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7-1 養成学校にて-2(その1)

 第21話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。めでたく養成学校の入学試験に合格した。魔法の才能が絶望的にない。

 フィア:赤い髪が特徴で、キーリと同じく養成学校の普通科に入学した少女。ショタコン。剣が得意だが魔法もそれなりに使いこなす。

 レイス:メイド服+眼鏡の無表情少女。フィアは友人だと思っているが、彼女はフィアを友と同時に仕えるべき相手と考えている。

 アリエス:帝国からやってきた金髪縦ロールのお嬢様。入試の主席。貴族であることに誇りを抱いているが、筋肉愛好家。フィアと同じくクラスで最上位の剣の腕前を持つ。





 キーリたちが養成学校に入学して三ヶ月が経過した。

 あの日何者かに襲われて以降キーリ達は警戒していたが、改めて何か異変が振りかかるということは無かった。

 街に出かければ相変わらず尾行はしてきているようだが特に接触が有るわけでもない。しかしこちらから近づこうとすれば距離を取る。一定の距離を保って、あくまで観察に努めている、といった印象だ。

 一度キーリは一人で寮から出て様子を伺ってみた。すると何者かはキーリの跡を付いて来た。別の日にフィアとレイスで外出したところ、その時も付いて来ていたようなので、もしかしたらキーリ達三人を対象としているのかもしれない。

 そこまで調べたところで改めて相談した結果、特に実害も無いため放置しようという結論に三人の中で達した。目的が不明で気味は悪いが、相手も上手に気配を隠してくれるため意識しなければどうということは無いし、見られて困る様な事はしていない。部屋の中まで見られるわけでもないから構わないだろうという事だ。

 三人がそんなことを行っていたその間、学校では変わらず午前中は座学、午後は剣や基礎体力といった体を使う訓練が行われていた。

 最初の授業では剣を習ったが、養成学校で習うのは剣だけでは無い。槍や杖術、弓や盾役といった、迷宮を探索するパーティの職業(ジョブ)を一通り習う。これは創設以来の教育方針で、多くの生徒は自分の使う武器の適性を知らない。その為に一通りの武器を経験させて本人および教職員が生徒の適性を判断させる材料としていた。

 それ以外にも、パーティでは様々なジョブの人間と一緒に探索する事になるため、それぞれの武器の特性を体感として理解させて戦闘時の連携を学びやすくさせるという意図も含まれている。

 そうして三ヶ月。当初はオットマーの訓練(しごき)に日々根を上げていた生徒達だったが、今となっては涼しい顔で――とまではいかずとも何とか疲労を翌日まで残さない程度には体力もついてきていた。

 そんな短いとも長いとも言えない時間が経過して行われた最初の定期試験。この頃になれば真面目に勉強や訓練を行ってきた者とそうでない者の差が明確に現れ始めるものだ。

 そして今日、結果が明らかになっていった――


「~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」


 廊下に貼り出された試験の結果の前には普通科生徒のほぼ全員が殺到していた。結果を見て項垂れる者、まあこんなものかとあまり興味が無さそうに眺めている者、そして満足のいく結果に喜んでいる者。キーリが前世の学生生活中に幾度と無く眼にしてきた景色がそこにあった。

 そんな彼らの中で悶たり飛び跳ねたりして最も喜びを体現している者が約一名。


「嬉しそうだな、アリエスは」

「そうだな。てか喜びすぎだろ、アイツ」


 結果の前で跪いて神に祈りを捧げていたかと思えばその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて何度もガッツポーズをし、そしてキラキラした眼で紙を眺めては溢れ出る嬉しさを付近に撒き散らしながら廊下を右に駆けたり左に駆けたりしている。

 なぜならば貼り出された紙の一番上には彼女の名前が堂々と書かれていたのだから。


「仕方あるまい。あの子はお前に勝つことを目標にしていたのだからな。その為の努力も怠っていなかったがやはり不安だったのだろう。自分の努力だけではどうにもならない事もあるからな」

「まあ気持ちは分かるけどさ」


 肩を竦めてみせるキーリの順位はアリエスの下の第二位。分野別で見ると、座学の面では上回っており、剣術や弓術といった分野では同等、もしくはやや劣っている程度。だがなにより――


「何でもソツなくこなせるイメージだったが、魔法と盾防御術が苦手とは意外だったな」

「俺だって苦手なモンはあるんだよ」


 その二つが圧倒的にダメであった。キーリのスタイルは体術・剣術を基とした前衛タイプ。膂力と素早さで圧倒的攻撃力と回避力を誇り、少々の負傷には躊躇がない。致命傷を避ければ良しとしている。そのため動きの邪魔になる盾の扱いは馴染まず、キーリ自身も盾に関する練習に時間は割かなかった。

