8-3 始まるメイク・マイ・デイ(その3)
第3部 第45話になります。
よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/03/17
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
フレイ:グラッツェンで人々を支える修道女。倒れたフィアを介抱していた。
「何をしているっ!」
だがそんな彼女らの間に一人の男性の怒鳴り声が響いた。フィアも、彼女と対峙していた兵士、そして周囲で見守っていた人々も一斉にその声の方に振り向いた。
声が聞こえたのは兵士たちの後方からだった。兵士たちが左右に分かれ、跪いていく。
そして後方から深緑の軍用制服を着て、その上から臙脂色のマントを羽織った男性が早歩きで姿を見せた。
「く、クラーメル様……」
「やはりこうなったか……君らは下がっていなさい」
溜息を吐きながらこめかみを押さえ、兵士たちを下がらせる。銀色の髪をオールバックに撫で付け、整った顔立ちで若く見えるが生真面目そうなその雰囲気には何処か苦労が見え隠れしている。
その人物にフィアは覚えがあった。それは相手も同じようで、顔を上げて彼女を確認すると驚いたように目を見張った。
「貴方は……」
「君は確か先日の……そうか、君もこの場所に辿り着いたか。元気そうで良かったよ」
貴族らしいその男性はフィアを見て微笑むも、何処か困ったような表情を浮かべた。フィアはその様子に首を傾げながらも先日の礼を述べる。
彼は先日、視察をしていた領主から助けてくれた男性だ。殴打しようとする領主からフィアを庇い、当座のお金として金貨までくれた。ティムたちにあげようとした金貨は結局フィアの元に戻ってきて今も彼女の外套のポケットに入ったままだった。
「いや、礼には及ばないよ」男性はフィアの礼に首を振った。「あのくらい、当然の事だ」
「ならば礼を伝えるのも当然の事ですから。ありがとうございました」
「律儀な人だね。しかしこうして元気な姿で見ると立ち居振る舞いといい、平民とは違うようだ。もしかすると君も何処か――」男性は何かを言いかけて口を噤み、首を振った。「いや、下手な詮索はよそう。ああ、名乗るのが遅くなった。私はクラーメル。領主様の下で復興の指揮を取っている。今回は兵たちが無礼な事をしたようだ」
謝罪とともに手が差し出され、フィアもその手を取る。
「フィアです。
あの……ここの人たちに武器を突きつけていたのでこちらも強硬な手に出てしまいましたが、何故このような事に? 貴族ともあろう方がどうしてここにいらしたのですか?」
「兵たちの横暴は謝罪する。ここに居る人たちも、申し訳ない」
見るからに身分の高そうなクラーメルが頭を下げたことで、周囲にいた人たちもざわつく。それまではクラーメルを見る眼も厳しかったが、何処か戸惑った雰囲気が辺りに流れた。
フィアもまた驚き、クラーメルを見た。真摯に頭を下げるその態度は誠実さがあるように思え、身なりは貴族らしいがその様子は良い意味で貴族らしくないようだった。顔を上げてもその表情には屈辱といった感情は見られず、当然の事をしたと言わんばかりだ。
「もしかして……ここの視察に来られたのですか?」
街を治める者として、街の様子を自らの眼で確認することは大切なことだ。先日も領主と共に街を回っていた事を知るフィアは、今回もそうなのかと思い尋ねたが、クラーメルは端正な顔をしかめて首を横に振った。
「いや、私が来たのは――」
「クラーメル様」
クラーメルが事情を話そうとした時、彼の名を呼ぶ声がした。フィアが後ろを振り向くと、そこには肩で息をするフレイの姿が。更に後ろには一緒にやってきたキーリの姿もある。
「キーリ」
「よぉ。派手にトラブルでも巻き起こしたかと思ったぜ」
「お前じゃあるまいし、そんな事をするわけなかろう」
「分かってるって。冗談だ。んな怒んな」
