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10-1 王家に連なる迷宮(その1)

第3部 第53話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/04/07


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。

フェルミニアス:かつてのパーティメンバー。一人スフォンの街を離れて活動をしていた。





「あそこッス。あの岩の後ろに入り口があるはずッス」


 道なき獣道を先頭で進んでいたミュレースが振り返り指差す。その先を、彼女の後ろからキーリたちは覗き込んだ。

 そこは深い木々に覆われた山裾だ。ノルディファインの町から更に北に向かって数時間歩いたところにあり、山を見上げれば山頂の方は既に深い雪に覆われていた。


「やっと、か。ンなとこに大事なもん隠すなんざ、偉い連中の考える事は分かんねぇな」

「私なら大切なものは傍に置いておきたくなっちゃう。すぐに確かめられるところじゃないと不安だし」

「文献によると大昔は城で管理されてたらしいッスよ。ただ、それさえ手に入れちまうとそれだけで王様と認めざるを得なくなるッスからね。手に入れるために王族貴族ひっくるめて、それはもう血で血を洗う争いがしょっちゅう起こってたってことみたいッス。

 んで、このままじゃダメだってことで場所もわかりづらいトコにして、ある程度血が濃くないと入れないようにしたってことらしいッス」

「王族と貴族の時点で富も権力も十分だろうにな。そうまでして王様になりたいなんざ、俺には理解できねぇな」


 ぼやくギースと不思議そうにしているカレンに、ミュレースは入り口へと近づいていきながら事前に調べておいた事情を説明してやる。だが聞けば聞くほどに血なまぐさいその背景に、ギースはいっそう呆れてため息をついた。


「『富と権力は海水のようだ』とは何かの本で読んだことがありますね」

「なんだそりゃ? 海みたいに大量にあるってことか?」

「馬鹿か、テメェは」

「違いますよ、イーシュさん」シオンは苦笑いを浮かべた。「海水を飲めば飲むほど喉が渇くように、富と権力も手に入れれば手に入れるほど欲しくなるということらしいです」

「ふぅん、海水なんて飲んだ事ねぇけどそういうもんなんだな」

「イーシュの言うとおり富が大量にあれば争いも起きないのだろうがな」

「その富にも権力にも興味ねぇテメェが王様になろうとはな。ちっ、物好きな女だ」

「それに喜んで付き合う俺らも大概物好きだけどな」

「ふん。否定はしねぇよ」


 キーリにツッコまれて、ギースは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。だがその顔には不快気な様子はなく、隣を歩くカレンは「素直じゃないなぁ」とクスリと笑い、それに気づいたギースにジロリと睨まれてペロと舌を出した。


「ですが」レイスが前を歩くフィアを見つめた。「そのお陰でお嬢様にも名誉を回復する機会が得られました。決して口を割らなかったコーヴェル閣下に感謝すべきでしょう」

「ああ。コーヴェルが頑張ってくれたおかげで、私が時間を無為に過ごしていたにもかかわらずこうしてまだ前に進めている。ミュレース、コーヴェルに直接礼を言いたい。落ち着いた頃に彼の元へ案内してもらってもいいだろうか?」

「喜んでッス。コーヴェル様も王女様の姿を見れば元気になるッスよ」


 フィアの提案にミュレースは顔を綻ばせて頷いたのだった。

 木々の間を抜け、湿った岩肌を踏みしめて登っていく。ともすれば滑り落ちてしまいそうだが、キーリたちは苦もなく軽々と進み、程なく先程ミュレースが指差した岩へとたどり着いた。

 しかし。


「ここッス」

「……ここ?」


 ミュレースが示した場所を見下ろし、自分の眼を疑ったフィアは思わずミュレースに尋ね返した。他の面々も同じようにミュレースを見つめるが彼女は迷いなく頷いた。

 フィアの目の前にあるのは入り口、というよりは穴である。迷宮と言えば地面や山肌にポッカリと入り口が広がっていて、小さい迷宮であっても何人かは並んで進める程度には大きい。

 しかし今彼女たちの足元にある穴は、人一人が通れる程度だ。ぱっと見ただけでは単なる窪みでしかなく、遠くから見れば岩に隠れて全く分からない。言われなければここが迷宮の入り口だとは気づかないだろう。もっとも、だからこそここまで公になることなく荒らされなかったとも言える。


「まま、とりあえず入って見るッス」


 ミュレースに言われるがまま小さな穴をくぐっていく。背負った大剣が支えつつもキーリを先頭に入り、後にイーシュ、フィアと続いた。


「ほら、大丈夫だったしょ?」

「へえ、中は意外と広かったんだな」


 どうやら狭かったのは入口部分だけで、岩穴をくぐってしまえばそこは全員が手を伸ばしてもぶつからないくらい十分に広い空間だった。

 光が届かないせいで正面には暗闇が広がっている。フィアは手のひらに拳大の火球を作り出してそっちへ飛ばし、破裂させる。暗闇は一気に晴れ、驚いたコウモリが一斉に飛び出していった。