 そして魔法は言わずもがな。

 適性が小さい生徒にはそれ相応の課題が出題されるが、どんな課題であってもキーリにとって超難関となる。威力はともかくとして複雑な制御や構成にこそ自信はあるが、入学して三ヶ月の現段階で複数要素の組み合わせなど難解な課題が出るわけもない。単一要素を用いた基本的な魔法の、詠唱の正確性や威力を測るテストの中でキーリが出せる魔法などたかが知れている。手が届く程度の距離にある的の隅にライターで火を点けただけの様な魔法で高得点が出せるはずもなく、あらゆる科目で高得点を出したアリエスの後塵を拝した結末となった。


「俺の事は良いんだよ。それよか問題は――」


 キーリとフィアは揃って教室の中を覗き込んだ。そこには――


「補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修追試補修……」


 教室の隅で体育座りをして、死んだ魚の眼でブツブツと呪怨の様な声を漏らし続けるイーシュが居た。


「普通科九十人中八十二位。一週間放課後毎日オットマー先生と補修。その後に追試、か」

「そういえばこの男がペンを握っているところを見たことなかったな」

「自業自得だな」

「そして、もしそれでもダメだったら――二十四時間筋肉説教教室で勉強漬けの毎日である、と」

「やめろぉぉぉぉぉっ! その言葉はっ、その言葉だけはやめてくれぇぇぇぇっ!!」


 フィアが口にした、ほぼ間違いなく来たる未来に頭を抱えて全身で拒絶反応を示すイーシュ。奇声を上げながら教室の床上をのたうち回るとまた頭を抱えてブルブルと震え、ぶつぶつと同じフレーズを唱え始めた。


「やれやれ……」

「まあしばらく放っておけば勝手に一人で立ち直るだろう」

「むふふふふふふ、ア・ル・カ・ナくぅ~ん」

「あ、めんどくせーやつが来た」


 アリエスである。

 彼女は笑みを満面に浮かべてクネクネと嬉しそうに腰を振りながらやってきた。堪えきれない笑い声を口元に当てた手の隙間から漏らし、にゅるりとした気色の悪い動きで気色の悪い笑みと共にキーリを覗き込んだ。


「オーホッホッホッホッホッ!! ようやく貴方を負かせる事が出来ましたわっ!」

「へーそりゃ良かったな」


 そしてニカッと口を三日月状に広げると、ついに耐えられなくなったか高々と勝鬨の声(勝利の笑い声)を上げた。キーリはケロッとした様子で適当に返事をするだけだがアリエスはそんな淡白な様子にも気づかないらしい。


「苦節っ! 苦節四ヶ月! どれだけワタクシが屈辱に塗れてきたかっ!」

「短い苦節だな」

「そんな日々も今日で終わりですわっ! これでワタクシも名実ともに貴族として胸を張って生きていけます!」

「そりゃおめでとう」

「さて、それでは」


 アリエスはスッと脚を差し出した。


「何の真似だ?」

「決まってること! これでワタクシの方が貴方よりも才能と努力に溢れていると証明されましたのよ! 当初の約束通りワタクシの脚をお舐めなさいっ!」

「そんな約束はしてねぇ」

「あだだだだだだだだだいたいいたいですわっ頭がわれわれ割れるいだだだだだだだ!」


 調子に乗ったアリエスの頭に、キーリはアイアンクローで鉄槌を食らわせる。

 アリエスは宙に浮いた脚をバタバタとさせて貴族とは思えない悲鳴を上げた。


「『調子に乗ってごめんなさい』は?」

「誰が貴方なんかにあやまいたいいたいいたいいたたたたた分かりました分かりましたからごめんなさい勝ったのが嬉しくて少々調子に乗りましてごめんなさいだからその手を離してぇぇぇ!!」

「よし」


 泣き叫びだしたアリエスをようやく解放する。

 彼女はその場に座り込むと「おぉぉぉぉぉ……」とプルプル震え、自分の頭をペタペタ触っていく。


「大人げないな」

「根が子供なもんで。んじゃ俺はこれで――」

「待ちなさい、アルカナ?」フィアのジト目から眼を逸らしながらその場を立ち去ろうとしたキーリ。それを床にへたり込んだアリエスが呼び止めた。「聞くところによると貴方――魔法が苦手だとか?」

