8-7 始まるメイク・マイ・デイ(その7)
第3部 第49話になります。
よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/03/27
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
「おいおい、つまんねーこと言い出すなよ?」
「イーシュ?」
フィアの言うことを先回りしてイーシュが釘を差す。カレンもそれに続いて、真剣な眼でフィアを見上げる。
「王家の証っていうのを取りに行くんでしょ? ダメだって言っても私たちも付いていくからね」
「もしかして皆……」
「全部聞いてんだよ。ミュレースからな」
「あのかしまし娘が、か?」
王に就く話をする時も、キーリが聞くのを散々渋った彼女である。どうしてギースたちが彼女の事を知っているのかも気になるが、一体どういう風の吹き回しだろうか、とキーリは首をひねる。するとシオンが苦笑いを浮かべながら事情を教えてくれた。
「彼女を責めないであげてください。
ええっとですね……ミュレースさんがどういうわけかスフォンで倒れてまして。うちの店に連れて帰ったんですけどその時に僕らが強引に事情を聞き出したんです」
「無理やり聞き出したのはそこのユキだがな」
「部屋から追い出された後にすごい声が聞こえてきたけど……何をされたんだろ?」
「んー? ちょっと体に聞いただけ?」
「オーケー。把握した」
端的な、というにはだいぶ言葉足らずではあるがキーリは全てを理解してこめかみを押さえた。
全く以て災難である。キーリは心の中で合掌し、ここには居ない彼女を偲んで涙を拭う素振りをした――
「おー、皆さんお揃いッスねー」
――のだが、ちょうどそこに子供っぽい声が届いた。今まさに話題にしていた人物の登場に、全員が一斉に振り向く。
見慣れた濃紺色をしたエプロンドレス。頭の上には白いカチューシャを乗せ、メイドには似つかわしくない頑丈そうな編上げのブーツを履いたミュレース、そしてレイスがそこに居た。
「……これもお前の差金か?」
「さぁて、どっかなー?」
測ったように現れたミュレースに、ジロリとキーリは疑わしげな視線を向けるも、ユキはそらっ惚けてそっぽを向いた。
「どもども。お久しぶりッス、王女様。ご機嫌はどうッスか?」
「ミュレース、言葉遣い」
「えー」
「えー、じゃありません。お仕えする方がどのように見られるかは私たち使用人の品格で決まるのです。貴女はコーヴェル閣下が見くびられても良いのですか?」
「う……そうじゃ無いっすけど……」
「ましてここは屋外。何処でどのような方が目にするか分からないのですよ。貴女はとっさに切り替えができるタイプでは無いのですから常日頃から――」
「ま、まま、レイスさん! そこまで! そこまでで!」
「……私としたことが失礼致しました」
眼鏡の奥から無機質な視線をミュレース目掛けて叩きつけながら説教を始めたレイスを、慌ててカレンが止める。レイスは深々と全員に向かって頭を下げつつも、ミュレースにぼそりと「続きはまた後で」と告げ、長いお説教が確定した彼女は肩を落として長い溜息を吐いたのだった。
そんな彼女を一瞥だにせず、レイスはフィアの前に進み出た。そして彼女の顔を真っ直ぐに見つめる。
「お嬢様……ご無事で何よりでございます。お側に居られないながらも毎日無事をお祈りしておりました」
「不安にさせてすまなかったな、レイス。だが……やはり外に出てみて良かったよ」
フィアは背後を振り返った。グラッツェンは見えないが、それでもフレイたちの存在を感じることができ、無意識に彼女の顔が綻ぶ。
「短期間でしたが……お変わりになられましたね」
「かもしれないな。嫌か?」
「いえ、私もとても嬉しく思います。今のお嬢様こそ、私の敬愛してやまないお嬢様かと」
レイスもまた雰囲気の変わったフィアの様子に微かに口元を和らげた。
「ま、俺も保証するぜ。少なくとも、俺らが心配する必要はねぇよ」
「王配さんがそう言うって事は大丈夫そうッスね。
て事は、この後どうするかは聞くまでも無いって感じッスか?」
立ち直ったミュレースが幼い笑い方をしながらも、クリっとした眼でフィアを覗き込む。フィアは彼女を迷いなく見つめ返し、大きく頷いた。
