8-2 始まるメイク・マイ・デイ(その2)
第3部 第44話になります。
よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/03/15
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
フレイ:グラッツェンで人々を支える修道女。倒れたフィアを介抱していた。
フレイに指示された通りにキャンプの西側で怪我人の世話をしたフィアは、そのまま付近のテントで過ごす人たちの世話をしていた。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「ああ、気持ちいいよ。アンタみたいなめんこい子に背中拭いてもらえるたぁ、ワシも幸せもんだな」
「おだてても何も出ませんよ?」
濡らした布で背を拭いてやると、老人の口から気持ち良さげな溜息が漏れる。フィアはその声に嬉しそうに眼を細め、丁寧に腕や首周りを拭いていってやる。拭き終わると手早く準備してあった包帯を巻きつけていき、服を着るのを手伝ってやった。
「ふぅ、スッキリしたよ。ありがとうよ、お嬢さん」
「どういたしまして。それじゃまた安静にしてくださいね」
何処かぎこちない笑いを何とか浮かべながらフィアは立ち上がり、また別の人の所で腰を下ろした。そして同じように話しかけながら、傷に障らないよう注意して体を拭いていく。
「ごーしごーし」
「ごーしごーしっ!」
「うひ! こら、やるならもうちょっと――うひゃっひゃ! くすぐってぇ!」
傍では子どもたちの楽しそうな声が響く。そちらに顔を向ければ、フィアの真似をして小さな男の子と女の子が男性の背中を拭いていた。だがどうやら力加減が絶妙らしく、身を捩って笑い声をあげながらくすぐり地獄から逃れようとしていた。
熊人族らしい強面を歪めて逃げる男性と、より一層楽しそうに笑いながら追いかける子どもたち。怪我人だらけのテントの中が賑やかになり、しかし悪い気はしない。
「たすけてくれぇ~!」
「ひゃっひゃ。諦めておもちゃになりな」
いつの間にか増えていた子どもたちについに捕まり、もみくちゃにされながら男性が悲鳴を上げる。だが当然ながら誰一人手を差し伸べる人はおらず、傍にいた老婆の楽しそうな言葉がその場の総意であった。
子どもたちの笑い声につられるように、大人たちも笑う。大人も子どもも屈託なく笑う。決して明るくない未来が見える中でも今だけは暗さ辛さよ吹き飛べとばかりに、底抜けに無邪気に誰もが笑った。
笑いは伝染し、子どもたちとのやり取りを直接見ていない人からも笑い声が響く。
何故だから分からない。でも子どもたちの声を聞いているとそれだけで楽しくなってくる。そしてそれはフィアも同じであった。
「くっくっく……あははは!」
他の人たちと同じように肩を震わせ、腹を抱えて大きな笑い声をあげる。笑いの渦は一頻り続き、獲物となった大の大人が髪をくしゃくしゃにした状態で、ほうほうの体で逃げ出したのを見てまた笑いが起きる。
「あー……笑った笑った。大丈夫ですか?」
「そう思うんなら最初っから助けてくれよぉ……笑い死ぬかと思ったぜ」
全く心配していない口調でフィアが尋ねると、男性は眉尻を下げた情けない顔を向けた。それがまた何故だかおかしくて、フィアはクツクツと喉を震わせた。そして暴れたせいで解けてしまった腕の包帯をまた結び直してやる。
(それにしても……)
今みたいに腹を抱えて笑ったのは、果たして何時以来だろうか。今の逃亡生活を送る前か、それとも養成学校の時だろうか。
ただ楽しいから笑うという、それだけの行為なのにずいぶんと遠ざかっていた気がする。笑うというのはこんなにも心が晴れ、気持ちよくなるものだったか、と今更ながらに気付かされた。
「……なんだ、嬢ちゃんも自然に笑えるんだな」
「え?」
「アンタを見始めたのはここ最近だけどよ、いつも笑ってんのか怒ってんのか分かんねぇ顔してたからさ。でも今のアンタ、いい顔で笑ってるぜ?」
「そうですか? 自分では良く分からないのですが」
そう言いながらフィアは自分の頬を触ってみた。痩けていた頬の肉がだいぶ戻った気はするが、それ以外の変化は良く分からない。
「おう、立派に笑ってるぜ。こんなご時世だ。嘆いたってどうにもならないからな。
せっかく生き残ったってのに、今にも死にそうなツラ見てたらこっちの気分まで暗くなるしな。だったら笑って気持ちだけでも明るい方がよっぽどマシってもんさ」
「普通はそれも難しいですけど――」
フィアは顔を上げた。テントの中には笑顔が溢れている。ここだけではない。他のテントでもみな明るく振る舞っていて、こんな辛い状況でも悲壮感はどこにもない。
これもみんな――
「フレイさんたち、シスターのおかげですね」
「ああ、俺もそう思うぜ」
彼女らが作り上げてきた空気はしっかりと根を張っている。多少のことではびくともしないだろうとフィアも思う。しかし、また戦火というものは容易くこの空気を焼き尽くしてしまいかねない。戦の狂気はそれほどに強い力を持っているのだ。
(それだけは……)
避けねばならない。何としても、この笑顔を失わせてはいけない。