「……そうだけど、それが何か?」


 するとそれまでの涙目が一変。ニタァ、とまるでスマイルマークみたいなにこやかっぷりの中に存分に厭味ったらしさを混ぜ込んでキーリに聞いてくる。その人をバカにした笑い方にキーリの額に青筋が浮かび上がるが、相手は子供、相手は子供、と現在の自分の年齢を棚に上げた呪文を唱えて堪えた。


「ムカつく顔だな、おい! お前そんなキャラだったか?」

「いけません、いけませんわぁ! そんなことでは冒険者として熟達することが出来ませんわよ! 貴方、魔法を使えるようになりたくはありませんかっ!?」


 むふーと鼻息を荒くして、さながら前世の怪しいセールストークの様な事を言い出したアリエス。そんな彼女に対して胡散臭そうな顔をキーリは向けるも、聞くだけ聞いてみるかと溜息を吐いた。


「まあ、使えるようになれるもんならなりてぇけどさ……」

「そんな貴方もご安心っ! ここは一つ、ワタクシが教えて差し上げますわっ! さあさあっ、どんな些細な質問でも遠慮なくお聞きになって宜しくてよっ! 詠唱の内容? 魔法の構成? 魔力の制御方法? 第五級から三級まで全て何を聞いても――」

「適性が無くても使える魔法を教えて下さい」


 アリエスが胸を張ったまま固まった。笑みを貼り付けたまま「ギギギ……」と壊れた機械の如く音を立ててキーリを振り向き、「……え?」と首を傾げた。


「今、なんと……?」

「だから適性が無くても使える魔法を教えてください」

「あんまり一緒に居なかったアリエスは知らないと思うが、コイツは魔法の知識は半端ないぞ」

「三級までなら全部覚えてる」

「制御の腕もバケモノじみてる。使うだけ(・・)であれば四級までならほぼ無詠唱で使えるしな、キーリは」


 フィアの説明に、隣でキーリは無言で人差し指の先に火を灯した。続いて中指に水神魔法、薬指に風神魔法、小指に地神魔法とあらゆる属性の魔法を展開していく。どれも最下層の五級魔法である。


「は……?」

「ちなみにコレがキーリの全力らしい」

「外ならもうちょっちだけ水は出せるけどな……いつ見てもショボすぎて自分でも泣けてくる」

「……参考までにお聞きしても宜しくて? それぞれの魔法の適性は……」

「1だ」

「……今、なんと?」


 即答したキーリの答えにアリエスはもう一度聞き返す。キーリは中指を立てた。


「1、紛うことなき1だよ、それも全属性ぶっちぎりでな! 笑いたきゃ笑えよクソぅっ!」

「……」


 ヤケクソ気味に叫ぶキーリ。その肩に、アリエスはポンと手を置くと聖母マリアの如き、或いはお釈迦様の様な慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「苦労……なされたのですね。てっきり魔法が嫌いで努力を怠ったのかと思い込んでおりました……バカ笑いをして見下した事を深くお詫び致しますわ」

「お、おう……」

「個人の努力ではどうしようもならないことを侮辱するなど言語道断。むしろその適性で魔法を顕現できるまでにした努力。そこにワタクシ、心より敬意を表しますわ。というよりも無駄とも思える努力を愚直に続けてきた、その時の貴方の心情に思いを馳せますとワタクシ涙を禁じえませんの!」

「何かここまで露骨に態度変えられると、それはそれでムカつくな」

「そして! ワタクシ、今回の試験で勝ったなどと吹聴したことが恥ずかしくなりました! 言うなれば今回はワタクシの得意分野で勝っただけの事! これでは真に貴方に勝ったとは言えませんわっ!」

