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7-4 彼の者はその眼に何を見るか(その4)

第3部 第38話になります。

よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/03/01


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アンジェリカ:かつての英雄であり教皇国の聖女。各地を頻繁に巡礼している。

セリウス:アンジェリカを敬愛する教皇国の騎士。

ゴードン:アンジェと行動を共にするかつての英雄の一人。鬼人族の村を襲ったことを悔いている。

教皇:ワグナード教皇国の国主であり、五大神教のトップ。






 鮮血が舞い、血飛沫が白い壁を汚す。だがアンジェは即座に脚を振り抜いてアトを蹴り飛ばした。

 半壊した廊下をアトが滑っていく。猛烈な勢いでアンジェから離れ、崩れた天井の瓦礫に強かに体を打ちつけて止まった。

 アンジェは仁王立ちで自らを斬りつけた彼女を睨んでいたが、不意にその体が膝から崩れ落ちた。


「アンジェリカ様ぁっ!」

「アンジェ!」


 倒れかけた彼女をゴードンが支え、セリウスがすぐさま止血を試みる。


「……ったく、衰えたわね、私も。情けない限りだわ」

「しゃべらないでください!」


 つぅ、とアンジェの口元から血が伝い、自嘲しながら手の甲で拭う。傷口を押さえたセリウスの手が真赤に染まっていく。アンジェ自身も傷口に手を当てて治癒魔法を掛けていく。

 しかしすぐに異常に気づいた。


「……おかしい」


 傷の治りが明らかに悪い。聖女であるアンジェの魔法であれば、少なくとも傷口は即座に塞がるはず。だが出血こそ次第に収まっていくものの完全な止血には至らず、セリウスがアンジェの顔を見れば、彼女は顔を真っ青にしており、息も異常な程に荒い。


「毒かっ!?」

「この、程度……放っておけば治るわ……」

「無理をしないでください! とにかく安静にしなければ――」


 アンジェを横にさせようと、セリウスは自身のマントを剥ぎ取って床に引こうとした。だがその背に迫る影に気づき、素早く剣を引き抜いて振り抜くと剣と剣がぶつかりあう。


「アトベルザぁっ!!」


 敬愛するアンジェを傷つけられ、セリウスは怒りを露わにして剣を振るう。だが対するアトベルザも苛烈にして鮮烈なセリウスの攻撃を巧みに受け流していく。


「貴様! どういうつもりだ!? 何故アンジェリカ様に手を掛けた!?」

「……教皇様は正しい……教皇様の意向に反する事は許さない、許されない……」

「セリウス! その嬢ちゃんはおかしい! 操られとるのかもしれん!」


 剣を振るうアトの動きに淀みは無いが、口からはうわ言のようなものを垂れ流し続けている。彼女の瞳はまるでモンスターの攻撃色のように赤く染まり、焦点もあっていなかった。

 そのような状態にあってなお、アトとセリウスの戦いは互角に近い。それこそがセリウスが見込んだ彼女の才を示しているが、今となればその才能が恨めしい。


「何もかもが教皇の手のひらの上という事ですか……!

 ゴードン様、アンジェリカ様をお願い致します! 一刻も早く落ち着ける場所にお逃げください!」

「お前はどうする!?」

「私はここで追手を食い止めます! 必ずや追いかけますのでどうか、どうかアンジェリカ様を……!!」


 激しい剣戟によってセリウスの懇願は途切れた。幾度もぶつかり合う二人の剣。ゴードンは加勢も考えたが階下から足音と声も聞こえてくる。猶予はない。


「絶対に追いかけてこい! アンジェが悲しむからな!」

「一生アンジェリカ様のお側に仕えると誓ったのです! その場所は誰にも譲るつもりはありません!」


 血を吐き出し、最早動くことも難しくなったアンジェを抱え上げゴードンは走り出す。背後から聞こえる剣閃の音にもう振り向くことはなく、巨体を揺らし大理石の床を踏みしめる。