それはきっと何よりもかけがえのないものだから。フィアはそう思った。
でも。
(なのに、私は――)
フィアは胸の奥が熱を持ったのを感じた。疼痛がむず痒く、思わず胸元のシャツを握りしめた。
為すべきことが見えたような気がした。そう自覚すると、ますます胸の奥が熱くなってくる。燃えるような衝動。それが何かは分からない。だがもう少し、あともう少しで分かるのではないか。そう思うと一層強い衝動が彼女を急かし、いつの間にかその場に立ち上がっていた。
「ん? なんか外が騒がしいな」
男性の声にふとフィアは我に返った。すると、耳を澄まさずとも聞こえてくる騒がしい声。何だろうか、とテントから外に出て騒ぎの方へと向かった。
「下がれ下がれっ!」
「道を開けろっ! ここはお前らの居る場所ではない!」
怒声と悲鳴が入り交じってフィアに届いてくる。逃げ出した人の流れに逆らって、フィアは騒ぎの中心に進んでいく。
果たして、そこには槍を持った兵士たちが居た。彼らはキャンプにいた人たちに刃を向けて威嚇し、追い払っていた。戦争を思い起こすその刃にその場に居た人たちは慄き、笑顔が消えていた。
そんな中、逃げ出さずに威圧的な兵士たちを睨みつけていたティムを見つけた。
「ティム」
「フィア姉ちゃん……」
「何が起きてるんだ? この兵士たちはいったい……?」
「こいつら、領主の兵士だ。俺たちが邪魔で追い出そうとしてるんだよ……」
「追い出す……」
ティムの説明を聞き、フィアは眉間に皺を寄せた。下唇を強く噛み、両拳が握りしめられて震える。
そのまま少しの間だけ立ち尽くし、眼を閉じる。それは自らの声なき声に耳を傾ける行為だ。フィアは自問し、やがて顔を上げるとキッと視線を鋭くして兵士たちの前へと進み出た。
「フィア姉ちゃんっ!」
「大丈夫だ、ティム。それよりフレイさんを呼んできてくれ」
フィアがそう頼むと、ティムは迷ったように彼女の顔を見上げた。だがすぐにフィアに背を向け、人混みを押しのけフレイを探しに走り去っていった。
フィアは足音でティムが去ったのを感じ取ると、正面の兵士に向かって平坦な口調で問う。
「ここで何をしてるのですか?」
「何だ、お前はっ!?」
「我らの邪魔だてするなら容赦はせんぞ!」
兜を被った厳しい兵士たちがフィアに槍を向け怒鳴りつける。だがフィアはそれに臆することなく再度問いかけた。
「何をしているのか、と聞いています」
「答える必要はない! 引っ込んでいろっ!」
兵士の一人が近づき、そして邪魔だと言わんばかりにフィアを見下ろしながら突き飛ばそうと腕を伸ばした。
しかしフィアは半歩だけ体をずらし、そのまま兵士の脚を引っ掛けるとフィアより大柄な体が転がった。悲鳴と歓声が入り交じって周囲が騒がしさを増した。
「女ァッ! 手を出したなっ!? ただでは済まさんぞ!」
「先に手を出したのはそちらでしょう」
「口答えするなぁっ!」
そこらのゴロツキのような横柄な態度で兵士が怒鳴りつけ、槍をフィアに向かって突き出した。
刃がフィアへと迫る。その刃からフィアは眼を逸らさず冷静に軌道を見極め、鋭く一歩を踏み出した。
兵士の懐に潜り込み、胸元に掌打を叩きつける。鎧の上からの攻撃だが兵士は「ぐえっ!」とうめき声を上げながら吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がっていった。
「このぉっ!」
仲間の一人がやられたのを見て、次々と武装した兵士がフィアへと襲いかかっていく。同じ意匠をした剣を鞘から引き抜き、振り下ろす。四方を取り囲み、次々と槍を突き出したり背後から掴みかかったりとフィアを殺すつもりで迫っていく。
フィアはそれらに全て無手で応じた。巧みな動きで攻撃をかわし、打撃で屈強そうな男たちを打ち倒し、コロコロと地面に転がしていく。
始まる前は不安そうにして彼女を止めようとしていた周囲の人たちだったが、兵士たちを子供のようにあしらっていく彼女の姿を見て次第に歓声が大きくなっていった。
自分たちの世話をしてくれている、兵士と比べて体も小さく細身の女性が武器も使わず相手を倒していく。その様は爽快だ。弱者の味方が権力者へと颯爽と立ち向かっていく彼女の姿に、誰もが見惚れていた。
やがてものの一分も経たぬ間に、立っているのはフィアだけになっていた。死屍累々の様相を呈す転がった兵士たちからはうめき声が聞こえ、フィアは軽く息を吐き出すと根本の紅くなった髪を掻き上げた。
「これにこりたら人々に刃を向けるのは止めることだ」
「くそっ……このアマが……!」
「それでもまだやると言うのなら――いつだって私が相手になってやる」
ヨロヨロと起き上がった兵士たちに向かってフィアが一歩踏み出す。鋭い視線からは威圧感がにじみ、ジャリとフィアの靴底が地面と擦れる音を立てる、と彼女の気迫に押されて兵士たちはうろたえた。それでもこのままでは終われないのか、兵士たちは怯えを見せながらもまた各々の武器をフィアに向けた。
再び緊張が高まる。周囲の人集りから息を飲む声が聞こえた。
「何をしているっ!」
だがそんな彼女らの間に一人の男性の怒鳴り声が響いた。
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