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9-3 新たなる旅立ち(その3)

第3部 第52話になります。

お付き合い、よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/04/05


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。






「では、久々の再会を祝して」


 フィアの音頭で三人――キーリ、フィアそしてフェルミニアスはそれぞれのグラスを掲げた。キン、とグラスがぶつかり合い中の氷がカランと音を立てる。暖かい店内で火照った体の熱を冷ますように、冷えた酒が喉を流れ落ちた。


「ふぅ……四年ぶり、くらいか? 元気にしてたか?」


 酒のせいか何処か色気のある吐息と共にフィアがフェルに尋ねた。キーリとフィアに挟まれる形でカウンター席に座ったフェルはグッと一息でグラスの中身を飲み干すと、クルクルと残った氷を回した。


「元気といえば元気だけどな」カウンターに肘を突き、手の甲に顎を乗せたままため息混じりに応えた。「まあ、見ての通りだ。うだつの上がらないおっさんになっちまったよ」

「俺らと同い年のくせして爺クセェこと言ってんじゃねぇよ。まだ冒険者は続けてんだろ?」

「一応な。けど、ま、そこらの凡百の一人にしかなれなかったよ。四年前にはあんな調子こいてたくせにな」


 四年前、フェルミニアスはキーリたちと距離を置くためにスフォンの街を出ていった。

 決して不仲だったわけではない。ただ、当時のフェルにとってキーリもフィアも、そして他のみんなも自分よりもずっと優れた冒険者であった。彼らといれば迷宮探索で特に苦労することもなく、金に困る事もなかった。

 だがそれではダメだとフェルは考えた。仲間におんぶに抱っこな状態で成長など見込めない。自分に必要なのは誰かに頼ることではなく、一人でも一端の冒険者として生き抜ける実力をつけること。そして自分にはそれくらいの才能はあるとフェルは信じて疑わなかった。

 だから仲間達に別れを告げて別の街へと拠点を移した。

 しかし。フェルはクッと短く喉を鳴らして嗤った。


「凡百などと自分を卑下する必要はないさ。フェルの才能は知っているからな」

「そーそー。そう言いながらもちゃんと頑張ってんだろ?」

「ランクは今、何処まで行ったんだ?」

「……言わなきゃダメか?」

「なんだよ、そんな嫌なのかよ?」

「……恥ずかしいんだよ」


 嫌そうにそう言いながらもフェルはポケットからギルドのカードをカウンターに置いた。当初は鮮やかだっただろう銀色のカードはすっかりくすんでしまっているが、カードに刻まれたランクはCを示している。


「お、フェルもCランクか。すげぇじゃん」

「……何とか引っかかってるだけだよ。必死にしがみついてるだけで、そんな実力は俺にはねぇ」


 長く伸びた前髪を指で弄び、そう吐き捨てるとボトルからドボドボと自分で酒を注ぐ。溢れてビショビショになったグラスを気にせず掴み上げると、零しながら喉から胃の奥へと流し込んだ。


「そんな事無いだろう。お前が懸命に努力してきた結果だ。もっと誇っていいと思うが」

「気なんか遣わなくっていいんだよ。どうせお前らはとっくに通り過ぎた道なんだろ?」

「いや、私たちもまだCランクだが……」

「は? そんなわけ……ああ、そうか。そういやお前ら、ギルドに顔出せないんだったな」

「フェル」


 キーリが口止めをしようとしたが、フェルミニアスは片手で制して酒を飲み干していった。


「っぷは……心配すんなよ。別にチクりはしないさ。どうせ何年も前の、しかも自分たちからはかけ離れた場所での事件の犯人のことなんて、ここに居る誰も顔すら覚えちゃないからな」