「はあ……」

「そこでアルカナ、いえ、キーリっ!」ビシィッ! とアリエスはキーリに指を突きつけた。「来月の迷宮模擬探索試験にて改めて勝負を申し込みますわっ!」

「めいきゅうもぎたんさくしけん……?」

「そこで真の勝者と敗者を決めましょうっ! 勝者は敗者の言うことを一つだけ何でも聞くことっ! 宜しいですわねっ!?」

「いや、俺は受ける気は――」

「おっと、そういえばワタクシこの後用事がありましたの! それでは失礼致しますわっ!」

「あ、ちょっと! おい!」


 キーリの制止に耳を傾けずアリエスは走り去り、曲がり角の向こうへと消えていった。

 ――両目一杯の涙を零しながら。


「嵐の様に去っていったな」

「何だったんだ、アイツ……」

「勝ち誇ろうとしたら相手の悩んでいるハンディキャップのおかげだと気づいて居た堪れなくなった、というところか?」

「別に気にしねーでもいいのにな」

「そういう所があるから憎めないんだろ、私もお前も」

「否定はしねーよ。ま、いいか。せっかく挑まれた勝負だ。受けて立ってやろうじゃねぇか」

「そんなキーリもかなり人が良いと思うぞ」

「んなこたねぇよ。ただ売られた喧嘩は買う主義なんだよ。

 で、迷宮? 模擬探索どうのこうのって何だ? 来月にあるとかアイツ言ってたけど」

「迷宮模擬探索試験のことか? ……さあ? 私も名前くらいしか聞いた事が無いんだが……」

「今回の入学生全員で行う、普通科、魔法科、迷宮探索科の合同試験ですよ」


 聞こえてきた声に二人は振り向くと、クルエがニコニコとして手を振っていた。

 いつもと変わらずヨレヨレの汚れた白衣を身につけ、人畜無害さを具現したような笑顔を浮かべている。


「カイエン先生」

「やあ。立ち聞きするつもりは無かったんですけどちょうど話が聞こえまして。彼女は相変わらず耳が早い」

「その、迷宮なんちゃら試験ってなんなんですか? 魔法科との合同試験って言ってましたけど」

「そうですね……」クルエは顎に手を当てて少し考えこむ。「午後の授業の時に説明する予定だったんだけど、まあ話しちゃってもいいかな?

 端的に言ってしまうと、要は魔法科と迷宮探索科の生徒と一緒に街の近くの迷宮に潜って、僕達が準備した最深部にある探索証明証を取ってきてもらうっていう試験ですよ」

「へー、そんなんがあるんですね。

 ちなみにですけど、卒業時の冒険者ランクの認定には結構影響したり?」

「それなりには、ね。流石にここで失敗したからって最終評価を大きく落とす事はないはずですけど、今回の定期試験よりは重要ですかね?」

「うっし」キーリは左拳を掌に叩きつけた。「なら今回と違ってちとばかし気合入れて準備しねぇとな」

「うむ、そうだな。

 ……しかし、いきなり私達だけで探索するのは危なくないのでしょうか?」

「そこはキチンと配慮してますよ。迷宮自体は小規模でFに近いEランクですし、順調に行けば数時間くらいで最深部までたどり着けるような代物です。加えて最初だから僕ら教員が離れたところで監督してますから安心してください。

 ちょっと難易度を上げるために僕らの方でトラップは仕掛けますけど、それだって授業を受けていれば分かるものですし、万一見逃しても精々眠り薬程度だから危険は少ないです。まあそうなったら敢え無く強制終了で教員によって外に運び出されるんですけどね」

「ふぅん……試験って事は当然評価が変わるんですよね? どうやって成績を決めるんですか?」

「幾つか評価項目はありますけど、大きく分けて三つ。一つは探索時間。ただしこれは早ければいいって事でも無くて、如何にパーティのメンバーの消耗を抑えた上で早く踏破できるかが重要です。

 二つ目は罠をキチンと回避できているか。回避できなくても対策を取って立て直せれば大きな減点にはならない。

 三つ目はモンスターとの戦闘。戦ってもいいし、回避できる戦闘は避けても良い。他にも幾つかあるけど、ああ、事前の準備とかチームワークとかも評価の対象になりますね」

「チーム編成は何人でもいいのでしょうか? 流石に多すぎはダメだとは思いますが……」

「そこら辺は決まってて、全部で四人以下となってますよ。そして必ず魔法科の生徒を一人は入れる事。メンバーの一人でも行動不能になったらその時点でリタイアというルールです」

「一人でもダメなんですか? 簡単そうに見えて意外と難しそうですね」

「そうですね。だけど近い将来、君たちは迷宮にパーティを組んで潜る事になるでしょうが、メンバーの誰かがモンスターとの戦闘で怪我をしたりして動けなくなるかもしれない。そんな時にその人を見捨てますか?」

「それは……しませんね」

「でしょう? 実際にはそんな残酷な判断をせざるを得ない事態も起きるんですけどね。

 本当は去年までチームの誰かが辿り着いて帰ってくればいいってルールだったんですが、今年から校長の一存で変わってね」

「シェニアの?」

「そう。学生の間からそんな判断を学ばせたくは無いし、まずはそうならないための努力をすべきだっていう考えでね。そうでなくっても、僕の個人的な意見としては君たちに仲間を簡単に見捨てるような人には育ってほしくありませんから。良い改変だと、僕は思います」


