 闇は光に包まれ消える(その2)
第3部 第58話になります。
お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/04/19
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
「アンタ――何者?」
凍りつくような威圧感がユキから発せられた。眉間に深い皺を寄せ、心底不快だとばかりに睨む。だがエルンストはそんな彼女の放つ空気に気づかないかのように軽く嘆息し、やれやれと肩を竦めた。
「先程名乗ったばかりですが、もう忘れてしまいましたか? お若い見た目なのに健忘症とは嘆かわしいことですね。ああ、これを言えば覚えて頂けるかと。こう見えてもかつてはいわゆる英雄として――」
「そんな事はどうでもいいの」小馬鹿にした口調で話すエルンストを、ユキはぴしゃりと遮った。「その癇に障る口を今すぐに閉じて私の欲している答えだけを話しなさい」
「ええ、だからエルンストと申しました。かつては英雄などという役回りも担っておりましたが、今は教皇様の側に仕えるただの人間ですよ」
「あくまでシラを切るわけ。
なら――どうしてアンタはここに居るの?」
ユキから投げかけられたのは冷ややかな視線と問い。エルンストは困惑したように片眉を上げて首を傾げた。
「仰られている意味がよく分かりませんが……?」
「さっきから臭い匂いがプンプンするのよ。全身から光神みたいな臭いが」
「……それは先程伝えました通り、お側に仕えて――」
「何より」ユキは吐き捨てるようにしてエルンストの言葉を遮った。「ここには今、私が結界を張ってるわ。例え英雄だろうともただの人間は入れない。まして、光神魔法に適正があるような『人間』は、ね」
今、この場にいるべきなのは唯一人、結界を張ったユキのみ。他の何人たりとも脚を踏み入れることなどできるはずがない。にもかかわらず彼女の目の前には無言で一切の痛痒も感じていない様子で男が立っている。
「……」
「答えなさい。そうでなければ――首だけをもぎ取って教皇の眼の前に叩きつけてやる事になるわよ」
威嚇するように彼女の足元から影が湧き出してくる。同時に薄いベールが彼女の全身から滲み出して空間を覆い隠していく。
分厚い真っ黒な雲の上から僅かに滲んでいた日光を完全に遮り、二人の世界が暗闇に包まれていった。
「――やれやれ、そうきましたか」
エルンストの口からため息混じりに言葉が吐き出される。地面から湧き出した黒い泥を靴が踏みしめ、一歩ユキに近づいた。ユキの視線がいっそう険しい物に変わり、具に彼の動きを見定めようとした。
だが――不意に彼女の顎が強引に持ち上げられた。
「もう少しだけ焦らしたかったんだけどな」
残念そうな呟きが体温の伴わない吐息と共に吹きかかった。
気づけば、エルンストが苦笑交じりの表情ですぐ目の前で見下ろしていた。
「……っ!?」
「どうしたんだい? そんなにびっくりした顔して?」
眼を見開いたユキ。そんな彼女を覗き込むと、エルンストはいたずらが成功した子供のように狐目で弧を描いた。
瞼の隙間から瞳が覗く。先程までの作り物めいた感情から一転して、そこからは生の感情が溢れていた。
口が柔和な笑みを示す。その顔色が表すのは、愛おしさ。それを示すようにして、ささくれ一つ無い綺麗な指がユキの頬を優しく撫でた。
「ずっと、ずっと君を待っていたんだ」
人を小馬鹿にしていた口調は鳴りを潜め、声にも感情が溢れる。優しく、胸の内に大事に仕舞っていた思いを絞り出す。
決して見慣れない容姿なのに、ユキの眼には誰かの姿が重なった。
「――っ!」
「おっと」
ユキはエルンストの手を振り払うと同時に足元から黒いトゲを出現させる。それらはエルンストの体を貫くかと思われたが、彼は涼しい顔をして一歩下がりあっさりとかわしてみせる。
「アンタ――」
「僕が誰か。いまさらそんな質問はする必要はないだろう? 他ならぬ君であればもう気づいてるはずだよ」
眼の前の男の正体に思い至り、ユキは驚きに眼を見張らざるを得ない。それでもユキは軽く目を閉じ息を吐き出して気持ちを整えるとエルンストの形をした何かを睨みつけた。
「そう……アンタも同じだったってことか」
