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6-5 グラッツェン(その5)

第3部 第31話になります。

よろしくお願いします<(_ _)>


初稿:18/02/03


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓い冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。不思議な力を持つが正体は不明。

ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごす。

シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。




 水の中で揺蕩っているような心地よい感覚から意識が浮上していく。水面から顔を出す時のように揺らぐ境界をくぐり抜け、フィアは眼を開けた。

 白っぽい世界でぼんやりとした輪郭が彼女を見下ろしている。徐々にそれは明確さを増していき、浮かび上がった顔は何年も前に見たきりのものだった。


(エーベル……?)


 一瞬だけ、過去に共に暮らした幼い顔が像を結び、しかしすぐにそれは消えてなくなった。


「あ……」


 開いた眼で代わりに見えたのは見慣れない少年の姿だった。バンダナを巻いたその少年は退屈そうに肘を突いていたが、フィアが眼を覚ましたのに気がつくと嬉しそうに声を上げた。


「姉ちゃん! 姉ちゃんが眼を覚ました! 眼を覚ましたぞ!」

「こ……は……」

「あ? なんだよ、何言ってんのか聞こえねーよ!

 そだ、こうしちゃいられねぇ! ちょっと待ってな! シスター呼んでくるからさ! ついでに水でも持ってきてやるよ!」


 喉が掠れて上手く声を出せないフィアを尻目に、少年は一人で一方的にまくし立てるとバタバタと何処かへ飛び出していった。

 耳元で大声で騒がれたがお陰で完全に眼が覚めた。腕には力が入らないながらなんとか体を起こしたが、それだけでかなりの疲労感がある。

 フィアが寝かされていたのは汚れた毛布を雑に重ねて、その上にまた薄っすらと汚れたシーツを掛けただけの簡素なベッドだった。所々に赤黒い染みがある。居るのは建物、というよりは防水性のある布を張ったテントの中のようで、フィアの他にも何人かの男女が寝かされていた。

 彼らはみな顔や腕に包帯が巻かれ、それ以外にもやけどの痕があった。子供も二人ほどいて、彼らも頬や腕に絆創膏が張られている。だが寝顔を見る限りさほど苦痛に歪んではいないようだった。


「っ、ケホッ……ここは一体――」

「難民キャンプ、というのが一番伝わりやすいでしょうね」


 一人で呟いただけの問いに思いがけず返事がきてフィアは体を強張らせた。

 声がした方へ振り向くと、テントの裾を掻き上げて一人の女性が入ってくる。白に近い透き通るような金色の髪をしていて髪の先端に掛けてウェーブが掛かっている。彼女は柔らかな笑みを湛えていたが、フィアを見ると少し怒ったように頬を膨らませて近寄ってきた。


「お加減はどうですか?」

「……えっと、はい。なんとか……その、貴女は?」

「申し遅れました。私はフレイというもので、この街でシスターをしております。

 行き倒れてた貴女を、この子達がここまで運んでくれたんです」

「そーだぜ! いきなり倒れたからびっくりしたぜ」


 バンダナの少年がニカッと笑った。フレイと名乗った女性が少年の頭を撫でると、少年はくすぐったそうに身を捩った。


「どうやら体力には自信があったようですが、酷使しすぎですね。そのままここでまる一日以上眠ってたんです」

「それは……その、すみません」

「謝罪よりも、できればこの子たちに御礼を言ってあげて下さい」


 フレイが少年に微笑みかけ、少年も嬉しそうに鼻の下を擦った。


「あんままだと野垂れ死にしちゃいそうだったからな。感謝しろよ?」

「こら、そんな言い方しないの。助けてもらったのはティムもそうでしょう?」

「う……そりゃそうだけどよ……」

「しかも、あれだけ言ったのに人のものを盗むなんて。良いですか? そもそも――」

「分かった分かったって、シスター! もう反省してるって。

 それよりも、ほら。早くしないとスープ冷めちゃうぜ」


 フレイが柳眉を逆立てての説教を始めかけ、少年――ティムは慌てて首を引っ込めてスープをフィアに向かって突き出した。

 目の前に出された器を見て「はぁ」と気の入らない返事をしたフィアだったが、彼女はそれを見下ろすばかりで手を伸ばそうとしない。湯気ばかりが彼女の心情を表すように揺れながら立ち昇っていた。


