9-1 新たなる旅立ち(その1)
第3部 第50話になります。
今回から新章スタート。よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/03/29
<<<ここまでのあらすじ>>>
ヘレネム領で平穏な暮らしを続けるキーリたちだったが、その静寂は侯爵・コーヴェルに仕える女性ミュレースの来訪で打ち破られた。
彼女はコーヴェルの言葉として、フィアに王位について乱れた王国の立て直しを求める。
悩むフィアは平和なヘレネムを離れ、実際の戦禍に見舞われたグラッツェンへ向かうことにした。しかし道中で目撃した惨状に心を痛め、また己の歩みべき道に苦しみ悩む。
だがグラッツェンの難民キャンプで出会った修道女・フレイやキャンプの人々の明るさに支えられ、自らの行先を決意したのだった。
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
マントが強風にあおられて大きくはためく。湿った冷たい風がむき出しになったキーリたちの頬を叩き、ツンと鼻の奥が痛みを訴えた。
吐く息は真っ白で、マントの裾から入ってきた冷気がイーシュの体を震わせた。
「うぅ……さみぃ……」
「だらしねぇ奴だな」
「ギース君、鼻が垂れてるよ?」
泣き言を漏らしたイーシュに、ギースが呆れた声を上げる。だがギースも慣れない厳しい寒さのせいか、悪態を吐く声に力がなく、カレンに指摘されて鼻を啜る始末だ。
「ガタガタガタガタガタ」
「だ、大丈夫ですか? ミュレースさん」
「だだだだだだだだ大丈夫ッススススススス」
「どう見ても大丈夫じゃねぇだろ……」
そんな中でミュレースが一番やばそうだった。震える体は残像を作るほど激しく眼はすっかり死んでいた。
現王と教会幹部の会談現場へ付いていってからそのまま合流したため、ミュレースの旅装はここ王国最北部へ向かうにはとても十分とは言えなかった。そのため途中に立ち寄った町で装備を整えるか、とこの地域の冬の厳しさを知るキーリが尋ねたのだが、直前まで冬の走りにしては暖かい気候だったので彼女は金をケチったのだった。今となればどう考えても完全に判断ミスである。
とはいえ、北部の標高のやや高い気候は彼らが思っていたよりもずっと厳しいものだったのも事実だ。十分な冬装備をしているギースやイーシュはもとより、元々寒さに強いカレンやシオンも幾分寒そうにしているのがその証左だろう。
そんな中、ペースも変わらず寒そうな素振りも見えないのが先頭を歩く四人である。
「なんでアイツらは平気そうなんだよ……」
「なんでって言われてもなぁ」
同じ人間か? と問いたげなイーシュの呟きを聞き留めたキーリが振り返って頭を掻いた。
「俺はずっとこっちで過ごしてたからな」
「私もー。慣れじゃない?」
キーリもユキも、マントやポンチョこそ着ているし、鼻の頭も微かに赤くなっているようだが寒そうな素振りはない。
「私は炎神の加護があるからな」
「主人より暖かい格好をするなど、使用人としてありえません」
「いや、お前はおかしいから」
フィアは彼女の言葉通り炎神の加護があるためか、頬に赤みがあり寒さ自体を感じていなさそうなのだが、レイスはどうしてメイド服だけで耐えられているのか。イーシュは思わずツッコんだがレイスは素知らぬ顔でフィアの一歩後ろを付いていく。
「とととともかく急ぐッス! この丘を越えれば証がある迷宮の最寄り町があるはずッス! ……へっくしょいっ!!」
「ほら、これで鼻をチーンして」
「うう……面目ねぇッス」
「テメェに守る面目なんてあんのかよ」
「ともかく急ぎましょう。風邪を引いて迷宮に潜るのが遅れるのは避けたいでしょうから」
「だな」
「なら――うおおおおおっっ!!」
寒さを誤魔化そうという魂胆だろうか。ミュレースが坂を全力疾走で先頭に躍り出る。