「その通り。君と同じ。この世界で生きるために人の身を利用させてもらってるよ」
「アンタと一緒なんてヘドが出るわ」
「僕は君が同じ道を選んでくれてとても嬉しいけどね」
「勝手に言ってなさい。
けど、そうか……道理で中々見つからないわけね。納得いったわ。むしろ、なんで私と同じだって事に考えが及ばなかったのか……自分を殴り飛ばしてやりたい気分よ」
「それは僕だって同じだよ。
お互い再会することを願っていたはずで、大神殿に君が来てくれた時に気づいてしかるべきだった。なのに人の身に移ったせいか、君からは闇神としての匂いが薄れてしまっていたから単なる巫女か何かかと勘違いしてしまったよ」
「まったくだわ。情けない話。
でも、これでようやく――光神を殴り飛ばせるわ」
ユキの体がエルンストの形をした光神の前から消える。そして次の瞬間にはすぐ彼の目の前に現れ、ユキはその細い腕を彼の顔めがけて振り抜いた。
振り抜かれた拳を光神の手のひらが受け止める。爆発的な衝撃が生じ、突風が草木を吹き飛ばす。墓石があおられてグラグラと揺れた。
「相変わらず君は乱暴だね。どれだけ悠久の時が流れようとも変わらない。でもそれが君と再び出会えた証拠に思える。どうしようもなく僕は嬉しいよ」
「私もよ……っ!
アンタが……! アンタが何をしたのか、どれだけ時が経っても忘れはしないわっ!」
怒りと共に影から無数のトゲが突き出す。暗闇のベールに覆われた天蓋からは真っ黒な矢が雨のように降り注ぐ。それらを弾き飛ばしながら光神は申し訳なさそうに眼を伏せた。
「君の怒りはもっともだろうね。
けれど僕は謝らないよ。あの時、君を救うにはああするしかなかったと信じている」
「そんな事頼んじゃいなかったわよ!」
「そうだ。僕が勝手にしたことだ。それでも僕は正しかったと信じてる。他の皆……炎神も水神も風神もみんなそう思っていたから手を貸してくれた。例え君から嫌われようと、恨まれようと……僕らはみんな君が壊れていくのを見届けていくことはできなかったんだ」
「私はっ! 私は……それでも良かったのよ……っ! それまでの神々と同じ様に朽ち果てていく。それで良かったのに、余計なおせっかいをして!」
「それでも今、僕はその選択をして良かったと思ってる。君にこうして再会できて嬉しいし、そして――」
それまで一方的にユキの攻撃を受け続けてきた光神が動きを見せた。
体から光が溢れて迫りくる黒い攻撃を全て相殺する。そしてユキの目の前で全身が光に包まれたかと思うと、彼女の背後で光の塊が弾けて光神の姿が現れた。
慌ててユキが振り向く。しかしそれよりも早く彼女の脚が払われて体が宙に浮いた。そのまま背中から地面に落下するかと思われたが、彼女の背の下には光神の手が差し入れられて抱き抱えられる形になった。
「もう、離さないよ」
「なにを――」
彼の手の内から脱するため、ユキは光神を突き飛ばそうとした。だがそれよりも早く光神の体から伸び出た光の帯がユキを縛り上げていく。
「この……っ!」
「だからもうしばらく待っていてほしい。そうしたら今度こそ全てが終わる」
ユキを拘束した光が粒子となって消えていく。それと一緒に包まれていたユキの体も光の欠片となって空間に溶け込んでいった。
「離せっ……離してっ!」
「大丈夫、安心して。その中で少しの間休んでいれば、目覚めた時には何もかもから解放されているよ」
「このっ……! 訳わかんない事言ってないで離――」
言いかけの言葉を残してユキの体が完全に消え去った。
辺りを覆っていた黒いベールはいつのまにか光のカーテンに置き換えられ、曇天だった空は雲間から青空が広がっていた。光神はその青空を見上げて笑った。
「全てが終わったら――あの時言えなかった言葉を今度こそ伝えるよ」
呟きが降り注ぐ光の中に消えていく。エルンストは微笑みを浮かべると歩き始めた。
足跡から泥のような濁った泡が生まれ、頭から抜け落ちた真っ黒な髪の毛が一本吸い込まれていく。気泡がパチンと弾け、髪の毛も消える。
そしていつの間にかエルンストもまたその場から完全に居なくなっていたのだった。
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