7-7 彼の者はその眼に何を見るか(その7)
第3部 第41話になります。
よろしくお願いします<(_ _)>
初稿:18/03/08
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
ミュレース:レイスの後輩メイド。コーヴェルの命でフィアに王位につくことを促した。
ユーフィリニア:王国の現国王でありフィアの兄。父親を殺して王位についた。
綺麗に整備された街道を馬車が鈴なりになって進んでいく。一番豪華な馬車を中央にして、それを挟み込むように一台ずつの編成で、更にその前後と両脇を数人の騎馬が囲む。そしてまたその外側に歩兵が固めている。
それはユーフィリニア王が進む一団だ。数年前から一時的に荒れてしまった南東方辺境伯領の回復状況を抜き打ちで視察する、という名目の下、彼はお忍びで南部を目指していた。
お忍びというには豪華な、しかし一国の王が移動するにしては頼りない一団は順調に首都・レディシアから辺境伯領の領都であるオーフェルスへと進んでいく。中央の豪華な馬車の中では当然国王であるユーフィリニアがくつろいでいるのだが、その前後の馬車には実務的な一切を取り仕切る官僚と王の世話をするための使用人が乗っている。
そして、そのメイドの中にミュレースは居た。
普段彼女が着ているものよりも数段仕立ての良いメイド服を着込み、黒髪は王好みで選ばれた他のメイドと同じ明るいブロンド色へ。子供っぽさを演出していたツインテールは解かれて大人びたショートボブとなっている。
顔立ちも普段の子供っぽい素顔とはまるきり異なっていて、化粧技術と水神魔法を駆使した変装により彼女は完全な別人と化していた。行儀よく顔色一つ変えず静かに座席に座る様は、まさに大人の女性と言った雰囲気を醸していた。
(コーヴェル様……貴方のためなら何だってやり遂げてみせましょう)
間諜同士が互いにそうであると明かすことは早々無いが、逆に同じ主に仕える者同士であると分かれば彼女らの繋がりは強固である。特に主に対する忠誠が強ければ強いほど、互いに手を貸し合う。
王が南部で教会の人間と会う。現在もまだ王城で裏の仕事を続けるかつての仲間からその情報を手に入れたミュレースは即座に動いた。
フィアの下へ向かう旅程を繰り上げてハーユクゥマを発った彼女は変装して、何食わぬ顔で王の一団へと合流。メイドの一人とそっくりに化け、ある程度は遊んで暮らせる金と共に強制的に入れ替わり放置した。そうして数日が経過しているが、今のところバレている様子は微塵も見られない。
なんとしても、王と教会の人間が会談を持った証拠を手に入れる。その為に彼女は一度王城に忍び込んで、現場の映像を記録するための高価な魔法具――カメラのようなもの――まで持ち出したのだ。ミュレースは無表情な鉄面皮の下で強い決意をにじませる。
いったい、いつ会談が行われるのか。早くコーヴェルに成果を届けたい。彼の役に立ちたい。彼に、希望を持ってもらうのだ。焦れる気持ちを抑え込み、その時を彼女はひたすらに待った。
「全隊、止まれぇっ!」
馬車の中まで護衛隊長の声が届き、一定のリズムを刻んでいた馬車が停止した。閉じていた眼を開けて外を見遣れば、時刻は夕刻前といったところだ。
何かあったのだろうか。同じ馬車に乗っていた他のメイドと顔を見合わせていると、馬車の扉が開かれ、官僚らしい身なりの良い服装をした三十歳ほどの男が怜悧な目付きでミュレースたちを睨めつけた。
「本日はこの村に宿泊します。皆さんは速やかに王の身の回りのお世話に移ってください」
その言葉にミュレースは驚きを隠せなかった。
言われるがままに外に出てみれば、そこは寒村も寒村だ。村人の姿は無く、しかし古びた建物はそのまま残っている。おそらくは事前に先触れが出されて人払いがされたのだろう。朽ち果ててしまいそうな家屋に混じって、兵士たちの手で急ピッチで王用の簡素な天幕が準備されている。
今朝方にスフォンを出たばかり。王都から東に向かいスフォンを経由して南方へ向かうルートを考えると、もうしばらくすれば少なくとも小さな町には辿り着くはず。頭の中に地図を思い浮かべミュレースはそう思った。