「ああ――王家の証の場所へ連れて行ってくれ」
「その言葉、待ってたッス!」ミュレースが嬉しそうに手をパチンと叩いた。「場所の調べはついてるッス。早速行くッスよ」
「頼む。しかし……」
フィアは迷いながらイーシュたちを見遣った。
ここからの戦いは、云わばフィア自身のための戦いだ。兄を打倒し、王となって新たな王国の姿を創り上げる。キーリやレイスはともかくとして、イーシュやシオンたちを巻き込みたくはない。王家と関わってロクな事は無いのだし、間違いなく彼らのこれからの人生を変えてしまうだろう。
しかしイーシュやカレンから返ってきたのは、そんな彼女の懸念を否定するものだった。
「さっきも言ったけど私たちも付いていくからね? 断っても勝手に付いてくから、フィアさん」
「そーそー。だからもういっそ受け入れてしまった方がいいぜ?」
「だが……ミュレースは良いのか?」
「んー、もう今さらッスよ」
フィアはミュレースに助け舟を求めたが、彼女は特に反論しなかった。どうでも良さそうに首元を撫でる仕草から、どうやら既に諦めてしまったようだ。
「王配さんもそうッスけど、どんだけ説得しても全っ然聞く耳持たねーんですもん。証がある場所も中がどんな風になってるかなんてワカンネーですし、ならもういっそ戦力として考えた方が確実かなって思うッス」
「……みんな、本当に良いんだな? 危険だし、状況によっては今まで通り冒険者として活動できなくなるかもしれない。最悪、私が失敗したら処刑されることになるぞ」
「ちっ、つまんねぇ心配してんじゃねぇよ」
ギースは吐き捨てるように忠告を切り捨てると、ニヤリと口端を吊り上げた。イーシュも楽しそうに笑い、カレンは軽く微笑む。そしてシオンは真剣な眼差しを向け頷いた。
「上等だ。要はテメェが失敗しねぇように死ぬ気で王様とやらになりゃ問題はねぇんだろうが。安心してろよ。トチった場合はテメェのケツくらいテメェで拭くさ」
「しかしだな……」
「大丈夫だよ、フィアさん。私たち、全部分かった上で言ってるんだから」
「カレン……」
「俺たち仲間だろ? なら水くせーこと言うなって。なあ?」
「レイスさんは安心だけど、フィアさんって放っとけ無いし、キーリ君も危なっかしいからね? だから自分でちゃんと見とかないと逆に不安なんだもん」
「アレだ、テメェが王様になったらスラムの人間の面倒も国が見てくれんだろ?」
「僕らも三年間も力になれなくて歯がゆい思いをしてたんです。だから今度こそ僕らにお手伝いさせてください」
「みんな……」
全員、口々にフィアに向かって思いを告げる。
一歩も引く気がない彼らの強い気持ちがフィアに染み込んでいく。じわりと胸の奥から熱いものがこみ上げ、動けずに彼らを見て立ち尽くすだけだったが、そんな彼女の肩をキーリが叩いたことで呪縛は解けた。
「諦めろって、フィア。こいつら全員バカなんだよ」
「おいおい、バカってのはひでぇんじゃね?」
「バカじゃなきゃフィアを手伝おうなんざ思わねぇだろうが」
「なんかイーシュくんと同列に語られるのやだなぁ……」
「てかなんで一番のバカがなんでイの一番に反論してんだよ」
「あれ? みんなひどくね?」
「あはは……」
「……まったく」
全く、本当にバカものばかりだ。こんなバカに付いてこようなんて。
やいのやいのと騒ぎ回る仲間達の姿が滲んでかすみ、フィアは袖でゴシゴシと目元を擦った。
「それにね、フィアさん。ユーフェちゃんからも頼まれてるから」
「ユーフェ、から?」
「うん。フィアさんは無茶するから見張っててって」
そう言いながらカレンは手紙をフィアに手渡した。シンプルな白い封筒に「フィアお姉ちゃんへ」と書かれている。それを見た途端にもう何年も会えていないにもかかわらずユーフェの姿はフィアの脳裏にハッキリと描き出され、また文字が書けなかった彼女がこうして手紙を書いている事に彼女の成長を感じざるを得ない。
胸の奥が熱くなる。ツンと鼻の奥が痛み、それを堪えてフィアは丁寧に折り畳まれた便箋を取り出し、家族である少女の思いを読もうとした。
「……?」
しかし便箋を開いた彼女は、それが一瞬白紙のように思えた。よく見れば、手紙の全体が一度白インクで塗りつぶされていた。恐らくは最初には何か別のことが書かれていたのだろう。元は上から下までぎっしり書いていたのだろうそれらは全て消され、そして代わりに便箋の真ん中にたった数行だけ書かれていた。