 クルエはそう言って優しく微笑んだ。いつもと同じ授業の時と変わらぬ笑い方だが、彼の顔を見ていたフィアは少し違和感を覚えた。何処がどうとは言えないが、無理に言葉にしようとするならば、悲しいような、何かを悔やむような、そんな表情。

 クルエが冒険者だった、というような話は聞かないが、普段の授業においても生徒たちに向かって怪我をしたり、誰かを傷つけるために力を使わないよう折に触れては口にしている。もしかしたら昔、彼の仲間が傷ついた経験があるのかもしれない。そんな想像をフィアはし、自分は仲間を見捨てる事はしない、と小さく拳を握った。


「ふむ、つまりは迷宮探索における現時点での私達の総合力が問われるという事だな。だからこそアリエスもキーリとの勝負の場にこれを選んだのだろう。魔法の適性などとは関係なく、冒険者としての実力を競うことになるからな」

「ったく、俺はどうでもいいんだけどな。そんなに俺に負けたのが悔しいのかねぇ?」

「どうだろうな。最初はそうだったかもしれないが、最近は勝負そのものというよりもキーリに絡むネタとして楽しんでいる節がある。

 ……貴族としての生き方と少女としての生き方。彼女の性格と信条では煙たがられる事は多いだろうし、対等な友人というのは作るのが難しいだろう。そういう意味ではキーリと接するのが楽しいのだろうな」

「魔法の実力も込みで冒険者なんだから、今回の試験で堂々と勝ちを誇りゃいいのにな。それに俺は――まあ少々うざったくはあるがもうアイツの事をダチだと思ってるぜ?」

「そこは彼女のプライドが許さないんだろう。あくまで対等な立場で勝ちを望んでいるようだからな」

「難儀な奴だ」キーリは小さく息を吐いた。「ま、今は基礎ばっかりだから俺の方が上だけど、応用が増えてくればそっちも俺を追い抜いていくだろうから、腕組んでアイツの成長をのんびり待つか」

「いえいえ、応用も知識あってこそ。そう謙遜したものじゃないですよ、アルカナ君」


 クルエがポンとキーリの肩に手を置いた。


「それはそうでしょうけど、知識も上手く活用できてこそだと思いますよ、カイエン先生」

「クルエ、で良いですよ、今は。他に生徒も居ませんしね。校長と一緒で僕もあんまり堅苦しいのは苦手なんです」

「んじゃ俺もキーリでいいっすよ、クルエ先生」

「おい、キーリ」

「いいじゃん。本人が良いって言ってるんだし。それにこっちの方がクルエ先生も嬉しいって。な、先生?」

「ええ。でも他の人の前ではちゃんとカイエン、と呼んでくださいね? 面倒な人達も多いですから。フィアさんもそういうことでお願いします」


 フィアが思っていたよりもどうやらクルエはフランクな教師だったらしい。クルエが望むなら、と少々渋々ではあるがフィアも頷いた。


「さて、何の話でしたっけ……ああそうだ。キーリ君の知識は凄いって話でしたね」

「さっきも言ったけど、俺は知識を記憶するのが得意なだけだって。知ってるのと使いこなせるのじゃ大違いだし、だから俺はきっと成績はこの後はそんなに伸びない」

「優秀さは単に応用に強いかどうかでは測れませんよ。そんな風に自分を客観的に見れるというのも君のいい所ですし、在学中には落第だった生徒が後々名を馳せるといった事例も枚挙に暇がありませんからね。

 君が冒険者志望では無かったらぜひ僕の研究室に残って欲しいくらいです」

「先生の専門って魔法学だろ? そんな所に俺が入るなんて冗談きついな。優秀な人材が欲しいならせめてフィアを誘った方が良いと思うぜ?」

「ここで私に話を振るな。……今は何とか授業についていけているが、正直私は一日椅子に座っているのは性に合わん」

「ははは、フィアさんも優秀だけど、確かに体を動かしている方が楽しそうでしたね。それと、僕の専門は魔法だけど今は魔法薬学の方に力を入れてるんですよ」

「そうなんですか?」


 フィアの疑問に、クルエはどこか嬉しそうに頷いた。


「ええ、まだまだ研究課題が多いですが、それだけにやり甲斐がありますね」

「どうして魔法じゃなくてそちらに興味を持たれたんですか?」

「そうですね……魔法が万能ではないからでしょうか」フィアが理由を尋ね、クルエは少し困ったように笑ってそう答えた。「今の世の中、魔法を使えるだけで偉いだとか素晴らしいとか、そういった風潮がありますよね? 中には魔法を使えない人はまるで人では無いような扱いをする人もいます。魔法が人々の生活を支え、素晴らしいものであることは認めますが、しかし魔法は万能ではありません」