「アンジェ! もうしばらく我慢しておれよ!」

「なら……少しは優しく運びなさ、い……昔っから荒っぽい、のよ」

「ガハハ! それだけ憎まれ口叩けるなら大丈夫だな!」


 殊更に高らかとゴードンは笑った。強面なのに憎めないその豪快な笑い顔に、アンジェも微かに口元を緩める。ゴードンはそれを見てやや胸を撫で下ろすがまだ予断を許さない。

 せめて何処か隠れられるところはないか、と思うが彼も英雄とはいえこの大神殿に脚を踏み入れた事は殆どないため場所に明るくない。

 焦る褐色の英雄。そんな彼の脚が不意に止まった。


「ぬぅ……!」


 唸り声が漏れる。彼の前には四人の騎士が立ちはだかっていた。その誰もがアトと同じ鎧を身にまとっている。顔は知らずとも、ゴードンには彼らがアンジェの配下である十三番隊の騎士であることが理解できた。

 騎士たちはゴードンの腕の中にいるアンジェを認めると無言のまま襲い掛かってきた。彼らの眼はアトと同じく赤く染まっている。おそらく、いや、間違いなく彼らも操られていた。


「小童共が! 俺を舐めるなぁ!」


 ゴードンが力強く床を踏み抜く。足の裏から床が砕け、亀裂が四人めがけ走っていく。地神魔法で作られた石の腕が四方から押し寄せ、行く手を阻んだ。同時に無数の石礫が迫り、彼らを穿っていく。

 しかし意思を無くした彼らは死靈と同じである。自らの損傷を厭わず、血を流し、骨を砕かれながらゴードンの攻撃をくぐり抜け、ゴードンたちに肉薄した。


「おのれっ!」


 ゴードンは背を向け、背負ったままの大盾で彼らの剣戟を防ぐ。だがそれで防ぎきれるわけもなく、しかし決して剣を払う以上の攻撃をゴードンは仕掛けようとしなかった。

 少しずつ傷ついていく。それでもゴードンはアンジェをかばい、決して膝を折らない。


「アンジェ! しっかり捕まっておれよ!」


 やがてゴードンは意を決して走り出した。体を丸めてアンジェを守り、自らが斬りつけられるのも厭わずに前だけを見つめ、騎士たちを弾き飛ばすようにして包囲を突破した。

 そして――そのまま窓の外に身を投げ出した。


「ぬおおおおおおおっっ!!」


 咆哮を上げ、堕ちていく。

 幼子を守るように体を折りたたんだまま、大神殿裏手の黒々と生い茂った木々の中へと向かっていった。


「ぐっ……!」


 太い枝が打ち据え、尖った先端が皮膚を浅く傷つけていく。降り出していた雨がひどくなる。地面が近づき、ぬかるんだ土の上に巨木のように太い脚を突き刺し、アンジェを抱きかかえたまま転がって勢いを殺していった。


「おぉう……我ながら無茶をしたか。これは後でアンジェに治療してもらわねば割に合わんぞ」


 泥に塗れた巨躯を起こし、全身に走る痛みに顔をしかめた。


「だが、そうは言ってられん」


 そびえ立つ大神殿を振り返る。雨音で分かりづらいが、気配を探っても追手が迫ってくる様子はまだ無い。どうやら距離は稼げたようだ。だがすぐに追いかけてくるに違いない。

 腹に力を込め、脚の痛みを無視する。おとぎ話で騎士が姫にするように優しく抱き上げ、また走り出す。


「俺もコイツもそんな柄じゃないがな」


 自身も騎士というには粗野すぎるし、アンジェもおてんば姫どころのレベルではない。それでもゴードンの腕の中のアンジェは細く頼りなく、今更ながらに彼女が「光神の遣い(聖女)」などではなく、一人の人間なのだと気付かされる。


