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8-4 始まるメイク・マイ・デイ(その4)

第3部 第46話になります。

よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/03/20


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

フレイ:グラッツェンで人々を支える修道女。倒れたフィアを介抱していた。

クラーメル:グラッツェンの貴族。難民キャンプの扱いでフレイたちと交渉している。





「どうしたんだ?」


 クラーメルたちが現れた時と同じような悲鳴が離れた場所で上がった。キーリとフィアはそちらを見遣る。すると何かの一団らしき影が近づいてきていた。

 多くの足音と馬蹄が石畳を打つ音。武装した歩兵に囲まれながら、馬上から鼻で笑う声が響いた。


「ふん、相変わらず汚らしい場所だな」

「領主様!?」


 現れた領主の姿にクラーメルは驚きながらも膝を突いた。ツヤツヤに手入れのされた髭を撫でながら、人を小馬鹿にした態度を崩さない領主にキーリは鼻を鳴らす。だが隣のフィアに肘鉄され、渋々膝を突いて頭を垂れた。


「どうしてこちらに?」

「そんな事決まっていよう。いつまで経っても貴様が仕事を進めぬからな。待ちくたびれて私が直々にやってきてやったのだ。

 まったく、相変わらず仕事のできぬ奴だな」

「……申し訳ございません。ですが、今しがた話が着いたところでございます」

「ほう? ならこの汚れた場所も速やかに綺麗になるというのだな?」


 馬の上から領主はキャンプ地に居る人たちに侮蔑の視線を巡らせた。それを感じ取りながらもクラーメルは拳を膝の上で握りしめ、感情を押し殺して肯定した。


「はい、後数日もすればこちらの方々も別の街へ移動するとの事です」

「……なに? 後数日だと?」

「そうです。その後はすぐに新市街の建設に取り掛かります」


 民達に対する想いと領主に対する不快さを一度捨て置き、クラーメルは胸を張ってそう報告した。

 しかし――


「……クッ、ククッ……」

「領主様?」

「ハァーハッハッハッ!! これはとんだお笑い草だ!」


 領主は体を小刻みに震わせたかと思えば、腹を抱えて大きな笑い声を上げた。一頻り笑いの発作のままに馬上でカイゼル髭を揺らし続け、やがてその発作が収まると馬を進ませてクラーメルへ近づいていった。


「戯けが」


 そしてクラーメルの側頭部を、腰の剣で強かに打ち付けた。


「クラーメル様っ!」


 弾け飛ぶような勢いでクラーメルは地面に転がって埃に塗れる。鞘で殴打されたために致命傷こそ避けたものの、彼の側頭部から赤い血が流れ落ちてマントを汚した。

 駆け寄ったフレイに抱き起こされ、平素であれば礼の一つでも口にするだろうクラーメルだったが、今の彼は呆然と自らの上司を見上げるしかできない。


「ど、どうされたのですか? 何か気に障ることでも――」

「それすら分からぬから戯けと言ったのだ」領主はクラーメル目掛けて唾を吐きつけ、あざ笑った。「このような連中に数日も掛ける必要など無い。まったく、使えぬ奴だ」

「も、申し訳ありません……」

「我が父が、『クラーメル家の人間は優秀だ』というからお前を雇ってやったというのに、とんだ期待はずれだ。

 もういい、お前など要らぬ。すぐ我が目の前から消え失せろ」


 領主のその言葉に、一気にクラーメルの顔が青ざめた。


「そ、そんな! ではクラーメル家の再興はどうなるのです!? 支援して下さると約束して下さったではありませんか!?」

「そんな話は知らぬな。お前がもう少し役に立つ人間であったなら考えもしたが――」


 そう言いながら、領主はクラーメルを不愉快そうに見下ろしていたが、ふと何かを思いついたか、カイゼル髭を撫でながらニヤニヤと口元をいやらしく歪めた。


「そうだな、一つ命令をやろう。それを完遂できるのであれば再考してやってもよいぞ?」

「本当ですか!?」クラーメルは破顔した。「何でございましょうか? どんな難題でもやり遂げてみせます!」

「そうかそうか。ならぜひともやってもらおうか」


 領主は馬上からキャンプの人たちを指差した。

 ――そして告げる。


「ここに居る全員を殺せ」


 クラーメルは自分の耳を疑った。聞き間違いかと思い、フレイを見たが彼女も同じ顔で自分を見返していた。


「ご、ご冗談を……」

「クラーメル。私がお前如きに冗談を言うとでも思うのか? そら、どうした? なんでもやるのだろう?」

「……」


 絶望的な気分でクラーメルはざわつく周囲を見回した。領主を遠巻きに見ていた大衆の視線は今、クラーメルへ注がれていた。怯え、うろたえ、口で言わずとも眼差しが如実に訴えかけていた。