「その足りないところを補うのが魔法薬である、と?」

「そうですね。もう少し僕の考えを伝えますと、今の魔法は攻撃に偏り過ぎているように思うんです。例えば迷宮に潜った時に戦闘で怪我を負ったとして、水神魔法や風神魔法で軽い傷を治したりすることはできますが、重篤な傷を治すことはできませんし、毒も症状を和らげる事はできても完全な解毒をするには相当に高位の魔法使いでなければ不可能です。ですが魔法薬があれば魔法では治せない怪我もある程度回復させる事も出来ますし、魔法使いではなくても治療を行うことができます。

 私はそういったように誰もが使えて高い治癒が出来る魔法薬を開発したいんですよ。そうすれば迷宮で亡くなる前途有望な若者の数も減り、街の人でも病気になった時に素早く治療が出来て助かる人が増える。医者が居ない村が……誰かに襲われた時でも薬さえあれば助かる人も居るでしょう。

 だけれども、まだまだ魔法薬の研究者は少ないですし、魔法薬自体の生産量も少ないので高価でそういった人たちの手には到底入りません。そんな現実を少しずつでも変えていきたいと思っているんですよ」


 クルエはキーリの肩を叩いた。それは何故だか労る様なものにキーリには感じられた。


「なので一人でも優秀な人材が欲しくてキーリ君に声を掛けてみました。

 すみませんね、あまり魔法薬に興味を持ってくれる生徒が居なくて肩身も狭いもので寂しいんですよ」

「いや、別にいいよ。確かに魔法薬って意義の割にあんまりメジャーじゃないもんな」

「キーリ君もフィアさんもこのまま努力を続ければ間違いなく一廉の冒険者になれますよ。でも、覚えていてくださいね」クルエはキーリに続いてフィアの肩を叩いて二人の間を通り抜けていく。そして、キーリの方を振り向いた。「剣や魔法を以て敵の命を奪う事――それだけが君たちの生きる道じゃありません」

「アンタ……」

「冒険者として生きた後、道が分からなくなった時はぜひ僕の部屋に来てください。歓迎しますから。もちろんそうじゃなくっても暇な時はぜひどうぞ。

 長話になりましたね、もうすぐ午後の授業を開始しますから遅れないでくださいね」


 そう言い残してクルエは立ち去る。だが、キーリの胸の内には疑念が渦巻いていた。


(クルエ・カイエン……もしかして知っているのか?)


 キーリの目的、悲願、宿願。その上でわざわざ別の道を示そうとあんな話をしたのだろうか。自己紹介時に鬼人族であるとキーリは名乗った。シェニアが鬼人族と関わりがあったように彼もルディ達と交流があったのか。鬼人族が滅んだ事を知っていて、その理由をも知っているのか。それとも単なる教師としての言葉なのだろうか。


(他の、道……)


 考えたことも無かった。あの日以来ただ一つの目的に向かって走り続けてきた。一生を掛けてでも辿り着けるか分からない、その場所に相手は居るのだと思っていた。だから考える余地など無いものだと思っていた。


(そんなもの……あるはずない)


 今はそんな事考えなくてもいい。余計な事を考えていてはダメだ。ただひとつ、お前はその事だけを考えていろ。己の目的を果たすために己を鍛えるんだ。キーリは自らに言い聞かせた。


「キーリ? どうしたんだ?」


 フィアの声にキーリはハッと我に返った。頭を掻いて頭を振り、「いや」と肩を竦めた。


「ちょっとばかし考え事だ。他の道なんてあまり考えた事無かったしな」

「私もだ。ずっと冒険者になることばかり考えていたが……確かに一生冒険者として生きていく事は難しいからな。やがて引退する時が来るだろうし、もしかすると怪我で辞めざるを得ないかもしれない。クルエ先生の仰るとおり、今のうちから考えるだけはしておくべきなのかもな」

「……そうだな」

「さて、そろそろ教室に戻ろうか」


 キーリはフィアとともに教室へと戻っていく。それでも如何とも言えない腑に落ちなさは残り、無意識にキーリは左腕を撫でていた。




 2017/5/7 改稿


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