「うわっ!?」
「ちょっ、テメェ! 鼻水飛ばすんじゃねぇっ!」
イーシュとギースの抗議の声も何のその。雄叫びを上げ、大きな手の振りとストライドで強風を切り裂き、鼻水をほとばしらせて走るその様はとても侯爵に仕えるメイドとは思えない。「ぬわはははっ! 私は新世界で風になるっ!」などと意味不明な話を叫ぶ彼女を見送りながら、レイスは一人こめかみに青筋を立てていた。
だがお陰で歩くペースが上がり、そこから半鐘(≒三十分)も経たずに丘の上へと到達した。
草木も枯れて鈍色になった大地の中、眼下に目的の町――ノルディファインが見えた。
近くに鉱山があるためだろう。人の出入りはそれほどなさそうだが町の規模はそれなりに大きく、時刻もそれなりに夜に近い中、町には煌めきがそこかしこに灯っていた。
「目的の迷宮はこの町からもう少し北に行ったところッス。この季節でも日が昇って出発しても昼前には到着できるくらいッスかね」
「迷宮内部については何か調べはついてるか?」
「いんや、そっちはさっぱりッス。資料もあまり残ってないみたいッス。唯一分かってるのは、王家の人間が居ないと中にも入れないってことくらいッスかね?」
「となると……しっかり準備してから迷宮に向かった方が良さそうですね」
シオンの意見にフィアは頷く。装備の手入れはもちろんのこと、食料も十二分に準備して置くべきだろう。また何泊か泊まり込みになる可能性もある。暖を取るための薪の類も必要だろうか。
「モンスター避けの魔法陣とかも要るな。シオン、どうよ? 作れるか?」
「はい、任せてください」シオンは胸を張って頷いた。「明日一日頂ければ、他にも必要になりそうなものも合わせて作れますけど、どうしますか?」
「ならば明日一日は準備に当てるとしよう。ミュレースもそれで良いか?」
「焦って準備を怠って失敗する程自分もおバカじゃ無いッスよ。
ああ……久々に暖かいベッドで眠れそうッス。明日は一日自分は惰眠を貪るんで――」
「お嬢様、必要な物の買い出しは私とミュレースで行います。皆様はお体をお休めください」
「なら装備の手入れは手が空いた組でしておこう。後で二人の装備を渡してくれ」
「お、マジで? んなら二人ともよっろしくぅ!」
「デスヨネ―」
ハハハハと乾いた笑い声を上げるミュレース。カタカタと壊れた機械の様に無機質に笑う彼女にフィアやカレンは同情の眼を向けるが、ここは我慢してもらおう。
「彼女も労ってやらねばな」
「ま、なんだかんだでアイツが一番動いてるからな。時間があればプレゼントの一つでも探しに行くか?」
「そうしよう。付き合ってくれるか?」
「当たり前だろ」
街を見下ろしながらそんなやり取りをしていると、不意にキーリの頬に冷たいものが当たった。
見上げれば、曇天に混じって白い結晶が振り降りていた。
「わぁ……!」
「雪、か。どうりで冷えるわけだ」
陽の落ちかけた空に混じる白。背後には人の営みの灯り。何とも幻想的な光景にカレンは嬉しそうに雪を手のひらで受け止めようとする一方で、寒さが苦手な組は「うげぇ」とばかりに顔をしかめていた。
キーリはそのまだら模様の空を見上げ、じっと何処ともなく見つめた。
(そう言えば……)
昔もこんな事があったような気がする。それが何時だったか、と記憶の海を流れていく。そして程なく答えにたどり着き、キーリは眼を細め穏やかに口を緩めた。
「どうしたんだ?」
「フィア……いや、なに、前もこんな事があったなと思ってな」
「前も……? そんなことあったか?」
「ああ。養成学校最後の探索試験の時だったな。迷宮に潜る前にアイツらが寒いのなんのって騒いで、そしたら雪が降り始めて」
「……そういえばそうだったな。しかしよくそんな前の事を覚えているな」
「記憶力だけは自信があるんだよ。それに――」
「それに?」