空はまだ明るく、町に辿り着く時間は十分にある。安全面で考えてもいつモンスターに襲われるか分からない村よりも、柵や石壁で囲まれた町の方が優れている。こんな誰もいない名も無き村で一泊するなど不自然だ。
(動向を注意しておく必要がありますね……)
今日か明日か、間違いなく近日中に何かしらの動きはあるはず。ミュレースは与えられたメイドの仕事をそつなくこなしながら、常にユーフィリニア王の動きに気を配り続けた。
山間の村で四方を兵士たちに囲まれた食事を取り、王の一団にも穏やかな時が流れる。当直以外の騎士や官僚、メイドには暇が出され眠りに就いている。王の天幕からは煌々とした灯りが漏れ、時折楽しそうな笑い声が響いていた。
ミュレースはメイドたちに割り当てられたテントから抜け出し、王のテントの上からジッと見下ろしていた。
木の枝の上で気配を殺し、ただひたすらに待つ。待つという行為は苦手ではない。表に出さない仕事の大部分は待っている時間だ。だが今のミュレースは、その慣れたはずの待つ時間がまどろっこしく感じられた。
(まだなの……いえ、焦ってはダメ)
気が逸るあまり呼吸がかすかに乱れ、それに自分で気づいて気を落ち着ける。風が奏でる葉擦れの音に紛れて一度深呼吸をし、乱れた鼓動を整えた。
眼を閉じ、再び顔から表情が消える。それからどれくらい時が経ったか。彼女が見下ろす先で動きがあった。
兵士らしき装備をした一人が天幕に駆け寄る。立ち止まって番をしている騎士に敬礼をすると天幕の中に入っていった。
それとほぼ同じくしてミュレースは後ろの方から、風音に混じって落葉を踏みしめる足音を聞き取った。
(来た……!)
やってきたのは五名。夜でも分かる白を基調とした鎧を着込んだ騎士然とした男女が中央の人物を取り囲む形で近づいてくる。そして中央の人物は、こうした道を歩くにはいささか不釣り合いな白いゆったりとしたローブを着込んでいた。その上には鮮やかな色合いのストールを肩に掛け、更に上からまた白を基調としたマントを着けている。
頭は禿げ上がり、対象的に口から下には白いあごひげをたっぷりと蓄えている。鋭く警戒の視線を飛ばしてまわる周囲の護衛騎士とは違い、彼だけは好々爺とした穏やかな笑みを崩さない。どうやら彼こそが教会からの客人らしい。
彼の来訪を聞かされた王が天幕から出てきて、軽く握手と挨拶を二、三交わす。その様子をミュレースは魔道具に収めた。
それから二人は天幕を離れ、朽ち果てた村の家々の中で一番大きい家の中へと入っていった。
ミュレースもメイドとしての仕事でこの家の手入れを行っていた。元は村長の家だったようで古びた外観と村の規模の割りに内装は整っており、そこに彼女を含む数人のメイドで更に磨き上げていた。最初はこの家に王が泊まるのか思っていたが、なるほど、どうやら会談会場だったらしい。
王と教会の人間が並んで家へ向かう姿まで魔道具に映し終えると、彼女は木々の間を跳躍してその家へ近づいていく。宙を舞いながら見下ろすと、王と教会の司教の二人だけが室内に入っていった。他の人間は入り口の警護に当たるらしい。
見つからないように慎重に移動し、やがて彼女は王たちが入った家の屋根に静かに降り立った。そして家の手入れ中に細工していた屋根の少し下の穴から中を覗き込んだ。
(あくまで念のために開けただけだったけれど……)
まさか役に立つとは。ミュレースは自分の幸運に微かに微笑み、屋根に張り付いて二人の会話に耳を澄ませた。
「まずは改めて。遠い所からお越し頂いて感謝する、エヴィル司教」
ゆったりと椅子に座ったユーフィリニアが口火を切った。相対するエヴィルと呼ばれた司教は「ほっほ」と笑い声を上げながら禿頭を掻いた。
「いやいや、こちらこそ王から声を掛けて頂くとは思いもしませんでしたぞい。田舎司教としてこのまま生を終えるものとばかり思っておりましたからの。こちらこそお目にかかれて光栄ですわい」
「謙遜は無用だ。司教こそ次の大司教間違い無しと噂になっている。私としても司教のような方と繋がりを持てて嬉しく思っているところだよ」
「ほっほ。流石は若くして国を治める王じゃ。手腕も確かなら人を煽てるのも達者じゃの。
