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11-1 闇は光に包まれ消える(その1)

第3部 第57話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/04/17


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。




「グルルルゥゥゥ……!」


 獰猛な唸り声が木々の隙間を鋭く穿っていく。真っ黒な針葉樹の葉が何処までも濃く生い茂り、空は分厚い雲に覆われ不気味さを醸している。宵の口かと思うくらいに暗い中で、獣型のモンスターたちが眼を真っ赤に光らせていた。

 正気を失ったそれらの眼の先に居るのは小柄な女性だ。吹き荒ぶ風にブロンドの髪をなびかせ、ポンチョの裾から覗く肌はどこまでも白く、黒いタイツに包まれた脚はモンスターでなくとも容易く折れてしまいそうな程に細い。

 彼女を取り囲んでいるモンスターはいずれもBランク以上。一流の冒険者でも対処は難しいと思われるレベルなのだが、彼女は一人のお供もおらず森の中を歩き進んでいた。

 一切の怯えもなく、ただ前だけを見る。その歩調は変わらず、モンスターに見向きもしない。彼女の姿は、周囲の雰囲気にあまりに不釣り合いだった。


「■■■■■■■――ッッッッ!!」


 彼女目掛け、モンスターがおぞましい咆哮とともに襲いかかった。一頭が飛びかかると、獲物を取られてなるかとばかりに他のモンスターも一斉に地面を蹴る。

 大きく口を開け、唾液を牙から垂れ落としその細い体を喰らわんとした。


「――邪魔」


 そんなモンスターたちに向かって彼女の口から放たれた言葉は、葉擦れの音にさえかき消される程に細やかだった。だが苛立ちが多分に込められていて、整った目元から冷たい視線がモンスターたちに向けられた。

 そして次の瞬間には、全てのモンスターが黒い槍に貫かれていた。

 タールのように地面に広がったドス黒い影。そこからおびただしい数の鋭い突起がモンスターを串刺しにし、影の上へ引きずり落とされた。

 響く冒涜的な咀嚼音。骨が砕かれ、肉が引き裂かれ、モンスターたちの声にならない悲鳴が魔の森をつんざく。だがそれらも数秒の後には全く消え去り、何もかもが影の中に飲み込まれていった。

 女性――ユキは影の中で吸収されていく魔素を感じとりながら不機嫌そうに鼻を鳴らし、消えたモンスターから興味を失ってまた歩き始めた。

 それからも度々ユキにモンスターが襲いかかっていった。しかしその全てを――中にはAランクも混じっていたにもかかわらず――小蝿を払うような仕草だけで滅ぼしていった。


「……」


 そうしてどれだけ進んだか。やがて生い茂った木々の密度が小さくなり、木立の隙間から少し光が差し込んでくる。尖った枝と枝が描くアーチをくぐり、ユキは外へと出た。


「――ぁ」


 吐息と共に微かな声が思わず漏れ出た。

 どこまでも空は曇天。寒々しい風がブロンドの髪を巻き上げる。

 そして目の前に広がるのは、何も残っていない平原だ。枯れた草木が土の上に覆いかぶさり、全く手入れのされていない土地は荒れ果てている。

 それでも、それでもここには確かに村があった。

 英雄たちによって焼かれ、破壊された家々はここを捨てる前にキーリが全て片付けた。キーリが成長するまで過ごした家も自分の手で破壊した。

 英雄たちへ復讐を果たすその時まで戻ってこない。決してキーリがそう口にしたわけではなかったが、きっとその決意の現れだったのだろうと今ならユキはなんとなく分かる。


「……っ」


 ユキの頭の中で景色が目まぐるしく駆けた。途方もない膨大な記憶。その最後には真っ赤に染まった空。

 自身のものではない情動に翻弄されてユキは頭を押さえ立ち尽くした。やがて記憶は彼方へ遠ざかり、しかしそれでも彼女は何もない平原を見つめ動けずにいた。

 突風が不意に背後から吹き寄せる。それに背を押され、よろめき、だがそれによってユキは自分でも理解できない束縛からようやく解放された。

 草木を踏みしめ、村だった場所を歩く。何処へともなく歩いていたつもりだったが、自分の脚が何処へ向かっているのか、すぐにユキは気づいた。


「――そう、イきたいんだ」


 歩調が次第に早くなる。ゆったりとした歩みは早歩きに変わり、やがて駆け足へと変わっていく。ブロンドの髪が黒く変わり、乾いた風に大きくたなびいた。

 村の脇を通り過ぎ、小道を抜け、傾いだ枝をくぐる。かつて家々が立ち並んでいた場所からは離れ、暗闇を湛える洞穴を横目に通り過ぎる。そしてしばらく走ると再び枝葉が消えて小さな広場があった。