 そしてその先にあるのは、鉛色をした壁だ。


「あれ? 行き止まりだぜ?」

「――いえ、違うみたいです」


 入り口から二十メートル程進み、キーリたちはその壁の前に立ってランタンを掲げた。

 一見何の変哲もない壁に見えるが、向かって右手には小さな台座のようなものがあり、その中には小さな魔法陣が描かれている。


「すごい……! こんな小さな陣にこんな複雑な術式を刻み込んでるなんて!」

「……俺は見てるだけで頭痛くなってきた。大事なのは分かるが、トチ狂ってんな。この術式を作ったやつは」


 刻まれた魔法陣は緻密で繊細。古くから、魔法を使える者の血にはそれぞれ異なる情報が含まれていることは経験的に知られてはいたが、万が一にも王家以外の者の血に反応しないよう技術的な限界まで精密に作り込まれているのだろう。魔法陣を見てシオンは歓声を上げるが、キーリはそのあまりの情報量に覗き込むとすぐに頭を押さえて眼を逸した。


「んなのどーでもいいって。証ってのはこの中なんだろ? ならさっさと入ろうぜ」

「うむ。そうしよう」

「――申し訳ありませんが、少々お待ち下さい」


 イーシュが促し、フィアも頷いてその魔法陣に近寄ろうとした。だがそれをレイスが制し、壁の前へ進み出るとその場にしゃがみこんだ。


「どうしたんだ、レイス?」

「……こちらを。お嬢様」


 レイスが指し示した場所をフィアたちは覗き込んだ。そこには、不自然に埃が途切れた痕があった。加えて、幾つかの足跡も。しかも、まだ新しい。


「これは……」

「誰かがここを開けたって事だな。それもごく最近に」


 にわかに緊張が走った。


「レイス。もう一度念のため確認だけど、昨日一日フェルにおかしな動きは無かったんだよな?」

「はい。フェルミニアス様はほとんど宿の部屋から出ることなく一日を過ごしておりました。夜間にお酒をたしなみに酒場へ行かれたのみです。今朝の行動は追えておりませんが、昨日に特別準備や誰かとお会いしていた事はないかと」

「これも昨日伝えたっすけど、妙な連中が居たのは確かッス。冒険者っぽい格好してたッスけど、冒険者とは雰囲気が違う奴らが町中を歩いてたッスね。今朝もそいつらが町を装備姿で歩いてたのを見たッス」

「ンなら、ここに入っていったのはそいつらなんだろ」

「それじゃフェルくんは本当に偶々町に居ただけなのかな?」

「それなら良いんですけど……もしその怪しい人たちがここに入っていったとしても、まだ僕たちよりそう早くはなさそうですね……」


 シオンが周囲を探るように耳をピクピクと動かす。キーリも注意して気配を窺うが、どうやらすぐ傍にはもう誰も居ないようだ。


「んで、昨日は分かんなかったんで言わなかったんスけど、そいつらの雰囲気に何となく覚えがあったんスよね。昨日からずっと考えててモヤモヤしてたッスけど、今朝窓から町を見てた時にピンと来たッス」

「ミュレース。些細な事でも報告しなさいと……」

「まあそう責めるな、レイス」苦言を呈するレイスをフィアがなだめる。「それで……彼らは何者だ?」

「騎士ッス」即答したミュレースの回答に、カレンやイーシュが眼を丸くした。「覚えがあるはずッス。王城で毎日のように見てたんスからね。上手くごまかしてるみたいッスけど、私のこの眼はごまかせないッスよ」

「今の今までごまかされてたじゃねぇか……」


 ニヒヒと笑うミュレースにギースが軽くツッコむが、騎士が動いているという事実は少なくともイーシュやカレンたちには衝撃をもって受け止められた。

 だがフェルと出会った時にユーフィリニアの影が頭にちらついていたフィアには然程衝撃を与えない。代わりに、当たってほしくなかった予想が的中してしまった落胆が心中を占めていた。


(やはり、兄上も動いていたか……)


 しかし、兄から王位を奪うと決意した以上避けられない事だ。ポン、と肩を叩かれて顔を上げるとキーリが小さく微笑んで見つめていた。口にはしないが「安心しろ」と言っているようだった。