「いや……何でもねぇよ」
キーリは言葉を濁した。つい流れに任せて口にしようとして、ふと我に返って恥ずかしくなったのだ。
(言えねぇよな……)
フィアの髪の上で輝く、探索試験の前に贈ったかんざしを見て思い出しただなんて。
ぷいとキーリはフィアに背を向けた。フィアは何か機嫌を損ねるような事を言っただろうか、と首を傾げるも、キーリがこのような態度を取る時は決して怒った訳ではないと経験的に知っているためそれ以上深く考えるのを止めた。
「ねぇ、キーリ」
そんな二人の後ろで、空を見ながらクルクルと回っていたユキがピタリと踊るのを止めてキーリへと歩み寄ってきた。
「あん? なんだよ?」
「お墓参り、行かなくていいの?」
キーリがユキを見下ろすと、彼女の瞳からいつもの無邪気さは鳴りを潜めていた。ただキーリを案じているような色が見て取れた気がした。
たまにキーリだけに見せる、まるでユーミルが生きているような気持ちにさせる瞳ともまた違う、全く別の顔。人間味のあるそれを見て痛みとも違う胸の疼きを覚える。
しかし不快でもない。でも、幾ばくかの寂しさを覚え、キーリは少しだけ笑ってユキから眼を逸した。
「そっか……! キーリ君の故郷ってこの辺りだっけ」
「そういやそうだったな」
「どうする? お前の脚なら二日あれば戻って来られるだろうし、一日くらい潜るのを遅らせても――」
「いや、気を遣う必要ねぇよ」
顔を上げていつも通りニヤリとした笑い顔を浮かべると、キーリはピンとユキの額をつついた。
「近くまで来たから、なんて気の利いたオッサンみてぇなこたぁしねぇよ。予定通り明日一日準備して迷宮に潜るさ」
「……いいんですか? 偶には――」
「いいんだよ」心配そうに見上げるシオンの柔らかい髪をキーリはワシャワシャと乱暴に撫で回した。「あそこにゃ何もねぇ。ただ石の列が並んでるだけさ。大切なのはココさ」
そう言いながらキーリは思い出の海でたゆたう様に眼を閉じ、ため息と共に自身の心臓の辺りを親指で指した。
そう、眼を閉じればいつだって会える。不安の中で抱き上げてもらったあの力強さと暖かさは変わらず自分の記憶の中で生き続けている。キーリは残る記憶を噛みしめた。
「ユキさんはいいの?」
「何が?」
「え? 何って、キーリ君はそう言うけど、ユキさんは帰りたくないのかなって」
カレンに問われるもユキは不思議そうに首を傾げていたが、質問の意図を理解して「ああ」と首を振った。
「別に。っていうか私は魔の森が故郷じゃないし」
「え? そうなんだ」
「まあ、思い入れが無いわけじゃないけどね」
「んじゃ、ユキの出身ってどこなんだ?」
「……さて、どこだったかなぁ?」
イーシュに尋ねられ、ユキは少しだけ考える素振りをしてみせる。だが顎に指先を当てて首を傾げるとすぐにクルリと背を向けた。
「忘れちゃった。ま、いいじゃない、そんな事。
それより早く街に行こ? じゃないと――」ユキは後ろを指差した。「あのメイドの娘、凍え死んじゃうよ?」
「え?」
そう言えばさっきから全く話に割って来なかったな、などとのんきに思いながらキーリを始め、全員が振り返った。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
そこには、頭の上に白い雪を降り積もらせ、垂れた鼻水を凍らせてミュレースが白目を剥いて震えていた。
今にも彫像と化しそうな彼女の姿に、キーリたちは慌てて彼女を担ぎ上げて坂を駆け下りたのだった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>
P.S 4/1に4月バカSSを掲載しました。
本編ではないので割烹に載せてます。
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