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6-7 グラッツェン(その7)

第3部 第33話になります。

よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/02/16


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。不思議な力を持つが正体は不明。

ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごす。

シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。




 そこに広がっていたのは単色(モノクロ)の世界だった。

 幾つも幾つも……数えるのも馬鹿らしいほどの同じ色をしたテントやタープが所狭しと並べられ、世界を圧迫していた。その下に居る人達は誰もが何処かに包帯を巻き付けている。誰もが傷ついていた。


「ここは……」

「朝に伝えた通り、難民キャンプになります。居る人はみな望みもしない争いに巻き込まれて家を失い、心と体を傷つけられてしまいました。元々は街の北西の端でお世話をさせてもらってたんですが、いつの間にか近隣の村からも少しずつ焼け出された方々が集ってきて、ここまで大きくなってしまいました」


 どれ程の数が居るのだろう。十や二十ではきかない。百人は優に越えている。その景色にフィアは激しく胸を掴まれその場から動けなくなった。影が縫い止められたように脚が前に進まなくなった。


「……歩きましょう」


 だがそんな彼女の手を取ってフレイは歩き出す。手を引かれ、するとよろめきながら、しかしあっさりとフィアの脚は前へと進み始めた。

 顔を上げられずフィアの視線は下を向いたまま。押し潰されそうな苦しさが押し寄せてくるようだった。思考が、心が、自然と閉ざされていくようだった。

 無意識の自己防衛。だがここにはそんなもの必要ないのだとすぐに気づいた。


「ジェイルさん、お加減は如何ですか?」

「やあ、シスター。おかげさまで調子はいいよ。シスターの方こそ大丈夫かい?」

「ええ、もちろん。ジェイルさんこそまだ傷が塞がりきってないのですから無理をしてはダメですよ?」

「おお、シスター……その節はすまなかったね。ありがとう」

「あら、ゼフィーヌさん。御礼なんて結構ですよ。このような大変な時こそ、神の僕たる私達にご奉仕させてください」

「シスター! 妹を助けてくれてありがとうございました!」

「いいんですよ、ウェン。その代わり、もし貴方が同じような人を見かけた時に手を差し伸べてあげてくださいね」

「うん! 分かったぁ!」


 フレイが行く先々で様々な人たちが集まってくる。年齢も性別も種族も関係なく彼女と気楽に言葉を交わし、しかし深い感謝と敬意が込められている。フレイも丁寧に彼らの話に耳を傾け、慈しみを湛えた瞳で応じていく。そこに重苦しさはない。


(ああ、そうか……)


 誰もが笑っていた。フレイも、彼女と言葉を交わす人々も、誰もが彼女の前では笑顔だった。

 フィアが倒れるまでにすれ違った人と比べて彼らの被害が小さいのか? 答えは否。

 街の他の人間たちと比べて恵まれているのか? そんな事はない。彼らもまた家を失い、傷つき、大切な人を失った。

 彼らの眼に悲しみはある。呼吸に苦しさはある。笑いながら彼らは泣いている。けれども確かに彼らは心から笑っていた。

 どうして笑えるのか。どうして素直に喜びを、嬉しさを、感謝を表現できるのか。フィアには不思議でならなかった。

 やがて子どもたちと手を振り合っていたフレイが人集りから戻ってくる。


「人気者ですね」

「そんな事ないですよ。ただ彼らもきっと……寂しさを紛らわせたいの。だから私は少しそのお手伝いをしてるだけです」

「……フレイさん一人で彼らのお世話をしているのですか?」

「流石にそれは難しいですね」彼女は困ったように笑った。「私だけでなく他のシスター達と、それから他のお手伝いを申し出て下さった有志の方々と手を合わせて何とかやっているのが実情です」

「シスター……フレイさんも教会のシスターなのですか?」

「ええ、そうです。元々この場所には教会があって、私はそこで神に日々の安寧をお祈りしておりました。ほら、あそこに見える建物が教会でした」


 フレイが指差した先には斜陽に照らされる教会の姿。街の規模にしてはやや小さめのそれは、今は尖塔部が崩れてしまっており壁の石レンガも壊れてあちこちに穴が空いている。

 視線をやや落とすと、そこではフレイと同じ格好をしたシスターたちが大きなテントの下に居た。大きな鍋を懸命にかき混ぜたり、やってくる焼け出された人々に炊き出しを行っていた。


「悲しい事に教会であっても戦禍からは免れませんでした。

 ですが神の思し召しか、幸いにも建物も礼拝堂だけはほぼ無傷で残りましたし、司祭様のこれまでのご尽力の甲斐ありまして商人の方々からも多くの寄付を頂きました。おかげさまでこれだけの方々に手を差し伸べることができたのです。私たちは幸運でしょう」

「……良き方だったのですね、司祭様は」

「ええ、とても。素晴らしい御方でした」

「その司祭様は今何処に? 姿が見えませんが……」


 誇らしげに司祭を語るフレイ。その声色には心よりの敬意が込められているのをフィアも感じ取った。なので一言御礼でも、と思ってフィアは尋ねた。だがフレイは俯き首を振って空を見上げた。


「司祭様は……光神の御下へと旅立たれました」

「……すみません」

「いえ、司祭様も最後に幼き子をお守りすることができましたし、今頃は光神様の御側から私達をお見守り下さっていることでしょう」


 刹那だけ寂しそうに眼を細め、だがフレイはフィアに笑いかけた。その笑顔は力強かった。


「辛く……ないですか?」思わずフィアは彼女に尋ねていた。「彼らを助けているのは素晴らしい事だと思います。誰かを助けられるのは凄い事です……でも、どうしてそこまでできるのですか? どうして笑えるのですか? どうしたら――」