 そこに立ち並ぶ無数の墓標たち。不格好で不揃いな石が何列にも連なり、そのそれぞれにぎこちない、しかし丁寧さが滲む筆跡で名前が彫られていた。

 広場に出るとユキの脚の運びは再び緩やかになった。ここまでの勢いは一気に消え去り、自身が望んだはずなのに逆にこの先へ進むのを恐れているように動きは鈍くなった。


「止めるの?」


 虚空へと問いかけると、止まった脚がまたぎこちなく動き始める。ゆっくり、ゆっくりと細い脚が墓標たちの群れへと向かっていった。

 刻まれた名前を端から一つ一つ確認していく。どれもユキが知らない名前だ。けれども識っている。そんな風に思う。

 やがて彼女の脚が止まった。視線の先には同じ形の、けれども少しだけ大きさの違う墓石があった。そしてそこに刻まれた名前をよく識っている。

 ユーミルの父と、母の名前。時が経ち、風雨にさらされて名前は消えかけているがしっかりとまだ読むことができる。


「……」


 ユキの両眼から雫が零れ落ちた。頬を伝い、落ちた涙がユキの指先に触れて、そこで彼女は自分が泣いている事に気づいた。


「悲しいの……? いえ、違うか……」


 悲しくもあり、寂しくもあり、そして嬉しい。様々な感情が綯い交ぜになってユキ(ユーミル)の中を巡っていく。

 ユキは止めどなく流れ落ちる涙をそのままに空を仰いだ。


(こんな気持ち……とっくに失くしてしまったつもりだったけど)


 ユーミルと同じくユキを染め上げていく郷愁という感情。自身がまたそれを感じる事ができた。遠く遠く昔、まだそれを当たり前だと信じて疑わなかった頃に戻れた事が嬉しくて、同時に悲しくて。

 膝から崩れ落ちる。少女のような華奢な両掌で顔を覆い、細い指の隙間から涙が零れる。

 微かな嗚咽が、風に乗ってどこまでも遠く響いていった。





 両膝を突き、両腕は力を失って地面を撫でている。

 肩を落とし、真っ黒な髪は大きく下がって彼女の顔を覆い隠していた。

 やがて手のひらが地面から離れ、両膝が体を持ち上げていく。両足はしっかりと地面と接し、背筋を伸ばし顔を上げてユキは虚空を見つめる。

 突風が吹く。木々の葉がざわめき、彼女の髪を大きく揺らすと黒かった髪がいつの間にかブロンドへ戻っていた。


「いつまで隠れているつもり?」


 不意にユキは声を上げた。袖で一度目元をグイッと擦ると何食わぬ顔で後ろを振り返る。その先には誰もいないが、彼女が自分の感覚を疑うことはない。


「隠れるの下手なんだからさっさと出てきなさい。じゃないと帰るわよ」

「別に隠れていた訳ではありませんがね」


 そう嘯きながら、木陰から男性が姿を現した。

 全身を真っ黒なカソックに包み、それとは対象的な真っ白の髪。狐目の前には銀フレームの眼鏡を掛けており、見た目そのものは聖職者らしい生真面目そうではあるのだが、反面ポケットに両手を突っ込み、下目遣いでユキを見下ろす態度は横柄にも見える。


「その格好を見る限りだと、あのストーカーの遣いかしら?」

「『すとーかー』というのが何かは分かりませんが……おそらく肯定的な言葉では無さそうですね。

 認めるのは業腹ではありますが、貴女の予想は間違っていないでしょう。

 ああ、申し遅れました。私の名はエルンスト・セイドルフ。ご察し頂いたように教会で教皇様のお世話をさせて頂いております。以後お見知りおきを」

「ふぅん、ま、名前なんてどうでもいいわ。

 それよりアンタも大変ね。こんなとんでもない場所まで行かされるなんて」

「大変だなんてとんでもありませんよ。他ならぬ教皇様のお役に立てるなど、この身に余る光栄ですからね」


 淡々と語るエルンストにユキは胡散臭そうなものを見る目を向けた。

 口元は笑っているのに細い目には感情の起伏が見えない。表情はどこまでも作り物めいていて、自らの職務を誇っているのかどうかも口調からは判然としなかった。


「あんな人間の――こないだ会った感じだと人間かどうかも怪しかったけど――役に立つことが嬉しいだなんて、どうかしてるわね」

「ええ、よく言われます。どうにも掴みどころのない御方ですが、どうあれ今の私はあの方なしでは存在し得ない。感謝はしているのですよ」


 言い終えるとまた口が弧を描くが、作り物臭さは抜けない。だが既にユキにとっては目の前の男がどんな思想を持っていようともどうでも良かった。


「あっそ。私には関係ないし好きになさい。

 そんな事より、聞かせてよ」

「ほう、何をでしょうか?」

「アンタ――何者?」


 凍りつくような威圧感がユキから発せられた。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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