 家の再興か、それとも自身の正義か。

 果たして、クラーメルは震えながら領主へ返答した。


「……できません」

「ほう?」

「そのような事……私には出来ません」

「つまりは、クラーメル家はどうでも良いということだな?」

「民をいたずらに傷つけねば得られぬものであれば……不要です」


 俯いたまま放たれたその返答を予め領主も予期していたのだろう。それ以上クラーメルを煽ることもなくつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「ふむ、であれば仕方あるまい。

 ――代わりに私が命令してやろうではないか」

「っ! お止めください!」


 そう言い放ち、領主は馬の向きを民衆へ向けた。クラーメルはすがりついてでも止めようとしたが、領主は剣の鞘で払い飛ばした。そして柏手を二、三度鳴らして兵士たちの注目を集めると、剣を引き抜き鼓舞するようにして叫んだ。

 その眼は、モンスターの様に紅く輝いていた。


「ここに居る薄汚い連中を追い出せ! 一番多く殺した奴には特別に賞金として百万ジルをやろう! 一人殺せば一万ジルをやる! 合図をしたら『狩り』のスタートだ!」


 市民の殺害命令。如何に領主の命令と言えども兵士たちは戸惑っていたが、賞金の額を聞いて目の色を変えた。

 ここに居る兵士たちとて、決して生活が楽な訳ではない。百万ジルという額は、何年も働いてようやく稼げるだけの金額だ。それが、目の前の武器を持たない連中を殺すだけで手に入るのだ。

 兵士たちの口元が歪んだ。槍が、剣が、弓が、そして濁った兵士たちの眼差しが守るべき市民に向けられていく。キャンプの住人たちからは押し殺した悲鳴が上がった。人々が後退り、緊張が張りつめた。

 領主はニヤリと笑い、血走った眼をなおさら血走らせる。剣を空へと掲げ、怪しげに光を反射した。

 そして、飛沫を飛ばしながら喉が張り裂けんばかりの声で叫ぶ。


「全員、殺せ――」

「それ以上口を開くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 だが、それより前にフィアの怒鳴り声が響き渡った。

 空気をビリビリと震わせ、見えない力で全員をその場に縫い付ける。誰もそこから動けない。

 傍から見ればただの一人の女性でしか無いはず。しかし形容しがたい迫力に押されて兵士たちも立ち止まり身を竦ませ、逃げようとしていた難民の人たちは唖然としてフィアの方を見つめていた。

 ただ、仁王立つフィア。兵士の一人は冷や汗を垂らしながら彼女の方に視線を奪われていたが、ふと正面に気配を感じて振り向く。

 そこにはキーリが立っていた。いつの間にか兵士たちと難民達の間に立ちはだかってマントをなびかせている。風に前髪が揺れ、隙間から真っ黒な(まなこ)が覗き、兵士をジッと捉えて離さない。


「あ、ひぃ……」


 キーリからは何も発しない。だがそれが恐ろしい。キーリに射竦められた兵士はその場に腰を抜かした。

 場は静まり返ったまま。領主もまた馬に乗ったまま振り上げた剣を下ろせずにポカンと口を開けていた。

 そこに向けられるフィアの視線。見るからに怒気をみなぎらせて領主を射抜いた。

 彼女が向けた視線に馬は落ち着きを失くし、いななき暴れだす。呆然としていた領主は突然のことに対応できず馬から振り落とされた。


「ぬ、ぬぅ……おのれ、あのバカ馬が――」


 落馬によってようやく放心状態から戻り、領主は強かに打った腰を擦りながら悪態をつくが、そこに影が覆い被さった。

 フィアが領主を見下ろしていた。高く昇った太陽によって逆光になり、その中でもハッキリとした彼女の瞳が領主を睨む。


「なぜ、あのような命令を出した?」


 先ほどとは一変して、感情を押し殺した声でフィアは尋ねた。領主はフィアの姿に無意識に体を震わせていたが、その問いに我に返ると立ち上がり、髭を指先で撫でながら口の端を吊り上げ眼を剥いて笑った。


「小娘風情が私を見下ろしおって。余程死にたいらしいな」

「答えろ」

「どのような命令を出そうと私の勝手であろう! この国に薄汚い平民など要らぬ!」

「貴様……民なくして如何なる国も成り立たないのだぞ?」


 領主の言葉にフィアはいっそう怒りに震えた。だが領主はその声が聞こえていないように剣先を彼女に向けて叫んだ。


「おい、この女を捕えろ! 牢で私の邪魔をしたことを後悔させた上で殺してやろう!」


 傍に居た兵士に命令し、指示を受けた兵士はハッとしてフィアに近づこうとするが、彼女の眼差しを向けられるとすぐに脚が止まった。

 橙の髪が風になびく。薄汚れたシャツを着ている、そこら中にありふれた出で立ちの女性にしか見えない。しかしピンと背筋が伸びたその立ち姿は凛とし、抗えない何かを感じ取った兵士は、気づかぬ内に膝を突いて頭を垂れていた。