口をとがらせたフィアの頭をキーリは撫で、嬉しそうに笑った。怒った素振りをわざと見せる彼女だが、キーリから見てもフレイの言うとおり少し顔が明るくなったように思えた。それどころか、何処か吹っ切れたような気配さえある。事情は分からないが、ともあれ、それがキーリは嬉しい。
キーリはフィアから視線を外し、フィアもまたキーリからクラーメルの方へ向き直る。その先では、フレイが険しい顔をしてクラーメルの前に進み出ていた。
「シスター・フレイ」
「また来られたのですね……」
「ええ。何度でも」そう言ってクラーメルは息を吸い、感情の篭もらない冷徹な眼でフレイを見下ろした。「今日こそはこの場所を明け渡してもらいたい」
「なっ!」
彼の言葉に驚いたのはフィアだ。だが周りを見ても誰一人彼女のような反応は示していない。人々も、先程の緩んだ空気からまた一変して苦虫を噛み潰したようにしてクラーメルを睨めつけ、キーリもまたフィアの肩に手を置いたまま平静な様子で二人のやり取りを見ていた。
「ど、どういうことですか!?」
「どうもこうもない」
叫ぶフィアの声にクラーメルの眼が一瞬だけ揺らぐ。しかしすぐにまた眼から感情の色が消えた。
「言葉通りだよ。この荒廃した街の復興の第一歩として新たに新市街を建設するのだ。その予定地としてこの場所が選ばれてね。シスター・フレイたちには度々この場所を明け渡すよう要請しているのだが、中々応じてくれなくてこちらも困っているんだ」
「何度来られても返答は同じです。大勢の人がまだ動くこともままならないのですよ。それに、元気になっても彼らには帰る家もないのです。そんな彼らを追い出すなどということ、私たちにはできません」
「だがこのままでは復興も進まない。そうなれば、ここに居る皆だけではなくもっと多くの人たちが飢えや病に苦しむことになる。壁も復旧しなければ街にモンスターが蔓延るようなことにもなりかねない。そうならないためにも一刻でも早く我々は街の復興を急がねばならないのだよ」
「でしたらせめて、一時的にもここのみなさんが雨露をしのげ、モンスターの恐怖から解放される居場所を準備してください。街の復旧を望み、人々の安寧を願う気持ちは私たちも同じです。そうして頂ければすぐに協力致します」
「それはできない。残念ながら復興の予算も無限ではないのだし、これだけの人数が住まう場所など今の街にはどこにもない。他の街に向かうなり、街の外で場所を確保するなりしてほしい」
「危険な場所に彼らを放り出すと仰るのですか!?」
「……不本意だがそういうことになる」
「クラーメルさん! 本気で言っているんですか!?」
黙っていられずフィアが詰め寄るもクラーメルは軽く目を伏せて頷いた。フレイもまた苦々しく眉間にシワを寄せ、うめくように言葉を絞り出した。
「そんな事……できるわけがありません。せっかく皆さんも戦火の恐怖から抜け出そうとしている中で、希望を奪う真似なんて……」
「あー、ちょっちいいか?」
平行線をたどる三人の会話を見かねて、キーリが手を挙げ会話に割って入る。
「なんだね、君は? 申し訳ないが今はシスターと話しているのだ」
「キーリさんは私たちのお手伝いをして頂いています。議論に加わる権利はあるはずです」
クラーメルはキーリを追い払おうとするも、フレイが助け舟を出す。キーリは彼女に軽く目配せして感謝を告げると、クラーメルの傍までやってきて一礼した。
「失礼するぜ。
さっきアンタはここに居る全員が住まう場所なんてねぇっつったよな?」
「ああ、そうだが?」
「でも一箇所あるぜ?」
「なんだと?」
「本当か、キーリ? 何処にある?」
期待にフィア、フレイ、そしてクラーメルまでもがキーリの顔を覗き込んだ。
フィアとフレイが反応するのは分かる。だがクラーメルについては予想外だったな、とキーリは思いながらこの街で一番巨大な建物を指し示した。
「領主様の城だよ。こっから見た限り多少壊れちゃいるが、あんだけでかい建物なら、少なくとも今居る連中は入れるだろ。ま、少々おしくら饅頭状態だろうけどな」