「悪いな」

「謝罪なんて別にいらない。どうせお前らが犯人だなんて思っちゃいないからよ。

 ま、そんな話はどうでもいい。

 何年も活動してないお前らの足元に、這いつくばって必死にしがみついて最近になってようやく手が届くようなしょーもない冒険者が俺だよ」


 フェルは口端だけを吊り上げて自嘲した。前髪の隙間からは覇気のない疲れ果てた男の瞳がキーリ達を覗いていた。


「そら、どうした? ここは嗤うところだぜ? 情けない俺を嗤えよ」

「フェル……」

「久しぶりに会ったってのに、ずいぶんと絡んでくるじゃねぇか」

「絡みたくもなるぜ……」


 もう何杯目になるのだろうか。震える手でフェルは酒をまた注ぎ、口の端から零しながら一気に飲み干そうとした。しかし気管に入ってしまったか、大きく咳き込んだ。

 フィアはフェルの背を擦ろうと手を伸ばした。だがフェルの腕でその手は払いのけられた。


「まったく、自分が嫌になる。お前たちと一緒に居た事が運の尽きだよ」

「……いったいどうしたんだ、フェル。何があったんだ?」

「何もねぇよ。ただ馬鹿な男が調子こいた結果、にっちもさっちも行かない袋小路に取り残されただけだ。

 もう貴族にも戻れねぇ。冒険者としてもお前らみたいな実力はなかった。一生うだつが上がらないまま過ごさなきゃならないんだよ。少し嫉妬するくらい許せよ。

 そうは言ってもお前らみたいな人生もお断りだけどな」

「……そんな事はない。お前だって養成学校を立派な成績で卒業したじゃないか。実際にCランクにまでなっているんだし、やればできるさ。もう少しだけがんば――」

「フィア」


 最早冒険者としての栄達を諦めてしまったように話すフェル。そんな彼に対してフィアは励ましの言葉を掛けようとした。

 だが途中でキーリによって遮られ、それをフィアは不服そうに振り返る。だが、逆にキーリは非難するように彼女を見つめ、首を横に振った。

 二人のそのやり取りに、フェルは舌打ちをした。


「ちぇっ、つまんねえ。最後まで言ってくれりゃ俺も心置きなく殴れたのに」

「さすがに言わせちまうのはな……悪気はねぇから許してくれ」

「……やっぱお前はどっちかって言うと元々こっち側の人間だよな。なのに……そっち側の仲間入りできて羨ましいよ」


 そう寂しそうにフェルはつぶやくと、グラスの中に少しだけ残っていた酒を氷ごと飲み干した。

 そして椅子から立ち上がると、ふらつきながら二人に背を向けた。


「帰んのか?」

「ああ。今日の酒代はお前らのおごりだからな。それでさっき言いかけた事は聞かなかった事にしてやるよ」

「しかたねぇな。その代わり次はお前がおごれよ?」

「次がありゃな」


 振り返らずフェルは手を振り、出口へ向かう。だが数歩進んだところで立ち止まった。


「まあ、なんだ。散々絡んだくせにって思うだろうけどさ……お前らの無事が確認できて良かったよ」

「……ありがとな」

「よせよ、キーリ。気持ち悪ぃ。

 ま、()の仲間のよしみで教えてやる」


 腰に手を当ててボサボサの頭をかきむしり、ため息を吐き出すとキーリたちの方へ顔だけ振り返った。


「この先、何を見てもためらうな」

「フェル?」

「いいな? ちゃんと忠告したからな」


 意味深な忠告を残すと、フェルはまた前を向いた。そして背を丸めて俯き、千鳥足で店を出ていったのだった。


「私は、また何か間違えてしまったのだろうか……?」


 久々の再会を喜ぶつもりだったのに、どうしてこうなってしまったのか。すっかり酔いの覚めてしまったフィアの眼は、もう姿の見えなくなったフェルの背を追っていつまでも閉じた扉を見つめ続けた。

 ただ立ち尽くす。そんな彼女の肩をキーリは軽く叩いて慰めた。


「キーリ……」

「気にすんな。お前は何も間違っちゃいない。敢えて言うなら……アイツの方が間違っちまったのかもしんねぇな」

「だが実際にフェルは怒っていた……お前だって私を止めたじゃないか」

「まあ、なんだ」キーリは頭を掻いた。「時には正論が神経を逆撫ですることだってあるってこった」


 どれだけ努力をしても、それが身を結ぶとは限らない。キーリはそれを知っている。

 もちろん努力を重ねなければたどり着けない場所はある。だがどうしたって才能という土台か、或いは幸運という風が吹かなければ無理な領域はあるのだ。

 高い場所へたどり着いた者が、たどり着けずにもがき悩んでいる人に「もっと頑張れ」と上から声を掛ける。それは「お前の努力が足りないのだ」と生き方にケチをつけるのに等しい。悪気はなく、だからこそ残酷な言葉だと思う。だからこそキーリはそれをフィアに言わせなかった。


「やっぱり私が怒らせたんじゃないか……」

「運が悪かった、としか言い様がねぇな。もう一度言うが、お前は間違っちゃいない。今のアイツを相手にしたら、どうしたって最後は同じような結論に至ったさ。それだけお前とアイツの歩いた道が、決定的に相性が悪かったんだよ」