して、本日は何用でこの老いぼれを呼びつけなさったのじゃ?」
「――まずはこちらを」
そう言ってユーフィリニアは袋を取り出し、テーブルに乗せた。司教に向けて押し出すと重そうな音がした。
司教はそれをつかみ取って中を覗き込む。深い皺の刻まれた片眉がピクリと跳ね上がり、笑顔のまま王の顔を見つめた。
「……ふむ、これは何でしょうかな?」
「なに、個人的な寄付だよ」ユーフィリニアはテーブルに肘をついて笑った。「恥ずかしながら我が国は今、乱れている。民の安寧は王家としての義務だが、そこまで手が回らないのが現状だ」
(良く言うわよ……)
ミュレースの拳が自然と握り込まれ、震える。何もしていないくせに、とミュレースは思わず吐き捨てそうになったが辛うじて堪えた。
「そうした状況下で教会の方々にはご尽力を頂いている。特に司教の管轄においては積極的に街を巡回して頂いていると聞いてな。ぜひ御礼を、と考えたのだが、教会の方々はみな謙虚で高潔だ。故に御礼を申し出ると逆に失礼に当たると思ってな。
ならば今後の活動の足しにでもなれば王国としても助かる、というわけで寄付を申し出た次第なのだよ」
「なるほどなるほど、儂ら教会の事をよくご存知でいらっしゃるようじゃ。お心遣い痛み入りますぞ。
しかし、せっかくこれだけの大金を寄付頂いたのじゃ。これはますます世のため人々のため活動に力を入れねばなるまいとこちらとしても思うのじゃが、どうじゃろう? もし宜しければ――可能な限りという但し書きはつきますがの――多少の融通も効く。何かお望みはありますかの?」
「さて、どうだろうな?」
そらっ惚けた素振りでユーフィリニアは肩を竦め、朗らかで無垢な青年のように歯を見せて笑った。
「私としてはできれば王国の人々のためにご尽力頂ければ十分とは思うんだがな。しかしいつ何が起きるか分からないのが世の常。そうして王とは言いながらも私に出来ることは限られている」
「王国の王ともあろう方がそう仰られても謙遜にしか聞こえませんぞ? もっと誇られても良いと思いますがの」
「なに、貴族に良いようにあしらわれてばかりの不甲斐ない名ばかりの王だよ。それが故にいつだって力不足を嘆いてばかり。足りないものばかりなのだ。
出来ないことばかりの王なのでな、司教には私が力を必要とした時に少しばかりお力をお借りできれば、これ以上の望みはありませんな」
「ほっほ。確かにそうですな。いやなに、王とはいえ人一人ができることなど限られておりますでな。足りない部分を他のものに補ってもらうという考えは、簡単なようでいて難しいこと。その判断ができるのも素晴らしい事ですぞ」
司教もまた心清らかな聖職者の仮面を以て応じる。そして長いあごひげを撫でつけ、「ふむ」と唸ると――寄付金の入った袋を自分の方へ引き寄せていった。
「承知しましたぞ。こんな老いぼれですが、お困りの際には微力ながら尽力させて頂きましょう」
(きたっ!)
心の中で快哉を叫び、ミュレースは司教が袋を手元に引き寄せる様子を魔法具に収めていく。だが、今の角度からは二人の顔や袋などがハッキリ見えない。これでも十分な証拠となるだろうが、可能であれば全てが収まった完璧な一枚を撮りたい。
体勢を変え、もう一箇所細工していた場所へ移動しようと脚を踏み出した。
しかしその時、家が古かったせいだろうか。注意が幾分疎かになって踏み出した先の屋根板がギィと軋み音を上げ、彼女の顔色が一変した。
(気づかれたっ!?)
慌てて穴から中の様子を覗き込む。だが中の二人はワインを傾けて談笑を続けており、ミュレースの存在に気づいた様子はない。家の周囲を見回っている騎士たちも、暗闇に溶け込み、気配を消したままのミュレースには気づいてない模様。彼女はホッと胸を撫で下ろした。
そう思った。
「――っ!?」
背後から伝わる影。雲に隠れていた月明かりが僅かに顔を覗かせ、そのおかげでミュレースは誰かの存在を悟った。
振り返る事無く体を捻り大きく反らす。彼女に何者かの右腕が迫った。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