 フィアは頭を振り、深呼吸をして気持ちを整えると口を開いた。


「いずれにせよ、私たちがすることに変わりはない。ただ――もしかすると中で兄たちと相まみえるかもしれない。

 兄の相手は私がするが、みんなには取り巻きの相手をしてもらうことになると思う。すまないが、覚悟だけはしておいてくれないか?」

「うう……分かってたけど、いよいよ王様たちと戦う事になるんだ」

「怖気づいたか? ンなら邪魔だから帰れよ」

「嫌だよ」鼻を鳴らしたギースをカレンは睨みつけた。「三年間、ずっとやきもきしてたんだもん。何があってもフィアさんに付き合うよ。もう後悔したくないもん」

「ですね」

「……良いんだな? もう後戻りは出来ないんだぞ?」

「ちっ、クドいんだよ。今更ケツ巻いて逃げられるかよ」


 フィアが改めて全員を見渡す。ここで引く人間はいない。みな、彼女を見てしっかりと頷いた。


「でも……こうなるとやっぱり一人でも多くの戦力が欲しいところでしたね」

「アリエス様と……ユキさんが居てくれたら完璧だったのにね」

「はい。せめてユキさんが居てくれれば万全の状態で挑めたんですけど……」


 ノルディファインにやってきた仲間の中で唯一欠けている人物。

 昨日からユキは姿を消していた。

 常日頃から自由奔放で掴みどころのない彼女だ。だから今日居ない事も十分に予想できた事であり、しかしやはり足並みをそろえてほしいという思いもある。

 それでも、彼女が何をしに町から離れたかを知っているキーリは非難する気になれなかった。


「すまねぇな。アイツの事は今回は忘れてやってくれ」

「あ、いえ。別に責めてるつもりは……」

「ちっ、腹ぁ立つがあのアマのわがままを今更どうこう言うつもりはねぇよ。ハナっから頭数にゃ数えてねぇ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てたギースにキーリは視線で感謝を伝え、壁を見上げてフィアに向かって頷いた。


「それでは先に進もう。みんな、頼りにしている」

「ほいほい。そんじゃ王女様はここにお願いするッス」


 台座に前にフィアが立つ。ミュレースがどこからか銀色の筒を取り出し、台座の上に中の液体を注いでいく。透明な液体がなみなみに注がれ、キーリはなんとなく空気がひんやりと変わったような気がした。


「この中に血を何滴か垂らして欲しいッス」


 言われたとおり、フィアはナイフを取り出して指先を傷つけた。髪色よりなお紅い血の玉が指先で膨れ上がり、それを一滴、二滴と水面に落としていく。

 血が液体に落ちて波紋を広げる。途端、眩い光がフィアの瞳を焼いた。真っ白な光が台座に刻まれた魔法陣から発せられ、薄暗かった洞窟内を単色に染め上げた。

 光が天井へ伸びる。それは反射を繰り返して扉の前で複雑な模様を描き、そしてそれがレディストリニア王国の古い国章であることにシオンは気づいた。


「すごい……!」

「さあ、王女様。ここに手を当てるッス。そう、手のひらを広げて壁に押しつけるッスよ」


 国章のちょうど真ん中に位置する場所。ミュレースに言われるがままそこにフィアは手を押し付けた。


「うわっ!?」


 すると小さな鳴動が始まった。思わずイーシュが悲鳴を上げ、何が起きるのかと身構えたキーリたちの眼の前で、先程まで壁にしか見えなかった扉が下にずれ落ちていく。

 その先に伸びていくのは、規則正しく照明が並べられた一本の通路。青白い鬼火のようなランタンがどこまでも伸びていて、足元もはっきり見える程に明るいのに何処か不気味な印象を与えてくる。


「なんだろうな。明るいのに暗い。まるで……そうだな、墓場につながっているみたいだ」

「墓場、か。良い例えだぜ」フィアの漏らした感覚にキーリも同意し、皮肉っぽく笑ってみせた。「王様になるために墓場に行く。シャレが聞いてんな。ここを選んだやつのセンスを感じるぜ」

「笑えないッスよ。笑えるジョークを私は所望するッス」


 ミュレースは眉をハの形にして口を尖らせた。その横ではカレンが抱いた感覚を口にする。


「うん……なんか怖いね。怖いのと、風が気持ち悪い。普通の迷宮とも違って……静かに人を腐らせていくみたいな、そんな感じがする」

「そうかぁ?」

「ええ……言葉にするのは難しいですけど、こう、ぞわぞわする感じがします。分かりません?」

「ほっとけよ、シオン。どうせイーシュ(この鈍感)には伝わんねぇよ」

「ひでぇ!」

「それがイーシュ様の良いところかと。さすが女性にフられ続けた方は違いますね」

「それ絶対褒めてないよな?」


 迷宮に挑む前の、すっかり恒例になったバカ話で空気が和み、フィアはクツクツと喉を鳴らした。


「懐かしいな、このやり取りも」

「だいたい三年ぶりってとこか。まったく、イーシュが居てくれて助かるぜ」

「……褒めてんだろうな?」

「モチ。大マジで褒めてって。なあ?」

「ああ。この先もイーシュには頼りにしているさ」


 ジト、と疑いの眼差しを向けてくるイーシュに、キーリもフィアも本心からの称賛を伝えてやる。途端にイーシュは機嫌を回復させ、「よーし! なら今日の敵は全部俺に任せて大丈夫だぜっ!」などと腕まくりしながら俄然やる気を見せ始めるのだから、その単純さに思わずフィアから忍び笑いが零れた。


「さて――では行こうか」


 キーリもフィアも、そして他の全員も気負いも不安もなく自然体で立つ。

 何が出てこようとも、行く手を阻むのならその全て(運命)をねじ伏せる。

 そんな意思を示すように、フィアは力強くその一歩を踏み出す。それにキーリ、レイスと続いていく。

 青白い鬼火が照らす廊下を踏みしめて進み、入り口から見える彼らの姿が小さくなっていった。そしてその後姿は、魔法陣が効力を失って扉が迫り上がったことで完全に見えなくなったのだった。





お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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