「教皇よ……見とれよ。今に手痛いしっぺ返しを喰らうことになるぞ」


 世の全てが手の上で転がっていると思ったら大間違いだ。

 憎々しげにそう吐き捨て、ゴードンとアンジェは降りしきる雨の中に消えていったのだった。









 パチパチと薪が爆ぜた。

 橙の炎に照らされ、ゴードンは脇に置いてあった湿った薪をまた放り込む。火は小さくなり、しかしそれでもなお消える事無く燃え続ける。

 逃げ切ったゴードンは、皇都郊外の山肌にある洞穴の中で体を休めていた。万が一の事態に備えて予め取り決めてあった場所だが、まさか本当に使う日が来るとは思わなかった。

 何があるか分からないものだ、と己の運命に思いを馳せようとしたその時、洞穴の外で微かな足音がした。

 ゆっくりと盾を手に取り、すぐに対応できるように魔法の構成を練る。地神魔法を得意とするゴードンにとってこうした洞穴というのは得意なフィールドだ。最悪、天井を崩落させて敵を閉じ込め、自身は別の山肌から脱出することだってできる。

 果たして、宵闇の中に現れたのはセリウスだった。


「セリウス! 無事だったか!」

「はい、何とか」


 フードを取ったセリウスの顔が橙に照らされ、安堵に綻んだ。だがその頬には大きな傷痕があり、流れた血の跡が痛々しい。マントの隙間から覗く彼の鎧やズボンにも血の跡や裂き傷があり、戦いが苛烈だった事が窺える。

 そして彼の背にはアトの姿があった。気を失っているようで、セリウスの肩に乗せられた頭はグッタリと力なく垂れている。しかしゴードンが見る限りでは顔に血の気はあり、微かな寝息も聞こえる事から死んではいないようだ。


「その嬢ちゃんも連れてきたのか」

「ええ。理由はどうあれ、アンジェリカ様を害したのは事実。詫びも入れずに死なせるなどあってはならないですから」


 そう語るセリウスだが理由はそれだけではあるまい、とゴードンは思った。口調こそ厳しいが、アトベルザを見る目は何処か優しさがある。昔から眼を掛けていたとは聞いてはいるし、才もある。加えてまだ彼女は若い。情が湧いたというのが本心だろう。決してセリウスは認めないだろうが。


「それよりもアンジェリカ様は!? ご無事ですか!?」

「――うるさいわね。大きな声出さないで」

「眼を覚ましたか」


 焚き火を挟んで反対側から億劫そうに話すアンジェの声が聞こえた。布団代わりに被っていた布を剥ぎ取って顔を出し、セリウスを睨みつける。声も表情も不機嫌そのものだが、覇気はない。それでも、最悪の事態さえ頭に過ぎっていたセリウスにとっては彼女と無事に再会できたことに勝る喜びはない。ホロホロと両眼から涙を零し、ため息混じりに天を仰いだ。


「大の男が泣くな。みっともない」

「ゴードン様には分からないでしょう。どれだけ私が心配したか……

 アンジェリカ様、ご無事で何よりです。お体の方は如何ですか?」

「別に。あんなの大したものじゃないわ」

「こら、お主もちゃんと答えてやらんか」


 ぶっきらぼうに返事をしたきりそっぽを向いたアンジェをゴードンは呆れながら諌める。

 もしかして具合が悪いのか、とセリウスは不安げに端正な顔を歪めるが、それを見たゴードンがより詳しく状態を説明してやる。


「心配はいらん。傷は既に塞がっとるし、毒もアンジェ自身で治療した。最初に血を失ったのと毒の治療に時間を要した故に体力はかなり失ってしまったようだが、安静にしていれば直に回復するだろうよ」

「そうでしたか。大事が無いようで良かったです」


 胸を撫で下ろすと、セリウスは背負っていたアトを寝かせて自身のマントを被せる。少女らしいあどけなさを残すその寝顔に付いたままだった血の跡を拭ってやるとアトが少しだけ身動ぎした。