「ああくそっ! ほら! さっさと受け取れっての! 面倒くせぇ姉ちゃんだな、もうっ!」


 動かないフィアに痺れを切らしたティムが強引に器を握らせた。フィアは差し返そうとするが、それよりも早くティムは身を翻すと素早い動きでテントの外まで逃げていった。


「へっへーんだっ! そうはいかねぇっての! 悔しかったらさっさと食って元気になれってんだ!」


 かと思えば、もう一度テントの中に首だけを突っ込んで、大きく「べぇー!」と思い切り舌を出して走り去っていった。


「……」

「ったく、あの子は……

 でもあの子の言うとおりです。冷めない内に食べて下さい」


 フィアは促されて皿のスープを見下ろす。だがすぐに顔を上げてフレイに皿を差し出した。


「あの……私は大丈夫ですので他の人に――」

「駄目です。食べなさい」


 言い終わらない内にピシャリと叱りつけられ、フィアはぱちくりと眼を丸くした。

 フレイはそんな彼女を見て溜息を吐くと、またキッと眉を吊り上げた。


「私は怒ってるんです。何故か分かりますか?」

「え……あ、いえ……」

「貴女、ずっと何も食べてなかったでしょう? それどころか、水でさえも」

「……」

「寝ている間に何とか水だけは飲ませて、治癒魔法を掛けましたから多少は体力も回復したと思いますが、まだまだ全然足りません。今の貴女に必要なのは栄養を取ることなんです」

「それは……ご迷惑をお掛けしました。申し訳――」

「ですが別にその事を私は怒ってるわけではないんですよ」

「えっと……」


 では何に彼女は怒っているのか。フィアは全く見当がつかず視線を彷徨わせると、またフレイは溜息を吐いて腰に手を当てた。


「食料も何も持って無くて、持っていたお金も自分のためでなく子どもたちに与えようとして……何を思って貴女がそうしようとしたのかは分かりません。ですが、自分を疎かにし過ぎです」

「……」

「誰かに施して、その結果自分が倒れてしまったのでは意味が無いんです。今回だって逆にあの子達に迷惑を掛けてしまっています。それは分かりますね?」

「はい……」

「宜しい」フレイはニコリと笑って彼女の手に自分の手を添えた。「であれば結構です。さあ、お説教は終わりです。胃がびっくりしないようにスープを用意しましたのでそれを飲んでまた横になってください」


 そう言われ、フィアはおずおずとスプーンを手に取り口に運んだ。水も栄養も足りない体に熱いスープが染み込んでいく。胃が温もり、喉が熱を持っていく。

 命を繋がれ、フィアの喉と胸の奥がキュッと締め付けられた。


「それでも」


 手に持ったスプーンが強く握りしめられ、カタリと木の器を叩く。立ち上がってテントから出ていこうとしていたフレイは脚を止め、振り返った。


「それでも私には……それくらいしかしてあげられる事がないから……」


 ニヘラ、とフィアは不器用な笑みをフレイへ向けた。泣いているのか、それとも苦しいのか。口にしたのは諦観か謝罪か。彼女自身もどんな感情が溢れているのか分からず、けれども無理やりに笑った顔は痛々しい。


「……貴女」

「いえ……すみません。なんでもないです。そうですよね、私がしっかりしないとダメなんですよね。ありがたく頂きます」


 それを見たフレイは言葉を失い、フィアはすぐに顔を背けてスープを流し込む作業を再開した。


「……また後で様子を見に来ます。パンと、少ないですがお肉も持ってきますので食べられるようでしたら食べて下さいね」

「はい……」


 出来る限り穏やかに。フレイは自分をすでに見ていないフィアに向かって優しく笑いかけると一礼してテントを出て行く。

 後ろ手でテントの裾を引き寄せ、しっかりとフィアと空間を遮ると舌唇を強く噛み締める。澄み渡った、底抜けに明るい青空を見上げるとその青が滲んでいった。


「……ダメね。まだまだ未熟者だわ」

「ねーねー、シスター!」


 テントから出るとすぐに小さな女の子が彼女のスカートを引っ張ってきた。少女は慌てていて、かつ不安そうにしていた。


「あっちのおじちゃんが苦しそうなの! お願い、助けてあげて!」

「分かりました。すぐ行きましょう。案内してちょうだい」


 少女の不安を和らげるように笑顔で頭を撫でてあげると、少女は少しだけ嬉しそうにしながらフレイの手を引いていく。

 フレイは力いっぱい手を引いていく少女を見てクスリと笑い、そして離れていくフィアの居るテントを振り返った。


(怪我はないけど……あの人も何とかしないといけないですね)


 まだまだ助けが必要な人がたくさんいる。フレイはグッと拳を握りしめ、決意を新たにして助けを待つ男性の元へと向かっていったのだった。





とうとう200話に到達してしまいました。

ここまで続けられたのも皆々様のお陰です。ありがとうございました<(_ _)><(_ _)><(_ _)>


まだまだ彼らのお話は続きますが、引き続きお付き合い頂けますと幸甚でございます。



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