「お姉ちゃんはお姉ちゃんがしたいことをして。エーベルと過ごしたお姉ちゃんの家で、いつまでも待ってる」
最後に「お姉ちゃんの妹より」と書かれて結ばれたその手紙にポタリと雫が落ち、インクが滲んだ。
どんな思いでこの手紙を書いてくれたのだろうか。フィアの口から熱い吐息が零れた。終わりの方の筆跡は震えていて、けれども溢れる気持ちを何とか抑え込んで自分の背中を押してくれている。
(私には……)
もったいないくらいに、出来た妹だ。同時に、バカな妹だ。早く帰って、ゴメンと謝らないと。そして目一杯抱きしめてあげたい。フィアは目元をグイと乱暴に擦り、溢れる感情を抑え込もうと空を向いて無理矢理に笑った。
「……お嬢様」
「ああ、分かってる。
――よーく分かったさ」フィアは腰に手を当て、呆れたようにわざとらしく溜息を吐いた。「まさか私の周りがこんなにも大バカ者ばっかりだとは思わなかった」
「ちっ、気づくのが遅ぇんだよ」
「バカじゃないとフィアさんの仲間は務まらないもん」
「それで、どうなんだよ? ちゃんと返事してくんねーと分かんねぇよ。なにせバカだからな?」
「決まっているだろう」フィアは挑発的に笑って返事を告げた。「宜しく、頼む。みんなが必要なんだ。私に、力を貸してくれ」
手を差し出す。その上に一つ、また一つと手が重なっていく。重みが積み重なっていく。
重い、手だ。だが逃げるのはもう止めたのだ。フィアはその重みをしっかりと受け止めていく。
そして最後の一つが重なったところで、レイスが一振りの剣を取り出した。
「これは?」
「シン様から預かって参りました。ユルフォーニ家から、新たな王に対する最初の献上品との事です」
レイスが握った鞘から剣を引き抜く。
それは見事な銘品とひと目で分かる程に立派な剣だった。装飾などは一切施されておらず、だが陽の光に照らされて輝く様は気品と美しさを纏っている。そして、赤を基調として彩られた柄は不思議とよくフィアの手に馴染んだ。
「それと、シン様から伝言を。
『この身は王と共にありませんが、代わりに剣をお渡しします。僕の心は剣となって常にフィアさんと共に』と」
「ちっ、相変わらず格好つけが好きな野郎だ」
ギースが悪態を吐くも、緩く皮肉っぽく吊り上がった表情には懐かしさが滲んでいる。フィアは刀身を見つめ、やがて眼を閉じて息を吐き出した。
ユルフォーニ家には全て最初からお見通しだったという事か。いつか王となる道を選ぶことも、ミュレースがやってきたこのタイミングでその決断をするということも。でなければこれ程のものを準備することも、レイスに手渡すこともできまい。
「ユルフォーニの人々には本当に何から何まで世話になりっぱなしだったな……」
「だったら尚更その期待にゃ応えてやんねぇとな」
フィアの口から感慨深さと申し訳無さがないまぜになったつぶやきが零れ、キーリは微笑んで彼女の頭に手を置いた。
キーリを見上げてフィアはハッキリと頷き、鞘に戻した剣を左手に握る。そして一番上にその左手を重ねた。
これで――全員がそろった。
「よし、それでは行こう。ミュレース、案内してくれ」
「もう、待ちくたびれたッスよ」
「はは、すまないな。だがもう大丈夫――」
「はーい、ちょっち待った」
「うあ」
出発しようとしたフィアのポニーテールを、キーリはぐいっと引っ張って止めた。せっかくいい雰囲気で新たな一歩を踏み出そうとしていたのに、とフィアは不満げにキーリを睨むも、キーリはフィアの体をクルッと持ち上げて回転させてシオンたちの方を向かせた。
「まだ一個やるべきことが残ってるぜ?」
キーリのその言葉にフィアは首を傾げた。
「ほれ、ずっと待ってたコイツらにまだ言ってねぇだろうが」
「――ああ、そうだったな」
言っていない言葉。キーリに促されてそれに思い至ったフィアはもう一度後ろを振り向いた。
やや俯いて気まずそうに頬を指先で掻く。それでも顔を上げると、恥ずかしそうにはにかみながら言った。
「みんな――ただいま」
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