「そのオシクラマンジュウというのが何なのかはよく分からないが……確かにあそこなら何とかなりそうだし予算も問題ないだろうな」
「クラーメル様。お願いします。場所だけで良いのです。物資などは私たちの方で準備致します。なのでどうか……」
フレイはクラーメルに深々と頭を下げて懇願した。隣でフィアも頼み込み、しかしクラーメルだけは一層苦々しく顔を歪めていた。
「……無理だ」
「確かに私たちのような者が貴族様と共に住まうのは不敬と思われるかもしれません。ですがそこを――」
「ダメだ。それは絶対に認められん」
強張った声。頑なにクラーメルは拒んだ。彼の表情、声色、その他全てがその提案を拒絶し、それ以上の議論の余地がない事を示していた。
それまでのクラーメルの主張も頑なだったが、話に応じるだけの余裕はあった。だが今の話に関してはそんなものは無く、それ以上話題に出すことさえためらわれた。それをフィアとフレイも感じ取り、不思議に思いながらもひどく落胆した。
だがそんな中、キーリだけは顎を撫でながら考え込むような仕草をしていた。次いでこめかみをトントン、と叩き、「あー、クラーメルさんよ」と溜息混じりに声を掛けた。
「もしかして領主様の命令ってさ、単に俺たちを追い出すなんて優しいモンじゃなくて、もっと過激なモンだったんじゃねぇのか?」
「……」
「どういう事だ、キーリ?」
「なんとなくの思いつきだけどな」キーリは言葉に迷い、周囲に聞こえないよう声を潜めた。「つまりは、領主様は俺たちをこの街から一掃するのが目的ってことさ。そのためには手段を選ぶつもりはないってな。それこそ――武力でさっさと皆殺しにしてしまえ、くらいは言われてんじゃねぇの?」
キーリの推測を聞き、フィアの背に怖気が走った。そしてフレイと同時にクラーメルの方を振り向いた。
「……本当ですか、クラーメル様?」
「……」
フレイが問いかけてもクラーメルは無言だ。だが否定はしない。つまりは、それが答えだった。
「そんな……」
「領主様は……この機にここグラッツェンを全く新しい街に作り変えるつもりでいらっしゃる。上級貴族の方々を多く招き、共和国からも巨大な商会の支店も誘致して行く行くは豪華で豊かな一大経済都市となるだろう」
「なるほどな。そのためには貧乏な平民は邪魔だって事か。それならどんなにお願いしたって城に住まわせてくれるなんてこたぁねぇだろうな」
「そういうことだ。だから皆には一刻も早くここを出ていってもらいたい。その気になれば……力づくで追い出すのもやむを得ないと考えている」
そう言うとクラーメルは睨むような目付きで三人を見回した。口はへの字に堅く結ばれ、それはコレ以上の交渉に応じることは無いと告げているようにフィアは思えた。
「クラーメルさんは……それでいいんですか?」
フィアの声が震えた。
優しくて、親切な人。少なくとも悪い人ではない。フィアはクラーメルをそう評していた。
横暴な領主から助けてくれたし、金貨一枚とはいえ私財を分け与えてくれた。フィアと再会した時も、無事を喜んでくれているように見えた。
だが今の彼の眼は冷たさを湛えていた。口調は事務的で人としての暖かさがない。フィアは彼の本心が分からず、彼の肩を掴んだ。
「本気で、そう考えているんですか?」
もう一度問うと、クラーメルは歪んだ顔をフィアから背けた。
「……」
「いいんですかっ? このままだとたくさんの人が居場所を失ってしまうんですよっ! 生まれた場所を追い出されてしまうんですよっ! クラーメルさんはそれでいいんですかっ!?」
「良いわけがないだろうっ!!」
黙っていたクラーメルの怒鳴り声が響いた。突然の大声にフィアは思わず彼から手を離し、周囲の人たちも一斉に振り向いて彼に視線を集める。
クラーメルは俯き、唇を強く噛んで溢れる感情を押し込めた。だが、握り込まれた両拳は震えていた。
「良いわけが、ない……っ! だが……一人の理想だけで世の中は生きていけないんだ……!」
「クラーメルさん……」
フィアは掛ける言葉が無かった。同時に彼の言葉は彼女自身にも深く突き刺さった。