「お、おい! 貴様! 私の命令が聞こえぬのか!?」

「し、しかし……」

「しかしもクソもなぁいっ!」

「しょ、承知しました! すぐに捕らえて――」

「捕える必要などないっ! 殺せ、殺せ! 今すぐに殺せ! 私が自ら殺し尽くしてやるわっ! 今すぐにこの無礼な小娘を殺せぇっ!」


 剣を振り回しながら領主はヒステリックに騒ぐ。血走った眼で一人で怒鳴りつけてまわるが叫ぶ内容はすでに支離滅裂となっており、常軌を逸したその様子に兵士たちも慄き、距離を置き始めた。


「そこを動くでなぁいっ!」


 そう言って領主は、フィアではなく命令した兵士目掛けて剣を振り下ろした。まさか自分が狙われると思っていなかった兵士は反応できず、ただ立ち尽くした。

 その体を、フィアが抱えて転がる。直後に領主の剣が地面を穿ち、砕けた剣先がフィアを襲う。だがそれもフィアの目の前で真っ赤に熱せられて瞬時に溶け落ちていった。


「大丈夫か?」

「は、はい……ありがとうございます」

「危険が迫っていれば助ける。当然のことだ」

「まったく……自分を殺そうとした相手を助けるたぁ、相変わらず優しい奴だな」


 呆けながらも兵士は礼を述べ、フィアは軽く笑って応じる。そこにキーリがやってきて、皮肉を言いながらも二人を立たせた。


「命令された兵士に罪は無いからな。それに、彼も私には剣を向けなかった」

「へえへえ。ま、それでこそお前らしいけどな」


 そう言いながらキーリは嬉しそうに笑い、フィアの髪を乱暴に撫でた。そして真面目な顔で見上げるフィアの眼を覗き込み、尋ねた。


「で、だ――もう、大丈夫なんだな?」

「――ああ、もう大丈夫だ。覚悟は決めた」


 何が、とは問わない。フィアの淀みない返事にキーリは彼女を抱き寄せた。


「んじゃこの話は終いだ。それよりも」

「分かっている。領主の男だな?」


 キーリは頷き、領主を見た。剣こそ折れたものの、彼が叩きつけた地面は大きく抉りとられて大穴が空いている。とてもろくに運動していない細い体でできる芸当では無かった。

 キーリは眼を凝らした。彼の全身は薄い黒幕がまとわりついているようで、更にその内側からは靄のようなものがゆっくり噴き出していた。加えて、地面の奥深くから彼目掛けて魔素の流れが出来ているのがキーリには見え、その顔が一際渋いものになる。


「……もしかして、ステファンの時のように迷宮核が?」

「いや、体の中にそれらしいものは見えねぇな。

 おい、そこのなんちゃって貴族。そうだ、お前。クラーメルつったか?」

「……何だ?」


 再興の道が絶たれたからか、或いは豹変した領主の様子に思考が追いついていないのか。キーリの失礼な呼びかけにも特に反応せず、億劫そうな声でクラーメルは応じた。


「お前、あの髭オヤジの部下だろ? ここであった戦争中、あの髭は何処に居た? 戦争に参加してたか?」

「領主様のことか? ああ、そのとおりだ。ここグラッツェンの前領主との戦争中、常に戦場で指揮を取られていた。流石に前線には出ていないが……」

「なる。

 ってことは……魔素に食われた(・・・・)か……」

「魔素に、食われただと?」


 どういうことだ、と視線で問うてくるフィアとクラーメルに、キーリは軽く説明する。


「簡単に言やぁ野良犬がモンスターになるようなもんさ」

「ま、待ってくれ!」クラーメルが頭痛を堪えるような仕草で頭を押さえた。「モンスターの話は分かった。冒険者ではないので詳しくは無いがモンスターの発生についてのそういった学説は聞いたことがある。だが、そんな事が人間にも起こり得るのか?」

「実際起きてんだよ、目の前でな。ここ最近はただでさえ魔素が濃かったからな。元々性根も歪んでたみてぇだし、大量に人が死んで怨嗟の塊を浴びてたんならああなる理由も納得が行く」

「なるほどな。そういうことか」

「し、しかしだな……」

「それ以上の詳しい説明は後だ、後。それよりもさっさとあの領主を片付けんぞ」

「片付けるなどと……まさかお前! 領主様を弑する気か!?」

「他にどうしろってんだよ」


 抵抗を見せるクラーメルにキーリは溜息で応答した。先程のように散々コケにされてなおも領主を心配する彼には呆れもするが、難民を家の再興よりも難民を選ぶ程度には貴族らしくない貴族だ。根っから善人なのだろう、とキーリは眩しそうに眼を細めた。


「言っとくけどな、あそこまでなったらもう元に戻せねーぞ」

「だからと言って命を奪うなどと――」


 キーリの方針に、クラーメルはなおも異を唱えた。

 だがその時、突如として地面が揺れ始めた。



お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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