 貴女のように、強くなれるでしょうか。その問いが喉から溢れてきそうになり、だがそれを既の所でフィアは飲み込んだ。何故なら、フィアを見つめるフレイの瞳の奥が揺れているのに気づいてしまったから。

 フィアは軽く眼を伏せ頭を振った。


「すみません……出過ぎたことを……」

「いえ、大丈夫です。

 確かに私達もさほど余裕があるわけでも無いですし、夜、一人になると涙がこみ上げる時もあります」


 でも、と言葉を区切りフレイはふわりと笑った。


「だからこそ私たちは笑うのです。今、お世辞にもこの街は幸せとは言えない状況で、だからこそ私たちは笑いたいんですよ。暗くなりがちな時こそ誰しもに必要なのは笑顔で、そうすることで確かに誰かは希望を抱けると信じてます」

「それが自分の為すべき事だと……信じてるのですね」


 自分が進むべき道を見つけているのだ、彼女たちは。何をすべきかを理解しているのだ。

 自分が何をすべきか分からずにいつまでもさまよっている自分とは大違いだ。羨ましさと嘲りが混ざり、思わず自分を鼻で笑ってしまう。


「いいえ、違います」


 だがフレイは否定した。


「為すべきだからそうしているわけではありません」

「では――」

「私たちが笑いたいから笑うんです」満面の笑みがそこにあった。「私たちが、ここに居る全員を笑顔にしたいんです。他の誰のためでもなく、私たちがそうしたいからしているまでなんですよ」

「――……っ」


 夕日に照らされたフレイの顔が照れくさそうに赤く染まる。だがその顔は、同性のフィアから見ても美しいと思えた。

 胸が疼いた。何か、大切なものを思い出せそうな気がした。そっとフィアは自分の胸に手を当て、だがその大切なものが何なのかを思い出せない。


「イリアさん」


 フレイはフィアを呼んだ。ざらつくような胸の感触を探る内に知らず寄っていた皺を解いて顔を上げると、フレイがすぐ目の前に立っていた。彼女はフィアの手を優しく包み込み、提案を口にした。


「もし宜しければ……しばらく私たちのお手伝いをして頂けませんか?」

「え……?」

「違っていたらごめんなさい。たぶん……貴女は今、深い悩みの中で溺れそうになっているように思うんです」

「……」

「その悩みがどんなものか、私には分かりません。どれ程にイリアさんを苛んでいるのかも……

 ですけれど、本当に何となくなんですけど、ここに居るみなさんと触れ合うことで悩みが少しは解消されるんじゃないかって思いまして。

 どうでしょうか? 私たちも正直なところ人が足りないですし、もし急ぎ何処かへ向かうのでなければお手伝いしてくださいませんか? もちろん体力の回復が最優先ですけど」

「私は……」


 どうしようか。どうすべきか。不安が過った。

 しかし。


(大事なのは『お前が』何をしたいかだ)


 キーリの声が胸の奥で反響した。

 そして次の瞬間には、フィアの喉は震えていた。


「ぜひ……お手伝いさせてください」


 スルリと声が出てきて、フィア自身も驚いた。だが吐き出した言葉が戻る事はないし、驚きこそしたが撤回する気も無かった。


「そうですか。ではぜひお願いします」

「はい。不慣れですし、その、私は不器用だからご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

「大丈夫ですよ。少々の失敗はみなさん笑って許してくれますから」

「……いいんですか? そんな適当で」

「いいんですよ。何なら唾つけておくだけでも十分です」


 何処かいたずらっぽく冗談を口にしてフレイはクスクスと笑った。

 そして彼女は人差し指を立て、フィアに向かって突き出した。


「この場所で大切なのは一つです」穏やかに口元が弧を描いた。「如何なる時も、笑顔で接すること。たったこれだけです」

「……難しそうですね。少なくとも、私にとっては」

「なんなら練習してみますか?」


 そう言ってフレイはフィアに背を向かせて待たせる。首を傾げながらもフィアは言われた通りにして数秒待ち、やがて「こっち向いて良いですよ」との言葉に従って振り向くと――


「……何やってるんですか」


 ――そこには整った顔を全力で台無しにした変顔があった。


「……」

「……」


 だが悲しいかな、面白くない。あまりに全力過ぎて、逆にどう反応したものかとフィアは顔をひきつらせた。


「……おかしいですね、子どもたちには大好評だったんですが」

「私は子どもですか」

「なら次は――」

「いえ結構です」

「まあそう言わずに。次こそ自信作ですので」


 次なる秘策を繰り出そうとするフレイを止めるも、彼女は引く気がないらしい。ムニュムニュと一人顔を揉み解している姿を見ると、何だかバカバカしく思えてきてフィアは思わずクスリと笑いを零した。


「それです」

「え?」

「その笑顔で良いんです。すっごく自然な笑顔ですよ」


 つい指が自分の頬に伸びる。思った以上に痩せて弾力を失っていたが、確かに自分は笑っていた。その事が嬉しくて、思わず吐息が漏れた。


「おーい、イリアーっ!」


 夕日に赤く染められていたフィアとフレイ。そこへフィアを呼ぶ声が聞こえてきた。


「キー……ミト」

「ようやく見つけたぜ」


 振り返ると、ミト――キーリがフィアに向かってニカッと歯を見せて笑っていた。





お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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