それでも何か言わなければ。そう思いフィアはクラーメルに声を掛けかけるが、彼女の肩にキーリの手が置かれた。
「キーリ……」
眉尻を下げたフィアにキーリは黙って首を横に振った。それを受けてフィアも力なく頭を垂れた。
「ありがとうございます、フィアさん。真剣に考えてくれて」
「フレイさん……」
「気持ちだけでも嬉しいですが、これも光神様が私たちにお与えになった試練なのでしょう」
息を吐きながらフレイは眼を閉じて空を仰いだ。漏れた彼女の呟きは、彼女自身に言い聞かせているようでもあった。
「クラーメル様」
「シスター……」
「クラーメル様の苦しいお心、お察しします。これ以上お心を乱すのは私たちも苦しく本意ではありません。この場所を明け渡し致します」
「……すまない」
「謝罪など不要です。ですが……他の者達を説得したり、片付けをせねばなりません。もう数日だけご猶予を頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ……それくらいであれば待とう」
「感謝致します」
微笑んで感謝を述べたフレイに、向かい合うクラーメルの唇が震えた。
「明け渡すのは良いんだが」キーリがフレイに尋ねる。「ここを出て、どうするんだ?」
「どう……しましょうか? とりあえずは暖かいところを目指して南へ向かいましょう。苦しい道になるでしょうが、乗り越えた先にはきっと安住の地が待っていると信じて私たちは歩き続けます」
「そっか……なら、そうだな。ヘレネムの方へ向かうといいぜ。何もねぇ田舎だが人は暖かい。貧乏な田舎だから最初は苦労するだろうけど、そこをクリアすりゃ後はゆっくりと落ち着いて過ごせると思うぜ。どうせ俺らもそこに戻るからな。道中の安全は保証してやるよ」
「そうですか」キーリの提案にフレイは小さく息を吐き出して、何処か寂しそうに笑みを浮かべた。「でしたらそちらへ向かうこととしましょう。ありがとうございます」
「良いってことよ。アンタみてぇなシスターだったら、俺のダチも歓迎してくれるだろうよ。なぁ、フィア?」
「え? あ、ああ」
立ち尽くすフィアを気遣ってか、キーリが話を振ってくる。
だがフィアはうまく反応できずどもってしまい、彼女をキーリが小突いた。
「テメェが辛気臭ぇ顔してんじゃねぇよ。あ? こうすりゃそのクソッタレな顔は引っ込むんか?」
「こ、こら! 頬を引っ張るな!」
「ふふ、お気遣い感謝します、キーリさん」二人のやり取りにフレイはクスクスと笑った。「お優しいのですね。最初はあんなに突っかかってきてたのに」
「そいつはもう謝ったろ? アンタは信頼に値する人間だと分かったからな。それに」
「それに?」
「奪われる立場の辛さは知ってるからな。俺も、コイツも」
頬から手を離し、キーリはフィアの頭に手を乗せる。その重さに押され、フィアは眼を伏せた。
大切なものを奪われるのは、ただ失うよりも辛い。キーリの言うとおり、フィアにはその辛さがよく分かる。この三年間、どれだけ己の弱さを呪ったか。何度悪夢を見たか。
どれだけ強い想いがあろうと。
どれだけ綺麗事を並べようと、それを実現するには力が要る。力が無い者は、奪われるだけ。居場所であったり、財産であったり――大切な人であったり。
(父上、エーベル――……)
失くした人を思う。そして隣の強き人をフィアは見上げた。
奪われ、それでもなお立ち上がった大切な人。同時に、自分をも支えてくれた愛しい人。
(キーリのように――)
優しく、そして強くありたい。誰かのために、自分も立ち上がりたい。
(いや――そうじゃない――……!)
誰かのために、じゃない。私が彼らを救いたい。
他者を理由にするのではない。私が、自分の意志で動くのだ。
悔やむだけの時間は、終わりだ。フィアは強い意思を持って、顔を上げて一歩を踏み出した。
だがそれを阻もうとする者が現れた。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