「よく分からない……」

「無理に理解してやる必要はねぇよ。フェルだってお前のこの三年間を全く理解してないんだからな。

 大丈夫。最後にアイツも言ってたろ? お前が無事で良かったって。お前もアイツも、互いに仲間だとちゃんと思ってる。だから時間が経てばきっと、また一緒に歩けるようになるさ」


 キーリの話をフィアは十分理解できず、何処かはぐらかされたような気がしていっそう表情を険しくした。

 それでも最後の、お互いが大事に思っているという部分だけは理解できた。


(フェル……)


 だから――悲しいことだけれど、今はそれで良いのだとキーリの言葉を信じることにしたのだった。


「それよりも、だ。

 アイツ……最後に意味深な事を言ってたな」

「何を見ても……ためらうな、だったか?」


 話を変えたキーリの気遣いに気づき、フィアも頭を振って何とか気持ちを切り替えた。


「ああ。忠告とも言ってたな。

 偶然出会ったはずなのに……アイツ、何を知ってんだ?」

「もしかして……私たちの目的を?」

「それどころか、迷宮の奥に何があるのか知ってるような素振りだったな」

「ミュレースの言葉通りなら国王の証があるはずだが……それだけではないのかもしれないな」

「それか、その『証』がとんでもない代物か、だな」

「だが何にせよ、どうしてそれをフェルが知ってるんだ?」

「んなもん俺が知るかって言いてぇとこだが……幾つか可能性は考えられるか」


 そもそもこんな迷宮もないはずの街にフェルが居る理由も含めると、考えられる理由はそう多くない。

 フィアは眉間に深いシワを寄せて思案していたが、ふと思い浮かんだ想像をつい口にした。


「……兄上も近くに来ているのか?」

「迷宮に入るには王家の血が必要――だったか? 可能性としては否定しねぇけど……言っても野郎も一国の王だぞ? 重要なのは間違いねぇだろうけど、王様が直々に取りに来るか? そんな暇な仕事じゃねぇだろ。それにお前の想像通りだとして、フェルが何か知ってそうなのも分かんねぇな」

「だが私の知る限り直系王家の血を引いているのは私と兄だけだ。公爵家も血を引いているにはいるが……もう何代も今の王家が続いているから薄れている。

 もしフェルが兄上に関する噂を知っていて、かつ、兄上が近くに居るのを見聞きしていれば、フェルなら何となく予想できていそうだが」

「それでわざわざ教えてくれたってか? さて、どうだろうな?

 で、だ。どうする? 今回も一筋縄じゃ行かなさそうだが、予定を早めるか?」


 キーリが問うとフィアは店員から水を一杯貰い、一気に流し込んだ。多少頭に残っていた酔いがさっぱりと洗い流され、紅い前髪を撫で付けながら考え込む。


「……いや、ここは予定通り明日一日を準備に当てよう。王家と関わりがあるとはいえ、迷宮は生き物だ。準備を怠って手酷いしっぺ返しを食らっては元も子もない。その代わり、明日レイスとミュレースにフェルたちの動向と兄の存在を探らせよう」

「ま、それが妥当か」


 二人からゆっくりと体を休める時間を奪ってしまう事になるが、仕方ない。

 キーリ自身も「影」から行方を探す事ができるが、ユーフィリニアはキーリとのつながりが薄すぎるし、フェルとも何年も離れていたせいで存在を感じるのが難しい。

 結局この手の仕事は本職の二人に限る。キーリは二人に少々申し訳なく思ったが、ミュレースあたりはレイスと一緒に仕事ができる事で狂喜しそうだと思い直してレイスにだけ心の中で謝罪したのだった。


(しかし……)


 ここに来てフェルと会うとはな。キーリは旧友との再会に、悪い意味で運命的なものを感じて思わず渋面を浮かべた。


(止めてくれよ、フェル。頼むぜ……)


 フェルがここに居る理由。想像できる中でも最悪な、それでいて最も可能性の高いものが頭を過る。フィアが思い至っていない――もしくは敢えて考えないようにしているのかもしれないが――その考えに拳が握りこまれた。


(ためらうな、か……それは無理な相談ってやつだぜ、フェルよ)


 だがやらねばなるまい。自分たちの前に立ちはだかるのであれば。そしてそれは、フィアではなく自分の役目だ。

 キーリは瞬きした。眼を開いたその瞬間、まだ少年らしさが抜け切れていなかった頃のフェルミニアスの姿が浮かんだ。だがそれは幻想だとばかりに一瞬で消えていったのだった。






お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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