「それで、アンジェよ」

「……なに?」

「これからお主はどうするのだ?」


 最早、アンジェの命運は尽きた。教皇がどのような手を打ってくるかは不明だが、間違いなく聖女としての役目は剥奪されただろう。対外的には引退だろうか。何にせよ、もう彼女が教皇国で出来る事はないし、国内に居続ける事も難しい。


「……どうしようかしらね」


 寝返りを打つふりをしてアンジェはセリウスたちへ背を向けた。

 毒よりも胸が苦しかった。皇国の中で幼い時から聖女としての役割を与えられ、それに応えることに全てを捧げ、言われるがままに救済し、殺し、騙し続けてきた。ただ使われ続ける駒としての生き方に疑問を抱き、それに反旗を翻そうとしたわけだが所詮自分など無力な小娘でしかなかったのだ。

 これからどうするか。ゴードンに問われずとも眼を閉じて考え続けてみたが、アンジェは聖女としての生き方しか知らない。皇国など、聖女などクソ食らえ、と思っていたが、存外、それらは自分の中で大きかったということか。アンジェは体を丸めて胸を掻きむしった。


「私のことより、アンタたちはどうするのよ? さっさと私から離れていきなさい。教皇は私以外に興味ないでしょうし、セリウスは大神殿に戻ればたぶん問題なく元の鞘に戻れるわ。

 ゴードンも。アンタも共和国に戻れば? 共和国で唯一の英雄なんだし、悠々自適の生活に戻んなさいよ。万が一皇国から身柄の引き渡しを求められても、共和国内にいれば商人連中が守ってくれるわ。まだ利用価値があるんだから早々売り渡したりはしないはずよ」

「馬鹿な事を言うな」


 その背にゴードンの声が投げ掛けられた。声色は怒っているようで、アンジェの頭の中にムスッとした顔で腕を組んでいる彼の様子が思い浮かんだ。


「そんな状態のお主を放って国に帰るなどできるか」

「じゃあさっさと元気になるわ。そうしたら帰るのね?」

「見くびるな!」怒鳴り声が彼女の背に突き刺さった。「お主一人に罪を引っ被せて、何も無かったように生きるなど恥知らずな事できぬわ。

 それに、だ、アンジェよ。お主と共に過ごしたのもお主の手助けをするという意味とは別に、あの日――鬼たちを殺さねばならなかったあの時の真実を見つけ出すという目的もあるのだ。そして、俺はあの青年に贖罪をせねばならんのだ。お主が諦めても俺は一人でも探り続けるぞ」

「私もお傍に居り続けるつもりでございます」


 セリウスは膝を突き、アンジェに向かって頭を垂れた。拳を心臓に捧げ、騎士が取る最大級の敬意を、例え見られておらずとも彼女に示す。


「私の忠誠はアンジェリカ様、いつでも貴女様と共にあります。如何なる苦境にあろうともお傍を離れず、如何なる状況でも打破してみせましょう。ですのでアンジェリカ様、どうか今後共私の心身を御身の傍に居続ける事をお許し下さい」

「……勝手にしなさい」

「ありがとうございます」


 アンジェは振り返らない。声に力はなく、何処か投げやりな感じは否めない。だがセリウスは顔を綻ばせて喜びを露わにし、ゴードンは彼の忠誠に最早呆れを覚えて溜息をついた。

 彼らに背を向けたままアンジェは体を丸めた。


(本当に……どうすればいいのかしらね)


 今は足掻く気力も湧かない。立場を失い、生き方を失った。それだけなのに、こんなにも堪えるとは思わなかった。体を横たえているこの地面でさえも不確かなものに思え、自分というものが余りにも不安定なものの上に立っていたことを思い知らされた気分だった。

 アンジェは眼を閉じた。今は何も考えたくない。焚き火の光は、自分の体で遮られて影だけが彼女を覆っていた。

 やがて、静かな寝息が響き始める。

 体を丸めたその姿はとても小さなものだった。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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